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第226話 黙示録の戦い


 私の最後の成長を促すべく、動き出すのは黙示録に刻まれし邪神。

 美の女神が歪められた存在たるバビロンの大淫婦。

 大魔帝ケトスもまた、不敵な神父の姿に変貌し――周囲に結界を展開。


 ただの廊下だった空間が、別空間へと書き換えられていた。


 その様子を表現するのならば終末世界。

 まさに神話の一節だった。


 アバロンの化身と思われるイナゴの群れが飛び交う空。

 赤く染まる海には鉄の魔杖を握る、無数の豹の顔を持つケモノが鎮座。

 空間の中央には赤き衣を纏う美女、玉座に侍るアシュトレト。


 邪杖ビィルゼブブを回転させた私は、やはりいつもの仕草で杖をトン。

 音を鳴らし、その反響速度で距離と魔術による摩擦を測りながら言う。


「さて、それではいったいどうやって最後の経験を積ませて貰えるのでしょうか」

『ふふ、まあ歪められた王たるバアルゼブブとも戦ったのだ、歪められた妾とも戦うのが筋というモノじゃろうて――』


 言って、アシュトレトは自らの美貌を反射させる聖なる杯を傾け――。

 ドボドボドボ……ッ。

 その中に溜まる邪の塊を放出。

 洪水を引き起こす魔術のように解き放っていた。


 彼女は接近戦に弱い事から近づくのが手っ取り早いが、アシュトレトとの距離は遠い。


 ならば空を駆けようかと思えば、天に蔓延るイナゴの数は未知数。

 赤い空の七割ほどを黒きイナゴが埋めているのである。

 となれば――。


 私はアシュトレトが放つ杯からの洪水を退けるべく、地面に手を乗せ。


「聞け、大地よ! 我が名はレイド。エルフ王レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。新しき大陸神ドワーフ皇帝カイザリオンの盟友なり!」


 揺れる大地に語り掛け。

 大陸神化しているカイザリオンを神と認定させ――。

 更にその同盟関係にあたる存在と大地に刻み、魔力を投射。


「地底操作魔術:【地底王国神の(ドワリオン・)採掘作業(カイザリオン)】」


 即興で生みだした魔術は大陸神カイザリオンの力を借りた、地面採掘魔術。

 効果は地底王国を築けるほどの深さの地割れを発生させる、よくある地面操作の魔術である。

 本来なら採掘現場で使われる、地面堀の魔術の応用だった。


 だがこの地ならば効果は異なる。


 ここは大魔帝ケトスが世界を守るために張った特殊エリア、終末世界を再現した結界内だと想定できる。

 終末世界の大地の下には無数の怨念が眠っている。

 故に、その大地を割ると発生するのは――溢れだす死霊たちの道。


 死者たちならば、アシュトレトの放った水も相殺できる。


 アシュトレトが小さく微笑し、高みからの目線で言う。


『ほう……! 終末に眠る亡者どもにこの”汚泥なる洪水”を吸収させるか。悪くはない手じゃ、だが些か妾との戦いにしては地味であるな』

「派手な魔術を使えば勝てるというわけでもないでしょう」

『分からぬ弟子じゃのう、魔術は派手な方が見栄えが良いではないか』


 微笑んで、アシュトレトが次の魔術を発動。

 自らの周囲に洋の東西を問わぬ、無数の魔導書を召喚。

 それぞれに異なる魔術体系の魔術を、同時に操作し――。


『ほれ、耐えきってみせよ――』


 魔導書の光で整った顔立ちと、赤い衣から露出させた肌を輝かせ。

 キイィィィィイイッィィン。

 それは、極大規模の魔術の同時攻撃だった。


 空からは聖剣の雨が降り注ぎ。

 海からは大陸を飲み込むほどのワニが召喚され、大きく咢を開き毒の霧を吐き洩らし。

 亡者の亀裂が通っていた大地からは、欲に塗れた人型のアンデッドの王たちが顕現。


 呼ばれたモノ達もまた、魔導書を開き支援魔術を発動。

 亡者の群れの中に彼女の眷属が潜んでいるのだろう。

 おそらくはこれが本命、ただの魔術ならば私も適当にあしらったのだが――。


 剣の雨を飴に変換。

 ワニの口に飴から生み出した甘露を流し込み、手懐けながら――。

 私は思わず眉をひそめていた。


「集団スキル、ですか」

『ふふ、これもそなたが妾に見せてくれたのであろう? 個ではなく複数となった場合の人類の強さ。それこそが集団、群れの力。かつての地で魔王だったそなたを破った勇者もまた、こうして人類から大きなバフを受けていたと聞く。ならば、妾もまた同じことをすればいいだけの話よ』


 ほほほほほほほ!

 と、女帝の如き高笑いを浮かべるアシュトレトの身体が、支援魔術の光に包まれていく。

 集団スキルを使いこなしているのだ。

 それは彼女にとってもかなりの成長なのだろうが、問題はその集団スキルを操る亡者たちだ。


 多くは黙示録に現れる人類の王たちなのだが。

 その一団の中のとある人物を見て、じぃぃぃぃぃぃ。

 私は息を漏らしていた。


 見覚えのある海賊の姿を睨む私の口から、声が出る。


「海賊パーランド……なぜあなたがそちら側にいるのです」

『オ、オレが悪いんじゃねえぞ! なんか召喚されたと思ったら……っ、か、体が勝手に!』

「私との契約を上回る強制契約が発動されたようですね――」


 私は海賊パーランドを操る契約を解析。

 ……。

 そこにあったのは、妻特権と書かれた契約済みの文字。


「ふむ、確かにフレークシルバー王国では夫の持ち物に対する所有権を、妻も有している。どうやらパーランドさん、あなたは私の所有物判定だったようで、アシュトレトにそこを妻の立場で使役できるように曲解されたようですね」

『はぁあぁあぁぁぁぁ!? んなわけわからん原理で、このオレ様はっ、自由に使われてるってのか?!』


 言いながらも海賊パーランドは部下たちを召喚。

 それぞれが支援効果のあるスキルを重ね掛けし、集団でアシュトレトを強化し始めている。

 少し間抜けな展開だが、よく考えられた作戦だ。


 アシュトレトが言う。


『レイドよ、そなたの性格はよく把握しておる。なんだかんだといっても、身内には甘い。故に、一度契約を結んだそこの海賊どもに関しても、そなたは身内として判定しておる。だからこそ、そなたはそやつらを消し去ることはできない。妾の支援は途切れぬということじゃ』

「……まあ実際そうなのですが、もし違ったらどうするつもりだったのですか」

『言ったであろう、妾はそなたの妻にして教育者。そなたのことはそなた以上に把握しておる。さて、それではこちらも支援を試してみようではないか』


 一方的に言って、アシュトレトは様子を見ていた豹顔の魔物、終末に顕現するマスターテリオンと思われる存在から鉄の魔杖を奪い。

 詠唱を開始していた。


『天にあまねく星々よ――空を切り裂く天体よ』


 それは、天体魔術の詠唱。

 最上位に位置する、攻撃魔術である。

 海賊パーランドが夫婦喧嘩に巻き込むんじゃねえと吠える中。


 天は、蠢き。

 空は、鳴き。

 膨大な魔法陣が覆い始めていた。


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