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第214話 遠距離砲台(ヌーカー) 中編


 突如降ってきた炎の塊から始まった、この事態。

 フレークシルバー王国に熱と魔力の香りが漂っていた。


 国の中央に築かれた結界内。

 壊れた女神の神殿の横。

 観客が見守る中で、存外に明るい空気の戦いが続いている。


 相手は大魔帝ケトスの息子。

 まあ……この呼び方も彼にとってはコンプレックスなのだろうが、ともあれヤンキー風味で真面目な炎舞くんである。


 無数の、それも強力無比な完璧な結界を展開し時間稼ぎ。

 反射の魔術も妨害しながら、大詠唱の時間を稼ぐ。

 結界を破れなければ、砲台役としての大火力がこちらを襲い――戦いは終わる。


 だが――。

 私は慇懃に拍手を送りながら、余裕の笑み。

 結界に、慇懃無礼とも映る丁寧さで口を開くハーフエルフが反射している。


 まあ、私の事なのだが。

 ともあれ。


「シンプルですが極めて理想的な戦い方、まだお若いでしょうに感心します。ですが、その作戦には致命的な欠点がある」


 既にここはエンターテインメントの会場ともなっている。

 観客にも聞こえるように私は魔力で声を倍増させ、皆に響く声で告げていた。


 グーデン=ダークが、盛り上げ役ごくろう!

 と、なぜか偉そうに器用にぐっと蹄を曲げているが――それは気にせず私は相手を観察する。


 徐々にその情報が解析されていく。

 大精霊の息子であり大魔帝の息子。

 母の正統な後継者であり、精霊国の次期皇帝。


 将来は炎舞陛下と呼ばれる将来性豊かな青年だろう。


 実際、自らを卑下しているが彼は強い。


 大詠唱の重ね掛けをし、周囲に大魔法のチャージ。

 一撃で神さえ屠る魔術を繰り替えし詠唱、周囲に溜め、それを束ねて攻撃にするつもりなのだろう。

 一撃でこちらを仕留めようとしている相手は私の発言に、口角を吊り上げ。


 詠唱と同時に言葉を発するという、なかなか器用な芸当をしてみせていた。


『転移も防いでいる、オレの結界は師さえも認める究極の遮断空間。そしてはっきりといって自慢だが――時間さえかければオレの火力は最上位、父、大魔帝ケトスを超えている。この戦術に欠点だと? はは! ありえねえだろう!』

「あなたは肝心なことを忘れていますね――」

『あぁん!?』


 相手はやりとりをしつつも、腕と指先を使い――印を切るように、シュズシビビビビシ。

 宇宙とあやとりをするかの如く魔力を蠢かし、複雑怪奇な儀式を刻んでいる。

 陰陽道にも精通しているのだろう。


 また一つ、大魔術が彼の横にストックされていくが。


「炎舞くん、この状況でのあなたの負け筋は何だと思いますか?」

『は? 負けねえし』

「仮にで構いません、負ける可能性を考えてみてはいかがですか。たとえばそうですね、あなたの父上でしたらこの状況をどう乗り切るでしょうか? 彼ならば切り抜けてくるとは想定しているのでしょう?」


 そう、この状況も大魔帝ケトスなら乗り切ることができる。

 炎舞くんは詠唱を続けながらも、眉間に細い皴を刻み考え。


『あのひとは魔猫王、魔猫の能力には窃盗がある。おそらく、親父ならこのストックしてる大魔術を盗んじまうだろうってのは、まあ――負け筋だろうな』

「ええ、その通り――けれど私は生憎と窃盗スキルは伸ばしておりませんからね。やろうと思えばできるでしょうが……彼のように、器用にはできない」


 魔猫が盗み食いをする姿を想像しながらも私は手を翳し。


「では次の可能性はどうでしょうか――まだまだ多くあると思いますが」

『可能性はあってもアンタが実現できるとは限らねえ。はん、いいのか!? さっきからオレは喋りながらも準備は整っていく。だが、そちらさんはただの棒立ちじゃねえか。それともなにか? 可哀そうなオレに勝利を譲ってくれるってか?』


 炎舞くんはニヤりと微笑し、更に大詠唱を追加している。

 ただ、それはそれで相手にとっても問題なのだろう。

 既に女神の軍団さえ滅ぼせるほどの火力となっているせいか、彼は周囲を見渡し。


 ちっと舌打ち。


 私が既に張っている戦闘空間結界に追加し、周囲に結界を展開。

 万が一の被害が出ないように結界の重ね掛けを始めているのだ。


「色々と、周囲が見えてしまうというのも大変ですね。元気な家族に囲まれているあなたの気苦労が、手に取るように分かりますよ」

『なあ、あんた――本当にいいのか?』

「なにがでしょうか」

『オレはもう周囲を守る結界を張っている状態、つまりは大魔術の詠唱は終わってる。後はストックしてるこいつら全部を解き放てば――アンタは宇宙規模の火力に押し出されて、終わり。消えちまうだろうが』


 そうだ!

 勝て勝て勝て!

 やってしまえぇぇぇぇええ、青二才!

 と。

 観戦席から身を乗り出し、四つの腕でチケットを握りしめるマルキシコスの声を聴きながら。


「まずあなたは誤解しています」

『あぁん!? 誤解だと?』

「ええ、あなたがそうやって距離を取ったことで詠唱ができたように――私も詠唱ができたという事を忘れていませんか?」


 条件は同じ。

 彼は砲台型の戦術を得意とする大火力使いなのは確かだろう。

 遠距離戦を得意としていることも間違いない。


 だが。

 私は彼と同じく、彼がストックしていた大魔術とまったく同じ魔術式の魔術を展開。

 透明状態から解除し、ニヤリ。


 周囲に浮かべ。

 魔力の渦と波動の中で、瞳を細めて告げていた。


「私も遠距離からの攻撃は得意としています。基本は魔術師ですからね。そして今のあなたと同じように、会話をしながらも詠唱ができる。ならばあなたが使うだろう魔術と全く同じ魔術式を、同時に詠唱し続ければいいだけの話。この混沌世界では全く同じ結果となる魔術式がぶつかり合う場合、相殺が起こります。つまりは=ゼロ。魔術効果を無かった事にできるのですよ」


 相手の魔術式を読み解き、その結果を導き出し逆算する。

 私がまだ楽園の事を思い出す前から得意としていた分野である。

 こちらの、不可視状態でストックしていた魔術の束を見たからだろう。


 肌に浮かべた汗を蒸発させつつ、炎舞くんは唸りを上げ――。


『フフフ、フハハハハハハハ! そうかそうか! やっぱあんた、ぇんだな!』

「これでも女神達から鍛え上げられましたからね――師に恥じない動きはしたいと、そう考えておりますよ」

『だったら、オレも本気を出そうじゃねえか!』


 言って、炎舞くんは今までストックしていた魔術を三倍に拡大させ。

 強面貴公子な美貌をクールに顰め。

 きぃぃぃぃぃいぃいいいいいぃぃぃっぃいん……!

 と、瞳を赤く染め上げ。


 美麗な微笑。


『親父をぶっ飛ばすときに使おうと思っていた、魔術の三倍化! 受けてみやがれぇえぇええ!』


 おそらくはストックしてある魔術を単純に三倍にする能力だろう。

 この手の魔術は三倍という条件ならば、本当に単純に三倍とする。

 もちろん、その分の魔力負荷は絶大となるが――。


 私はその秘密を見つけ、やはり称賛を送っていた。


「それほどの魔術の拡大を行えるだけの魔導技術は、さすがの一言ですね。あなたはアイテムの使い方も上手いのでしょう」

『ちっ、なんでもお見通しかよ。マジで、親父みてえなやつだな』

「世界は違えど、私は彼の師ですからね。まあ、考え方も似てくるのでしょう」


 炎舞くんは複数の魔道具を同時使用。

 本来ならありえない、魔術の三倍化を実現しているのだろう。

 だが、使用すると言っても実際はほぼ不可能。


 魔道具の同時使用にはかなりの技術が必要となる。

 だが。

 彼はその調整を完ぺきにこなしているように見える。

 アイテムの使い方が上手い、精霊族の特徴をうまく利用していたのだ。


 それも精霊族の戦い方。

 卑怯でもなんでもなく、一般的な戦い方である。


『ま、そんなわけだ! アイテムの使用も立派な戦術、勝たせて貰うぜ!』


 言って、炎舞くんはついに砲台を発射。

 さすがにまずいと思ったのか、ムルジル=ガダンガダン大王が掴む肉球からぽろりとチケットを落とし――慌てて、瞳を、くわ!

 観客に向かい”魔法のストール”を展開し防御結界を使用。


 私と炎舞くんが張った結界を外から強化したのだろう。


 戦闘能力という面ではさほどでもないせいか――グーデン=ダークと饕餮ヒツジが、あわわわわっと大慌て。

 慌てる羊が二匹というのも、なかなかに愛らしいが。


 ただ一柱。

 小物根性がブレない大陸神マルキシコスだけは、やってしまえぇぇえぇぇえ!

 と、ノリノリである。


 私は結界を通過しやってくる大火力の直撃を受け。

 結界の隅に追いやられ、衝突。

 炎の中に飲み込まれていた。


 例のアレ以外の大陸神は固唾を飲んで見守っているが。

 観戦している女神は慌てていない。

 彼女達は知っているのだろう。


 私がこの程度の攻撃では負けないことを。


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