第213話 遠距離砲台(ヌーカー) 前編
突如として始まることとなった、大魔帝ケトスの長男「炎舞」青年との対決。
話を聞いた……。
というか、ナウナウが面白がり皆にメッセージ魔術を飛ばしたせいで、手の空いている者たちが観戦。
フレークシルバー王国の中央に作られた戦闘結界。
その周囲にはいつのまにか観戦席まで作成されている。
終焉の魔王グーデン=ダークとその本体の饕餮ヒツジ。そしてムルジル=ガダンガダン大王がニヒヒヒヒヒと悪い顔をし、ニヤり。
どちらが勝つか、勝ったとしてもどれくらいの差がつくか。
細かい条件とオッズのギャンブルを開始しているようだ。
胴元となり賭博としているようだが――。
その様子をジト目で見るのは、二つ名に”燃える焔のチクタクマン”と表示される炎のヤンキー青年。
炎舞くん。
腕を組み、ナマズ帽子の猫と邪悪な羊を眺める彼は頬をヒクつかせ。
『饕餮ヒツジはまあ、わかるが……ムルジル=ガダンガダン大王までいやがるのかよ……』
「大王は私と契約を結んでいますからね、今回の件が解決するまでは協力してくださっているのです」
『いや、協力って……これ、ぶっちゃけあいつが儲けるための見世物にされてねえか?』
まあ実際その通りだろう。
様子を探りに来た大陸神や、純粋に戦いを楽しみに来た女神もいる中。
折角ならばと私は演出の霧を発生させ、慇懃に礼をして見せていた。
「さて、それでは――私はレイド。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。幸福の魔王にして、このフレークシルバー王国のエルフ王を務める者。あなたの名をお聞かせください」
アントロワイズ卿としての、つまり騎士としての立ち居振る舞いなのだが。
何故か炎舞くんは、露骨に嫌な顔をし。
『うわぁ、あんた……マジで親父の師匠の同一存在なんだな。そういう慇懃無礼さがそっくり過ぎて、なんか引いちまうんだが……』
「弟子と師は似る者。親も子もまた同じく似る傾向にある、あなたはどうなのでしょうね炎舞くん」
『オレは父さんとは似てねえさ、あの人ほど強くねえからな』
自嘲気味にぼやいている。
が――。
「いや、あなた――強いですよね?」
『あぁん!? 馬鹿にしてんのか!?』
「言っておきますが、あなたほどの存在が自分を弱いと称するのなら、大抵の方にとっては嫌味に映ると思いますよ」
『そんなことはねえ、オレは他の連中に比べたら――っ』
眉間に濃い皴を刻む青年は、ぐっと唇を噛んでいた。
比較対象が大魔帝ケトスや月影君ならば、まあ確かに歪みもするか。
妹のアカリ姫がどのような存在かにもよるが……あの魔猫の娘で、天才集団の中にいても天才と呼ばれるほどの存在だ。
おそらくは父譲りの、ぶっとんだ姫だと想像に難くない。
そんな連中と比較して、確かにこの青年はまともだ。
落下してきた場所も被害が出ない場所だった。
私が結界で軌道をずらしてしまったので、午後三時の女神の神殿を破壊してしまったようだが――ようするに、この青年……破天荒な一家に生まれながら、本当にまともな感性の持ち主なのだろう。
かといって、彼が普通かというと答えは否。
推測しかできないが、まともではない家族の中でまともであることを貫く。
それは既に十分に異常な存在と言えるのだが。
結局のところはこれだろう。
私は他者の心を読み取り、若者を導く指導者の顔で。
瞳を細め告げていた。
「……、ああ、なるほど。君は偉大なる父や特異な力を持っている家族に劣等感を覚えていると、そういうわけですか」
私は鑑定を使わずに相手を眺め。
経験則から言葉を用いて、相手を解析。
「確かに成人前後の皇族ともなると責任感からそういった卑下が発生しやすいと聞きます。昔は強くて賢く尊敬できる父であっても、自分がいざ成人し、その偉大な父と同じ舞台に立とうと思うと――それは現実的な重みとなる。父が偉大ならば偉大なほど、理想と現実との差を感じてしまう。反抗期とは違う感情が生まれる事も、よくある話。ふふ、親子という存在もままならないものですね」
分析する私は途中で言葉を止め。
ぷるぷると、相手が震えだしていることに気が付き。
「と――失礼しました。いまのはあくまでも一般論、あなたと父ケトス神がそうだと言っているわけではないのです。ご不快な思いをさせてしまったのなら、申し訳ない」
『がぁぁぁああああぁぁ! あんた! そーいうところが、マジでウチの親父みてぇだな!』
びしびしびしっと私を指差し。
ランプの精を彷彿とさせる姿に変貌。
炎の貴公子と言えるような、立派な姿へと化身した炎舞くんは魔力を展開。
周囲に設置型の炎熱魔法陣と、俱利伽羅と表示される黒炎龍を纏い。
キリリ!
『せめてオレを倒せるぐらいの存在だって――証明して貰うぞ、異界の魔王様よ!』
吠えて、炎舞くんは瞬間転移。
直接殴ってくることはせず、戦闘用空間の最南端に出現。
設置されていた炎熱魔法陣……炎によって空に刻まれた魔法陣と魔術式を起動し、距離を確保。
分厚い神聖な結界を多重に張り巡らせていたのだ。
相手は砲台型の能力者。
詠唱や精神集中に時間をかけた後に、その準備時間に比例した大規模な魔術で敵を殲滅する。
そんな役割を担っているのだろう。
つまりは距離を取るのが必勝手段。
見た目のわりには冷静な戦い方であるが。
私は相手を招き寄せるべく瞳を赤く染め、”挑発の魔術”を発動していた。
「……大見得を切っておいて、近接戦闘を放棄ですか」
『ハハっ! 戦いなんてもんは勝ちゃぁいいんだよ! オレの見た目に惑わされて遠距離に回られた連中は、大抵そうやってピーチクパーチク文句を言いやがるがな!』
「挑発は……効きませんか。やれやれ、やはり自分の弱さを知っている存在は厄介ですね」
相手が大詠唱を開始している最中。
更に瞳を輝かせた私は空間を把握。
空に設置された炎熱魔法陣の数は……。
把握できない。
もし転移や、直接通過しようとその魔法陣の近くを通り過ぎた時点で、おそらくアウト。
把握できないほどの量の魔法陣が、全て、結界として発動されるのだ。
確認すべきは結界の強さか。
私は邪杖ビィルゼブブを回転させ――不可視となっている結界を破壊するべく短文詠唱。
「生と死と狭間に生きる者。アドニスを慈しむ夜の女王ペルセポネーよ。汝の枝木の慈悲を持ち、その静かなる眠りを授け給え。神話再現アダムスヴェイン:【マルキシコスの嫉妬よ】」
死の世界に棲むペルセポネーが美の女神アフロディーテから、アドニスを取り戻すため暗躍。
美の女神の愛人であるアレスを誘導し、アドニスを死の世界に連れ戻させる。
つまりは殺させた逸話を再現し、それを突撃型の攻撃魔術として昇華。
結界を目掛け、死の属性を付与する破壊魔術として解き放ったのだ。
見た目は剣神の幻影が直進し、全てのモノを薙ぎ払い殺すという物騒な神話再現魔術なのだが。
魔術は最初の結界とぶつかり――。
そのまま消滅。
さすがに私はまともに顔色を変えていた。
「私の攻撃魔術を弾く結界ですか。いったい、どれほどの研鑽の果ての結界魔術か――興味深いですね」
おそらく彼の師はとても優秀な結界使いなのだろう。
該当者を考えると……。
審判者。
三獣神ならばホワイトハウル、裏三獣神ならばブラックハウル卿。
楽園に棲んでいたケモノがこの青年の師とみるべきか。
こちらの言葉に相手は微笑したまま、高速詠唱を重ね掛け。
長文詠唱が必要な存在がタイマンをする場合、どう時間を稼ぐか。
その答えの一つが、この結界だろう。
シンプルだが強力だ。
全ての結界を乗り越えなければ、相手の大詠唱が終わりこちらの負け。
しかし。
結界の数も分からなければ、場所も分からない。
この青年、見た目はヤンキーだが実に理にかなった戦い方をしている。
ならば私の選択は――。
反射の魔術を唱えようとした、その瞬間。
シャァアアアァァァァァ!
周囲を飛ぶ黒炎龍が威力の低い、けれど連打性だけは高い魔術で私を攻撃し始める。
反射の魔術の使用回数を削っているのだろう。
もっとも、威力が低いと言ってもそれは神基準での話――もし大陸神マルキシコスならば、その一撃で上半身が吹き飛んでいただろう。
どうしたものかと周囲を探る私の目の端に、一つの影が映る。
別に解決策を見つけたわけではない。
マルキシコスも見に来ていたようで――勝手にたとえに使われていたとは知らず。
分厚いチケットを手に、ワーワー叫びを上げていたのだ。
観戦席にて、かなりの金額を賭け炎舞くんを応援しているようだが……。
「ふむ、これは私が勝った方が色々と面白そうですね――」
私はまともな戦いとなっている今の状況に微笑し、ふふっと口角を吊り上げていた。
楽しいと。
そう感じているのだ。
私は、この状況の打開策を知っていた。




