第212話 破顔の王子様
ゴオオォォォォォォゥウゥゥオオ!
と、この世界と三千世界との繋がりにあるオゾン層の濃厚な魔力を吸い、落下してくるのは炎の塊。
既に張っていた雪風結界に弾かれた其れは、ボテン。
間抜けな音を立てて、そのまま墜落。
フレークシルバー王国の中央に落下していた。
まあ、私の結界とナウナウの干渉がなければ、大きな被害となっていた可能性もあったかというと、少し怪しい。
中央にある施設は、目立ちたがり屋な女神達の宮殿。
今は緊急事態という事もあり、女神も不在で宮殿もほぼ閉館中――もし結界を張っていなかったとしても、人的被害はなかっただろう。
ともあれ。
王たる私と吟遊詩人のコスプレをするナウナウは目を合わせ、緊急転移。
落下地点へと向かっていた。
◇
落下地点は午後三時の女神の神殿。
まあ神殿と言っても、それはどこからどうみてもお菓子の家。
本人も別大陸に出張中なので、被害は出ていない……。
既に多くのエルフ騎士が集まり、王たる私に敬礼。
以前の傲慢さはなくなり、きちんとした礼儀正しい騎士になれているようでなにより。
騎士団となったエルフたちが瞬時に整列し、甲冑を鳴らし忠誠の姿勢。
謁見の間ではない上に、緊急事態なので正直こういう事も困るのだが……。
多少、品行方正を目指し指導し過ぎた悪影響でもあるだろう。
畏怖と敬意と共に、エルフの騎士団長が言う。
「エルフ王陛下におかれましては……っ!」
「そういうのは今回は省略しましょう――ここは私が引き継ぎます、騎士の方々は民の誘導をお願いしたいのですが」
「は! 全ては陛下の御心のままに」
彼らだけでは魔王聖典が出現した時に困る。
どうしたものかと私が動くより前、私の影の中からバアルゼブブがエヘヘヘヘっと存在をアピール。
いざとなったら彼女が騎士団に同行するとの事。
女神と騎士の両者に告げるように、私はふっと微笑し。
「それでは――お任せします」
「――陛下の信頼を裏切らぬ活躍を、必ずや!」
頷くバアルゼブブとは裏腹、騎士団長はぶるりと体を震わせ命令を復唱していた。
……。
やはりどうも、年長者のエルフは私を畏怖の対象として見ているようだ。
この百年間の間に入隊したエルフ騎士の若者は、そうでもないのだが。
まだかつての傲慢な騎士団の空気を吸っていた者たちにとっては、脅威を持ち合わせた、悍ましい存在としても映っているのだろう。
まあ、統治に多少の恐怖は必要。
民や弱き者に優しいと評判を作っても、家臣や武官に舐められては良き国とは言えない。
バアルゼブブが騎士団の影全てに入り込み。
ちゃんと守るから、安心してね……?
と、手を振りアピールし去っていく中。
私は振り返り。
重い息。
問題はこの壊れたエリアである。
焦げた鉛と、チョコの香りが混ざった。
なんとも表現しがたい匂いをどうにかするべく、手を翳し。
煙を氷魔術で散らしながら私が言う。
「これは、早く修復しないと彼女に怒られますね」
炎の隕石が追突したようなクレーターの前で、脱臭を行う私の横ではナウナウが魔道具を翳し。
カシャカシャ。
クレーターを背景に記念撮影。
映える~映える~と、何枚も撮影をしているようだ。
記念撮影される側のパンダが、記念撮影する姿は愛らしいのだが。
「……なにをしているのですか?」
『えへへへ~、これで今日の話題も、僕のモノだね~♪』
「まじめにやって欲しいのですが、まあ契約外の状況をどうこう言っても仕方ありませんか……ナウナウさんは周囲の警戒をお願いします」
『いいけど~? なにかするの~?』
「クレーターの中央に人影が……おそらくはこの騒動の関係者かと」
主人からの目線を受けたのは、焔の鳥。
眷属たる朱雀シャシャが炎の身体を揺らし――ばさり。
まだ現場に残る見回りのエルフの騎士団に保護魔術を展開している。
『じゃあ、やっちゃう~? 僕の~、部下に~。相手をステーキ肉に変えることができる~、悪魔の大ボスの~、バフォメットくんがいるんだけど~。どうかな~?』
「変化耐性を持ち合わせていないと即死してしまう魔術ですか、なかなか面白い獣神を揃えているのですね」
『やっていいなら~、呼んじゃうよ~?』
おそらくは補助と組み合わせるとかなり有能な能力だろう。
だが、あまりにも殺傷能力が高すぎる。
ステーキ♪ ステーキ♪
と、クレーターの周りをゴロゴロと回るナウナウに首を横に振り。
「あなたと私がいれば消し去ることは容易い。ならばこそ――まずは対話といきましょう。対処はいつでもできるのですから。さて、もう気付いているのでしょう? 出てきて事情を説明してくださると助かるのですが」
『ちっ、気付いてたのかよ……』
声はクレーターの中心から聞こえてくる。
炎属性の存在なのだろう。
姿は見えないが、声がするだけで溶岩地帯のような熱が、こちらの空気を熱し始めている。
煙がいまだに発生するエリアに。
声が、響く。
『あんたが異界の魔王陛下、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー……さん、なのか?』
「精霊と魔猫の流れを感じますが、あなたは――」
『いいから答えてくれ』
煙の先に見えたのは一人の青年。
炎や焔の精霊といった様子の、強面だがどこか皇族のような気品もある。
ヤンキー……である。
どう見ても大魔帝ケトスの関係者だろう。
見た目も魂の若さも青年であるが、その魔力も覇気も並の存在から逸脱している。
相手の鑑定を使用としても、鑑定は拒否される。
レジストされるのは想定外。
私の鼻梁は僅かに揺れていた。
『へえ、異界の魔王陛下様は許可なく相手の鑑定するってか。そうかそうか、あぁん!? どーなんだ、そういうのはよ!?』
「これは失礼。ですが、私はこの国の王にして魔王。そしてあなたは許可なく入り込んできた侵入者、鑑定をしかけることもやむを得ないのでは?」
『ああぁぁぁ! もうやめだやめだ、まどろっこしい事は抜きにして、あんたを試させて貰う! 殴りゃあ全部早いんだよ!』
相手はとりあえず私と戦いたいようだ。
自らを狂戦士化させる、ルナティックともいえる強化魔術を発動しているが……。
……。
私は言う。
「――熱血バカのふりをして戦いに移行しようとしていますが、あなた、ちゃんと礼儀正しい、まともに会話できるタイプの存在ですよね?」
『は? はぁぁぁぁぁぁ!? んなわけねえし、オレはやべえ暴走タイプなんだよ!』
「根が真面目な人がそうやって演じていてもなんというか、ステレオタイプというか……演技っぽさが先に出てしまいますからね。観察眼のある存在には見抜かれると覚えておくといいでしょう」
こちらの様子を窺っていたナウナウが空気を読まずに、ぼそり。
『ていうか~、君。炎舞くんだよね~? 大魔帝の方のケトス君の長男の~』
『あぁん!? オレを知ってるのは……って!? げぇ、四星獣!?』
『そうだよ~、ナウナウだよ~!』
『しかも、あのナウナウだと!?』
異界ではやはり四星獣の存在がどれほど強大か伝わっているのだろう。
炎舞と呼ばれた青年は明らかに顔色を変えている。
相手の肌に浮かんだ汗が、じゅぅぅぅぅう……。
絶え間なく。
彼が纏う揺れる炎に燃やされ、蒸発しているのだが――。
「ナウナウさん……あなた、普段どういう事をなさっているのですか?」
『えー? ふつうに暮らしてるだけだよ~?』
まあ、本人基準の普通がおかしいのだろう。
ともあれ、私は炎舞と呼ばれた青年に目をやり。
邪杖ビィルゼブブを召喚し、杖で大地をトンと突き。
周囲に戦闘専用空間を展開。
被害が広がらない場所を用意し、告げる。
「大魔帝ケトス、あの子の長男ですか……あの子の子にしてはかなりまともな存在のようですが」
月影君と大魔帝ケトスの暴走っぷりを知っていると、どうも違和感がある。
こうして普通に会話ができているだけでまともだと反応してしまうのだが。
相手が私の漏らした本音に眉間を尖らせる、その寸前。
私は言葉を追加し――話術スキルを発動。
「ふむ、よほど母親がしっかりした方なのでしょうね」
『お、おう。分かってるじゃねえか』
母親を褒められるのは満更でもないらしい。
私はその様子に眉を下げ。
「それで、母親を褒められて素直に喜ぶようなイイ子のあなたが、何故私と戦いたいのです。そもそも大魔帝ケトスとは同盟関係、あなたと戦う理由がないのですが」
問いかけに、焔の精霊は大精霊とでもいうべき波動を纏って。
ゴォォオォオオオオォォォォォォォ!
燃えるような髪を逆立て、更に燃やし。
肌に複雑な魔術文様を刻み、ギシリと口角を吊り上げ強面ヤンキースマイル。
『まあ、陛下には悪いがちょっと付き合ってもらうぜ。嫌だって言ったら、どうなるのか分かってるな?』
言って炎舞くんはフレークシルバー王国の大森林に目をやる。
その瞳もやはり燃えるような赤。おそらくは火力重視のヌーカー……とでもいうべき役割。
時間を稼いで詠唱、大魔術を解き放つ砲台型の役職が向いている存在だと推測できる。
本来ならば燃やし尽くす。
そういう脅しなのだろうが。
邪悪な顔をし文様を輝かせる青年を前に、私は淡々と告げるのみ。
「いや、あなたの性格ではそういうことはできないでしょう。やらないと分かっている脅しにあまり意味はありませんよ?」
『はぁぁぁぁぁああ!? オ、オレ、超やるし! やべえから、周り燃やすし!』
サメのような八重歯が覗く口をぷるぷる震わせる炎舞くん。
それは照れた実は良い子の不良のようで……。
まあ……。
「図星だったようですね――あの、理由を説明してくだされば戦っても構いませんよ?」
諭され顔を真っ赤にする炎舞くんの横にナウナウが転移。
皆に見せるためだろうか、彼と共に記念撮影。
ナウナウの自由さも加わり、ほのぼのとした空気が流れる中。
『う、うるせえぇぇぇぇえ! と、とにかく! 勝負だ、この野郎――!』
「仕方ありませんね――手加減はあまりできませんよ」
こちらが承諾すると、露骨に破顔である。
お兄さんと言った属性を持っていそうな笑みなので、きっと年下や部下から好かれるタイプだろう。
良い子でまともなようで、なにより。
おそらくは、この意味の分からぬ行動にも実はまともな理由があるのだろう。
仕方ないと、こちらも杖を構える。
油断はできない。
なにしろ相手はこちらの鑑定をレジストできるほどのレベル。
そして。
あの大魔帝ケトスの長男なのだから。
実際、この青年。
単純な魔力総量ならば――少なくとも午後三時の女神よりも、上位。
強敵と言っていい存在だろう。




