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第203話 貴様は、何者だ?―禁忌なる者―


 魔術国家インティアルの侵入可能な場所はすべて閉鎖。

 各大陸に散っていた女神達も、そろそろ敵の侵入経路を断つことが可能となりつつある。


 こちらが優勢なままだが、油断はできず。

 なれど防戦を選んでいるので、状況に大きな変化はない。

 この機会にと私は混沌世界の主要人物に声をかけ、招集。

 魔猫の島と化した空中庭園に招き、全ての事情を説明していた。


 いわゆる情報共有である。

 既にある程度事情を知っている者ならば、繰り返しとなるが――。

 まあそこはご容赦を願うしかないだろう。


 演説も可能な女神アシュトレトの宮殿にて。

 嘘かどうかを判定するアイテム、証言の真偽を判定する魔道具に手を乗せ。

 すぅ――、と口を開き、目の前の尻尾を……。

 ……。

 自由気ままに動き回る魔猫の群れにグルメを提供――そっと退席して貰い。

 私は語りを再開する。


「先ほども説明いたしました通り――今は創世の女神達、かつて楽園に呼ばれていた地にいた”まつろわぬ神”の活躍もあり、世界に平穏が訪れております。なれど、恒久的な安寧ではありません。事件が解決したとはとても言えない状況にあります」


 裏技で魔猫陛下を回収した今は、少しだけ時間の猶予ができただけ。

 そう説明し。

 各国の王、各施設の代表、各大陸の神の顔を丁寧に眺め。


「こちらは現在、私や女神達、そして大陸神を通して繋がっている”異世界の者たち”と協力体制を構築済み。魔猫陛下と呼ばれるもう一人の私が目覚めるのを待っている状態にありますが、防戦を選んだ理由はそれだけではありません。かつて魔王として異世界にいた私の部下にして愛猫。最強の魔猫”大魔王ケトス”とその愉快な仲間達も、帰路についております。残党を殲滅しながらの帰還なので時間がかかっておりますが……彼らが帰ってくれば、更に戦力は増す――無駄に時間稼ぎをしているわけではないと、ご理解いただきたい」


 言葉の区切りの隙をついたのだろう。

 懸念があったのか、私も知らぬ大陸神を守護神としたどこかの国の若き王が言う。


「申し訳ないのだが――ひとつ、よろしいか?」

「なんでしょう」


 若き王の質問に、皆の視線がナイフのように突き刺さっていた。

 この状況でエルフ王に逆らうのか?

 そんな咎めの視線であり、あまりにも鋭い視線の数々に若き王は畏怖を隠せず、汗をかき。


「ま、待たれよ――なにも反対や疑っているわけではないのです!」

「構いませんよ――あまりの事態ですからね。そう、おいそれとは信用できない、理解できないと言われても仕方がない事。外の世界の神や魔といった力が発動する事から、逆説的に異世界の存在証明ができていたとしても――この規模です。安易に信じろと言う方が無理でしょう」


 エルフ王としての微笑と落ち着いた声は、周囲の視線を和らげることに成功していた。

 まったく信用されないというのも困るが、こうも私という存在を妄信してしまうタイプが多いのも困る――。


 今回の経緯を語る私に耳を傾けるのは外部の者だけではない――当然、身内も入り込んでいる。

 大陸神や各大陸の有力者、そしてフレークシルバー王国の幹部たちである。

 そしてドワーフ皇帝カイザリオンも参加しているのだが。


 ドワーフラビットを彷彿とさせる皇帝は顔を上げ。


『余はレイド魔王陛下を信じておる。その方針に反対はない、なれど……この魔猫達は本当に信用に値するのかどうか。それが多少の懸念なのではあるまいか?』

「と、おっしゃいますと」

『魔猫が強力な魔物であることは既に知っておる者も多い。しかしこやつらは大魔帝ケトスと呼ばれる異世界神の眷属なのであろう? このまま混沌世界を占領するのではないか……そう疑う者がいても不思議ではあるまい。現に今、彼らはこの世界の民を使いグルメを集めさせておるではないか。まるで奴隷のようとまではいわぬが、人類に奉仕させることを当然と思っておる魔猫は多い』


 まあ猫なので、人類に奉仕させることは当然だと思っているだろう。

 それの何が悪いのですか?

 と、答えそうになるが理性でそれを押しとどめ。


「まあご懸念はわかりますが、実際問題として彼らの存在なくして魔猫陛下は守れないでしょうからね。必要とあらば、グルメを要求する彼ら魔猫の奴隷となる必要もあるかと」

『レイド魔王陛下の仰ることは理解できる。単純な魔力総量の話として、こやつらの力は大陸神とも並ぶほどであるからな。しかし、いまこの世界には多くの異世界神が滞在、それだけではなくこちらは、この世界をお創りになられた女神様が力を貸してくださっておる……魔猫の助けがなくとも、守り切れるのではないか。そういう意見が出ておることは確かなのでありまする』


 ドワーフ皇帝カイザリオンは、各国の王の気持ちを代弁するように私をじっと眺めていた。

 ドワーフ語ではなく共通語なので多少の違和感はあるが、ともあれ。

 こうした疑問をここで口にしてくれることは非常に助かる。


 魔猫へのグルメ提供が本当に最優先されるべきことなのか?

 そうした懸念を抱いたままで、動き続ける事はあまり良い状況とは言えないだろう。

 だからこそ、ここで皆にその重要性を説く必要がある。


 実際、カイザリオンもそのつもりで私に話を振っているのだろう。

 巨大モフモフな皇帝は、少し不器用なウインクを私に送り――先を促しラビットスマイル。

 モフりたい感情を抑え、皆に伝えるように私が言う。


「魔猫がいることのメリットは戦力増強もありますが、単純な話。彼らがここにいる、それ自体が重要なファクターとなっているのですよ」

「いること自体でありますか」


 先ほどの若い王のオウム返しに頷き。


「はい、極端な話。仮に魔猫達が戦力として弱かったとしても、彼らにはいて貰う価値があるのです」


 話を聞いていたマルキシコス大陸の主神、大陸神マルキシコスが背中からも二本の腕を顕現させ。

 四つの腕で、腕組みをしながら武人の瞳を細め。


『よもや貴様、魔猫をただでたいだけではあるまいな?』

「おや、鋭いですね。ある意味で正解です」

『はぁぁぁぁ!? なんだと! きさま! 武器や防具の製造依頼よりも、魔猫へのグルメを優先させておいて、愛でたいだけだと!?』


 声こそ武人で凛としているが、マルキシコスとしては私を追及し嫌がらせをしたい。

 といった様子である。

 一見するとまともな神に見えることもあり、人類は大陸神としてのマルキシコスに畏敬の眼差しを向けているが……実際はなにかと痛い目に遭わされた私への、ちょっとした復讐。


 事情を知っているだろう他の大陸神のジト目が、マルキシコスに突き刺さるが本人はどこ吹く風。

 まったく気にしてはいなかった。

 ともあれ、人類の王たちに誤解されたままなのは困る。


 内心では勝ち誇り理知的な武人を演じるマルキシコスに、私は微笑みかけ。


「今回の案件の黒幕は私と性質を同じくする魔導書。世界平和のために暴走してしまった、一種の魔道具です。しかしその趣味嗜好は似ていると考えられます。そして私は魔猫に対して手を出せない、愛でていますからね。それは攻撃したくないという感情の問題ではなく、実際に縛りとなって攻撃できない状態となっています。つまりは――」

「レイド陛下が魔猫に攻撃できないように、レイド陛下とかつて同一存在だった魔導書も魔猫には手を出せない。遠距離からこの空中庭園を大魔術で攻撃し、魔猫陛下だけを回収するといった強硬手段をとる事もできなくなっている。そういうことでしょうか?」


 私が望む回答を告げたのは、今や立派な女王となっているピスタチオ姫。

 海のような髪を靡かせ、凛と佇む美しき女王の言葉を肯定するように私は言う。


「その通りです、更に言うならば相手がこの世界を破壊し、生き残った魔猫陛下だけを回収するという手段も取れないでしょう。魔猫たちがいるからこそ、この世界はまだ無事といった考え方もできますね」


 大陸神の目線を受けた若き王が言う。


「つ、つまりは、あなたが猫に攻撃できないから、魔導書もこの空中庭園には攻撃ができないと?」

「その通りです」

「そ、そうでありますか……。仰りたいことと理屈はわかりました。しかし……相手は本当に、その、楽園と呼ばれた神の園にいたあなたと同じ存在なのかどうか……。確定情報なのでしょうか? そもそもです、この世界の危機だと思われていた事態が、宇宙と呼ばれる夜空の奥に広がる無限空間の危機だと言われても――」


 信じられないのが普通である。

 時間があれば一応は神と信仰されている”大陸神”を通じ、神の言葉や宣託として、宇宙の危機だと伝達して貰うこともできたのだが。

 獣人族と思われる他の王が言う。


「既に何度もこの世界の危機を救っておられる貴殿、エルフ王陛下がそう仰るのならば、そうなのでしょう。しかし、しかしです。仮に敵の想定が外れていた場合は魔猫を囲っていることは無駄となってしまうでしょう。彼らのグルメのみに注力せずに、武具の開発も同時に進めるべきではないか。老獪な身としては、そう具申いたしたい所ですな」


 賛同の声は多少上がっている。

 実際、彼の意見は筋が通っているのだ。


 だが――現実を知っている者は違う。大陸神などは気付いているのだろう。

 はっきりといって彼らの装備をどれほどに鍛えても無意味。

 誤解されたくはないのだが、彼らが無能だと言いたいわけではない。

 舞台は既に創世の女神達ですら最強とはいえない領域、文字通りレベルも次元も違うだけなのだ。


 だが、そう言ってしまうのは彼らの士気を下げてしまう。


 どうしたものかと考えていると、大陸神マルキシコスが空気に便乗し。

 ニヤリ。


『だいたい、本当に敵は貴公とかつて同一だった者、魔術を作り出した魔術の祖などという強大な存在であるのか? いや、それよりも全てが貴公の妄想、例えば敵の精神支配にあって、そう思い込んでいるだけ。そういう可能性も考慮するべき案件なのではないか――我はそうも考えるが、如何か、人類の王たちよ』


 この男、ここもおそらくはただ嫌がらせがしたいだけである。

 心の狭い神に私は苦笑し。


「本当に精神支配にあっているだけの妄想、だったら良かったのですがね」

『むぅ? なにやら確信めいた顔であるが、相手がその、例の三分の一の欠片だという根拠でもあるのであるか?』


 問いかけに、私はやはり悲しく笑ったまま。

 真偽を判定する魔道具に手を乗せ。


「かつて私も何度か、そのような世界平和の方法を考えたことがあったからですよ。もちろん、ただの思考実験。もし皆が望む完璧な平和を実現するにはどうしたらいいか、仮定の話ではありましたが……確かに、今の魔導書の行動は私の思考と類似している。皆の幸福を平等に考えた結果、全てを台無しにしてしまう。こんなバカげた理想を実行してしまうような者は、愚直な聖人ぐらい――沈黙の世界平和を善意で願い、本当になそうとしているのでしたら、おそらくは私でしょうね」


 他の者ならば、実行はしないだろう。

 だが、私ならば違う。

 言いたいことに気付いたのか、大陸神マルキシコスが頬に汗を浮かべ言う。


『貴公ならばやりかねないと?』

「ええ、状況が変われば――今の私とて同じ手段を取るかもしれません」

『分からぬな、なぜそこまで平和について妄執を抱く。だいたい、楽園にいたという貴様は何者だったのだ。我ら神はそれぞれに神の因子を持っている、我が剣神アレスの流れを汲んでいるように、女神アシュトレトがイシュタルの流れを汲んでいるように。貴様にも、元となった神がいる筈ではないか。だが、我には思いつかぬ』


 大陸神は魔物なので、また話が別なのだが。

 ともあれ。

 すうっと息を吸い、大陸神マルキシコスは言う。


『貴様は、何者だ』


 その問いかけには答えられない。

 答えてはいけない問いかけであり、その名は大魔帝ケトスによる封印され独占されている。

 おそらくは……答えてしまうと、この三千世界は消えてしまう。

 そんな直感もあり、私は言える範囲で答えを出していた。


「全ての命の安寧と平和を願った者。そして、人類にそうであれと望まれた救世主――でしょうか」


 ある意味で、私は女神達と同じ。

 それは召喚に近い現象。

 そうであれと、人類に望まれ、祈りによって力を得たのかもしれない。


『なるほどな”禁忌なる者”――名を明かすと世界が消える存在、口にしてはならぬモノの類か。確かに、そういった存在がいることは知っている。人間よりも小型の人類や、閃光を放つ巨大な目玉の魔物などがそうだと言われていたか。納得するしかあるまい、深く追求する事を世界は許さぬであろう』


 嫌がらせ目的だっただろうマルキシコスだが、彼の言葉は成功。

 存外に良い方向に話を進めることができていた。

 私は言う。


「というわけで――事態は深刻。この世界が滅ぶといった規模ではなく、全世界、全生命の問題となっているようです。可能ならば、全てのモノの協力が必要だと私は考えております」


 どうか、力をお貸しくださいと話を締め――。

 とりあえずの事情説明は終わった。

 まあ結局は魔猫をもてなすグルメをよろしくお願いします、という、なんとも反応に困る内容ではある。


 それでも支持を得られたのは、私がそれなりに世界のために動いていたからだろうか。

 まあ女神達もこちら側にいるという事もあるか。

 ともあれ。

 後は身内でもう少し、話を詰める必要があるだろう。


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