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第202話 巡り会う勇者と魔王


 ここは引き続き、魔術国家インティアル。


 戦闘を継続し続けているので、正確な時刻は分からない。

 数度の日没と夜明けを繰り返しているが、こちらの被害はゼロ。

 上空を飛びながら、私は杖を回転させ敵が顕現するより先に退治。


 また敵の出現位置に先回りをし、退治。

 退治。退治。

 退治。退治。退治。


 精神耐性が低い者ならば、既に発狂していただろう。


 周囲は謎の敵の存在で、少し荒れて……はいなかった。

 冒険者・商業、共にギルドからの特需の依頼があるためここが稼ぎ時だと、負債を抱えている国なだけに皆は元気に活動中。

 できることならば安全な場所に避難して欲しいのだが、私が対処しているからと安心しきったようでクエストを消化している模様。

 私が拠点としていた孤児院教会でも、施設の子供たちがブンブンブン!


 魔猫用グルメの素材取りをしながら私に手を振っていた。

 他の民も一応は私のおかげで国が安定したと判断しているらしく、応援の声がそこかしこから届いている。

 応援は魔力となって私を強化してくれていて、とてもありがたいのだが……。


 やはり先ほども触れたが、流れ弾などもあるのでどうか避難して欲しいと願うばかり。

 まあこちらも死者を出すわけにもいかないと、応援の魔力を受け全力で行動。

 女神達も多くの大陸を渡り歩き、創造神として侵入者を排除している最中。


 ともあれだ。

 空から山へ、山から川へと行ったり来たりしているのは、相手が私の即死戯曲への対策をしてきたせいでもある。


 相手に曲を聞かせれば問答無用に即死させることができるのだが。

 逆に言えば、聞かなければ問題ない。

 即死効果が発揮する前に、敵はすぐさま別の空間に転移してしまうようになったのだ。


 まあ、即死といっておきながら即座に効果を発揮できていない、曲の構成に問題があるのかもしれないが……ともあれ。

 これはおそらく、魔導書の私による指示だろう。


 相手は元は一つだった私なのだ。

 私がやりそうなことを先読みし、対処してきているのである。

 しかし――やはり逆に言えば、こちらもこちらで相手がやりそうなことは把握できている。


 どちらも戦力のぶつかり合いであるが、相手が勝っているのは圧倒的な数だけで、戦力の質はこちらが圧倒的に有利。


 私は防戦を選んでいた。

 こちらは時間を稼げば有利になるからだ。

 グッスリと眠っている三毛猫こと魔猫陛下が目覚めてくれれば、こちらははっきりといって勝ちが確定する。


 三分の二の欠片ともいえるので、相手とも有利に戦えるようになるだろう。


 だが……まだ彼は目覚めていない。

 ……。

 そもそもだ。勝ちが確定などというのはフラグになるかもしれないので、あまり口には出来ないか。


 つまりは、こちらは防戦。

 転移を繰り返し勝利し続けているものの、ただ敵を排除して回っているという状況は、あまり変わらず……。

 今も私の魔術が、空間の切れ目を遮断。


「汝に呪いあれ――呪殺魔術:【残り一秒のカウントダウン】」


 次元の隙間から飛び出る直前の相手の頭上に、残り一秒のカウントダウンが入り。

 ゼロと表示された時点で、即死。

 バアルゼブブ直伝の呪いで相手を呪殺し、戦闘終了。

 やはりこちらも耐性を無視した即死である。


 だが、戦闘は終わらない。

 夜明けの光を受けながらも、私は街の空に次元の狭間を発見。

 対処するべく別の空中に転移。


 詠唱代わりに指で空を弾こうとするが――。

 今回の空で先に動いていたのは、パンツスーツ姿の人間の中年女性だった。


 例の援軍の勇者である。


 なぜかと言うべきか。

 やはりと言うべきか。

 大魔帝ケトスに頼まれた彼女は、私と同行。


 今もこうして共に魔術国家インティアルを警備しているのだ。


 こちらに気付いた彼女は私を目にし、不敵な笑みを浮かべ。


「悪いけど、ここはボクに任せて貰うよ」


 正確にいうならば同一個体ではないが……。

 かつて自分を殺した相手がこうも平然と話しかけてきているというのは、なかなかに得難い体験。

 ではあるのだが。


 露骨に嫌な顔を作ってしまいそうになる表情を引き締め。

 私は薄らと、冷たい口調で言葉を発していた。


「ここはあなた方にとっては異世界。魔術法則が異なります……あなたの能力をこちらの世界の魔術式に変換するには、わずかなラグがある。つまりは何が言いたいかというと、私がやった方が効率が良い筈ですが」

「はいはい、キミはロジカルというか面倒で融通が利かない性格みたいだねえ」

「訂正を要求します、面倒な性格ではありません」


 勇者は昔にはみせなかった主婦の顔で。


「いや……その訂正要求こそが、まさに面倒そのものな気がするけどね。まあいいか。ここはボクがやりたいと言っているんだから、顔を立てておくれよ!」


 一方的に言って――勇者はマッハと表現できそうな速度で空を飛翔。

 無数の聖剣を纏う彼女は、そのまま魔力を解放していた。

 それぞれの聖剣を七色に輝かせ、周囲に展開したのだ。


「さあ行くよ、ボクの聖剣!」


 おそらく魔力の塊と思われる七つの球体を周囲に浮かべ、剣に纏わせ魔力を注入……聖剣に魔力を注ぎ込み、そのエネルギーを閃光ビームとして解き放つつもりなのだろう。

 さきほどから手を変え品を変え、様々なスキルや魔術を試しているようだ。


 混沌世界で戦闘を重ね、早くこちらの世界の法則に順応したい。

 というのが、戦う者としての本音ではあるようだ。

 問題は私の心情である。


 正直、こちらとしてはまだこの勇者を信用できていない。


 なにしろ彼女は一度、勇者の役割に飲み込まれ私を殺しているのだ。

 あまり順応され過ぎるというのも考えものなのだが……。

 考え方を変えれば、たしかに彼女が私の周囲で動くのは良策なのだ。


 おそらく、魔猫陛下を奪還できないとなると……敵が次に狙ってくるのは私である。

 そして私相手ならば雑魚をけしかけても無駄。

 ならば魔導書の本体がやってくるだろうが、その魔導書こそが平和を望んだ私の一欠片ならば、まさに宿敵。


 彼女ゆうしゃならば私殺しの特効を持っているのだ。


 彼女はかつて私を殺した存在。

 私を殺した斧勇者ガノッサに、”神殺し”や”救世主殺し”の情報が付与されたように、彼女にも”魔王殺し”の情報がステータスに追加されている筈なのだ。

 つまりは戦力になるメンツの中では、一番に”魔導書の私”を殺しやすい能力を身に付けている状態にある。


 私への特効でもあるので、油断もできないわけだが。

 複雑な心境な私の前、勇者はパンツスーツで気取ったポーズを取り――、一瞬だけ……ぞっとするほどの表情を作っていた。

 かつての、勇者としての殺意が漲っていたのだ。


「それじゃあ悪いけど、キミたちにはボクの経験値になって貰おうか。悪いとは思わないでおくれ、ボクはボクで夫を守らなければならないからね」


 勇者が放つ光の閃光が、敵がいる次元を攻撃。

 弾ける虹色の輝きは魔力の暴走。

 その輝きを眺める彼女の表情は、やはり鋭い。


 夫を守る気だからこそ、そして一度誘拐されているからこそ本気なのだろう。

 彼女の聖剣には、端正といっていい主婦の顔の凹凸が、くっきりと浮かび上がっている。


 しかし敵はその背後からも再出現。

 それを読んでいたらしい勇者は――振り返ることなく、聖剣で空を薙ぐ。

 不敵な微笑が剣に反射して――その直後。


 背後の空。

 その狭間から、ぐじゅりうじゅりと、にじみ出てきている敵を原子レベルで分解。

 結晶が砕けるような嫌な音を立て、敵はやはり姿をみせることなく全滅していた。


 カツンと、空中に飛んでいるのに空を蹴り上げローヒールの音を鳴らし。

 勇者は最後の仕事を実行。

 足元から魔力の渦と波動を展開。


「ここはキミたちの場所じゃない。元居た世界に帰りなよ――」


 割れた次元を補強し、二度と開けぬように空の法則を書き換えていたのだ。

 敵は一掃された。

 魔術国家インティアルに被害はなし。


 聖剣を用い未知の敵を軽くあしらった勇者は、ふぁさり。

 顔にかかりかけていた髪を手の甲ではじき――少しの間の後。

 じぃぃぃぃぃっとこちらを見て。


 空に飛んだまま腕を組み、私に言う。


「なにを辛気臭い顔をしているんだい」

「いえ、別に――ただ、世界に支配され勇者というロールを与えられ殺戮マシーンとなっていたあなたと、こうして普通に会話ができるという事自体が驚きでして」

「殺戮マシーンね、言ってくれるじゃないか」


 まあ事実だったけれどね、と現代風な異装”パンツスーツ”と髪を靡かせ勇者は手を翳す。

 その手の先にあるのは、カード。

 魔術とは違う……異能とでもいうべき力を発動したのだろう。


 カードから何かを召喚する力のようだ。


 先ほども空の隙間から敵が出ないように封印したが、それでは足りない。

 魔導書が送り込んでくる敵の通路、次元の狭間を”カードから顕現させた針糸”で念入りに縛り、封印。

 こちらよりも早い対応で、魔術国家インティアルの危機を再度救ってみせていたのである。


 彼女は人間だ。

 しかし明らかに人間を超越している。

 そこにはなにかしらのインチキがある筈と、私は瞳を細め。


 ああ、と思わず息を漏らしていた。


「魔術とは異なる力ですか」

「ん? ああ、今はもう落ち着いているけれど――転生したボクが住んでいる地球では、一般人に異能の力が発現しだしていてね、一騒動あったのさ。まあ異能といっても結局、突き詰めれば魔術。キミが作り出した魔術式に辿り着く。個人のみで使われる魔術体系の一種だと思って貰っていいよ」


 勇者の説明を頭の中で翻訳し、私は言う。


「なるほど、それはカードに記された効果を発動させる異能というわけですか」

「ご名答。ボクは詳しくないけれど、こういうのはトレーディングカードゲームっていうんだろう? これは実際に販売されて、客が付いたカードの効果のみを現実化させるって異能さ。つまりは勝手にカードを作っても効果を発揮するわけじゃない。誰かに認められる必要があって、認められて初めて効果を発揮できるようになる」


 それは崇められて力を得る、信仰された神と似ているか。

 相手が持つカードをコピーしてみせ、手の上で回転させ私が言う。


「つまりは心の力を利用していると」

「魔術の基本、基礎原則だからね――全ての異能も結局はキミのものさ」

「私のモノかどうかは別として、それはあなた自身の異能ではないようですが」


 おそらく異能能力者からカードの力を借りていると考えられる。

 そのカードの持ち主はよほどの経営手腕なのだろう。

 かなり規模の大きいカードゲームならばこそ、力も絶大。

 多くのユーザーが使用するカードゲームを維持することで、一種のカルト的ともいえる心を集結させ、力の導線としているのだ。


 指摘に彼女は素直に苦笑し。


「ああ、大魔帝ケトスが部下みたいに使っている人間の異能者、爬虫類系イケメンくんのゲーム会社の社長さんの異能さ。状況を説明したらカードを貸してくれてね、全盛期より老いたボクの力をブーストさせているってわけさ」

「老いた……ですか」

「見ればわかるだろう? こう見えてもボクはもう――」

「分かりませんね、あなたほどの転生者ならば老いを止める事とて容易なのでは?」


 問いかけに、勇者は多くの思い出を感じさせる顔で。

 穏やかに眉を下げていた。


「できるできないの話ならそりゃできるけれどね。けれどボクはそれを選ばない。まあ死んでも転生するからね、また旦那に探して貰って、またボクたちは恋をする。寿命の違う存在だ。けれど、ウチの旦那は永遠に生きる存在だからこそ、何度だってボクを捕まえてくれるさ。そういう選択。そういう恋だってあるだろう? ボクはいま、とても幸せなのさ」


 恋。

 あの勇者に似合わぬ言葉は、また聞こえた。


 彼は、この世界とは違いたった一人の勇者であり。私という異物を排除するために世界が選び出した、生きた人間兵器のような存在だった。

 善悪など関係なく、ただ世界を乱す”魔を統べる王”たる私を消すために、最終的には自我を失いながらも蠢いていた。


 本当の意味で、勇者とは。

 世界が作り出した殺戮マシーンのような存在だったのだ。

 その筈なのに。


「恋ですか――それもまた、転生しても巡り会う愛の誓いとは……なんともメルヘンですね。けれど」


 転生した勇者は、完全に別人なのだろう。

 たしかに元は大魔帝ケトスに殺されたもう一人の勇者だったのだろうが、あくまでも前世がそうだっただけ。

 私のように、脳内で流れ続ける映画館のような記憶を維持しているだけなのだろう。


 だから私にはもはや、敵意は浮かばず。

 私の脳裏には、恋や愛、心を知り始めた女神達の顔が浮かんでいた。

 だから存外に、穏やかな声が漏れていたのだろう。


「それは、たしかに――ロマンティックではあるのかもしれませんね」

「ああ、ボクは生まれ変わってロマンティックをしているのさ。キミはどうなんだい?」

「私は――そうですね。どうなのでしょうか」


 生まれ変わった私がしようとしていたことは、魔術を消失させることだった。

 けれど、その考えも既に変わっている。

 ならば、何を目標にこれからを生きるべきか。


 国民を守る、国を守る。

 それはたしかにそうだ、けれどもっと別の意味で……何か目標があれば。


「私も、あなたのように微笑むことができるのでしょうか」


 思わず、考えが口に出ていた。

 当然、それは相手にも聞こえていたようだが、彼女はあえて聞こえなかったふりをしたようだ。

 まあ、臭い言葉であったので感謝するべきだろう。


 その後も、魔術と異能のエフェクトが空に鳴り響き。

 敵に対処。

 かつて敵対した私達は空を駆け、命と世界を守るために敵を殲滅し続けた。


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