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第201話 眠る三毛猫陛下の護衛(ガーディアン)


 魔猫陛下の救出には成功した。

 事態は好転したものの、彼は魔導書の私により深い睡眠状態を付与され、いまだにスヤスヤスヤ。

 救出してみると三毛猫だと分かるのだが……。


 なんとも心地よさそうに眠ったままなのだ。


 今現在、眠る魔猫は空中庭園の最奥で、療養中。

 座布団やクッションの上で、それはもうグッスリと惰眠を貪っている。

 まあおそらくは、奪われていた夢世界の魔力を回復するべく、眠りについているのだろう。


 最も優れたガーディアンと思われる、大魔帝ケトスの配下の魔猫の群れに守られ、目覚めを待っている状態にある。


 本来は南の大陸についての話し合いだった筈だが、あの流れだ。

 当然、大魔帝ケトスとは協力関係を構築済み。

 問題なく彼らとの同盟は結べている状態にあった。


 ただ、少し懸念がある。

 大魔帝の影響か、空中庭園に大魔帝ケトスが正式に出入りするようになったおかげで、空中庭園の魔猫達はさらに強化されたようなのだ。

 普段は女神アシュトレトの宮殿だった場所も、魔猫が占拠しドヤ顔。

 既にここは空に浮かぶ猫の楽園と化していたのである。


 まあアシュトレトも猫が嫌いではないらしいので、存在を認めているようだが。

 ……。

 三千世界に存在する多くの魔猫が、大魔帝に恩を返すべく、この空中庭園に顕現し続けているらしい。


 私も先ほど様子を見に行ってきたが、その姿は極悪ダンジョンそのもの。

 聖騎士姿の魔猫などは礼儀正しいのだが、さすがはあの魔猫の眷属――もちろんまともではない魔猫もいるようで。


 貌の部分が無……宇宙になっている、明らかに夢世界から連れ帰ってきただろうスフィンクスや。

 ムルジル=ガダンガダン大王のようにカボチャの頭装備をした……ハロウィーンのコスプレをしたような、二足歩行の猫が徘徊するようになっている。

 そのハロウィーンコスプレの猫が装備するのは、釘バットやバールやチェーンソー。

 物理で殴る事を得意としているようだが、名ありの魔物……”ネームド”ではなくとも強力。


 魔猫の種類は枚挙をいとわないが、その一匹一匹のレベルは既に大陸神並なのだ。

 よほどレベルを上げた魔猫達なのだろう。

 いつのまにか空中庭園の影の中には、猫の国ができていてやりたい放題である。


 影魔術で国を作っているのだろう。


 まあ、現実問題として影は第二のエリア。

 裏世界ともいえる影に、事前に国を置くことは有効。

 相手が夢世界を利用しているのなら、先に猫の国として乗っ取るのは良策なのだ。


 相手より先に空中庭園の影に猫の国を作ってしまえば、空中庭園に転移するまでに必ず猫の国を通過せねばならず、そこには跳梁跋扈ちょうりょうばっこする魔猫達。

 大陸神レベルの魔猫がうじゃうじゃしている場所を通らねば、通過ができなくなっているのである。


 空中庭園の防衛は完璧な状態となっていた。


 だがそれにも一つ大きな問題がある。

 それは現実的にかかるコストである。

 大量発生している魔猫の管理や、維持費に、私の兄クリムゾン殿下はかなり頭を悩ませているようなのだ。


 魔猫はよく食べ、よく飲み、よく眠る。

 しかもかなりのグルメ、舌の肥えた美食家ばかりなのだ。

 世界各国から緊急で魔猫用のグルメを取り寄せている状態となっているせいで、そのコストが馬鹿にならない額となっていた。


 だが魔猫の維持は三千世界の維持と繋がる。

 私は魔猫への食事や待遇を最優先事項とし、皆に動くように指示。

 皆はその指示に従い、全力で対処にあたってくれている。


 そんなわけで、ギルドの動きも活発となって大騒動。

 食材を求めるクエストや、調理師免許ともいえる一定以上のグルメスキル保持者を求める募集が、ギルドを埋め尽くし、阿鼻叫喚。

 冒険者ギルドも商業ギルドもパンク状態となっているのである。


 実際に”おいしいコロッケ”が作れるというだけで、ドラゴン退治に匹敵するほどの報酬が約束されているのだから、それに乗らない者はいないだろう。


 緊急依頼が増えた影響、いわゆる特需にて、調理系のスキルの持ち主が現在スキル上げの真っ最中。

 調理系スキルのレベルアップに必要なアイテムや書物も連動して特需となり、アイテムの材料となる素材や、書物製作が可能なクリエイター職も大忙し。


 もちろん、多くの事柄を扱っている私の兄、クリムゾン殿下も大忙し。

 今日も頭に悪戯魔猫を乗せた状態で、シュヴァインヘルト領やヴィルヘルム商会と詳細な打ち合わせをしているようだった。

 まあ、まだ全てを説明できておらず、大魔帝ケトスと協力することとなった事、そして魔猫陛下が奪われてはならない事、その護衛に魔猫が必須な事。

 とにかく魔猫を増やし、最奥で眠る魔猫を守って欲しいと告げたのみ――。


 後での事情説明を求められているのだが。

 事情を説明せずとも動いてくれている彼らには、感謝しなくてはならないだろう。


 なぜ私が事情を説明せずに動いているのか。

 もちろんそれにも理由がある。

 世界には混乱の種が蒔かれたままなのだ。


 大魔帝ケトスが放った無限アルティミックはいまだに敵の世界で連鎖爆発。

 無限に弾け続けているらしいが、世界平和を望む魔導書による干渉は続いている。


 女神達が作りしこの混沌世界に、敵がやってきているのである。


 空中庭園に直接の侵入はできないが、通常のエリアは違う。

 彼らは隙間を這いずり、混沌世界を制圧しようとその魔力を蠢かし日夜暗躍中。

 そんな敵たちに対処できる者は少なく、女神達も世界各国を転移し続け侵入者を退治。

 敵からの襲撃が落ち着くまではと、率先して私が動いているというわけだ。


 今も私は白銀の髪の隙間から赤い瞳と、伸ばす腕に掴んだ邪杖ビィルゼブブを輝かせ。

 きぃぃぃぃぃぃいん!


 黄昏のレンガ道。

 魔術国家インティアルの路地裏。

 私の詠唱が、響き渡る。


「夜を繰り返す果て、朝の陽ざしに包まれたならば――汝は悠久の静謐を得るだろう。昼の輝きは遠く、なれど黄昏の沈黙は汝が隣に、月が汝を導き絶たん。昼と夜の狭間に生きる女神よ、我に力を与え給え。我はレイド。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。幸福の魔王なり」


 女神達の力を借り受け、魔術そのものを強化し。

 更に詠唱を重ね。

 杖を二度回転させ。

 とん――!


 混沌世界の隙間から入り込んでくる夢世界の魔物に向かい、恒久的に対抗できるスキルを解き放っていた。


「女神輪唱魔術:【繰り返す反神曲アンダンテ】」


 女神達の力を借りて強化し、使用した魔術は補助魔術。


 一つ前に使った音に関するスキルや魔術を再度使用する、いわゆる繰り返しに特化した魔術である。

 アンコールやエコーといった、”事前に使っていた魔術を再使用する魔術”とほぼ同種類の魔術といえば、思い当たる者も多いのではないだろうか。


 ただし、今回は音に関する魔術のみが対象である。

 例えば吟遊詩人が、味方全体を強化する攻撃力強化の曲を奏でた後に、魔術師がこの魔術を使うと曲が再演され、もう一度効果を発揮するのだが。

 それにアレンジを加えた私は、半永久的に繰り返し鳴り続ける魔術へと改造。

 魔猫陛下を取り戻そうと暗躍、混沌世界に入り込んで来ようとする未知の敵に向かい――とある効果の曲を奏で続けていたのである。


 使用した曲は、いつかの戦いの時にも使った即死効果のあるバイオリン曲。

 編纂戯曲:【魔王の一撃】である。

 聞かせた相手に、耐性を無視して問答無用の即死効果を与える曲なので、どれほどに強い相手とて問答無用で倒し続ける事が可能となっていた。


 今も、効果は発動し続けている。

 次元を渡ってやってこようとする不埒な輩が、再び昇天。

 倒した未知の敵の経験値が、私に付与され続けていた。


 敵が、曲を聴き、昇天。

 敵が、曲を聴き、昇天。

 敵が、曲を聴き、昇天。


 耐性など関係なく次々と即死していた。

 それでも彼らは次々と顕現。

 魔猫陛下を取り戻そうと、日夜こうして次元を繋ぎやってくる。


 彼らが願う、”沈黙の世界平和”には、どうしても魔猫陛下の夢世界の力が必要なのだろう。

 そんな魔物退治の光景を見て、カカカカカっと音がしそうなほどに豪快に笑っていたのは、一人の人間だった。

 大魔帝ケトスの知り合いであり、地球で暮らす魔猫陛下の妻らしいのだが。


 既に中年に足を踏み入れた――。

 けれど凛としたキャリアウーマン風の女性が、にやり。

 妙に親しげに私に言う。


「へえ、キミ凄いねえ! 耐性を無視して即死だなんて、ボクが現役の時に敵に出てきたらたまったもんじゃなかったよ。いやあ、あんたが味方でよかったよかった! ははは! なんてね。ボクの助力は必要なかったようだね」


 一応の援軍だとやってきて、親しげに笑いかけてきたこの人間であるが。

 ……。

 私は思わず、沈黙。


 反応に困ってしまう。


 相手の名はヒナタ。

 おそらくは苗字だろう。

 かなり強力な聖剣の使い手で、攻守、物理魔術、どちらも可能な万能型の存在だとはすぐに理解できる。


 なぜ分かるのか。

 答えは簡単だ。

 彼女の転生前の職業は、勇者。


 そう、私という存在が複数存在するのと同様。

 関係が複雑だが――。

 ”私”という勇者に殺された魔王の欠片が存在し……そして同時に、パラレルワールドの存在ともいえる大魔帝ケトスの隣に、殺されなかった”魔王わたし”が存在するように。


 大魔帝ケトスと大魔王ケトスが同時に存在するように。

 パラレルワールドごとに人物は存在する。


 それは二匹のケトスが世界を繋げてしまったせいなのだろうが……。

 合流してしまったいまの宇宙には、同じ存在が二つある場合も多いのだ。

 つまりは、何が言いたいかというとだ。


 私を殺した勇者も二人いる。


 ただ、片方はもう完全に消滅している。

 私の世界の、私を殺し三分の一に引き裂いた勇者はその後、裏の三獣神に復讐され殺され、転生すらもできない状態となっているそうだ。

 だが、大魔帝ケトスの世界の勇者は違う。

 彼は魔王を殺せず――その側近たる魔族、大魔帝ケトスに殺され。


 転生していた。


 彼は人間の女性として生まれ直し。

 そしてよりにもよって、運命の出会いを果たしたのが魔王の記憶を持つ三毛猫の私。

 魔猫陛下である。


 先ほども言ったが、今、目の前にいる聖剣使いの彼女は魔猫陛下の妻。

 ようするに、本当に複雑なのだが……。

 私が言う。


「勇者よ、もう一人の自分が殺した相手に、よくもまあそうやって普通に話しかけることができますね」


 そう。

 大魔帝ケトスの世界の勇者は大魔帝に殺された後、世界を流れて別次元の世界へ。

 もう一人の私と恋に落ち夫婦となり、子供まで作っていたのである。


 まあ自分を殺した相手の同一存在とこうして再会する、というのもあまりできる体験ではない。

 貴重は貴重。

 だが正直、あまり気分はよくない。


 というのが本音なのである。

 なのに目の前にいるかつて勇者だった転生者は、ふっと主婦の顔で微笑し。

 私に非常に強力的な顔である。


 私を殺した勇者は、カマキリのように無機質な殺戮マシーンと形容できそうな存在だったが、彼女は違う。

 感情の塊。

 押しつけがましいほどに、明るいのだ。

 まあ転生したら既に別人、まったく同じ性質や性格になる方が稀。


 転生というのはこういうものなのだが……。


「キミはあのケトスですら時間がかかっていた案件を即座に解決してみせた。ようは夫を救ってくれた恩人だからね、まあ協力するってのも当たり前だと思うんだが。どうだい?」

「夫、ですか」

「ああ、キミの三分の一の欠片とはいっても、夫は夫。いまもね、ボクは夫を愛しているし夫もボクを愛している。キミに最大級の感謝を感じていても不思議じゃないだろう。ま、複雑な心境だっていうのは知っているが、ボクはキミを殺したボクじゃない。キミをそういった意味で意識はまったくしてないけど、夫の事は愛している。上手くやってくれることを願っているよ」


 その実力は本物。

 大魔帝側からの強力な援軍だが。

 絶対、あの魔猫はこの状況を楽しんでいるだろう……。


 自分を殺した相手と同じ存在が、自分ではない自分と結婚していた。

 そして今もラブラブ。

 短い期間に、二度も愛していると言い切った。


 悪夢としか言いようがないと、私はそう思うのだ。

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