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第200話 静かなる黒海の底から


 大魔王ケトスを呼ぶ私の声。

 確かに届いただろうその声に反応し、次元を渡りやってきたのは――。

 無数に蠢く、天使型の魔物の群れ。


 声は届いたが、それは大魔王ケトスにだけではなかったのだろう。

 見たこともない魔物はおそらく、猫になることを夢見た魔猫陛下の夢世界から抽出された、夢世界の魔物。

 現実世界とは法則の異なる、裏の三獣神ですら苦戦する相手。


 私は魔猫陛下を腕に抱いたまま、目覚めの魔術を維持しつつ瞳を、きぃぃぃぃぃぃん。

 鑑定の魔眼を発動しても結果はエラー。

 それでも彼らへの鑑定を継続し解析する私は、魔術を編みながら皆に詫びを告げていた。


「すみません、どうやら座標を示した影響でしょう。未知の敵まで引き寄せてしまったようですね、私のミスです。大魔王達かれらを呼ぶことを優先しすぎました」

『あらあらまあまあ! ふふ、今の旦那様でも失敗をなさるのですね』

「……ダゴン、なぜそんなにも嬉しそうなのですか?」


 私の言葉の通り、やらかした私に対する女神ダゴンの反応は歓喜。

 彼女はやはり、ふふっと微笑みを維持しながら口元に手を寄せ。

 淑やかだが艶のある声で告げる。


『全てを旦那様が解決してしまっていたら、あの時と同じですもの』

「あの時、ですか?」

『ええ、そう……あの時でございます。お兄様を殺されたあの方が魔性と化した時、あたくし達はまだ何も知らずに探したまま……彷徨っておりましたもの。全員が同時にではありません、いまだに気付いていない女神もいるのでしょう。けれど――少なくともあたくしが気付いた時には全てが終わっていた。楽園は崩壊し、生命のいない場所となっていました。あたくし達はあなたと共に楽園を滅ぼしたかったのですから、こうしてお手伝いをできるという事は至上の喜びかと存じますのよ』


 女神ダゴンが珍しく攻撃的な魔力をぶわりと浮かべ。

 周囲を闇の海へと沈め、フィールド変更。

 ぶわ! 冷てえぇな!

 と、一人だけ騒ぐ斧の勇者ガノッサの他は、海に沈んでも威厳を維持したままである。


 どうも緊急で勇者を噂で強化……レベルアップさせたせいで、魔術攻撃への耐性に懸念があるようだが。

 月影君が緊急で結界を張り、彼をフォローしてくれたので問題なし。

 ともあれ。

 こちらに迫りくる次元の狭間からの敵を認識しながら、私に提案をし始める。


『ねえ、旦那様』


 ダゴンが展開した”静かなる暗い海”と、夜の女神が維持する”オーロラ色の夜空”の下。

 ダゴンは濁流を周囲に纏わせ、ふふっと微笑み。


『あそこで蠢く夢の眷属たち、あたくしが倒しても構いませんでしょうか?』


 あまり積極的ではないダゴンにしては珍しい提案である。


「ええ、ただ裏の三獣神たちも帰還の途中でしょうから――彼らの行動に悪影響を与えなければですが」

『裏の三獣神、ですか……彼らは仲間と思って宜しいので?』

「何かご懸念が?」

『いいえ、ただお会いしたことのない相手を信用するかどうかは、少し慎重になられた方がよろしいかと。差し出がましいとは存じておりますが、人も神も猫も獣も……時が経てば心が変わるもの。旦那様が愛猫としていらした、愛しき魔猫閣下であっても、あちらがまだ旦那様を敬愛しているかどうかは……』


 まあ、もっともな意見である。

 彼女は私の安全を第一に考えているのだろう。

 心配してくれているのだ。


 それが分かっているからこそ、私は穏やかな苦笑に言葉を乗せていた。


「ダゴン、もしあなたが私と離れたとして。たとえば……そうですね五百年の時を経てもまだ、私に好意的でいてくれるでしょうか?」

『当然でございます。旦那様に救われた記憶も、思い出も、あたくしの中ではいつまでも色褪せることなく輝き続けるでしょう。あなた様は深淵へと沈められたあたくしが眺めることができた、唯一の光。汚泥の如きクトゥルフの逸話をつけられ海底へと沈んだあたくしが見た、希望。たとえ世界が壊れる日が来たとしても、あたくしはあなたの輝きを忘れません』


 まるで惚気のようだったので、周囲の獣神たちと下世話な話題も好きなガノッサの空気は「ほほー!」っとなっているが。

 月の女神と夜の女神は、ぬーん……。

 こやつ、隙を見ては自分をアピールしおってと呆れ顔である。


 ともあれだ。


「ありがとうございます。それを聞いて安心しました。おそらく彼らもあなたと似た感情を、持ってくれている筈。我が愛しき魔猫ケトスもまた、私を忘れてはいない。そう思うのです。他の二柱も、同様です。まあ、これが私の驕り昂りならば、反省しなくてはいけませんが。私は、彼らがまだ私を大切にしてくれていると信じております。たとえこの私、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーが、所詮はかつてあの方と呼ばれた存在の、三分の一の欠片だとしてもです」


 どうかあなたも私と一緒に、信じてあげてくれませんか?

 と、私は女神ダゴンにぎこちない、不器用な笑みで微笑みかけていた。

 いつかのあの日、楽園で悩むダゴンに声をかけた、あの時のように。


 ここはダゴンが生み出した海の中。

 夜空を反射する、キラキラと輝く深淵の底。

 けれどまるで、あの日の草原の風を受けたように、ダゴンの髪と瞳は揺れていた。


 さぁぁぁぁぁっと、波の音が響く中。


 その口元に、ふふっと淑女の仕草で手を当てて。

 ダゴンが言う。


『ふふ、そうですわね。旦那様がそこまで言うのでしたら、承知いたしました』


 まあ実は、さきほどの私の理論だと、大魔王は同じように魔導書となった私も慕ったままなのだが。

 おそらくは……裏の三獣神も真実を知れば、暴走している”世界平和を望む魔導書わたし”を止めたいと願ってくれるだろう。


『旦那様? 何かおありでしょうか?』

「いえ、それでは向かいくる敵への対処は貴女にお任せします」

『畏まりました――明け方の女神としての実力を少し、披露させていただきます。皆様どうか、おさがりを』


 告げたダゴンの放った淀んだ魔力の波が、オーロラ空間を侵食。

 オーロラの色の切れ目から、うじゅりぬめりとした、形容しがたい謎の触手を顕現させ。

 怪音を発生。


 うぃわぉぉあういわこいうぃヵい!!!!!!


 言語にならぬ言葉を発する触手が、次元の隙間に入り込み。

 こちらに向かっている敵を倒そうと、ダゴンが指を伸ばした。

 その時。


 ダゴンの活躍を眺め。

 大魔帝ケトスが、じぃぃぃぃぃぃぃぃ。

 しばし考え。

 にゃはりと悪い顔を浮かべ……。


 ……。


 この反応は。

 私のケトスも昔によくしていた。

 悪戯顔。


 自分より目立つのは生意気じゃないかニャ?

 と、対抗意識を燃やしているのだろう。

 彼は自分の得意とする武器なのだろう、猫目石の魔杖を取り出し、コソコソコソ。


 しっぽを立てて、小刻みに揺らし……再度、悪い顔。


 何をこんな時にと思うが、それが魔猫であり魔帝。

 彼の変わらぬ性質なのだろう。

 ダゴンもそれに気付き。


『え!? あら?』

『すまないね――! でもやっぱり、ここは私が目立つべきだと、そう思うんだよね~!』


 猫の口調で告げて、くはははははは!

 モフ毛から闇の霧を発生させ――。

 ザザザ、ザァアアアアアァァァァ!


 時魔術を制御していた術を切り替え、モフ毛を膨らませ赤い瞳をキラリ!

 次元の隙間に顔を突っ込み。

 詠唱を開始。


 問答無用な破壊の魔術を発動させていた。


 次元の隙間の奥には、魔導書たる私が支配する別次元ともいえる宇宙が存在していたのだろうが……いたるところで光の柱が弾けて、連鎖爆発。

 それこそ隕石を降り注がせる天体魔術以上の、大規模の破壊のエネルギーが荒れ狂いまくっていた。


 閃光のように消える銀河。

 惑星ぐらい滅ぼせるだろう大規模の破壊を背にして。

 ビシ、ズバ!


 猫の身体で器用にポーズを取り。

 くははははははははははははは!

 大魔帝ケトス、お得意の哄笑である。


『くくく、くははははは、くははははははは! いやあ、爽快爽快! やっぱり遠慮せず攻撃魔術をぶっ放せる状況って、いいね~!』


 呆れる息子を目の前に、彼はダゴンから活躍を奪い。

 次元の隙間に発生していた敵を、たった一撃の魔術で沈めていたのだ。


 獣神たちは知っているので、まーたやらかしおったか……と通常の顔だが。

 月の女神と夜の女神。

 そして勇者ガノッサは違う。


 今使われた魔術の基礎構造は、こちらの世界での、人類最強の攻撃魔術【核熱爆散アルティミック】。

 そのアルティミックの規模を拡大。

 一発一発の威力をアルティミック以上にした粒子を、魔術で更に操作し弾けさせ【魔力暴走状態】を形成。


 銀河を破壊できるほどの威力、つまりは計測不能なレベルの攻撃魔術へと昇華させていたのだ。


 説明しがたいが、ぶつかった玉が複数の玉を巻き込み更に弾け飛び、飛んだ先でまた多くの玉とぶつかり――と、連鎖し続けるビリヤードの玉を想像して貰えばいいのかもしれないが……。

 それをアルティミックでやってみせているようである。

 あえてこちらの世界の魔術を使った事で、格の違いをこちらの女神達にアピールしたいようだ。

 偉そうな髯をピンピンにして、ドヤァァァァァ!


 意味のある悪意やあてつけではなく、ただのネコの対抗意識だろう。


 ともあれ次元の狭間の景色は、少しこちらからも確認できるのだが。

 ……。

 永続的に発動する、天体規模の極大アルティミックの光で包まれ真っ白である。


 そんな、文字通り次元の違う魔術を見て。

 何を思ったのか。

 勇者ガノッサが、ぼそり……。


「おい、これ……本当にあっちにいってる連中、無事なのか?」

『えーと、君は……』

「斧の勇者ガノッサだ」


 トイレ直後の猫のように、テンションが上がったままなのだろう。

 大魔帝ケトスは悪戯魔猫の心と口調で、くははははは!


『そうだったね! いやあごめんごめん。私、人間の名前を覚えるのが苦手でね。ともあれ、大丈夫。彼らは今の魔術程度じゃあ死なないし、ちょっと大ダメージを喰らうだけで無事にそのまま帰ってこられるんじゃないかな?』

「大ダメージ!?」

『いや、本当に大丈夫だよ――だいたい、あの程度で死ぬんだったら、前に戦った時に苦労しなかったし。今、貴様、なにをしやがったんだい? って感じのキレそうになってる抗議のメッセージが、あっちの三匹から届いてるし』


 そ、それは大丈夫とは言わねえだろ……と。

 意外に真人間な勇者は露骨に息を漏らすのみ。

 ともあれ。


 とりあえずの相手側からの攻撃は、今回は撃退完了。

 出番を盗まれた女神ダゴンに、ぷぷっと勇者ガノッサが笑っているのだが……。

 まあダゴンがそこまで気にしていないから問題はないだろう。


 裏の三獣神は大魔帝ケトスが言うように、無事。

 彼らは大ダメージを受けたが即座に回復。

 残党を倒しつつも、時間をかけて帰還するようだった。


 あの規模の大魔術であるのに、残党がいる。

 その時点でまだまだ油断できないと理解している者もいるのだが。

 ともあれ、僅かな猶予が生まれていることに違いはなかった。


 敵は歪んだ平和を望む、私。

 まずは私の腕の中の魔猫陛下わたしを起こすべく、私は目覚めの魔術を行使し続けた。


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