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第198話 バグ技―前編―


 眠る魔猫と化したもう一人の私を見せられている面々は、しばしの沈黙。

 彼を眠らせ、特殊な空間に閉じ込めることでその夢世界のエネルギーを吸収。

 世界から生命を断つ力の”根源”とするつもりなのだろう。


 映像はさながら、眠るニャンコのイメージビデオなのだが……。

 実際は宇宙の危機。

 ギャップは相当なものとなっている。


 あの能天気でマイペースな巨大熊猫ナウナウですら、ごくりとモフモフなパンダ喉を揺らし。


『もしかして~、これって~、世界の危機? なんじゃないかな~? ねえ、どう思う~? 大王?』

『汝が真面目な話をする程の案件であることは、確かであろうな』


 返すムルジル=ガダンガダン大王の表情にも余裕はない。

 ここに集う者たちはかなりの強者。

 一つの世界を支配するどころか、複数の世界を支配し思いのままにできるほどの強大な神々。


 そんな彼らでも、対処に困る案件。


 彼らに話があるのだろう。

 三女神たる女神アシュトレトと交代する形で、女神ダゴンが顕現し。

 披露したのは――私と同じ性質の、慇懃たる淑女の礼。


『初めまして皆さま、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー陛下の伴侶が一柱、女神ダゴンにございます』


 女神ダゴンもまた歪められたクトゥルフ神話の力を持つ者。

 夢世界については専門家の一柱。

 緊急事態という事もあり、アシュトレトの顕現に割り込んだのだろうが――。


 私の影の中、アシュトレトが勝手に交代するでないとご立腹。

 まあ同時に出てこられても、収拾がつかなくなるので構わないが……どうやら女神バアルゼブブもこちらも見ているので、交代を狙っているようである。

 それでも勝手に出てこないだけ彼女達も成長しているのだろう。


 こちらの影の中の葛藤を知ってか知らずか、大魔帝ケトスがダゴンに目をやり。

 髯をくねらせ。

 周囲に警戒を促すように語りだす。


『どうやら、夢世界の流れを汲んだ神性のようだね。そして、君からは聖書圏内の逸話を感じる。そうだね、おそらくは君はダゴン。旧約聖典に綴られ、魚姿の神と敢えて誤認させられ歪んだまつろわぬ神。その影の中でじっとこちらを眺めているバアルゼブブの親とされる存在、違うかな?』


 バアルゼブブが蠅の悪魔王と貶められる前。

 バールとされた時の伝承によれば、ダゴンとはバールの親。

 つまりは親子関係にあるわけだが――信仰によって召喚された彼女達の認識がどうなっているのか、その辺りは私も判断はできない。

 家族と判定しているのは確かなようだが。


 月の女神も夜の女神も、少し思うところがあったようだ。

 こちらの影にいる女神達の空気も、少し変わっていた。


 かつての神性を指摘されたのは、あまり面白くなかったようだ。

 けれど――ダゴンはまるで地母神のような微笑を浮かべ。

 黒い声。


『ダゴンとされることだけは確かでございます、大魔帝閣下。いえ、アンチクライスト。反救世主とお呼びした方がよろしいのでしょうか?』

『おや、分かるのかい?』

『あたくしも聖書圏内の思想により歪んだ神、新旧違えど閣下と同じく聖典に纏わる存在。同じバケモノの気配はわかりますので』


 先ほどダゴンが指摘したアンチクライストとは――。

 おそらく、三つの魂と心を持つとされる大魔帝ケトスの、人間部分の魂の正体。

 大魔帝の秘密に繋がる部分だけあり、かなりデリケートな話題なのだろう。


 大魔帝ケトスが率いる魔王軍の空気は若干、引き締まり始めている。

 一触即発とまではいかないが、警戒が強まる流れを断つように――パチパチパチ。


 大魔帝による肉球拍手が周囲のオーロラ空間に響き渡る。

 まるで一切の穢れのない、清廉な神父のようなハスキーボイスが、猫の口から紡がれていた。


『私の性質を言い当てるとは、本当に強大な神性のようだね。不躾に相手の正体や出自を口にしたのはこちらが先だ。こちらが悪い。皆、これでおあいこなので遺恨は残さない。いいね?』

『あたくしも配慮に欠けておりました』


 微笑みを絶やさぬダゴンは、すぅっと白魚のような指を胸元にあて。


『話を進めさせていただいても?』

『ああ、構わないよレディ』

『魔猫となられたあの方の夢世界の力は絶大でしょう。そもそも魔術の始まりが魔王陛下なのですから……あの方はいわば、クトゥルフにおける最高神アザトース。あの方の夢の中には宇宙と同じほどの世界が広がっていると同義。そもそもの話をいたしますとあの方と魔術の誕生により発生したリスタート、一度世界をやり直す際に発生した力こそがビックバン。この三千世界が生まれた時の力ともいえるのです』


 既に魔術師ではないガノッサは話から脱落。

 助け舟を求めるように私を見ているので、仕方がない。


「全ての事象には始まりと終わりがあります。魔術無き三千世界からの変革……魔術のある世界が誕生するきっかけこそがかつての私であり、全ての始まり。私こそが現在の三千世界と呼ばれるこの漆黒の海、宇宙の始まりという事です。故にこそ、全ての始まりである私が夢見る世界の力は――」

「だぁぁぁぁぁぁぁ! やっぱわかんねえよ! 理論なんてどうでもいいんだよ! で? 結局はあの捕縛されている魔猫のおまえをどう救出するかって話が、重要なんじゃねえのか!?」


 まあ正論である。

 腐っても勇者、かつて少年だった私を殺したときのように、希望ともいえる前へと進む力が強いのだろう。

 しかし、ガノッサの言葉に皆の反応は鈍い。


 ナウナウが言う。


『理想はそうだよね~、でも~、僕たちは~、アレがとんでもないレベルの結界に守られてるってなんとなくわかっちゃうんだよ~』

「だからなんだってんだよ」

『どうして魔猫陛下が使われているのか~、理論をしっかり把握して~。そこから救出手段を発見したいって思ってるんだよ~?』


 ナウナウの言葉をフォローするようにムルジル=ガダンガダン大王がナマズ帽子を揺らし。

 ぷふぅ……。

 またたびキセルを一服後、諭すような声で語り始める。


『ふぅぅぅぅぅむ……参ったな。既に大魔王ケトスに、ブラックハウル卿に魔帝ロック。かつて世界を滅ぼしかけたが大魔帝ケトスにより説得された、世界のラスボスとまで呼ばれていた彼等三柱。本体を混沌の時空に置く裏の三獣神が本気を出しても救出できぬ状態にある……その時点で詰んでいると言えなくもない。まあ、あくまでも救出が……であるが、非常に困難な状況と言わざるを得んだろう』

「あくまでも救出が……ってのは、救出を諦めればなんとかなるって言いてえのか?」


 咎めるような善性の勇者に、ムルジル=ガダンガダン大王がムゥっと猫の顔を歪ませ。


『だぁぁぁれも、そんなことを言うてはおらん! 余とて、大魔王ケトスとも友なのだ! あやつらの味方となってやりたいと思っておるわ! なれど、現実問題として……魔猫陛下と呼ばれる存在を見捨てて、非情なる選択を選ばざるを得んことも考慮せねば……』

「おまえらみたいなやばいモフモフ連中なら、なんとかできるんじゃねえか?」


 確かに、ここに揃っている獣神は強力な存在。

 だが。

 大魔帝ケトスがモフ毛を若干萎ませ、はぁ……と落とす肩に言葉を乗せていた。


『私達アニマル型の神は基本的に手加減ってものが苦手なのさ。だけど、その逆は得意。極端な話、誰かがなんとか魔猫陛下を一瞬でも救出できたら……敵のアジトっぽい場所に全員で得意魔術をぶっ飛ばせば、そこで終わりだし……いや、まあそれはそれで問題もあるんだけど』


 神父としての慇懃な声ではなく、魔猫としての砕けた声である。


「何か問題なんだよ?」

『いや、加減を間違えるとだね? 三千世界そのものが……たぶん、パカーンってね。膨らみ続ける風船に針を刺した感じになるっていうか、真空状態に力を加えた時みたいに、こう……宇宙が一瞬で、萎んじゃう、みたいな?』


 実際に風船を召喚して、パーンと割る大魔帝に呆れを浮かべたガノッサが言う。


「なんか、レイドの坊主が大量にいるみたいな気分になるな……」

「まあ、私も手加減は苦手ですが。しかしそうですね、まずは魔猫陛下の救出を優先しましょう。あれでも魔猫となることを夢見た私、おそらく彼を死なせてしまったら誰かを悲しませてしまうでしょうからね」

「いや、だからそれが無理だって話なんじゃねえか」

「さて、それはどうでしょう――」


 あてつけるような息を漏らす勇者ガノッサの前。

 私は苦笑し、腕を伸ばし。

 空間に接続していた。


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