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第195話 魔王をかどわかす者


 神のケモノと形容できそうな姿となった、禍々しい獣たる大魔帝ケトス。

 その憎悪の魔力は凄まじいが――。


 かつて私を殺したことを咎められた勇者ガノッサは、その殺気を正面から受け止め。

 あぁん?

 顔の古傷を大魔帝の魔力に反射させながらも、不敵に笑っていた。


「オレはオレがなすべきことをやった。あの時の選択を後悔したことは何度もあったが、それでも間違っていたとは思わねえ。悪いことをしたらとっちめる、それだけの話だ」

『ほぅ……羽虫よりも小さき塵芥の分際で、随分と囀りおるではないか』


 大魔帝の殺意は本当にすさまじい。

 あのナウナウが思わずパンダの獣毛を逆立て、ぶわりと毛を膨らませるほど――そう言えば、どれほどの状態かは理解して貰えるだろう。


 緊張の中。

 声を上げたのは、王妃のドレスと陽光を纏う昼の女神。

 バケモノを憐れむ顔で、彼女は口を開いていた。


『大魔帝ケトス……かの魔猫は魔王に拾われ、その運命を変えた。魔王を愛し、魔王のためならばなんでもしてしまう三獣神の一柱。主人を思う故の、譲れない本能か……哀れなケモノよのう』


 女神アシュトレトが大魔帝ケトスを止めようと本気の魔力を浮かべかける。

 だが、それを止めていたのは私。

 レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーだった。


「問題ありません、大魔帝はただ勇者ガノッサがどれほどの存在か試しているだけ。本気ではありませんよ」

『しかし、この殺意の魔力は……』

「まあ……多少は本気も含んでいるのでしょうね。自分の主とは異なる、多次元の私であっても働く忠義は見事といいたいですが。息子さんが見てる前で暴走されても困りますね」


 静かに告げる私の白銀の髪は揺れていた。

 魔力を足元から、柱状にして放出していたのだ。


 ここに渦巻く多種多様な魔術体系。

 その全ての魔術の理論を理解し、全て魔術の発生しない正しいゼロの答えに変換。

 魔術を無かった事にする、そんな私の願いを能力として発動し場を治めていたのである。


 私の口からは息とともに声が漏れる。

 かつて拾った愛猫に語り掛けるような、優しい声が流れていたのだ。


「ケトス――私は大丈夫だよ」

『――……我が主では無き、なれど、我が主と存在を同じくする魔王陛下。本当に宜しいのか?』

「彼は私の友人だ、数少ないね。だから、どうか怒りを治めてくれないかな」


 宇宙のような闇が、じっと勇者ガノッサを眺め。

 神々しい口調で、バケモノとしての性質を漂わせたままに、咢をグギギギギっと開いていた。


『我の殺気を受けても怯まぬその図々しさ、嗚呼、確かに我が主たる男の友人であろうな。くくく、くはははははははは! 魔王陛下に、よもやこのような友が生まれておったとは!』


 空気は緩み、大魔帝ケトスの姿は少し太めのブリティッシュショートヘアーへと戻り始め。

 玉座にドテンと着地。

 何事もなかったかのように、大魔帝は鼻先をスンスン蠢かしていた。


『しかし、魔王陛下。いったい彼はどうやってレベルアップ……それも、この短期間でこれほどの急成長をしたのですか? 私が調べた時は、まだ大陸神と並ぶ程度の、勇者としては最高峰にしても所詮は人類。常識の範囲内の強さしかもっていなかった筈ですが』

「どうやって、ですか」

『ただの勇者だった筈の彼が既に主神の領域に届いていますからね、はっきりと言って異常な成長。というか、あり得ないですよこれ。世界の不具合を利用したのか、或いは、かなり無理をさせているのか。後者ならばあまり感心できません』


 無辜なる存在を利用することを嫌う性質は、この大魔帝ケトスの善性を示しているか。

 もし私が罪なき者を利用する存在なのだとしたら、おそらく……。

 彼は月影くんと同じく、私を封印しようとするだろう。


 誤解を解くように、私は魔法陣を展開し始めていた。


「人の噂を現実化させる魔術を開発し、その実験として試しただけですよ」

『噂を現実化!?』

「まつろわぬ女神達が誕生した経緯を知ればそこには人の噂と思想、そして心との接点が読み取れました。噂とは人間の心の影響を受ける。心が発生する以上は、そこには魔術で関与できる隙間がある。その応用ですよ」


 魔術式を浮かべる私に、大魔帝ケトスはネコ髯と獣毛を膨らませ。

 キラキラキラ!

 洗練された私の魔術式に感嘆としている様子だった。


 しばし魔術式に見惚れた後、月影くんの視線に気付き。

 うにゃ! っと我に返り、肉球に声をしみこませるように、こほん。


『――私の主とは異なるとは分かっているのですが……既視感だらけで、はぁ……。相変わらず無茶をなさりますね、噂とは常に変動するもの……確かに人の感情を受ける噂から心を抽出、多くの人類の心を魔力に変換することも可能でしょうが。噂や思想とは時に、女神さえも発生させてしまう大きな現象と繋がっていますよね。些か危険だったのでは?』

「こちらには噂を操作できる勇者も味方をしておりまして」

『なるほど……。確かに、それならば自分の望んだ風評を流し安定させることも可能と』


 魔猫と魔王。

 魔術師としての会話は続く。


 シリアスになりかけていたナウナウが、ムゥっと顔を歪め。


『ねえねえ~? それって~、今話すべきことかな~?』

「っと、これは失礼。たしかにあなたの言う通りですねナウナウさん」


 パンダを鎮めた私は大魔帝ケトスを振り返り。


「あなたの目的は自らの存在をこの世界に留めることで、私や女神達を揺さぶり――自衛のための戦力を整えさせることにあった。違いますか?」


 黒き魔猫は玉座の上で満足そうに頷き。

 口元をニヤリと釣り上げる。


『お察しの通りです』

「しかし、分かりませんね。私があなたと直接的に敵対することはないと分かっている筈。女神達も私の声にはおそらく従うでしょう、まあ……多少、無理難題を押し付けられる可能性はありますが」


 言う事を聞く代わりに何かを寄こせ。

 そういった現象を起こしやすいのが女神でもある。

 アシュトレトも自らの性質を理解しているようで、悪びれる事もなくふふっと微笑。


『女神に頼むのじゃ。それ相応の対価はまあ、望むであろうな。なれど、確かに……今の妾らはそなたの言葉に耳を傾けるであろう。この混沌世界はもはやそなたの箱庭、善行によって支配された地。創造神よりも力を持っておるそなたに逆らおうとするものなどおらん』


 女神の威光を存分に放っていたので、空気は引き締まるが――。

 それなりに権限を与えられているのか。

 話を聞いていたマーガレット嬢が口を出す。


「ちょっといいっすか?」

「なんですか、マーガレット嬢」

「いやあ、魔王陛下ではなくあたしもマジで分かんないんで、ケトス様に聞きたいんっすけど……。どれだけこの世界を強くしても、戦う相手がいないってことっすよね? ケトス様はこちらのレイド魔王陛下と戦う気なんて、ぜんぜんないみたいっすし。じゃあいったい何を見越して、この混沌世界をわざわざ掻き乱してるんっすか?」


 耳をアンテナのように動かした大魔帝ケトスは、考え込むように腕を組み。

 しばし沈黙。


『これはオフレコにして貰いたいのだけれど、構わないかな?』

「この混沌世界の民が私に逆らう気などないように、あなたの頼みを断れる存在などいないでしょう」

『それはそうですが。強制はあまり好きではないので確認したまでですよ、魔王陛下』


 オフレコの要請に反論する者は皆無。

 まあ……嫌といえるほどの理由も根性もないのだろうが。

 大魔帝ケトスは肯定と受け取ったのだろう。


『実は、レイド魔王陛下とは別の魔猫に転生した魔王陛下……私ではない私である大魔王ケトスの主人である魔猫陛下が、現在消息を絶っています』


 ようするに、勇者に殺された時に分かれた三つの私の一つ。

 魔猫化という願いを果たした存在。

 そんな大物が、行方不明……それはたしかに、騒動にはなるだろう。


 ザワザワザワと、大魔帝ケトスの率いる魔王軍にもざわめきが起こっていた。

 本当にトップシークレットだったのだろう。

 私が言う。


「なるほど、それで私という存在が関係しているのに――私のケトスは、会いに来てくれていないのですね」

『彼もあなたには会いたがっておりました。けれど、魔猫陛下が消えてしまった……。裏の三獣神ともいえる、大魔王ケトスとブラックハウル卿、そして魔帝ロックは今、魔猫陛下を追い次元の狭間で戦いを繰り広げている状態にありますからね。自由に動ける人材が足りないのですよ』


 斧の勇者ガノッサは訝しむように鼻梁を歪め。


「その、裏の三獣神ってのは」

「本来なら決して交わることのない多次元宇宙。いわゆるパラレルワールドの合成によって合流してしまった私やケトスが、複数存在している事と同じ。大魔帝ケトスに匹敵する審判の獣ホワイトハウルや神鶏ロックウェル卿にも、別の個体が存在する。それがブラックハウル卿に魔帝ロックだと伝承されているようです」

「そいつらは……」

「単騎で世界どころか銀河を破壊できるほどの存在。最上位の神性だそうですよ」


 まあ、かつて私の部下だった魔族なのだが。


「ぎ、銀河?」

「夜、空を見上げた時に見える範囲の星々。つまり目視できる範囲の光の粒、こことは異なる世界の半分ぐらいと思っていただければ」


 斧の勇者が素直に疑問をぶつけてきてくれているので、ある意味で助かっていた。

 異界の神の伝承を知らぬモノも今知った様子である。


「おい! そんなヤベエ連中が束になって行動してるのに、戦闘が終わってないってのは」

「とてつもない存在が、魔猫と化した私の欠片の一つを誘拐、或いは封印をしてしまった――ということでしょうね」


 話が少し見えてきた。


「つまりは大魔帝あなたはその犯人が私ではないかと疑ってもいた。だからこそ、四星獣ナウナウさんから私と女神の情報を得て、慌てて飛んできたという流れでしょうか」

『概ねはその通りです、魔王陛下』

「しかし、実際にこの世界に干渉してみた結果……私は犯人ではなく――そして、この世界もまだ未成熟でありお世辞にも強い世界とは言えなかった。だからあなたは自分を使い、言い方は悪いですがテコ入れをしようとしたわけですね。私が犯人ではないのなら、魔猫陛下と同じく、私が狙われる可能性もある。せめて自衛できる程度には強くなって貰わないと困る……そんなところでしょうね」


 推理する私に大魔帝ケトスは満足そうに頷き、肉球拍手。

 紳士で真摯な神父のような声が、大魔帝の猫口から流れ始める。


『――ご明察の通りであります、魔王陛下。私は一年計画だったのですが、既にあなたはこうして戦力を増強してきた。正直なところ、かなり驚いていますよ。まあ、おそらくは陛下ならどうにかしてしまうだろうなぁとは思っていたので、実は既にこのタイムラインで予定を組んでいたのですが。さすがです』


 結局、こうなることはなんとなく読んでいたようだ。


「あなたの場合はどこまでが計算なのか、どこまでが運任せなのか。判断に困りますね。今もその辺りは変わっていないようで」

『魔王陛下はいつでも私の予想を超えていらっしゃったので』

「しかし、ロックウェル卿はいったい何を見たというのです。あなたはそれを確かめたかったようですが」


 大魔帝ケトスはしばし考え。


『卿は、何を見たのか……あなたが犯人なのではないかと目を疑っておりました』


 なるほど、それが初めに私が疑われた理由か。


「全てを見通すものが私を犯人かもしれぬ未来を見たと」

『ですが、どうも違うようですし……いえ、あなたを疑っていたわけではないのですが。あなたは転生者。転生を機に人格も魂も別人となる。因子が同じでも、同じ存在、同じ性格となるわけではないですからね。万が一ということもありましたし、卿の未来視を疑うのにも根拠が必要でしたし……私も困っておりましてね。最初、あなたを目にしたときに違うと確認でき、正直かなり安堵しましたよ』


 まあ、疑いは完璧に晴れてはいるようだ。


「実際のところ、犯人の正体や目的の見当はついているのですか?」


 魔猫と化した三分の一の私。

 おそらく全盛期の私よりも弱体しているだろうが、それでも魔王の欠片。

 通常ならば最上位の実力を持っていても不思議ではない。


 そんな存在を拉致、あるいは封印できる存在となると……。

 いったい、どれほどの強敵か。

 大魔帝ケトスも険しい顔をし、邪悪な魔猫の顔を見せ。


『残念ながら――今は魔猫陛下の救出に向かっている大魔王ケトスと、残りの二柱の連絡待ちといった状況です。だからこそ、月くん。私はね、君にはあまり今回の件にはかかわって欲しくないんだよ』

『俺が心配なのは分かるけど』

『分かっているのなら、どうか今回は素直に言うことを聞いておくれ。お父さんをあまり困らせないで欲しい』


 親子の会話の中。

 月影くんは私に目をやり。


『でも、俺――犯人を知ってる人を知ってるけど』

『そう、月くんは犯人を知ってる人を……え? にゃにゃにゃ!? どーいうことだい!? 月くん!?』

『いや、だから俺には見えてるし……どうにかしようと、動いていたんだけど……あれ? 父さん、このルートだとまだ気付いてなかったんだ』


 この若き未来観測者は知っていたからこそ動いていた。

 その辺りが、私や女神アシュトレトを封印しようとしていたことに繋がるのだろう。

 まああの時も本当なら、まだ様子を見ているだけだったようだが……。


 ともあれ。

 本来なら大魔帝ケトスも気付いていたのだろうが、月影くんが未来を変更したせいでまだ気付いていない様子。

 同じく未来観測系の能力者たるムルジル=ガダンガダン大王が言う。


『うぅむ……余が言うのもなにであるのだが、未来視の能力者はこーいう所があるからのう……。月影よ、ちゃんと言葉にせねば分からぬこともある。皆にきちんと説明せよ』


 皆の注目を集める中。

 月影くんは私をじっと眺め、口を開き始めた。


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