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第194話 魑魅魍魎の集い


 勇者ガノッサ育成計画は順調に完了。

 今度は前回いなかった仲間を連れて、私は南の大陸を訪問。

 こちらは女神と魔王と、四星獣と大魔帝の息子。

 なかなかに豪華なメンツといえるだろう。


 月影くんの顔パスもあり、南大陸の入島審査は素通り。

 大魔帝ケトスと謁見となったのだが――。


 黒きモフモフ真ん丸猫は、メイド騎士マーガレットの横で、モフ毛を”ぼさぼさ”!

 ブリティッシュショートヘアーの愛らしい顔に呆れを浮かべ。

 はぁ……と特大な溜息。


 玉座の手すりに揺れる尻尾をモフモフモフとぶつけ。

 不機嫌を隠さず、ぶすぅっと言葉を口にし始めていた。


『……レイド陛下……。本日の訪問予定はなかった筈なのですが』


 こちらの事情も様々に変わっている。

 相手としても、まだ動けぬと行動が鈍り――魔王襲来への準備もできていなかったのだろう。

 彼の部下たちの悪魔は、大慌てで動いている様子。


 私はにっこりと完璧な営業スマイルで、しれっと言いきっていた。


「かわいい猫に会いに来るのに、許可が必要でしょうか?」

『あなたは私の主人ではありませんから、そうなりますね』


 まだ準備も対応もできてないから!

 帰って欲しいニャ!

 と、大魔帝のジト目がこちらを睨んでいるが、私は構わず営業魔王スマイル。


「ですが、すみません。この大陸は過去に冒険者ギルドに加盟をしておりましたからね、そちらの方で根回しをして既に買収済み。来月の頭にでも、正式な書類がそちらに届く手筈となっております。それでなのですが、次のオーナーは私となっておりまして、ははははは。実は今回は立ち退きのご相談もさせていただこうかと参った次第なのですが」


 勇者ガノッサは、慇懃無礼コンビだなこりゃ……と若干の呆れ顔。


 たしかに、私も彼も互いに慇懃無礼と周囲から評価されるだろう。

 私と大魔帝ケトスは基本の会話構成が、よく似ている。

 それは彼が私を模倣した存在であることにも起因するのだが、その辺りを何の事前知識もない勇者ガノッサに説明するとなると、かなり難しい。


 なので、私と彼との複雑な神話的繋がりは割愛し、そのまま話術を継続。


『あの強引な買収も、やはりあなただったのですか……』

「あなたは今回、正式な手段での攻略にこだわっているようでしたからね。こちらも正式な手段で、正々堂々と小細工をしただけの話ですよ」


 まあ、滅びた楽園から下り、魔物たちを束ねていた魔王時代によくやった方法。

 ようするに、いつもの手である。


『しかし、分からないですね。冒険者ギルドに商業ギルド。二つのギルドはそれぞれが独立し、どちらが片方が強権を握らぬように調整された……権力を分散する仕組みになっていた筈。なのにあなたはそのどちらも利用し、南の大陸に経済的な攻撃を仕掛け続けている。これはいったい、どういう事か。まあ……少し考えればわかりますが』


 大魔帝の言葉に反応したのは、一人だけ顕現している女神アシュトレトだった。


『妾の夫は既にそのどちらも掌握しておる。無論、魔術による洗脳ではなく感謝という名の鎖でな。ぽっと出の大魔帝よりも、彼らは我が夫を選んだ。ただそれだけの話ではあるまいか』

『ようするにここは、世界征服が完了した後の世界だったわけですね』

『平和的な征服ならば問題あるまい?』


 いつのまにか、勝手に征服したことになっているが。

 まあ事実上の征服なのは否定できないか。


「というわけで、この大陸も来月にはあなたから奪い返せます。なるべくなら穏便にお引き取り頂きたいのですが。どうでしょうか」

『んー……どうでしょうねえ。それはまだ困るのですが』

「あなたの息子さんも、早くあなたが出張から帰ってきて欲しいそうですよ」


 息子の話題を出すと、大魔帝はあからさまに全身のモフ毛を膨らませ。

 ゴゴゴゴゴゴゴ!

 肉球に浮かぶ青筋を抑え、低い声で、うにゃり。


『……息子が大変お世話になっているようで』


 大魔帝の瞳は、息子である月影キャットに向かっている。

 彼は彼で父に睨まれた瞬間、人間形態になり。

 ムスーっとしたクールな無表情に、僅かな怒りを乗せていた。


 親と子の関係も一筋縄ではいかないようで、やはり複雑な年頃なのだろう。


「一応言っておきますが……私が襲われた側ですからね?」

『まあ、状況は把握しておりますよ。その件はこちらがお詫びいたしましょう。しかし、どうか息子を帰していただきたい。これは我が家でも随一の問題児。誰に似たのか、自分が良いと思ったら実力でものを言わせ、好き勝手に未来を改変する未来観測者。この子が本気を出したら私でも対処に苦労しますので……いや、本気で。なんといいましょうかぁ、あのぅ……うちの子、まだ何もやらかしてませんよね?』


 こちらを封印しようとしている時点で、既にやらかしているのだが。

 どうもこの大魔帝の中では、その程度ではやらかしの内には入らないらしい。

 この辺りは間違いなく親子である。


 普段からとんでもないやらかしをしているとは理解できたので、確かに、味方にしていても不安材料になりそうではあるが。


「参考までに聞かせていただきたいのですが、彼、いままでなにをやらかした経験があるのですか」

『……身内の恥、というか、本当にヤバイやらかしを口にするのはその……すみません』


 ガチのテンションの黙秘なようだ。

 彼の周りには魔王軍と思われる部下たちがいるのだが、彼らも皆。

 しーん……とテンションはどん底。


 親ならばこそ、やらかす息子も自慢の種。

 こういう失敗自慢も親バカなのだろうが、月影くんに限っては、そういう類の実質的な自慢ではないようだ。

 本気で、口にできないほどに、様々にやらかしているのだろう。


 夢世界と呼ばれる人々の心の中の国と世界、そのこの世にあってこの世ではない世界の力を扱える魔猫なのだ。

 若者故に経験不足は否めないが――純粋な破壊力や力で言えば、大魔帝ケトスに匹敵する筈。


 私は同席している月影君にジト目を向け。


「あなた、いったいなにをやらかしたのですか?」

『別に……俺はただ、普通に動いているだけだよ?』


 悪意は皆無のようだ。

 ならば――。


「なるほど、あなたは優れた未来視の能力者。おそらくは一見すると意味の分からないやらかしなのでしょうが、きっと、世界にとっては良い方向に進む一手だったのでしょうね」

『さあ、どうだろう』

「まだ付き合いは短いですが――あなたは意味もなく行動するタイプには見えない。なにより面倒なことを嫌う無精の性質を感じますからね。そんなあなたが面倒だと知りながら動く以上、そこには理由がある。その行動には全て確かな意味があると考えるのが道理。私はあなたを信じますよ、月影くん」


 めんどうくさがりが、なぜか意味不明な行動をして周囲を騒がせた。

 その本質を言い当てようとする私をじっと見て。

 月影君は照れたように目線を逸らし――。


『別に……そんなんじゃないし』

「あなたがそう言うのならば、それでもかまいませんが。あなたは嘘をつくときに目線を逸らす癖がありますからね。もし気付いていないのなら、気を付けた方がいいですよ」

『あんた、本当にズケズケと人の心に踏み入ってきて、ちょっと……うざい』


 これもまた、目線を逸らしているので嘘だろう。

 そんなこちらのやり取りを眺めていた大魔帝ケトスが、くわっと口を開き。

 撮影用の魔道具を肉球で構え、キリ!


『月くん!? なんで私には見せない顔ばかりをみせるんだい? お父さんにも同じ顔をしてごらん! 月君はあんまり本心を話してくれないって、お母さんが心配していたんだからね!』

『父さん、人前なんだけど?』

『……っ。記念撮影ぐらいお父さんの権利だろう!?』

『ごめん、本気でうざいよ親父』


 目をそらしていないので……本音のようだ。

 ガーンと、魔道具を手に固まる大魔帝であるが。

 さすがに周囲の部下にまともにやれと促され――。


『失礼した――ともあれ、ようこそおいでくださいました。レイド魔王陛下。それにしても、見慣れた顔をお連れのようで、正直、驚いているところではありますよ』

「こちらの目的、というか顔合わせに来たという事はご理解いただけているようですね」

『……なんというか、はい、ええ。あなたは間違いなく魔王陛下の転生体でしょうね……。真面目な話、この短い間で、マジでなんなんですか、いつのまにか揃えたその面倒なメンツは……』


 短期間で四星獣の二柱と、大魔帝ケトスの息子。

 そして、人類としてはあり得ないほどに成長した斧勇者を引き連れた私に、さしもの大魔帝も唖然としているようだ。

 世界は異なるが、執事姿の悪魔……おそらくはかつて私に仕えてくれていた最上位悪魔のサバスと同一存在の悪魔に、すぅ……っと着席を促された私が言う。


「対話や交渉というものは、ある程度、同等の力関係が必要ですからね。こちらもそれなりの戦力を整えさせてもらっただけですよ」

『そのようで――こうなることは予想しておりましたが、予想以上ではあります。予定ではあなたが戦力を増強させるのにかかる時間が一年、この再会もそれぐらいの予定だったのですよ。称賛を送りたい所なのではありますが、その前に確認をさせていただいても?』

「構いませんよ」

『というか月くん!? なんで君がそちらにいるんだい!?』


 お父さんはとても素晴らしい美声で、困惑を叫んでいるのみ。

 父たる大魔帝に吠えられた月影くんは、人間形態のまま。

 乙女ゲームにありがちらしい、首の後ろに手を当てるイケメン姿勢でぼそり。


『俺は俺で、考えて行動してるだけ……父さんとは見えている未来が、違うのかもね』

『そうかい、でもそうだね、月くん。お父さんもそうだけど、なにより母さんが心配しているのだけれど?』

『母さんは父さんが最近帰ってこないって愚痴ってたけど……』


 大魔帝という役職はかなり忙しいのか。

 それとも猫の本能で自由奔放に動いているからか、あまり家族サービスはできていない様子。

 だと思ったのだが、大魔帝ケトスは言葉を選ぶように猫の眉間をうにゅりと蠢かし。


『……いや、お父さんつい三日前にも帰ったよね?』

『お母さんは、きっともっと父さんに会いたいと思うんだ』

『それはまあありがたい話だけれど――まいったね、今回の案件は慎重に動きたいから……父さんね? 月くんには戻っていて欲しいと思うんだけどなあ。どうかなあ?』


 ちゃんと父親をやっている大魔帝ケトスに、なぜかほっこりとしてしまうものの。

 こちらも事情が事情だ、月影くんには味方でいて貰わないと困る。


「大魔帝ケトスさん、一つ宜しいでしょうか」

『なんですか、いきなり人類トップレベルの人材を育成してきた、相変わらずやることがハチャメチャな魔王陛下』

「結局、あなたはどうなさりたいのです」


 問いかけに、大魔帝は鼻先を動かし。


『どうなさりたいのか、ですか? これは異な事を仰いますね。あなたという存在がどれほどに危険か、或いは危険であったとしても問題はないか調査をするために……』

「もはやその調査も済んでいるでしょう。確かに私は危険な存在です、女神達も危険な存在といえるでしょう。けれど、既に我々は安定している。およそ三百年の時の中で、ただ暴走していただけの女神達は真っ当な心を取り戻し、私もまたかつての望み……魔術をなかったことにしたいとの願いを捨てています」


 もはやこの世界に外世界を危険にさらす要因はない。

 彼ほどの存在ならば気付いている筈だ。

 ムルジル=ガダンガダン大王が、空飛ぶ絨毯の上からむくりと顔を上げ。

 猫口を、にひぃ!


『久しいな、殺戮の魔猫と謳われた伝説の魔性。大魔帝殿』


 仲が良いのか、大魔帝は大王に声を掛けられ同じく。

 にひぃ!


『やあ、大王――あいかわらずお金と財宝が大好きみたいだね。その絨毯、色欲の魔性フォックスエイルの店で購入したオーダーメイドだろう?』

『よくぞ見抜いた! 王たるモノ、それなりに品位のある調度品を使わねばな!』

『しかし、我の玉座の方が魔王陛下お手製の超一級品! この勝負、私の勝ちさ!』


 共に自分の座布団を自慢し、くははははははは!

 と、がははははははは!


 玉座に座る、若干太めなブリティッシュショートヘアーと。

 魔法の絨毯で浮かぶ、ナマズの帽子を装備したマンチカンあるいはスコティッシュフォールド。

 見た目はとても愛らしい光景だが――。

 自分が最もかわいいと信じ切っている巨大熊猫、ナウナウが口を挟み。


『ふたりとも~、そんなどうでもいいことより~。どうして~、まだ大魔帝が~、この世界を安全と判断して帰らないのか~、教えて欲しいなあ~』


 ナウナウ的には自分こそが一番かわいいから、猫同士の争いなど心底どうでもいいのだろう。

 話を折られた形だが、核心だったからか。

 大魔帝はシリアスな顔に戻り。


『ロックウェル卿の未来視が真実かどうか、確かめたかったのですよ』

『全てを見通す卿の~? なら~、あのニワトリの未来視なら~、もう確定なんじゃないのかな~?』


 勇者ガノッサが私に目線を寄こすので、私はこそりと解説。


「ロックウェル卿とはかつての私の部下だった魔鶏が神として昇華された存在。自分でも制御できない強力な未来視を有する、霊峰の魔鳥。卿が見た未来は、禁呪クラス以上の魔術を扱える存在が介入しない限り、ほぼ不可避の現実として実現されるとされています」

「なるほどな……で? さっきからおめえらだけで話を進めて、わけわからねえんだが。そのなんちゃら卿ってやつはどんな未来を見ちまったんだよ」


 ガノッサに問われた大魔帝は顔を顰め。


『君はこの世界の勇者だね――』

「ああ、そうだが?」

『救世主殺しに神殺し……君、魔王陛下を一度殺したね?』


 一瞬だった。

 大魔帝の姿はまるで神獣のような、神々しい巨大獣に変身。


 夜と闇。

 宇宙がウジ虫に話しかけるような、そんなスケールの差を感じさせる圧倒感で、大魔帝がググググググ。

 顔を上げられぬほどの闇を纏う首をもたげ。

 ガノッサに告げる。


『述べるが良い、斧を司りし者よ。我はケトス、大魔帝ケトス。魔王軍最高幹部にして、魔王陛下一番のしもべ。事と次第によっては、我は貴様を灰燼に帰す。この方は我の魔王陛下ではないが、それでも大切な魔王陛下である。我が憎悪を抑えている内に、さあ、言え。今すぐに。戯れは許す、憧れも許す。なれど、この御方への無礼は――決して許さぬ』


 ぞっとするほどの殺意が、ここに集う全ての存在を畏怖させていた。

 ……。

 ああ、そういえば……ケトスは私を攻撃した相手には基本的に容赦がなかった。


 彼にとっては主人ではない私であっても、魔王は魔王。

 その私を一度殺した相手には、こうなってしまうのだろう。


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