第191話 再びの使者
動きは即座に起こっていた。
大魔帝ケトスの息子、月影君がこの空中庭園に滞在することが決まった、その直後。
南の大陸から送られてきたのは緊急連絡。
人を送るとの事だが――。
大魔帝ケトスの名代としてやってきたのは、先日も出会ったメイド騎士。
公私の使い分けができる人間種。
槍使いのマーガレットだった。
「本日は突然の申し出にご対応いただき、誠にありがとうございます――」
謝辞が続く中。
私は瞳で謁見に同席する部下に合図、彼女は信用できると伝え――話に耳を傾ける。
三つ編みおさげの女騎士は、恭しく礼をし王たる私への完璧な挨拶を披露した後――。
空気を読んだうえで。
ぼそり。
「それでそのぅ、レイド陛下。こちらにうちの大魔帝様のご子息が滞在されていると、小耳に挟んだのですが……どうなんすか?」
「月影さんですね、このまま空中庭園に滞在なさるそうですよ」
「ああ、やっぱり……ですか」
「今はうちの女性エルフや空中庭園の魔猫を引き連れて、ヨガのポーズで精神鍛錬をなさっているらしいですよ」
実際にヨガのポーズで精神を集中し、精神を宇宙と接続。
宇宙の魔力を体内に取り込み、力に変えているようで……うちの部下たちもそのヨガのポーズに倣い、魔力増幅を果たせているので好都合。
こちらの戦力増強になるのなら、私に不満は一切ない。
そもそもヨガのポーズを取る魔猫はとても愛らしい。
ニャースケも上位存在の魔猫と出逢い、その力を取り込もうと鍛錬に励んでいるようでなにより。
こちらは問題ないどころか、助かっているのだが。
相手にとってはいろいろと問題なのだろう。
マーガレットは頭痛を耐えるというよりも、呆れと愉快さを兼ね備えた顔で。
「まーじであの美形次男が、まーた勝手に動いているんすね……」
「ご苦労なさっているようで、心中お察しいたします」
極めて中立的な。
言い換えれば他人事のような私を眺めて、メイド騎士マーガレットは、ははははと困った笑顔を浮かべ。
がっくしと肩を落とす。
騎士の甲冑音を鳴らしつつ、顔を上げた彼女が問う。
「あのぅ……少々お聞きしたいのですが――なにがどうなって、あの月影さまが魔王陛下の傘下に……?」
「そうですね――実は」
大魔帝に様子を見てきてくれと頼まれたようで――。
かなりの低姿勢である。
どうやらあちらでは大魔帝の子息の顕現で、相当に混乱しているらしい。
メイド騎士の彼女もだいぶ苦労をさせられているようで、私は素直にありのままを告げていた。
こちらが襲われたことや、封印されそうになったことも包み隠さず説明すると。
ビシっとその乙女の頬にヒクつきが発生していた。
まあ――すでに国際問題になりかねない事をやらかしているのだ、こんな顔になるのも理解ができる。
魔猫が絡むと周囲が振り回される。
まるでかつての、あの日々のようだと……。
私は状況を楽しむ顔を必死でこらえ。
「というわけで――私の妻と少々戦いとなったのですが、ああ、国際問題にする気はないのでご安心を。襲われたアシュトレトも私も納得済み、いわゆる済んだ話ですからね」
「そう言っていただけると助かります、陛下」
「構いませんよ――猫のしたことですから」
本当に安堵している様子である。
まあ実際、彼が起こした行動は相手次第によっては大問題だった筈。
魔猫だから全てが許されるとはいえ、怒りだす者もいるだろう。
実際、こちらの家臣の意見も割れていた。
どうも私を贔屓したがるクリムゾン殿下は、猫だからという理由だけで許していいのか、おまえは少しモフモフに甘いのではないか? と、私をジト目で睨んでいるが。
ともあれ。
彼女が言う。
「それで、あの、やっぱり個人的にも気になるんすけど。なにがどうして……こちらに滞在を? 月影様、襲って来たんすよね?」
「女神と魔猫貴公子の戦いを仲裁したら、何故か妙に懐かれてしまいまして」
メイド騎士は三つ編みを揺らす程の驚愕をみせ。
「え!? あの月影様が懐く、ですか!? な、なんでっすか!?」
「さあ――理由をこちらが聞きたいぐらいなのですが、それで大魔帝殿はなんと?」
「いえ、あの猫も月影さまの介入は全く計算外だったらしく、動物園って場所の熊みたいに部屋中を行ったり来たりで、それであたしが様子を見てくることになりまして……はい、いやあ、あはははははは! はぁ……」
乾いた笑いの後の溜め息は重いようだ。
もう少し話を続けようと思ったのだが、周囲に空間干渉の気配が発生する。
一瞬、凛々しく顔を尖らせたクリムゾン殿下が、炎雷の剣を抜きかけるが――。
「兄上、おそらくは大王ですよ」
「失礼した――」
こちらの会話を眺め、マーガレットが大王? と、訝しむ中。
マーガレットの緊急来訪に気付いたのか、空間を割ってムルジル=ガダンガダン大王も顔を出し。
興味津々の猫の顔。
四星獣といっても猫は猫、好奇心は人一倍なのだろう。
大王は転移空間を抜け出し。
金糸の編まれた空飛ぶ絨毯の上に、着地。
ナマズ帽子と一緒に猫のひげを動かし。
『おお! なんと、ロックウェル卿めの部下マーガレット嬢ではないか。卿は息災であるのか?』
顔見知りなのだろう。
マーガレットは主神クラスの存在に一瞬だけ頬に汗を浮かべ。
けれど、すぐに完璧な社交的な笑顔を浮かべ。
メイドの笑み。
「これは――お久しぶりでございます、大王陛下。本日は拝謁の……」
『ガハハハハハハ! 相も変わらず二面性の強い小娘よのう、なーに! 堅苦しい挨拶など良い! それよりもかの神鶏はどうなのだ?』
「はい、我が主人も変わらず元気にやっております……大王におかれましては、またいずれ、共に未来を眺めようと。ところで、ここにムルジル=ガダンガダン大王がいらっしゃるということは」
メイド騎士マーガレットは、じぃぃぃぃぃ。
私に僅かに目線を移していた。
物言わぬ目線だが、まさか大王も……と物語っている。
その目線に頷いた大王は、むふぅっと猫の鼻息と共に声を上げる。
『然り! 余もナウナウも、こやつ――幸福の魔王こと、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーに協力することにした!』
「あぁあああああああぁぁぁぁぁ! 四星獣が二柱もっすか!?」
願いを叶える性質を持つ獣神が二柱。
さすがに声を荒らげたくなる気持ちも理解できる。
叫ぶメイドが面白くて仕方ないのだろう、目を輝かせた大王はドヤ顔で、にひぃ!
『大魔帝殿には申し訳ないと思うておるがな! なにぶん、我が世界に介入し手を貸してくださったのは、大魔帝殿ではなく大魔王ケトス殿。そしてこの魔王陛下は大魔王殿の飼い主だった存在、その肉体部分の欠片。愉快な喜劇として余もこの状況を楽しんでおるが、実際に本気の戦いとならば――余とナウナウは本気でこちらにつく。どうか、それを貴公の主人らにも伝えて欲しい。頼めるかな、花の騎士よ』
シリアスとギャグを織り交ぜた大王の言葉に本気を感じたのだろう。
メイド騎士マーガレットも、口調を変え。
スゥ――っと騎士たる顔で言葉を刻んでいた。
「――承知いたしました、大王陛下」
声も顔もシリアスだが――。
ムルジル=ガダンガダン大王が私に協力していることに、さほど驚いた様子はない。
となると。
『ふん、あの者の事だ。どーせ、我らがこの幸福の魔王に味方をするとは予想しておるのであろう』
「ははは、まあ……その、はい」
『しかし、さすがの大魔帝殿も月影めの介入は計算外だったようだな』
「……どうしてそう思われるのです」
実際そうなのだろうが、その理由を告げる大王は短い手足でポーズを取り。
ニヒィィィィィィ!
『決まっておろう! 月影めの乱入は、余すらも見ることができぬ未来であったからな! また再び未来は変化を迎えたであろう。ロックウェル卿ならばいざ知らず、未来視に関しては余の方が上! 得意分野で負けはせぬ!』
ガハハハッハハ!
と、偉そうに嗤うムルジル=ガダンガダン大王は本当に楽しそうである。
連動し動くナマズ帽子のドヤ顔も、なかなかに愛嬌がある。
大王の自慢が長くなりそうな気配を察し、すかさず私が言う。
「マーガレットさん、月影さんに会っていかれますか?」
「……いえ、あの人、人間の顔と名前をあんまり覚えないっすからねえ……あたしが行っても、え? 誰だっけ……? と、首を傾げるだけかと」
想像ができてしまうので、私もなんともいえない苦笑を返すのみ。
少なくともこれで大魔帝サイドに、四星獣の二柱と大魔帝の息子の協力が露見したことになった。
相手も安易には動けなくなるだろう。
だからこそ、私も色々と動きやすくなる。
さて、何を仕掛けるか。
と、考えている時だった。
ふと、私は自分が状況を楽しんでいることに気付き――驚きを感じていた。
楽しいのだ。
それはここ最近では、あまり感じなくなっていた感情でもある。
自分の中の変化に戸惑いを覚えつつも、それはそれ。
私は次の動きを開始するべく、指示を出し始めていた。