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第190話 気まぐれなる猫貴公子


 頂上決戦ともいえる魔術戦は中断。

 その理由はエルフ王こと私、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーによる仲裁の一撃。

 魔術妨害が成功したことにあるだろう。


 魔術発動そのものをキャンセルさせた王たる私、その儀礼服は風に靡き。

 バササササ。

 揺れる白銀の髪の奥から覗くのは、輝く赤い魔王の瞳。


 装備者の魔力を反射する私の装備は、多種多様、様々な色に染まっている。


 様々に広がる複雑な魔力の色はおそらく、夢世界の魔術の影響。

 属性かどうかは分からないが、その性質は虹……虹色の輝きを持つ、夢世界の邪神の力を用いた魔術だったのだろう。

 その使用者はまだ若い魔猫。

 大魔帝ケトスの息子たる人物、月影と名乗った魔猫青年による正体のつかめない魔術を消したことによる、余波だと思われる。


 アシュトレトもアシュトレトでまだ魔術を使用しているようで、周囲には魔術式の波がぶつかり合う、かなり危険な状態が展開されていた。

 魔術とは世界の法則を書き換える現象。

 その計算式がぶつかり合っているのだ、何が起こるか分からない。


 その流れを読み切った私は、邪杖を握る手とは別の空いた指先を鳴らし。

 魔術式を強制終了。

 いまだに浮かび上がってくる魔術式の計算結果を全てゼロにし。

 恒久的に魔術妨害を展開。


「些かやりすぎですよ、二人とも――これ以上は命のやり取りになります。さすがにそれはどうかと」


 邪魔をされた二人はこちらを睨み。

 アシュトレトが吠えていた。


『な、なななななな! なにをするレイドよ! 嫉妬か! 嫉妬であるか!? おぬし以外の者とここまでの魔術戦を行ったので、嫉妬したのじゃな!?』


 嫉妬、嫉妬、嫉妬。

 彼女はそう言うが、私は行き過ぎた二人を止めただけである。

 その証拠に、私は極めて冷静だった。


「嫉妬などしていませんよ。アシュトレト……興が乗っていた所を邪魔したことは謝罪しますが、これも仕方ない事態。あなたが途中から本気を出そうとしていたので止めざるを得なかったのです。なぜ、本気をだそうと?」

『ふふ、本気で魔術をぶつける快感が極上でな』

「私が結界を張っていたとはいえ、結界の外には民がいる。そこは考慮して欲しかったのですがまあいいでしょう……月影さんも、ここで引いてください。これ以上は看過できません」


 月影キャットも妨害されたことに驚いた様子で。

 口を三角にし、尻尾の先を左右にブンブン。


『……二回も、邪魔された』

「落ち着いてください。まさか本気の殺し合いをしにきたわけではないのでしょう?」

『殺しはしない、なんか、やばそうだし――あんた達を封印するだけだよ』


 嘘を言っている様子はない。

 確かに私も、私自身を封印という選択は考えたことがある。

 悪い意味でも影響を与えすぎている私という存在を隠せば、確実に一時の安寧が訪れる。

 三千世界の危険が確実に減るからだ。


 私達が危険な神性だとは、いま、この瞬間が証明しているだろう。

 大魔帝ケトスの息子が本気の魔術を考慮し始めた――それだけでおそらく及第点以上、大魔帝が知ったら本気で驚嘆するだろうと理解ができる。


 それほどの実力をこの若き魔猫は持ち合わせている。

 やろうと思えば、そして私達が敢えて静かな眠りを選べば、魔王と女神をセットで封印する事とて可能だろう。

 選択肢の一つとしての可能性を考え、私は封印について問う。


「確認しますが、どれほどの時間でしょうか」

『……弥勒菩薩が帰ってくるぐらい――かな?』


 この若き魔猫、真顔である。


 ちなみに、彼が例に挙げた期間はだいたい56億7000万年後である。

 楽園の時もそうだったが……強者の時間感覚は狂っていることが多い、これだから強大な神性の基準は困るのだ。

 答えに私が不服だと感じた。

 そう判断したようで、再び月影キャットは影に入り込み……攻撃を再開しようと魔術式を影の中から展開する。


『……それじゃあ、封印……させてね』


 だが――。

 カツーン!


「そういうわけにはいきませんよ」


 私は再び邪杖ビィルゼブブの石突きで地を叩き。

 衝撃波を発生。

 月影キャットが入り込んでいた闇を無理やりに暴き、彼を再出現させる。


 それは彼にとっても驚きだったようで。

 月光色の魔猫は興味津々な顔で、私の編んだ魔術式を眺め――。

 観察、観察、観察。

 瞳の表面に、複雑な計算式を走らせていた。


『三回目? じゃあ……偶然、じゃない……』

「あなたのお父さんの方ではありませんが、ケトスに影魔術を授けたのはかつての私。三分の一の欠片に過ぎないと言っても、あの時の知識も記憶も戻っていますからね。影を利用した魔術をあなたが父から学んだのでしたら、私はその開発者。自らが生み出した魔術式を解体する事は容易ということです」

『父さんの師匠、か……すごいね、あんた。じゃあ、これならどう?』


 それは彼の好奇心を大いに引いたようで。

 彼はこれならば妨害されないだろうと、肉球を輝かせる。

 だが。

 やはり私は彼が生み出す大雑把に見えて精密な魔術式に干渉――。

 詠唱段階で強制的に破棄させ、詠唱妨害。


 月影キャットは魔術キャンセルの影響で、プスプスと煙だけを発生させる肉球を見て。


『これもダメなの? ずるい……』


 はぁ……と露骨な息を漏らす。

 息を吐きたいのはこちらなのだが。


「こちらの世界にはこちらの世界の魔術法則がありますからね。あなたたち、外の世界の法則が通用しない場面もあります。しかし、いきなり攻撃とはあまり感心しませんね。そして、あなたは本気で許可なく私達を封印しようとしていた。それも感心できません。私はともかく――さすがに表向きは王妃となっている彼女を見捨てたとなったら、体面も悪い。児戯はここまで、次はありませんよ……と、言っている傍からアシュトレトに封印の魔術を施そうとするのはおやめなさい」


 相手はおそらくアシュトレトが言ったように、成人前後の年齢。

 まだ子供といってもいい。

 それを相手にムキになるのも年長者の立場として、なによりエルフ王として問題がある。


 なので極めて穏やかに告げたのだが。


『うわ、あんた本気で怒ってるね』


 別に本気ではないが。


「勘違いでしょう、私は冷静ですよ」

『そう、あんたがそういうならそれでいいけど。あんたがブチ切れてるからかな、あんたのお后様、大喜びしてるみたいだよ』


 言われて後ろを振り向くとあるのは、ニマニマにこにこ。

 ドヤ顔のアシュトレト。


『ふふふ、なんじゃレイドよ~! それほどに妾が大事か? んぅぅぅ? そうかそうか!』

「見捨てましょうか?」

『照れずとも良いであろう! 普段は辛辣であっても、妾を心の底から愛しているのならそれで良い。月影とやら、汝の無礼も今の一回のみは許そうではないか!』

『そう……? じゃあお互い休戦ってことでいいよ』


 私はアシュトレトの方に目線を向け。

 ぎろり。


「……あなたの意図が分かりませんが、言っておきますが相談もなく、目配せのみでこの状況を作ったあなたにも問題あり。私は多少怒っているのですよ?」

『ほれみれ、怒っておるのではないか』


 言葉の綾を取る相手に、私の漏らす息は重い。


「アシュトレト……」

『分かっておる。なれど子供相手じゃ――、一回のみならば許すと妾は言うたぞ? 妾は昼の女神。陽光ある限りは死なぬとそなたも知っておろう。妾は無傷じゃ』


 気を使わせまいとしているのかと思ったが……。

 どうやら嘘ではないようだ。

 相手を生かせと言う言葉でもあるように思える。

 あのアシュトレトが、相手の事を考えているのだ。


 心が広くなったのか、それとも私が本気で心配したことで甘くなっているのか。

 ともあれ。

 アシュトレトは作戦を決行する策士の顔で、月影キャットに目をやり。


『さて、月影とやら。そなたはこれで妾に借りができたというわけじゃな?』

『別に、そんなことはないけど』

『いいや、大魔帝ケトスはあれでも正式な手段で南の大陸を買い取り、占領しておるのじゃ。言うならばあれも、この世界の規則に則った行動を取らねばならぬ身。なれど……はて、なにやら休戦中の筈であるのに大魔帝の息子が、相手の国の王妃を攻撃した。本来ならばこの時点で大問題であろう?』


 誘導により攻撃させたのはアシュトレトなのだが。

 なにやら取引をするつもりなのだろう。

 まあ悪くない手腕である。


 だがそれは相手が常識人ならの話。

 月影キャットはじっとアシュトレトを眺め。

 嘘偽りのなさそうな声で、うにゃん。


『え? いや、別にそう思わないけど……』

『きさまあぁぁぁぁぁ! 普通はそう思うのじゃ、いったいどういう性格をしておるのじゃ! てきとーで自由にも程があろう!』

『俺はそう思わないし……俺、猫だよ? 猫がちょっと悪戯したからって国際問題にしたら、そっちの国の方が馬鹿にされるんじゃない?』


 ちなみに、この月影猫は真顔である。

 なかなかどうして、この魔猫も性根が凄い。

 アシュトレトの交渉は失敗したようだが、引き継ぐ形で私が言う。


「月影さん、それでは提案なのですが――」


 私の言葉に、気まぐれ魔猫の獣毛は膨らんでいき。

 ぼわぼわぼわ!

 瞳をキラキラと輝かせ始めていた。


 ◇


 結界を解除し、自室を出ると。

 なにやらとんでもない大物が、再びこの世界に入り込んだと皆は大騒ぎ。

 やはりさきほどの魔術戦の余波が、周囲にかなり影響を与えていたようだ。


 被害はないが、なにかとてつもない規模の争いがあったことは観測されているようである。

 まあ、驚くのは当然か。

 そんな中で、私は月影キャットを腕に抱きながら玉座に戻り。


「――ご安心ください、脅威は去りました。そして、紹介しましょう。彼が先ほどの大物だろう気配の主。協力してくれることになりましたので、彼の部屋の用意もお願いします」


 ざわつく皆を代表し――。

 兄たるクリムゾン殿下が言う。


「弟よ、いったい……その眠そうな顔の美猫は……」

「大魔帝ケトスの息子さんだそうですよ」

「大魔帝の息子を勧誘したのか!? いったい、なぜ、どうやって!?」


 まあ、これが普通の反応である。

 さすがに私が即座に勧誘に成功したことで、アシュトレトも驚いていたが――。

 単純な話だ。

 息子だからといって絶対に父の味方をする、というわけでもない。

 むしろ反発したいときもあるだろう。


 この月影くんも複雑な年頃なのだろうが。


 ともあれ。

 気の迷いでも夢でもなく冷静だ――。

 そうアピールするように、私はいつもの様子で告げていた。


「まあ色々とありまして――ああ、互いに理解と納得した上で魔導契約はしてありますので、突然裏切るという事はありません。どうかご安心を」


 紹介すると月影キャットは私の腕から離れ。

 ザァァァァァァァっと闇の霧を発生。

 姿を月光の貴公子という言葉が似合うほどの、絶世の美青年に変え――すぅ。

 魅力値がカンストを振り切った氷の微笑。


『俺は月影――まあそういうことで……こっちの魔王陛下に協力することになったから、適当によろしく。レイドさんがあんたたちに攻撃するなって命令する限りは、まあ……それに従うから』

「そういうわけなので、よろしくお願いします。皆さん」

『ところで、俺の部屋……あるかな? そろそろリラックスタイム、ヨガのポーズで昼寝……いや、精神集中しないとなんだけど』


 息を呑むほどの白銀色の美形なのだが、その性質は猫に近いようだ。

 猫のように欠伸をしマイペース、眠そうな顔を隠そうともしていない。


 豪商貴婦人ヴィルヘルムが私に瞳で許可を求めているので、頷き。

 彼はエルフの貴婦人の一団に連れられ、一時退場。

 妙に女性エルフの姿が多いのは、彼が本当に、貴公子然とした美形だからだろう。


 女性陣は活気だっているが、男性陣はその逆。

 なにがどうなって大魔帝の息子を勧誘できたのだと、周囲の瞳が私に刺さっている。


「正直、理由が私でも分からないのですが。どうやらかなり懐かれてしまったようで――」


 言葉の途中で、ムルジル=ガダンガダン大王とナウナウが珍しく慌てて飛んできて。

 私の目の前に緊急転移。

 道で月影くんとすれ違い、仰天したようだ。


 二柱が唾を飛ばす勢いで口を開き。

 私の玉座の間近で、くわ!


『幸福の魔王よ! なにゆえ、なにゆえあの三兄妹一番の問題児がここにおる!?』

『月影くんは~、姿は人にも猫にもなれるけど~。あ、あのね~……どっちかっていうと~、やらかすことが~、僕みたいな感じだけど~……大丈夫なのかな~?』


 どうやら大魔帝とも交友のある四星獣は、月影くんの顔見知りのようである。

 しかし、このナウナウが若干動揺するようなタイプというのが、かなり懸念材料であるが。

 私は静かな微笑を浮かべていた。


「反抗期なのでしょうね、まあイイ子だと思いますよ」

『焦れとは言わぬがっ、なーにを根拠にそう言っておるのだ!』

「大王も存外に心配性ですね。大丈夫、魔猫に悪い存在はいない――そうでしょう?」


 実際、彼は世界を憂いて私達を封印しようとした。

 基本的に善性なのだろう。

 それを要約すると、魔猫に悪い存在はいない!

 なのだが。


 言い切った私に、うわぁ……ネコバカだと四星獣の二柱は唖然。


 もちろん、そのまま部下にも問い詰められ。

 私は詳しい事情を説明した。


 さすがに彼の介入と私側についたことは大魔帝にも計算外だったらしく。

 南の大陸で、なにやら動きがあった様子。

 騒動は再び、あらぬ方向へと繋がりつつあった。


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