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第185話 未来視 ―降り注ぐラプラス―


 楽園に在ったあの日々には、それぞれにとって多くの想いが残されている。

 それは彼女にとってもそうだったのだろう。

 午後三時の女神の告白は、少なくとも本人にとっては真実。

 そう信じ切っていることに違いはない。


 いっそ、四星獣たちが否定してくれれば彼女の心は救われたのだろうか。

 いや、もし真実だったとしたらそれは二度、彼女の心を傷つけることになっただろう。

 私は――レイドとして考え。

 そして口を開いていた。


「ミスアフタヌーンティー、仮にです――仮に私が魔術をなかったことにすると願った……あの時の感情を実現させれば、あなたが起こしたかもしれない悲劇もリセットされるでしょう」

『魔術があったことによって発生した事象が、全てなかったことになるのだから……そうなるのでしょうね』


 普段は幼い少女を演じていた女神。

 彼女が少しだけ大人びた声を漏らしていたからこそ、私は訊ねていたのだろう。


「あなたはそれを望みますか?」


 それはある意味で卑怯な問いかけであっただろう。

 私は答えを彼女に託したのだ。


『……いいえ、それはあなたが答えを出すことよ。あなたも……もう、誰かのために願いを叶え続ける事はおやめなさい。あなたはレイド、誰かのための救世主になる必要なんてないのだから』

「楽園に在った頃から……あなたには叱られてばかりですね、ヘスティア」


 その時の彼女は母といった様子の女神だった。

 けれど、楽園が滅び伝承が移ろい……彼女も新たな姿となり、新しき女神となってやり直すことにしたのだろう。

 それが少女の姿の午後三時の女神。


 あの日の女神の顔と声で、少女は思い出を投影するように優しく瞳を閉じていた。


『そう、あなたはあたしをそう呼ぶのね』

「っと、すみません……あの頃の癖がでてしまったようですね」

『そんなに寂しそうな顔をしないで頂戴、あなたも悩んでいるのね――レイド。自分はレイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーなのか、あの方と呼ばれた救世主の欠片なのか……ふふふ、人類に勝手に伝承されて姿を変え続けたあたしたちと同じね。自分で自分が分からなくなるのって、とっても怖いのよ……けれど』


 午後三時の女神は微笑み。


『あたしはあなたがプアンテを救ってくれたことを忘れない。それだけは覚えておいて。あなたがあなた自身を誰だと思っていても、その真実は永久に変わる事はないのだから』


 空気を読み、しばし無言。

 大人しく眺めていたムルジル=ガダンガダン大王が、ぷふぅ……とマタタビの煙を漏らし。


『人々の信仰により生まれた女神ゆえに、人々の心に影響を受けその姿を変え続ける……か。姿を変えたとしてもその魂や心が同一ならば、様々な迷いも生まれるのであろうな。汝らも難儀な神性よのう』

『あらネコさん、あたしに同情するのかしら?』

『生憎だが、余は金にならぬ同情はせん。同情して欲しいのなら財や富を授けよ、その対価に見合った心を寄せてやるわ。もっとも、汝は同情される以上の罪も犯しておるのであろう?』


 告げる貫禄ある魔猫の瞳は、つぃっ……っと私を一瞥。

 午後三時の女神は、それを私の家族を奪ったあの事件の事と判断しているのか。


『そうね……けれどあたしはただこの世界で遊んでいただけ。実際に動いたのはあたしの力を得て増長した人類たち。それって、あたしだけのせいって言えるのかしら? それに、神とはこうあるべきと望んだのはこの世界の人類なのよ。あたしは彼らの願いに応じてその姿を変える女神、それが良い願いであっても悪い願いであっても……願われたのなら姿を変えるの。勝者の願いを叶えるあなたたちと似ているわね。もしそれが罪だと言うのなら――あたしに罪を犯させたのは人類そのものなのよ』


 それも確かに女神の特徴だ。

 彼女達まつろわぬ女神は、人々の思想によって様々に姿を変えた。

 いや、変えさせられたと言うべきか。


 三女神はもはやあまり影響を受けなくなっているが、もし午後三時の女神がその性質を引き継いでいるのだとしたら。

 今の姿も誰かが願った姿という事になる。

 同じ考えを抱いたのか、ムルジル=ガダンガダン大王が言う。


『ふぅむ――願われその姿になったと言うが、汝はなにゆえに子供の姿をしておるのだ? 余にはその利点があまり分からぬ、そもそも子供の神を人類が望むとはあまり思えんのであるが。はて、理由を申してみよ』

『なんでそんなことをあなたに語らないといけないのかしら?』

『はて、分からぬ女神であるな。余はそなたが憎からず思っておる相手から助力を求められているケモノ、言うならばそなたたちの運命を握っておる偉大なる存在であるぞ? むしろ頭を垂れ、慈悲を乞うか――あるいは金銭を山のよ~に積み上げるのが正しき反応であろう?』


 ん? ん? どうなのだ!?

 ガハハハハハ!

 と、大王はとても偉そうにドヤァァァア!


 無限に湧き続ける金銀財宝の上でご満悦。

 対する午後三時の女神は、頬をぷぅっと膨らませ。


『お金、お金、お金。あなた、品性がないのだわ!』

『品性など不要。余を作りし人類は、余や余の仲間たちを金儲けの道具とし、狭い部屋で一生を閉じ込め繁殖を続けさせた。その行為に品性があったかどうか、はて、余には人類も世界も全てが品無き世界にしか思えぬ』


 それは伝承にもあった、ムルジル=ガダンガダン大王が大王となる前。

 四星獣となる前の、生前の話。


 そして狭い部屋の中で死んだ魂を救い上げたのが、イエスタデイ=ワンス=モア。

 ナウナウの魂を救った時と同じく、彼が肉球を差し伸べたのだ。

 だから大王は彼に感謝をしている。


 しかし――。

 彼の伝承を知っていた私は口を開いていた。


「悪質な繁殖業者ならばそうだったのでしょうね。けれど、そうでない人類も、命を売ることの是非はともかく……売買されたことにより幸せになった猫もたくさんいるでしょう、あなたには同情をしますが……世界には本当に猫を愛し、その幸せを願い動いている人類も多く存在する。神となったあなたには多くが見えるようになったはず、世界は黒いだけではないと……あなたとて既に理解しているのでしょう?」

『然り――故にこそ、我らは慎重であらねばならぬ』


 ムルジル大王は午後三時の女神に目をやり。


『実際、本当に叶っていたのかどうかは分からぬが、その女神がかつて願った――おぬしに友達を作って欲しいという願い。もしイエスタデイがそれを叶えていたのだとしたら、願い一つで世界の多くが混沌と化すのだ。かつての余ならば、人類の世界などどうでもいいと頷いたであろうが……今は知っておる。人類の中にも見るべき価値のある者がいるとな。タダでは力を貸さぬ余はケチなのではない。軽々に力を貸すと頷けぬ、こちらの事情も理解できたであろう?』


 まじめな口調でありながらも、その手はクイクイ!

 金をよこせぇ。

 金をよこせぇ、と動いている。


 どうやらシリアスを維持するのは苦手なようだ。


 私は彼らの伝承を思い出していた。

 四星獣はそれぞれに、人類によって害を受けた”猫と類似する存在”が選定されている。


 動物園の檻の中、その生涯を見世物にされ続けた巨大熊”猫”。

 ナウナウは人類を嫌っていた。

 それでも人類はナウナウを愛していた。

 彼が死んだ後、その人生は絵本となって今もなお、子供たちに愛され読まれている。


 ムルジル=ガダンガダン大王の場合は、品種改良された猫。

 遺伝子異常を固定された影響で、その骨格は生まれながらに痛みを伴う場合がある。

 短足で可愛い高級猫、けれどそれは彼らが望んでそうなったわけではない。

 それでも、主人に心より愛され幸せに生きる猫もたくさんいる。


 四星獣ナウナウにムルジル=ガダンガダン大王。

 彼らも彼らの物語を歩み、変わったのだろう。

 初期の伝承にあるほどには人類を憎んでいる様子はない。


「仕方ありませんね、ナウナウさんの助力を得られている時点で成功なのです。多くを望めばその分、リスクも増えるでしょう。ここで商談は終了いたしましょう」


 欲を出しすぎても破綻の元。

 諦めも肝心と、素直に身を引こうとした私だが。


『異界の魔王よ、そう急くでない。せっかくだ、余と賭けをせぬか?』

「賭け、ですか」

『うむ、なに簡単な賭けだ。余はこれからダイスを振る、その数字を当ててみよ』


 マハラジャを彷彿とさせる笑みを浮かべる大王に、午後三時の女神はきょとんと瞳を大きく開けて。


『そんなの簡単じゃないの。未来を見ればいいのだわ』

『その通り、賭けと言っても結局は未来視の勝負というわけであるな。レイドとやら、汝も未来を覗く能力者。どちらが優れた、いや――未来を見てしまう呪いはどちらの方が凶悪か、勝負しようではないか』


 先ほどから無言を貫いていた斧勇者ガノッサが言う。


「未来視の力が呪いって、なんか悪い事みたいに言ってるのはなんでなんだ」

「未来視の能力者は大抵、自分が望まぬ未来も見てしまうからですよ。それも自分が望んでもいないのに、勝手に見えてしまうのです。未来が見えてしまうというのは非常に厄介で、たとえばですが明日初めて会う人の死ぬ日や死因すら見えてしまいますからね。そして、見えてしまったのなら――、禁術と呼ばれる一定以上の魔力量を超えた魔術ではないとその運命を変えることはできない。それが毎日、毎時間、毎分、毎秒と……常に誰かの死が見えている状態にある。死が見えてしまった中で助けられる人がいた場合、それを助けずにいたら……少なくとも嫌な気持ちになるのではないですか?」


 言われてガノッサは、気まずそうに髪を掻き。


「そりゃまあ……そうか。で、おまえさんもそうなのか?」

「ええ、まあ――昔の何も知らなかった少年時代ならともかく、今の私は楽園にいたあの存在と近い力を有していますからね。ただあの方と呼ばれていた時ほどではありませんし、ある程度の制御もできてはいるので精神状態は維持できていますよ」


 なにより、この世界には禁術を気にせず使い続ける獣神が多く存在する。

 未来は常に変動し、嫌な未来が見えたとしても次の瞬間には変化している。

 この世界は獣神のせいで不安定になっているが、反面、獣神のおかげで不幸で固定されていないのだ。


 だから私達、あの方と呼ばれた存在は、未来を変え続ける存在を好む。

 禁術を使いこなし、ただ歩くだけで未来を書き換える獣神を、とても心地よい存在に感じている。

 その中でももっとも未来を書き換え続けているのは、魔猫。


 私は大王に目線を戻し。


「私が勝てば、力を貸してくださると?」

『約束しよう、しかし余が勝った場合はレイドよ、そなたは余の眷属となり――この沼地に留まるが良い』

「この地にですか」

『歴史には介入せず、世界にも介入せず――ただこの沼地で魚を釣る、そんな生活とて悪くはなかろう。それがムルジル=ガダンガダン大王たる余が、未来を司る四星獣としての余が――イエスタデイの恩人たるそなたに与える、感謝と礼だ』


 存外に穏やかな声で告げて。

 しかし、獣毛をぶわりと膨らませた大王は周囲に侍らせた財宝を魔力で浮かべていた。

 それは大王の臨戦態勢なのだろう。


「いったい、どういうつもりでしょうか」

『悪いことは言わぬ、そなたはここで歴史の中から退場せよ』


 大王には未来が見えているのだろう。

 そして、その未来を回避するために、私を止めようとしている。

 それもおそらくは善意で。


 ナマズの帽子がムクリと顔をもたげ、財宝を喰らいながら魔力を充填。

 財を力に変換し、四星獣ナウナウ以上の魔力を溜め。

 ぎろり――!


『余はこれから我が材にある全てのダイスを振る、汝はその合計を当てよ。なれど、ただ見るだけでは足りぬ――余は汝の未来視をありとあらゆる手段を用い、妨害する。これが余が汝に力を貸すための、賭けの条件である』


 未来視の妨害。

 それはすでに実践済み。

 彼は、私の顔に張り付く未来を選び続ける事により、それを実行していた。

 この大王ならば、実際に妨害できてしまうのだろう。


 まあ……モフモフボディで目隠しをするという、可愛い妨害なのだが。

 結局は物理的な目隠しという点が、なんとなくおかしく感じてしまい。

 だからこそ、私の口は自分の運命を決める勝負にもかかわらず苦笑し。


「いいでしょう、それではどうぞ神のダイスを――」

「お、おい!」


 慌てるガノッサと午後三時の女神が制止するより先に――。

 四星獣ムルジル=ガダンガダン大王は、瞳を赤く輝かせ。

 財の力を発動。


『我、ムルジル=ガダンガダン大王の名の下に命じる。降り注げラプラスよ!』


 それはさながらダイスの濁流。

 宣言と共に。

 砂の数ほどのダイスが、一斉に転がり始める。


 本来なら、それを長い時間をかけて答えるのだろう。

 しかし。

 一瞬だった。


 どうせ未来視で見えているのだ、当たりも外れも結局は一瞬で決まる。

 私は妨害の中でそれを眺め。

 答えを口にする。


 ムルジル=ガダンガダン大王はまともに顔色を変えていた。

 そう。

 私は合計値、その正解を未来視で掴んでいたのである。


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