第184話 絡み合う逸話、交差する事象
釣竿を武器とし未来を司る四星獣。
ムルジル=ガダンガダン大王。
彼の助力を得られる未来を掴むため、白銀色の髪の下で私は赤い瞳を輝かせる。
だが――。
私の未来視に浮かんでいたのは、無。
未来が見えていないのだ。
私という存在が未来から消えているというわけではない。
それは未来を司る四星獣の権能による妨害だろう。
大王が勝ち誇った顔で薄らと口を開き。
『異界の魔王にして、救世主の欠片レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーよ。余の助力を得ようというのに先を眺め、最も安き額を掴もうとするのは感心せんぞ』
「……未来視を妨害できる能力者がいるとは思っていませんでしたが、いったいどうやっているのですか。魔術師として大変興味があるのですが」
今の私の未来視はある意味で強制発動能力。
かつて楽園に在った時にも自動発動されていた”未来を見てしまう祝福”を、大王は完全にシャットアウトしているのだ。
ドヤ顔の大王はナマズ帽子と共に、ガーッハッハッハ!
『知れたこと! 汝の未来に先回りをし、その顔に張り付き我がモフモフボディで目隠しをする未来を選び続けているだけぞ!』
「はい? すみません、つまり……この見えている無は」
『然り、余の腹毛よ!』
魔術師ではないガノッサが呆れた様子で、肩を落とし。
「ただ目隠ししてるだけかよ……」
「私の目を隠す未来を選択し続けている時点で、既におかしい領域なのですが。まあいいでしょう……、それで、結局あなたは協力してくれる気があるのかないのか、どうなのですか」
ナウナウの助力は得られた。
それはつまり、集団スキルを扱える獣神軍団の助力を得られていることと同義。
かなりの戦力増強はできているが、そこに大王が持つ神魚の軍団が加われば。
大王は探る様に瞳を絞り、おほん!
咳払いをした後、輝きを増す財の上で朗々と告げ始める。
『余の力を得て、何を求める』
「なにも、ただ――今の私はこの世界の平穏を保てればそれでいいと願っております。これでも一国の王ですからね、王とは民との契約により国を安定させる義務を負った存在。税や地位といった対価と引き換えに、彼らに安寧を齎す存在であるべきでしょう。故に、私は彼らとの契約を守るためにこの世界を安定させたいのです」
『王の矜持、であるか――なるほどな』
大王を名乗る四星獣はしばし考え。
『正直なところ、余は悩んでおる。饕餮ヒツジの分霊をずっと眺めておったナウナウは部下を通じ情報を獲得し、そなたを気に入っているようだが――余には正直、判断ができぬ。汝が魔術そのものを無かった事にしようとするのならば、そして本当に魔術がない世界に戻ったら――今の余やイエスタデイはどうなるか。我が権能たる未来視でも見当がつかぬのだ』
ナウナウがフガっと顔を上げ。
『えぇ~、魔術がない世界は僕、やだな~?』
『余とて困る。だが――魔術そのものがなかった世界となれば、全ては初めからやり直すことになるであろう。かつて魔術が発生した時にも同じく、世界は魔術がある世界として初めからやり直したとされておるからな。つまりは、今こうして魔術の在る世界自体が異常な状態。魔術をなくすという事は、世界を正しき法則の世界へと戻す行為ともいえるのであろうな』
魔術が生み出されたせいで世界の根底は変わった。
かつての私が変えてしまったのだ。
『さて、世界の法則を根底から覆す可能性がある者に、ナウナウが手を貸してしまったこの状況。余はどうするべきであるか、汝が余の懸念を金銭で払拭してくれても良いが』
「残念ながら、あなたを買収するだけの財宝は手元にはありません」
『であろうな――余は財を力とする故、金銭に関しては一切の妥協はせん』
だが、とムルジル大王は昔を思い出すように瞳を閉じ。
『汝が我が盟友、イエスタデイ=ワンス=モアを救い手を差し伸べた。その功績を知らぬわけではない。余は、あの方と呼ばれた当時の汝に感謝をしておるのだ。転生体たるおぬしが望む望まないは別としてな。だが、イエスタデイへの恩があるからと言ってあくまでも転生体であり、欠片に過ぎぬおぬしに力を貸す……それもまた違った話であろうて』
大王は大王なりに私と私の事情をよく見ているのだろう。
私という存在をあの方ではなく、レイド個人として尊重しようとしているようだ。
「先に言われてしまいましたね」
『転生したのだから別人である、そういう考えもあるであろうからな』
大王もまた上位存在であり、ナウナウと同じく世界を見守りダイスを振り続ける遊戯世界の神。
多くの人類をその釣り堀から眺めていたのだろう。
存外に深い吐息に、彼は言葉を乗せていた。
『正直なところだ、心情的には汝の味方をしてやっても良いとも考えておる。このナウナウが気に入っているという事もそうだが……なんというか、アレなのだ。――そもそもナウナウを単騎で放置することこそが最も恐ろしき愚策、また厄介ごとを起こすと分かり切っておるからな……。見えている地雷、見えている爆弾は目の前で処理するのが一番だと余は考える……これはネコヤナギも同意見なのだ』
ナマズアンド大王のダブルジト目を受け、地雷扱いされているナウナウはきょとん。
しばらく考え。
えへへへへ~っとパンダの口をにっかりと開き。
『地雷だなんて、そんなに褒めないでよ~』
『たわけ! たわけ! たわけ! 本気で喜びおって、褒めてなどおらんわ!』
『えへへへ~、僕、怒られちゃってる~? 僕を怒ってくれる大王の事、僕、好きだな~!』
彼らがコントのような、モフモフなやりとりを続けていた時だった。
ふと――。
午後三時の女神が口を開き始めていた。
『レイド、確認しておきたいのだけれど、いいかしら?』
「構いませんよ」
『あなたは魔術をどうしたいのかしら』
「言っておりますように、今の私は魔術をなくす気などありませんよ。あまりにも代償が大きすぎます」
『そうね、けれど――あなたが勇者に殺されたときは、確かに、そう願っていたのよ』
楽園が滅んだ後、魔王となっていた私の死を知らぬ筈の女神はそう告げていた。
断言しているのだ。
「何かご存じなのですか?」
『女神ダゴンが知っていたように、あたしにも知っていたことがあるのよ。バケモノみたいな三女神もそれぞれ秘密を抱えている、それはあなたも分かっているのでしょう? なら、あたしにも秘密があると言うだけの話。まさか、あの方がこの混沌世界で、あの三女神に育てられレイドとして生きていただなんて知らなかったのよ。けれど、あたしも……あなたの死は知っていた』
「そうなのですか」
『あまり驚いていないのね』
「女神ダゴンも知っていたのです、他の女神が知っていたとしても不思議ではないでしょう」
女神が、言った。
『ねえ、レイド。もしあなたの死の原因が、あたしかもしれないっていったら――あなたはあたしを嫌いになるのかしら』
「嫌いにはなりませんが、まあ事情は聞きたくなるでしょうね」
『あたしはまだ楽園にいたころに、あの盤上遊戯をプレイしたことがあるのよ。初めは本当にただの遊びだった、誘われるままにやって、けれど負けるのは嫌だから勝ち続けて、願ったのよ』
その願いに何かあったという事だろうか。
『あたしね、あの方と呼ばれていた時のあなたがいつも寂しそうにしていることを知っていたわ。ちゃんとした友達が欲しい、対等な存在が欲しい、そう心のどこかで孤独に疲れているあなたを見ていたのだわ。皆があなたを尊敬した、皆があなたを畏怖した、皆があなたに固執した。きっと、あたしたち”まつろわぬ女神”もそうなのよ。あたしはあなたの友達にはなれないと知っていた、だって、助けられたことで妄信しちゃっていたのだもの。あの心が愛だったのか、恩人への感謝だったのか。今となってはもう分からないわ。けれど、あなたが孤独な事だけは知っていた。だからね、あたしは盤上遊戯に勝利をして――願ったのよ』
なにを。
疑問が浮かんだと同時に、彼女は言った。
『あなたに、友達ができますようにって』
想定外の言葉だった。
意味も意図も、あまり分からなかった。
「私に友達が、ですか」
『ええ、まだ主神となる前の、ただの道具だった頃のイエスタデイ=ワンス=モアは盤上遊戯を輝かせ、その願いを叶えようとしたわ。けれど、何も起こらなかった。きっと、願いが強すぎたのでしょうね。あなたほどの存在に対等な友達ができる、それってきっと、簡単じゃない。願いを叶える魔道具ですら、魔力が足りなかったんじゃないかしら。そう思って、あたしはすっかりそんな願いなんて忘れていたわ』
けれどね、と午後三時の女神が目線と共に言葉を落とし始める。
『あなたは追放されて、あたしたちはそれを追い。見つけられない内に、楽園は滅んでいた。まさかあなたが滅ぼしたとは思っていなかったのだわ。けれど、友達ではないけれどお兄さんを殺されちゃったのなら……そうね、あなたならそうするわねって納得したのよ。でも、話は終わりじゃないの。あの時、あなたを探している時に、あなたが楽園に復讐を果たした時に――確かに感じたの。願いを叶える魔道具の力が発動しているって』
午後三時の女神は罪を打ち明けるように私を見上げ。
ごめんなさいと詫びるように、瞳を震わせ。
『なにがいいたいか、分からないって顔をしているのね。けれど、きっと……あたしのせいなのだわ。あたしが願ったのは、あなたに友達ができること、そう言ったわよね』
「ええ、それを責めたりする必要はないと私は思いますが」
『ねえ、レイド。今――この斧の勇者の事を、友達だって思っていないかしら? 実力差はあるわ。それでも、極めて対等に近い、言葉にするのならば昔なじみだって思っていないかしら』
……。
ああ、言いたいことが分かってしまった。
もし、願いを叶える魔道具が私に友人を作ろうと因果律を操作したとしたら。
まだ自我に目覚めていない、私が魂を注ぎ込む前の盤上遊戯だとしたら、ただ粛々と願いを叶えるために力を発揮していただろう。
私に友人を作るためには、人生をやり直す必要がある。
たとえば、まだ常識の範囲内の力しかない子供の頃に、友となれる存在と出逢っていたら。
その道筋を作るために、どんな願いでも叶えようとし、運命を書き換えていたとしたら。
願いを叶えるアイテム。
そんな逸話は世界に数多く存在するが、願いを叶えられる道具だからと言って――良い事ばかりが綴られた逸話は少ないだろう。
願いを叶える、それ自体が誰かの願いを踏みにじっている可能性もある。
仮にだ。
私に友人を作る。
ただそのためだけに、多くの運命を歪めていたとしたら。
それこそ、楽園を滅ぼすほどに。
破綻しているようだが、理論上はあり得る。
可能性はゼロではない。
だから――。
『あたしが、願ったせいで――あなたはお兄さんを失い、楽園は滅んだ。もしかしたらそうなんじゃないかしらって、あたしはそう思うのよ、レイド』
大好きな人のために願った願いが、大好きな人の未来を狂わせた。
少なくとも、彼女自身はそう信じ切っているのだろう。
だから彼女は。
泣きそうな顔をしているのだ。
私は言葉を探り……けれど、言葉を掛けない方が良いと判断していた。
本人がそうだと信じている失敗を否定しても、それを慰めと受け止め、信じたりはしないだろう。
『無意味な慰めはしない、そこは変わっていないのね――』
「……すみません」
『責めているわけじゃないのだわ、ただ、とても懐かしいと思うだけなの。あたしは、駄目ね。どうしても、あなたとあの方を重ねてしまう。どうしても……あの日々を思い出してしまうのよ。その点、三女神や月の女神はあなたをあなたとして見ている。これじゃあ、あたしが二番手三番手になるのも、当たり前なのよ』
涙を堪える少女の言葉は、とても切なく聞こえていた。
少女の女神の告白を耳にしていた四星獣も、言葉を探っているようだが。
四星獣に目線を移し、私は言う。
「――先ほどの話……あくまでも理論上は可能なのでしょうが、どうなのですか?」
『さてどうであろうか、しかし――』
『それがあくまでも純粋な~、善意で~、友達を作ってあげたいって願いなら~。イエスタデイなら、たぶん~、本当に、できちゃうだろうね~』
ムルジル=ガダンガダン大王とナウナウ。
彼らは可能性を否定をしなかった。
実際、可能だからこそ。
ムルジル=ガダンガダン大王はここまで慎重になっているのだ。
願いを叶える力とは、それほどに強大で扱いの難しい力。
四星獣とは、それほどに影響力のあるケモノ。
彼らを束ねるリーダー。
イエスタデイ=ワンス=モアとは、ある意味で大魔帝ケトス以上に危険な獣神なのだろう。