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第181話 ブリギッドの竈(かまど)


 遊戯を望み続けるもふもふパンダ。

 巨大熊猫のナウナウは二柱の知恵者のアシストを受けて、頭脳をフル回転。

 相手の領土を支配するボードの中で起こる世界の戦いを、有利に運び続けていた。


 しかし。

 濃厚なバターの香りと落ち着くミントティーの香りと共に、こちらも助っ人を召喚。

 現れたのは、ビスクドールを彷彿とさせるふわりとした少女。


 午後三時の女神は、くりっとした大きな瞳を輝かせナウナウに向かいニッコリ。

 淑女のカーテシーを披露し。


『初めまして、ぬいぐるみみたいに愛らしいパンダさん! あたしはこの世界の女神の一柱。かつて楽園に在った時にも色々な神名で呼ばれていたけれど――それはもう昔に置いてきた名。今は”午後三時の女神”ミスアフタヌーンティー、あるいはレディアフタヌーンティーと呼ばれているわ』


 それはかつて、マルキシコス大陸のカルバニアの地にて支配の魔王を使って遊んでいた女神。

 私の身内、プアンテ姫を魔王として使役する彼女とも、まあわだかまりもない関係を築いているが――既に堕天した存在とは言え、相手にとっては楽園の神が顕現したことになる。


 楽園の神とは四星獣にとっては敵。

 主神となる前のイエスタデイ=ワンス=モアとその主人を拉致し、魔道具へと改造した悪。

 ナウナウは女神に対してもあまり好意的ではないらしく。


 鼻先をフガっと蠢かし。

 隣で待機している羊二名にステーキを用意させながら、露骨に足を延ばし……でろーん♪

 よそ見をしながら、くっちゃくっちゃ。

 肉汁をステーキハウス用の鉄板の上で弾けさせながら、つまらなそうに言う。


『僕、子供はあんまり好きじゃないんだ~』

『あら、あたしを子ども扱いするだなんて生意気じゃない。あなた、何歳なのかしら』

『僕はね~、子供は嫌いなんだ~』

『子どもじゃないのよ、こう見えてもあなたたちよりも年上なんですから。いーい? ちゃんと年長者として敬いなさい!』

『子供、嫌いだな~』


 ナウナウは何を聞かれても子供は嫌いなんだ~!

 と、なしのつぶて。


『……だぁかぁら、子供じゃないっていってるでしょう。もう……っ! これだから獣神って苦手なのよ。自分の事が世界で最もかわいいって思いこんでる連中ばっかり。世界で一番かわいいのはあたしだって決まっているのに、ねえレイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。あなたもそう思うでしょう?』


 まあ、この女神は見た目だけならば愛らしい少女だが。

 私はジト目を継続したまま。

 勇者ガノッサが困った顔をしてみせ。


「いや、おまえ……カルバニアで暴れてた女神だろう? てか、レイドの坊主の家族の仇を魔王として使ってた神じゃねえか、よく平気な顔をしてレイドの前にでてこられるな」

『アナスターシャ王妃はもうあたしの元を離れて使役されている――というか、仇の筈のレイドの駒ですもの、確かに彼女がやったことにあたしも少しは関係していたのよ? けれど、あたしは力を与えただけ。望んだのは人間である彼女なのよ?』


 だから自分に責任はあまりない。

 そう言いたげに微笑む女神に悪意はない。

 四星獣ナウナウが、じっと少女姿の女神を眺める前――。


 当時にカルバニアにいた男もまた、少女を眺め。


「――楽園の神々ってのは、どうもてめえみたいな傲慢な存在が多いみてえだな」

『あら? なにか問題あるのかしら?』

「さてな……まあ、本人同士が納得してるならオレが口を出すことじゃねえが……レイドの坊主、おまえさんはなんでまたこんなチンチクリンを呼んだんだ?」


 チンチクリンですって!?

 と、頬を膨らませる午後三時の女神であるが――。

 フォローするように私は苦笑し。


「これでも彼女もかつて楽園に在った神。その力は本物。かつての前世の私が拾い、手を差し伸べたまつろわぬ女神なのです。神としての権能は様々ですが、今回の遊戯には彼女の能力が有効。必要不可欠な救援なのですよ」

「まつろわぬ神ってのは――」


 確かに聞きなれない言葉だろう。


「正確ではありませんが、そうですね。神とはこうあるべきと自らが信仰する神を信じる勢力に負けた、別の思想の民族に崇められていた神……その総称でしょうか。例えばですが、ガノッサさんあなたが猫を飼っていたとしましょう。その猫の種類がブリティッシュショートヘアーだとして、あなたは最もかわいい猫とはブリティッシュショートヘアーだと思っている。そこに隣人がマンチカンを飼っていたとしましょう、そしてその隣人はマンチカンこそが最もかわいい猫だと思っている。さて、どうなるでしょうか」


 言われて考えた斧の勇者は、嫌な顔をし。


「ブ、ブリティ……なんて? マンチカンってのは聞き取れたが」

「……そうでした。この世界では魔猫は魔猫、細かい品種に分類されてはいなかったですね。まあ、細分化された魔猫の品種だと思っていただければ問題ないかと。コボルトにもダークコボルトでしたり、アシッドコボルトだったり同じコボルトでも微妙に違いがあるでしょう?」

「いや、コボルトはコボルトだろ」


 なにいってんだ? と、なぜかこちらが変な事を言っている判定にされているようだ。

 空気を読まない男に、ナウナウも午後三時の女神も一瞬唖然。

 しかもこの男、真顔である。


 差別と叩かれてしまうのであまり公には言えなくなっているが、これがいわゆる脳筋職の性質か。

 魔術師ではない職業の考え方に、思わず私は頬をヒクつかせてしまう。

 まあ、かつての世界でも「結局……猫は全部、猫だろう」と言い切る輩も存在したが……。


「おまえ、またオレのことを微妙に馬鹿にしてねえか?」


 ……。


「それはともあれ――あなたは世界で一番かわいい猫は自分の猫だと信じている。しかし隣人は自分の猫が一番かわいいと信じている。ここで互いに互いを尊重し、穏便に収まれば良かったのですが」

「オレの猫の方が可愛いってことを主張するために、武力を行使しちまったってわけだな」


 この辺りは随分と物分かりがいい、というか正しい理解をしているようだ。


「ええ、あなたが勝ったとして世界で一番かわいい猫はあなたの猫になりましたが――隣人の猫は世界で一番かわいい猫とは言えなくなった。それどころかあなたは相手の猫を猫ではなく悪魔だと言い、多くの者に吹聴して回った。あなたは勇者で英雄です、そして戦いの勝者です。その言葉には一定以上の重みがある。故に、話を聞いた者たちはあなたの言葉を信じるでしょう」


 私はそこでようやく、貶められた女神たちの幻影を投影し。

 瞳を細め告げていた。


「悪魔だとされた相手の猫は周囲からも迫害され、かつては猫とされていたのに猫とされなくなってしまった。当然、相手の猫としてみれば堪ったものではないでしょう。ここで話を女神に戻しますが――神の力の源も、魔力と同じく心、人々の信仰心にありますからね。信仰を失った彼女達は悪とされ、彷徨っていた――やがて力も失い、消失する可能性もあったのですが」

「そこに手を差し伸べたのが――前世のおまえ。あの方と呼ばれた楽園の神だった。そして、救われた連中こそがこいつら――まつろわぬ女神、ってわけか」


 しばし考えたガノッサは、私にぼそり。


「なぁ……わざわざ猫に置き換える必要もなかったんじゃねえか? 無駄に格好つけるために要らんたとえをするのは無駄だと思うが、どうなんだ」


 それはそうかもしれないが。

 魔術師的な考え方の持ち主は、どうもたとえ話をしたがる傾向にあるとは統計が出ている。

 私も例に漏れずにそうなのだろうが、普通、本人を前にここまで言うだろうか。


 聞いていた午後三時の女神がゴスロリともいえる衣装から、前髪を垂らし。


『あ……呆れたわ。ねえレイド、あなたよくこんな勇者と一緒に行動できるのね? この男、品性もデリカシーの欠片もなさそうなのよ?』

「ええ、だからこそ――私にはとても、心地良く思えるのでしょうね」


 午後三時の女神の瞳が一瞬、広がった。

 驚くものを見るような、けれど納得したような顔で。

 ぷっくらと唇を動かしていた。


『……そう。そうなのね、そうかもしれないわね。あの楽園では、あなたは……最も尊き存在として君臨していた。誰もがあなたを妄信していた、良くも悪くも……。楽園があなたを追放したのも、その妄信のせい。あなたにそのような態度を取る者なんて、誰も……いなかった』

「ええ、そうですね」

『そう、寂しかったのね――あなたは』

「どうなのでしょう」

『分からないのね、けれど、ううん、そうね、きっととても大事な出会いだったと、あたしもそう思うのよ』


 だから。

 私はまだ”あの方”としての意識がない時にできた彼との繋がりを、とても良き出会いだと捉えているのだろう。

 こうして、かつての力以上を手にした存在となった私では、もう二度と掴めない。

 おそらくはもう二度と。

 手に入らない。


 人はこれを友人というのかもしれないが。

 実際、どうなのだろうか。

 私にはよくわからなかった。


 ともあれだ。


「私は――この世界を大切に感じているようなのです、ですからどうかここは協力していただきたい。駄目でしょうか?」

『ダメじゃないわ……あなたはプアンテにも優しくしてくれた。だから、そうね、あなたの想いをかまどに入れて、あたしがその願いを包んで形にしてあげるわ。見てらっしゃい、このパンダ。あたしとレイドのコンビに勝てるのかしら?』


 数から除外されたガノッサであるが、彼も自分が戦力外だとは納得しているようだ。


「で? 本当にこいつらに勝てんのか?」

『あら、見えないの? もうかなり圧しているのよ?』


 告げて午後三時の女神は有利に進む魔物の盤面に目をやり。

 駒を次々と操作し続ける。


『あたしで遊びに勝てるかしら、パンダさん』

『子供は嫌いだな~。あの楽園にいたならもっと嫌いだな~』


 ナウナウの方は楽園の関係者である彼女に勝つべく。

 瞳を赤く尖らせ、駒を苛烈に操り始めていた。


 これが遊びならばナウナウが勝っていただろう。

 けれど――午後三時の女神は彼にとっては敵判定。

 彼の大切な友達イエスタデイ=ワンス=モアを虐めた楽園の住人。その思いが、遊びを遊びではなくしてしまったのだろう。


 饕餮ヒツジとグーデン=ダークも策に落ちたことを悟ったようだが。

 それでもその手を止めず。

 自らの主人の敗北を、ただじっと……眺めていた。


 四星獣ナウナウの弱点は友達思い。

 だから、彼は負けるのだ。


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