第180話 愛すべき新世界
ボードを囲むのは私――。
幸福の魔王たるハーフエルフ、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。
そしてその隣には隆起させた腕を組んで、ゲームを見学する斧勇者のガノッサ。
対する相手は四星獣ナウナウ。
ナウナウは本当に嬉しそうにボードを眺め、わくわくうきうき。
獣毛をぶわぶわに膨らませ瞳を輝かせる姿はファンシーそのもの、実に愛らしいといえるだろう。
丸い耳をアンテナのように動かし。
小さく開く口からも、興味津々な様子が感じ取れる。
『オッケー、ルールは把握できたよ~♪』
「それでは、開始いたしましょう――」
盤上遊戯。
かつて楽園で行われた神々の遊びは開始された。
私もこのゲームにはそれなりの知識を有していた。
ルールは単純だった。
どちらかが魔物側、どちらかが人類側となり先に相手の領土を制圧した方が勝ち。
基本はそれだけである。
魔物側の駒を操る者は魔物の神。
人類側の駒を操る者は人類の神。
仮にここに魂を注ぎ込めば、それはさながら天地創造。
新しい世界の誕生ともいえるだろう。
世界の多くは”神々の悪戯”によって誕生しているのだ。
いわばそこは本物の異世界。
人類の神と魔物の神がダイスを振って勝負をする、神々の遊びのために作られた領域。
三千世界に点在する、多くのファンタジー世界と同じ世界が創生されるだろう。
もっとも、今回は魂を注ぎ込んでいないのであくまでも、本当の意味での遊び。
世界や命が誕生しているわけではない。
だから私は気楽に駒を進めていく。
私が操るのは魔物側の駒だった。
魔物側は世界各国、様々な大陸に聳え立つ塔の頂上からスタートし――地上を目指して進軍する。
その塔こそが、迷宮の始まりと言えるだろう。
人類側は塔からの魔物の進軍を防衛しつつ、塔を上り制覇――魔物側の勢力を全て沈黙させることが勝利条件になるのだが。
逆に魔物に圧され、街を占領されるとどんどんと不利になる。
町や国が魔物に乗っ取られるのだ。
最終的に全ての大陸の主要都市、全ての国を魔物側に乗っ取られれば人類の全滅。
魔物側の勝利となる。
ここに魂を注ぎ込むとかなり面倒な戦いとなるのだが、今回はそれはなし。
ナウナウが人類の戦士の駒を英雄に昇格させ。
『えへへへへへ! これでこの大陸は~、僕の勝利だね~♪』
「おや、初めの塔を奪われてしまいましたね」
まだゲームは続いているが、今回は私の負けになるだろう。
最初はわざと負け。
次にある程度の接戦を演じて、負け。
最後に勝てばそれでおそらくナウナウの気も晴れるだろう。
こちらの方針はガノッサにも伝えてある。
だから彼も退屈そうにゲームを眺めていたのだが――。
「なあ……これってお前さんたち楽園の住人、つまりは神々が世界を模して遊んでたってわけだよな?」
「ええ、それがなにか」
「遊びってわりには、本格的過ぎねえか?」
指摘するガノッサが眺めているのは、青い海。
とても澄んだ、海洋生物に溢れた水の楽園だった。
そしてそのまま彼の瞳は山に映り、明ける空を眺めて――。
「てか、完全に世界が作られちまってるじゃねえか」
「世界を再現して盤上の駒を動かしているのです、当然では?」
「……なあ――もしかしなくとも、こうやって神々が作った世界がそのまま放置されて……それが新しい世界になってるなーんて、はは、さすがにそれはねえか」
……。
まあ、実際にそういう世界もあるだろう。
「心配せずとも今回は魂を付与しておりませんし、それに何より私達の世界は楽園を去った”まつろわぬ女神達”が作り出した世界。創造神レベル、主神格の女神達がそれぞれに力を合わせて生み出した世界です。いわば第一級の世界と言えるでしょう。私達の世界は問題ありませんよ」
告げた私にガノッサは何故か眉を下げ。
「私達の世界、か」
「なんですか、その妙に感慨深そうな――成長した甥を見る親戚のおじさんみたいな顔は」
「いいや、ちゃんと私達って言ってるってことは、おまえさんはやっぱりこの世界で生まれて、この世界に帰属意識を持っているハーフエルフだってことなんだなって。ちょっと安心しただけだ。前世がどうであっても、おまえさんはおまえさんだ――あんまり深く考える必要もねえんじゃないか?」
おい、どうなんだ?
と、人の頭を気さくにポンポン。
悪がらみしてくる勇者を無視し、私は盤上遊戯に意識を戻す。
勝負は進む。
魔物側は順調に進むが、途中で勇者の駒が顕現し――逆転される。
それはよくある世界の物語。
魂無き盤上遊戯内では、勇者が世界を救う物語ができあがりつつある。
全ての塔を制覇した勇者が剣を掲げ。
そして――ゲームは終了した。
「どうやら今回は私の負けのようですね」
『えへへ~、僕の勝ち~! じゃあもう一回だね~! あ、そうだ~、僕が勝ったんだからハンデをつけようか~?』
「いいえ、お気遣いなく――」
ハンデを作った状態で負けることは困難。
不自然に負ければ最初の二回が接待だと相手に気付かれる。
だから断り、次の遊戯へ――。
再び世界は動き出し。
私はぎりぎりのところで敗北。
『また僕の勝ち~! ねえねえ、やっぱりハンデが必要なんじゃないかな~?』
「私もルールと規則をだいぶ理解しましたからね。盤上遊戯の世界法則に慣れているあなたの方が有利でしたが、次は私が勝ちますよ」
『そう? じゃあいくよ~!』
これで私が勝てば、まあナウナウも納得するだろう。
私は駒を動かし。
そして――ゲームは終了した。
『またまたまた僕の勝ちだね~! じゃあ、もう一回だよ~♪』
ナウナウはにっこりと満面の笑み。
予定が狂った私を眺め、ガノッサが耳打ちをし。
「(おいこら! どうなってるんだ、三回目でおまえが勝つんだろ!)」
「……失敗しました。これは、私が罠に嵌められた形になりますね」
ガノッサは相手に聞こえない声。
けれど私は通常の声。
その理由は単純だった。
相手は最初からこちらの思惑に気付いていたのだろう。
ナウナウはずっと遊びたがっている。
それは本音で、そこに善意も悪意もないのだろう。
だから――このパンダはずっと遊び続けられる選択をする。
三回目と同様、四回目のゲームは手加減抜き。
けれど私の駒は前回の半分の年月で全滅。
遊戯の世界でダイスを振り続けたケモノの神は、心底たのしそうにキャッキャウフフ。
『ねえ! だから~、僕、言ったよね~? ハンデがいるんじゃないかって~』
「ナウナウさん。あなた、ダイスの目を操作できるのですね」
『それだけじゃないよ~? だーかーらー、言ったよねえー。ゲームで僕に勝とうだなんて、まだまだ甘いんだよ~?』
告げるナウナウの横には、二柱の獣神。
終焉の魔王グーデン=ダークと、その本体の饕餮ヒツジ。
彼らがナウナウのサポートをしているのだろう。
それだけではない。
初めの二回は――私の方が手を抜かれていたのだ。
このパンダは、かなり悪知恵が働くのだろう。
終わりを認めず遊びたい。
そんな欲求を隠さず、ケモノは言う。
『このボードゲームはね~、助言を禁じられていないんだ~。だからね~、頭脳派の友達が力になってくれれば~、僕と彼らで無敵なんだよ~!』
相手は権謀術数を得意とする獣神が三柱。
対するこちらは――。
私はわりと脳筋気質な勇者ガノッサに目をやり。
「……詰みましたね」
「てめえ! オレの顔を見て言いやがったな!?」
しかし、これは都合がいい。
相手が助っ人を使っているのならば、こちらも助っ人を使えばいいだけ。
私は四回目のゲームに敗北しながらも、とある女神に連絡を入れ始めた。
午後三時の紅茶の時間が訪れる。