第178話 かつて少年だった神を知る者
それは星の夜の物語。
久々に遊び相手を見つけた四星獣ナウナウは、ぶわぶわモコモコ♪
パンダの毛艶を輝かせ、赤い瞳をキラキラキラ♪
大陸を分断させるほどの勢いで、ずどん!
ああ、大変です!
柱状の衝撃波が、魔王と勇者を襲っています!
……。
そんな、謎に浮かんでくる脳内の言葉はまるで絵本の読み聞かせ。
ナウナウの精神汚染が私たちの脳内に影響を与えているのだろう。
まあ読み聞かせのような謎の音声とは裏腹、現実で起こっているのは大規模な遠隔判定の波状攻撃。
ファンシーでメルヘンな獣ナウナウは、膨らませた獣毛と鼻先をフガフガ!
気分が乗った子供のように上半身と、世界と鼻を揺らしながらも。
手足をバタバタ!
『あはははは! あはははは! すごいー、すごーい!』
それはさながら、大陸創生神話の一節か。
私が攻撃の方向性を逸らしたり、衝撃が地上に降り注がないように結界で封じていなければ――今頃、混沌世界の多くの者は死に絶えていただろう。
実際、再び衝撃波に巻き込まれた獣神たちは結界で防いだものの、ブスー!
モフ毛を若干焦がし、主の遊びをジト目で眺めているようだ。
まあそれでもナウナウには恩があるらしく、彼らが主人に向ける忠義のような感情は感じ取れるが。
彼らもこのままではまずいと判断したようで。
モフモフだが強大な獣神たちは集合し、ヒソヒソヒソ。
代表して前に出たのは、やはり終焉の魔王。
焦げた魔導メガホンを再装備したグーデン=ダークは、トントンと蹄で拡声器の先端を叩き。
あーあー、と壊れていないか確認。
『言っておきますが―! 我が主はこれでもー! 手加減をなさっているのですー! その証拠に一歩も動いておりませんー! 本当の戦いとなったら―! 目に見えない速度で高速移動する武闘派なのでー! レイド殿、ガノッサさん! どうかお気を付けを~!』
斧勇者ガノッサが顔を顰めうんざり。
古傷の凹凸に沿った汗を流し。
「気をつけろって言われても。これで本気じゃなくて遊びって……どーなってるんだ、こいつは」
「主神クラスの獣神ですからね、少々甘く見ておりましたよ」
「……実際、おまえさんの目から見てどうなんだ? やっぱり本気じゃなくて遊んでいるだけなのか?」
大魔帝ケトスにはレジストされた私の”鑑定の魔眼”は正常に発動している。
異界のステータス情報を私もガノッサでも理解できる数値に置換し。
図として展開。
ナウナウのステータス情報を杖の先端で示し。
「こちらのグラフをご覧ください、極端に低い数値が二つあるのが分かりますか?」
「ああ、攻撃魔術と遠隔攻撃って書いてあるが、おいおい、まさか――」
「ええ、遠隔攻撃はナウナウが最も不得手とする項目。彼はわざと苦手な分野で遊んでいる、マジックキャスターがろくに訓練していない剣で戦っている状態の逆ですね。それは彼にとっての最大の手加減と思って問題ないでしょう」
うんざりしている斧勇者ガノッサは、露骨に肩を落としながらも【戦意高揚(勇者)】を継続。
この辺りは実戦経験が活きているのだろう。
「苦手な遠隔攻撃がこれって……マジでどうなってやがるんだよ」
「あなたも永遠を生きる不死の存在。研鑽を重ねればその領域に届くこともあるでしょう」
「オレは――たぶんそこまで生きられねえよ、魂がだんだんと摩耗してきちまってるのが分かるからな」
それは人間の魂の限界。
まだ当分先の話――それこそ宇宙の果てから弥勒菩薩が帰ってくるほどの時が経てば、彼もまた、私の傍から離れて消えてしまうだろう。
私が”あの方”と呼ばれた特別な存在だと思い出す前に出会った、救世主としての私による”精神汚染”を受けていない貴重な存在。
友と呼ぶかどうかは分からない――けれど気心が知れている彼を、私は好ましい存在だと感じているのだ。
それでも。
願ってはいけない。
私ならば、彼の心を捻じ曲げその魂を本当の意味で一生に書き換える事もできてしまうだろう。
だから、私の口は諦めを紡いでいた。
「それは、とても寂しい事ですね――」
「はは、坊主、おまえ……まさか、オレがいないと寂しいなんて思ってやがるのか?」
「そうおかしな話でもないでしょう。あなたは私が道を踏み外しそうになった時に止めてくれた勇者。そしてこうして異世界の強者を受け流していても、その事実を受け止めている存在。狂信していない存在というのは……存外にありがたいモノなのですよ」
私は子どもの頃の偽りの生活を思い出していた。
冒険者ギルドに潜伏し、姉ポーラの復讐を果たすために純朴な少年を演じ、生きていた。
その中で勇者ガノッサとも普通に接し、普通に生き、普通の子供生活を送っていた。
まあ、多少は天才少年としての片鱗はみせていたが。
それでも。
今の、助けた誰もが狂信してしまう程ではない。
こうしているとよく理解ができる。
私は、この混沌世界にレイドとして生まれて貴重な体験をした。
一時であれ、私は”魔術を作った神の如き存在”ではなく一人の子供だったのだ。
ふと、思った。
もしそれが――私の願いでもあったのなら。
自由に憧れ、魔猫になりたいと願った私の別の欠片が魔猫として転生したように――私も、何も知らない子供として生まれ直したいと願っていたのなら。
そして、女神の誰かがその願望を察してしまったら。
……。
まあ、今考えるべきことではないだろう。
「さて、それよりもこの状況をどうするかですが」
「おまえさんのケモノと戦わない縛りを一時的に解除して、ぶっ倒しちまうわけにはいかねえのか? それともさすがのおまえさんでもコレは無理ってパターンか? え? どうなんだ? 無理なら逃げる手段を探ることを優先するが――」
「……まあ対処自体は簡単なのです」
私はもし倒す場合のシミュレーションを未来視。
仮に倒す選択を選んだ場合のルートを映像にしてみせていた。
「不死身であるあなたの守りを一時的に止め、言い方が悪いですが――既に不死であるあなたに更に【自動再生魔術】をかけ、【自動輪唱】で回復魔術を設置……文字通り、無限に再生する肉盾になって貰い。その間に私が行動。あなたが無限再生している後ろで、相手を問答無用で即死させる即死効果の曲でも奏でれば、勝てるのです」
そうなった未来をみた勇者ガノッサは、露骨にうげぇ……っと歯茎を覗かせ。
「無限再生の肉盾って……これ、オレの意識はどうなってるんだ」
「後で直りますが、ちゃんとダメージも記憶しているでしょうね」
「却下だ! 却下!」
「ええ、もちろんです。そもそもこの方法では四星獣ナウナウの協力を得られないので、本末転倒なのですよ」
「はぁ? どーいうことだ」
天上天下唯我独尊なパンダの気持ちになって考えて貰いたいのだが。
まあ、それもなかなか難しいか。
「後で蘇生できるとしても――殺してしまえば協力を受ける事が難しいですし、なによりおそらくそこで待機している獣神たちが私たちの世界を敵と認定してしまうでしょうし、私はモフモフな生き物には嫌われたくはない。それはまずい。しかし……私が手をださないとなると勝つ手段がない。やはり困りましたね」
「はは――困ってばっかりじゃねえか、魔王陛下殿」
「笑っている場合じゃないでしょう……」
どうも斧勇者ガノッサからは妙な余裕が見受けられる。
「こういっちゃおまえさんの気を損ねるかもしれねえがな。言っちゃなんだがな、ぶっちゃけあそこで暴れまわってるパンダよりもオレの目にはおまえさんの方がもっと強大な、やべえ気配を感じまくってるんだよ。おまえ――女神たちやオレたちが思ってるよりも、もっとずっと強くてヤベえんだろ?」
それこそ、大魔帝ケトスってやつが警戒しにくるくらいには、な。
と、斧勇者はニヒルな笑み。
それは勇者の勘か。
はたまた昔なじみの付き合いのせいか。
確信をもって、男は言う。
「オレの前で遠慮する必要もねえ、影にいる女神との接続を一時的に切って――少し、本気を出しちまえよ」
「……その言葉自体が、既に女神に聞かれているとは考えなかったのですか?」
「へいへい、そーいうのはいいって。おまえさんのことだ、もうとっくに干渉できないようにしてんだろ」
まあ、実際そうだった。
私にも、女神達にも見せたくない部分というものはある。
だから、今私の影の中では時間遅延が発生し、こちらの様子を正確に探ることができない状態になっていた。
このままでは埒が明かないのも事実。
私は――無邪気に遊ぶ四星獣ナウナウに向かい語り掛ける。
「どうでしょうか、一つゲームをしてみませんか?」
問いかけに。
パンダは鼻先をフガっと蠢かした。