第177話 ナウナウのおもちゃ箱
星夜の竹林にて行われたのは、異聞の神ナウナウによる不意打ち攻撃。
それは魔術ではなく純粋な物理攻撃だった。
具体的には、巨大なパンダ腕を振り落としての衝撃波。
光の速度を超えた風圧がソニックブームを起こし、更にそのソニックブームをパンダの爪で無理やりに攻撃へと転じさせ――、一条の、光の柱のような遠隔攻撃を放ってきたのである。
光速を超える、こちらの守りを貫通するほどの攻撃だ。
あと一歩、結界を張るのが遅れていたら私はダメージを受けていただろう。
まあ、ある程度は予想できていたので――問題ない。
発生するダメージ付きの砂嵐を受けながらでも、私には困った顔をしてみせる余裕はある。
張られた光の結界の中。
突然遊びだす犬を見守るような声が、私の喉から漏れていた。
「困りましたね、話し合いに来たはずなのですが?」
そう。
既に構えていた邪杖ビィルゼブブから緊急展開した光の壁が、カキン。
相手の光速衝撃波をはじき返していたのである。
攻撃を防がれるとは思っていなかったようで、ナウナウは瞳をキラキラと輝かせ。
鼻をフガフガフガ!
『えへへへへ~! だって~、君はぁ、とっても強いんだよね~? だったら~、僕も退屈だし~、ちょっと遊んでもいいかな! って、だって僕は~ナウナウだし~、僕はモフモフだし~♪ 問題ないよねえ?』
「問題大有りです」
『ずどーん! ずどーん! 滅べ~、滅べ~♪』
「……まったく人の話を聞こうとしませんね、これだから力ある獣神への対応は苦労するのです」
衝撃の威力を増していく腕下ろし衝撃波であるが、その都度、私は光の壁をピンポイントに生成。
全ての攻撃を防ぎ、パンダが飽きるのをただただ待っているのだが。
四星獣ナウナウは、大陸を破壊できるだけの威力の衝撃波を遊び感覚で放ち続けても、パンダスマイル。
更に、こちらの世界の魔術法則をその瞳で解読し。
星の海ともいえる夜に、無数の魔導書を顕現させ――バササササ!
魔力で魔導書を開いて、詠唱を開始。
ふがふがモガモガ!
パンダの口から呪文が刻まれていく。
『えーと~、ん~とぉ~。四元を内包せし~、原子の~、力を核として~、弾けて、弾けて~。全てを呪いし~、元素の呪縛を~』
「おや、こちらの世界の魔術ですか――しかし、それは……」
相手の詠唱を読み解いた私の眉は跳ねていた。
私の結界内で勇者の斧を構え始めたガノッサも、相手の詠唱する魔術を感じ取ったのか。
「おい! あれは……っ!」
「ええ、アルティミックですね。まさか、異なる世界の魔術法則を一瞬で読み解いているとは――実に興味深い。武術が得意という話でしたが、ちゃんと魔術に対する造詣も深いということでしょうか」
「なにを暢気にしてやがる! くるぞ!」
警戒するガノッサはギリリと歯を食いしばり。
内に溜めた魔力を練り、外に放出。
戦士の扱う【戦意高揚(勇者)】でこちらの能力を向上させる。
こちらはウォークライによるオーラを纏う勇者と魔王。
相手は、魔導書を空に浮かべて喜ぶパンダ。
ナウナウの口が、グギギギギギっと高速で蠢き。
超神速詠唱。
『ん~……もういいや! 以下、呪文省略~! じゃあ、いくよ~! 広範囲破壊魔術:核熱爆散。ずどぉぉぉぉぉぉぉん!』
星に広がるのはこちらの世界の魔術法則。
一般的な知識では最強魔術とされるアルティミックを、パンダは拳に宿して――ニヤリ!
ズドンズドンズドン。
ズドドドドドン!
暴走し倍増する原子魔力摩擦の力を拳に加算し、衝撃波そのものに魔術式を乗算する形で代入。
多重詠唱をしたアルティミックを重ねて放ち。
更に、ズドン!
星の海には、無数の柱。
パンダの放つ光の衝撃波が、縦横無尽に駆け巡り始めていた。
『えへへへへへへへ! できたよできたよ~、ねえ! えっへん! 僕って凄いでしょう~?』
自画自賛し、キャッキャウフフ。
赤い魔性の魔力で獣毛を膨らませるパンダが大喜びで、衝撃波を発生させ続けているのだが。
普通ならば死んでいる。
というか、ナウナウの配下たる獣神たちも巻き込まれているのだが。
彼らは彼らで慣れっこなのだろう、皆が皆、協力してナウナウの攻撃に耐えられる結界を集団で発動している模様。
これも集団スキルの一種と考えていいか。
……。
集団スキルを扱える獣神軍団と考えると、危険度がかなり上がった気もするが……ともあれ。
パンダ衝撃波をやはりピンポイントな結界で防ぎながらも、私は言う。
「しかし参りましたね」
「まさか、レイド――おまえより強いのか!?」
「いえ、こちらの世界では女神の加護が発動している私の方がかなり有利ですので、負けることはない筈ですよ。ただ……実は大きな問題がありまして」
「問題、だと?」
斧勇者のガノッサは、私にもかかる範囲支援スキルを多重使用しながら、ごくり。
生唾を飲み込み、戦士の隆起した喉を揺らす。
緊張した面持ちの勇者に、私はシリアスな顔で告げる。
「私は――モフモフな獣を相手に戦う事が出来ないのですよ」
「……は!?」
「ですから、かわいいケモノを相手に戦いたくはないのです」
言いながらも、私は相手を傷つけないように攻撃を結界で防ぐ選択を取り続ける。
「だぁああああああああぁぁぁぁぁ! おまえなあ! こういう時にそういう冗談は――っ……って、言いてぇところだが。どうせおまえさんのことだ、ネタとかじゃなくて」
「ええ、本当に攻撃できないのです。相手に悪意や殺意があればまた話は別なのですが」
「だったら影の中にいる女神に何とかして貰え!」
吠える勇者に、女神達は言う。
『妾にこのような愛らしいパンダを傷つけよと?』
『うふふふふふ、あたくしは嫌でございます』
『……パ、パンダは、か、かわいいんだよ?』
三女神の声だとすぐに気づいたのだろう。
斧勇者ガノッサは、このくそ女神どもっ……と、能力向上バフを更に重ね掛けしながら、ぐぬぬぬ。
口の端をヒクつかせ続けていた。
『大丈夫だよ~? 戦いじゃなくて~、遊びだもん~♪』
「遊びで大陸を割るほどの攻撃を連打しないでいただきたいのですが。言っても聞いてくれないのでしょうね」
ある程度の領域を超えた獣神には、敵がいなくなる。
獣神同士は仲が良いらしいのであまり戦いにならないが、獣神ではない相手でも楽勝で戦いにならない。
彼等にとっては戦いは稀、本気で戦える相手は少ないのだろう。
そして獣神ではない強者の数は少ない。
理由は簡単だ。
楽園の神々のほとんどは”私という存在”が滅ぼしており、そしてその残党は大魔帝ケトスを中心とした”三獣神”がほぼ狩りつくしている状態にある。
つまり。
私は久々に現れた遊び相手。
というわけだ。
アルティミックを上乗せされた光の柱攻撃。
防いだとしても、相手の威力が相当に高いせいかダメージが貫通し始めていた。
相殺しきれていないのだろう。
「仕方ありませんね、彼が満足するまでは付き合いましょう。魔猫と似た性質ならば、どうせすぐに飽きるでしょうし」
『僕は~、飽きないよ~? いっぱいいっぱい遊ぶんだ~!』
「飽きないと宣言する事自体がフラグとしか思えませんが、まあいいでしょう。ガノッサさんはそのまま支援スキルの重ね掛けを継続してください。私は結界の練度を上げます」
告げて私は防御に特化した【白銀魔狼の逸話魔導書】を浮かべ、結界を増強させるべく魔法陣を展開。
四星獣ナウナウの実力は本物だろう。
結界の硬度が増す前にと、天地を割るほどの威力に衝撃波を重ね合わせ、えへへへへ~♪
『ずどーん、ずどーん、ずどどどどぉーん!』
「審判を司る嫉妬の魔性よ。ケモノよ、神よ、裁定者よ。聞こえているのなら我が命に耳を傾け、契約に応じよ。我が名はレイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。汝の名は白銀の魔狼、我に力を貸し給え――」
私の口から紡がれる魔術が、世界の法則を書き換え始める。
詠唱によって発生したのは神話再現、逸話を再現する対象は”結界”を最も得意とする獣神の力。
三獣神の一柱。
”白銀の魔狼ホワイトハウル”の神話再現である。
「聖域守護獣魔術:【嫉妬魔性之白銀魔狼】」
竹林が、聖域の森へと書き換えられていく。
結界そのものを聖域化させて強化。
邪を通さぬ絶対不可侵の結界を展開しているのだが、やはり相手が悪い。
フィールドの上書きで竹林フィールドを解除、それだけで相手の能力を下げられてはいるのだが……今回ばかりは万全な効果とはいえない。
善でも悪でもないナウナウには、獣神ホワイトハウルが用いる邪を遮る結界の効果が薄いのだ。
まあ、そのデメリットを差し引いても最優。
私の脳内にストックされている、どの結界魔術よりも遥かに強固なのだが。
森の結界の中、斧勇者ガノッサは眉を顰め。
「おいおいおい! いつまで耐えねえといけねんだよ」
「おそらくは本当に、パンダが遊ぶのに飽きるまででしょうね。なにしろこの攻撃に、たまには全力で遊びたい以外の理由などないのですから」
答える私に構わず――。
ナウナウは心底嬉しそうに、上半身をウキウキと左右に揺らし。
ずどどどどぉーん!
衝撃波の余韻が私の白銀の髪と礼装をそよ風のように揺らし、ガノッサの表面の皮膚や腕を傷つけている。
私よりも魔術的な防御力の低い勇者ガノッサは、なんとか攻撃に耐え。
斧を構え――ぐぐぐぐ……。
足を踏み込み――盾とする戦斧の表面をミシミシと歪ませているのだが――。
彼は女神ダゴンの人魚の呪いにより、傷ついても再生する不死の存在。
防ぎ切れていない神パンダの攻撃で受けた負傷も、すぐに再生されていた。
まあそれでも傷付くのは痛みを伴うわけで。
私は邪杖ビィルゼブブをぐるりと回し。
「永久輪唱魔術:【我らにあの日の再演を】」
前回使った魔術を永続的に自動発動し続ける輪唱魔術を発動。
結界を二重強化。
私に守られる形となった斧勇者のガノッサが、渋い好漢顔に鋭い怒気を浮かべ。
くわっと吠えていた。
「おいこら、てめえ――っ!」
さすがにいきなり攻撃され続けたら誰でも怒る。
……。
というわけではないらしく、何故か抗議は結界で守ったはずの私に向かっていた。
斧を盾にしながらも、ぐぐぐぐ……と押される彼を振り返ったのだが。
やはり。
なぜかそこにあるのは額や腕に青筋を浮かべる、勇者様の怖い顔。
「レイドの坊主、てめえ――! はじめからこうなることが分かっていて、オレだけを連れてきやがったな!?」
「……なんのことでしょうか?」
「とぼけるんじゃねえ! なんでオレだけ同行なのかって不思議には思ってたんだよ!」
付き合いの長い相手だけに、こちらの考えは筒抜けだったようだ。
私を妄信していない知り合いという事で、私自身、思っている以上に気を許しているようだが。
ともあれ。
「……まあ不死ではない存在を連れてきて殺されてしまったら、エルフ王として問題となりますからね」
「ほぅ――オレなら問題ねえと? かなり痛ぇんだが?」
「お言葉ですが――ライラさんの前でわざと自傷なさったとき、あまり痛みを感じていらっしゃらなかったはずでは」
そりゃそうだが……と、魔力を伴った息を吐き。
そのまま吐いた魔力の流れを追うように目線を下げ。
不老不死の勇者は言う。
「何百年前の話だよ、つか、大帝国カルバニアの姫様の名前なんてよく覚えてたな。そりゃあ、オレはあそこに住んでたから覚えてはいるが……」
彼にとってのライラ姫との物語は、どんな記憶として残っているのか……。
それは私には分からない。
けれど、百年以上経ってもまだ、あの姫との物語は勇者の記憶に残っているのだろう。
懐かしい空気を出したことで、相手を沈黙させることには成功。
このまま防いでいれば、相手もそろそろ飽きる。
……。
筈なのだが。
「……おかしいですね? ナウナウさんは笑ったままですし……攻撃を止める気配がない」
「つーか、魔猫とは違ってあいつはパンダ。熊の仲間だろう? 熊ってのは、執念深く、一度獲物と決めた相手を延々と追い続けるほどしつこいって聞いたことがあるんだが……どうなんだ?」
近い種族と言っても、クマとパンダの生態は違う。
……。
と、思いたい。
言葉を探す私に、獣神側に戻り様子を見ていたグーデン=ダークが声を拡張させる魔導メガホンを装備し。
コホンと咳払い。
『あのー! 大変申し上げにくいのですがー! レイド殿! ナウナウ様の事ですからー、このまま数年攻撃し続けてくるという事もあり得ますよー?』
「さすがに話を盛りすぎでは?」
『そうだったら良かったのでありますがー! いや、はい……本気で遊べる相手は珍しいのでー! なんと言いましょうか吾輩の計算では、おそらく……本当に年単位で攻撃し続けてくるかとー!』
さすがにないだろうと私は他の獣神に目線を送るが。
彼らはグーデン=ダークに同意するように、申し訳なさそうに目線を逸らすのみ。
……。
マジなのだろう。
『あははははは! あはははは! 遊ぼう! 遊ぼう!』
一つ間違えればホラー映画のセリフである。
どうやら、私は相手を甘く見ていたらしい。
こちらは不死身の勇者と、女神の加護を受けている魔王。
負けはしないが――色々と困ったことになりつつあった。