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第176話 異聞の神:四星獣―後編―


 夜と夜を繋いでやってきたのは、四星獣ナウナウが支配する領域。

 ”星夜の竹林”。

 空中庭園に横付けされた濃い霧のエリアは、深い竹の香りで満たされていた。


 異なる世界と異なる世界の筈だが、空間は完全に接続されている。

 相手の世界が、こちらの混沌世界の座標を上書きしているのだろう。

 簡単に言っているが、法則が異なる世界を繋げるにはかなりの技量が必要となる。


 それを四星獣ナウナウは実行しているという事だ。

 顕現した星の夜が、広がっていく――。


「――異世界への干渉魔術……なのでしょうが、ここまで違和感なく入り込んでくるとは本当に凄いですね」


 法則の異なる異世界の魔術式に興味はある。

 が、さすがに優先順位は低い。

 邪杖ビィルゼブブの先端を光らせ、映像と式を記録させているので後で観察するが。


 案内役を務めるグーデン=ダークは、モコモコな羊毛を竹林の光に輝かせ。

 テクテクテク。

 私達より先に――二足歩行にて、勝手知ったる道を進んでいた。


『これは巨大熊猫パンダの権能、彼らは生前から外交の道具でもありました。故に、死後に四星獣のリーダー・イエスタデイ=ワンス=モア様に拾われパンダの神と化したあの方は、異国であっても検閲を受けず素通りして入り込んでくる。あの方の特殊能力のようなものですよ』

「かわいいパンダならば顔パスでどこにでも入れる、なぜなら自分は誰からも愛されるパンダなのだから。断る理由などない……と、世界を騙し入り込める、と。まるで魔猫のような性質ですね」

『まあ――続きは歩きながらにでも、あまりナウナウ様を待たせるのも面倒なので』


 面倒、と言い切った言葉には本音が滲んでいた。

 中間管理職の辛い声、といったところか。

 私達は促されるように、細い道を進み始める。


 雲の上を歩くのは、私と斧勇者ガノッサ。

 女神たちは、私の影に入り込んでいる。


 周囲から聞こえる鈴の音は、宮廷に取り付けられているアンティークか。

 あるいは、異物の侵入を知らせる警戒音か。

 ともあれ――今回の訪問、今回の異世界会談は互いにアポを取ってあるので過度に警戒する必要もないだろう。


 私の赤い瞳は、白銀の髪の下で輝いていた。

 獣神たちの動物園になっているとも聞くエリアに、私の興味は惹かれていたのだ。

 思わず、声が出ていた。


「楽園から堕天した女神たち、楽園でも一目置かれた創造神たちが集うこの”混沌世界”の結界を素通りし――自らの領域を顕現させる。それも、戦闘能力を有した無数の獣神軍団を抱えた領域ともなると……もしこれが異世界征服を目指す侵略戦争ならば、とんでもない強敵。なるほど、この時点であなたの主人の力が本物なのだと理解できますね。終焉の魔王グーデン=ダークさん」


 会話を促された羊悪魔。

 グーデン=ダークは、はふぅ……と疲れたフレーメン顔をし。

 口をモサモサ。


『まあ……我が主は実力だけなら本物でありますからねえ』

「武術の達人らしいですが、他にはどのような能力をお持ちで? 私の所有する盤上遊戯の歴史を記した【逸話魔導書グリモワール武猫覇波派ぶにゃははは】では、異界の冥界神との戦いが少々描かれていただけでしたが」

『はて、吾輩も主の戦闘をあまりみたことはありませんからね。なにしろナウナウ様は愛されパンダ、戦闘に入る前に相手があの方に絆されて戦闘終了。外交熊猫特権で戦闘前に勝利なさるお方でもあります故、ええはい。別に情報を秘匿しているわけではありませんので、そこはあしからず』


 信じておりますと、私は穏やかな微笑を作り。


「あなたは享楽主義者のきらいがある――面白そうと判断したら、主人の情報も手渡しそうですしね……。と、なんですか、その反芻する牛のような顔は」


 横目で指摘した私に、ムスー!

 夜の女神の駒たる羊の魔王グーデン=ダークは、口を尖らせ。


『微妙に紛らわしい表現はおやめなさい! 山羊ならばともかくっ、牛と一緒にしないでいただきたい!』


 てっきり主人への忠誠心への指摘に怒ったのかと思いきや、別だった。

 面白いを優先するという部分を否定する気はないのだろう。

 まあ、それがこのグーデン=ダークの本質。


 低級悪魔が進化し、獣神へと上り詰めた証ともいえるか。

 斧勇者ガノッサも、この羊……信用して大丈夫なのか? と、後ろでぼやいているが。

 ともあれ。


「饕餮という獣神が反芻する生物なのかどうか、多少の学術的な興味があるのですが――実際どうなのです?」

『本当に興味をお持ちのようで……いやはや、その神経の図太さは我が主に通じるものがあります。しか~し! レイド殿! 吾輩もお聞きしたい! 貴殿はこの事態でも余裕でありますな。何か大きな策でもおありなので?』


 問われた私は伏目を作り。

 ナウナウという存在を鑑定し始めていた。


「まあ、気配で伝わってきているのですが――相手に殺意も悪意もありませんからね。ただ、気まぐれに遊んでいるだけ。四星獣ナウナウにとっては、自分以外のほぼ全てはどうでもいいのでしょうね。だから過度に警戒する必要もない。気分で全てが変わるのですから警戒しても無駄なのです。ただ、どうでもいいと言いながらも……彼にも大切な存在があるように思えますが」


 逸話魔導書から読み取れるナウナウの記述は、それなりに辛辣。

 女神が興味のない相手に見せるような、そんな冷たさを感じさせるのだ。

 そんなナウナウにも、唯一心を許している存在がいる。


『――あの方は自由を欲し、人間を恨みながら動物園で息絶え魂だけとなった時の事を、いまだに恨んでおられます。逆に言えば、その時に手を差し伸べてくれた四星獣イエスタデイ=ワンス=モア様にのみ、心を許していらっしゃるのです。他をどうでもいいモノだと感じていらっしゃるのは事実でしょう。ああ、ついでに忠告しておきますが、彼が大事になさっているイエスタデイ様だけはあの方の地雷。パンダの尾を踏むことになりますし、あの方は何があってもイエスタデイ様を最優先するので――そこはお気を付けを』

「主人を愛した魔猫の置物……イエスタデイ=ワンス=モア、ですか」


 私の記憶の断片には、魔猫の置物だった頃のイエスタデイ=ワンス=モアが浮かんでいた。

 あの時の私は、神々に騙され願いを叶え続ける魔道具に同情し、力と神としての魂を授けた。

 手を差し伸べたのだ。


 かつてのあの日、私はかわいそうな魔猫を見た。

 イエスタデイ=ワンス=モアは楽園の神々の道具だった。

 ボードゲームに改造された、魔猫の遊具だった。


 彼は羊飼いの主人と共に暮らす、普通の猫だったのだ。

 だが、ある日きまぐれな楽園の神々に主人諸共に連れ去られ、主人は”盤上遊戯”の大地へと改造され――魔猫は愛する大地を見守り、ボードゲームの勝者の願いを叶える置物へと、魔術で変化させられたのだ。

 私は、魔術を悪用する神々に否定的だった。


 なぜ、こんな残酷な事をする神々に魔術を授けてしまったのか、罪悪感に襲われていたのだ。

 神々(あいつら)は暴走していた。

 驕っていた。

 逆らう私に反省を促すという名目で、私を堕天させ――それを追いかける形でまつろわぬ女神たちが去った楽園で、彼らは私の大切な兄を殺した。

 私が作り出した魔術が、私が教えた魔術が――巡り廻って唯一の私の理解者だった兄を殺したのだ。


 魔術、魔術、魔術。

 こんな力、あっていい筈がない。

 やはり。

 元を辿れば、魔術の存在そのものが間違いだったのではないか。


 いっそ――。


 魔術がなかった世界へと世界をやり直すべきではないだろうか。

 今を生きる何を犠牲にしてでも。

 ……。

 まただった。

 そんな――魔力を伴った黒い感情が、私の肉体を駆け巡っている。


 しかしこうも思うのだ。

 魔術によって改造された魔猫の置物、イエスタデイ=ワンス=モアは私の魔術により魂を取り戻し、力を得た。

 様々な出会いと別れを遂げ――。

 主神として成長した魔猫の置物は最終的に、【盤上遊戯化】という神々の呪いをかけられた主人を助け、幸せに暮らすことができた。


 始まりの不幸は魔術。

 けれど、彼を救ったのもまた魔術。


 そして、その歩みの中で彼はこれから会う四星獣ナウナウを救っていた。


 私の差し伸べた手が、イエスタデイ=ワンス=モアの人生を救い――そして今度は彼の肉球が彷徨っていたナウナウの魂に手を差し伸べた。

 ナウナウはその肉球を握り、四星神として君臨。

 幸せに生きる道を選択することが可能となった。


 誰かを救えば、その誰かが誰かを救う。

 そういった、温かい連鎖もあるのだろう。

 私には、分からなかった。


 魔術とは善なのか。

 それとも悪なのか。


「巡り廻る運命。他者との縁というものは……複雑に絡み合っているのでしょうね」

『勝手に感傷に浸り、勝手に納得する。面倒な方ですよねえ……あなたも。で? 具体的に策はおありなのか、吾輩は問うているのですが?』


 情報を引き出そうとしているのだろう。

 誰でも導き出せる単純な答えなので、私は素直に応じていた。


「私や女神という爆弾を抱えた今、この世界には多くの勢力が干渉し始めようとしています――けれど誰が最終的にどう動こうが、私が消えて終演おわりという手段もとる事が出来ますからね。どうしようもなくなったら、それで解決です」


 羊の足が止まる。

 一瞬の間の後。


『それは悪手かもしれませんですぞ、レイド殿』


 存外に鋭い声がグーデン=ダークの喉の奥から押し出されていた。

 それはまるで警告。

 終焉の魔王は魔王たる顔と声で、凛と告げていた。


『貴殿が消えれば女神がなにをするか、想像するだけで悍ましい。あなたが自らの意志で消える――自らの選択ならば蘇生の道は絶たれます。そうなった時、あなたを求める愛の魔性たる女神たちは……考えたくもありませんね。それが最も恐るべき選択でありましょう』


 竹林の輝きを受ける雲の上。

 私の無表情を照らす、天の川の様な星の道の中。

 私の唇は淡々と蠢いていた。


「何故です? 私がいなくとも、残りの三分の二の欠片があります。肉体の私はここに。精神か、魂か、どちらか確定はできませんが……一つは賢者としての側面を強調され、多くの異世界に飛び散り【賢者之魔導書】へと変貌した。実際、あなたの世界にも魔王となった私の一部がいるのでしょう。そして残りの一つは、魔猫として転生し遠き青き星で生きていると、察しがついております。女神たちは宇宙から魔術を消し去ろうとしていた肉体の私ではなく、私ではない私を追えばいい。それで、全てが解決する筈ですが」


 そう。

 私という存在の代わりは、他にもたくさんいるのだ。

 正しい判断の筈だ。

 しかし。

 言葉を聞いていた勇者ガノッサは眉間と鼻梁に皴を刻み、グーデン=ダークもやれやれと器用に羊毛で肩を竦め。


 彼らは目線を交わし、ガノッサに促されたのは羊の方。

 はぁ……と、グーデン=ダークは露骨な呆れを示して見せていた。


『おや、おやおやおや! これはこれは――はて、困りました。賢そうに見えても所詮は神々の一人と言ったところでしょうか。人の心が分からないのですかな? そうでないのなら、あなたは何もわかっていらっしゃらないのですねえ』

「状況を正確に理解している筈ですが」


 計算式に破綻はない。


『どうやら……本当に重症ですね、これでは大魔帝ケトス様の懸念も拡大。あの方もなかなかに苦労なさることでしょうな』


 呆れをこぼして、チラチラチラチラ。

 グーデン=ダークは星夜の竹林を進みながらも、何度もこちらを振り返り。

 ぬぅっと瞳を細め。


『失礼ながらレイド殿、あなたは魔術や戦術に詳しくても人の心が分からないままなのですね。吾輩でも理解できる生きる存在の感情を、本当の意味で理解できていらっしゃらない御様子。心と論理とは相容れないモノ。断言しましょう、あなたが消えればかつてのあなたを追い堕天した、全ての女神は暴走しますよ』

「まあ……その可能性はありますが」

『特に三女神が魔性として本格的に暴走すれば、あの大魔帝をも凌駕する存在になりかねない。だから外の世界はあなたを警戒せざるを得ない。そういった意味で、今のあなたのその――自己価値への低い見積もりが全ての元凶でもあると、吾輩は考えます――つまり』


 グーデン=ダークは言った。


『おそらく今回の案件の肝は心、あなたの成長にかかっているのでしょうね』

「私は既にハーフエルフとして成人しておりますが」


 そーいうことじゃねえだろ……と、勇者ガノッサが呆れる中。

 やはり呆れた様子で、露骨に息を吐き。


『まあいいでしょう……そろそろ我が主の宮廷へ到着します。入館される方はご準備を』


 話を打ち切ったようだ。

 まあ、善意の警告だったようなので、肝には銘じておくが。

 グーデン=ダークは周囲を見渡し、ぼそり。


『――斧の勇者殿に一応、善意で注意しておきますが』

「ん? なんだよ」

『ナウナウ様は……あまり人間を好いてはおりません。あの方は全てがゴロゴロテキトーでほのぼのとした生活をしておりますが、それでもその瞳は全く笑っていない。あの方は人間を恨み死んだ、恐るべき魔性のケモノ。いまだに、人への憎悪は燃えている。ですので、あまり動かない方がよろしいかと』

「緊張してきやがった、聞くんじゃなかったぜ……」


 げんなりする勇者ガノッサの横。

 私はふと考える。

 人を恨んでいるとなると……。


 その性質はこの世界と相性がいい。

 人間を恨む者が多い女神の領域、混沌世界に簡単に入り込めた理由の一つなのかもしれない。


 中華を彷彿とさせる竹林に建設された宮廷は、多くの獣神で溢れていた。


 見える範囲にいるのは――。

 朱雀やバフォメット、特殊な転生を歩んだと思われるネズミの群れ(レミングス)

 そして、分身体たるグーデン=ダークの本体だろう饕餮トウテツ羊。


 彼らの戦闘力は単騎で絶大。

 おそらくはこちらの世界の勇者と並ぶ、或いはそれ以上の存在だ。

 それは彼らの研鑽や、四星獣という大神の加護を受けているという側面もあるが、最も大きいのはケモノであることの支援状態だろう。

 この三千世界うちゅうは冗談じみた特殊バフがかかっている。

 モフモフなケモノや、モフモフでなくともケモノならばその能力に大幅な能力向上バフ状態が発生している。


 獣神を扱う四星獣ナウナウの使役する存在は、全てケモノ。

 だからこそ、強い。

 この宇宙に発生しているケモノバフを存分に受け、その勢力を拡大し続けているのだろう。

 そんな強化された獣神を従えるのは、大量のクッションを並べてゴロゴロと転がる白と黒の巨大獣。


 まあ……。

 本当に、パンダである。

 笑っているように見えて、実際は笑っていないパンダの瞳を細め。

 肉をも食らう雑食の牙を、ファンシーな容姿からチョコリと覗かせ。


 にへへへへ~と嗤い。

 ふわふわもふもふ、フガフガとファンシーに口を開き。

 ナウナウが言う。


『えへへへ~、はじめまして~♪ あのねえ~僕はね~、え~とねぇ、四星神の~ナウナウだよ~?』


 にへへへへぇ!

 と、陽気に手を上げブンブン振っているが。

 その魔力は絶大。


 実際、勇者ガノッサの全身には濃い雫の汗。

 緊張と共に、相手からの威圧への反応が大量に浮かび始めていたのだ。

 対話を選択しようとした。

 次の瞬間。

 パンダは邪悪に嗤い――熊の如き獣毛を、逆立たせ。


『じゃあねえ~、まずは~、挨拶代わりに~。ずどーん!』


 間抜けな声だが、それは魔術式が組み込まれた音声魔術。

 振り下ろされたパンダの腕が、けたたましい衝撃波を生み。

 斧勇者ガノッサに向かい、解き放たれていた。


 光が――こちらを貫通する。


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