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第175話 異聞の神:四星獣―前編―


 異世界の大物が相手ならば、異世界の大物の手を借りればいい。

 それは極めて簡単な答えだ。

 実際に、実行できればの話だが。


 けれど話はスムーズに進んだ。

 獣神への謁見とこのフレークシルバー王国への招待、どちらも直ぐに話を取り付ける事ができたのだ。

 相手をこの世界に呼ぶことが決まっていたのである。


 それはおそらく、私という存在のアドバンテージ。

 かつて魔術が生まれた地――。

 神々が棲息していた楽園にて”あの方”と呼ばれた存在の欠片だったからだろう。


 だから、既に女神アシュトレトの領域たる空中庭園の傍に、ソレが顕現していた。

 会談を決めた次の瞬間。

 目の前に異界神の領域が広がっていたのだ。


 空中庭園に横付けされたのは未知の領域。

 そこは”盤上世界”と呼ばれる願いを叶えることに特化した、楽園の神樹の根元に本拠地を置く夢の異世界。

 その特殊エリア。


 まだ顕現途中なので、待機。

 蜃気楼の様に浮かんできている相手の領域が、グググググ――と。

 完全にこちらの世界に姿を現すのを、グーデン=ダークと共に待っているのだが。

 やはり間違いない。


「これが逸話魔導書で記載されていた星の夜を移動するとされる、【星夜の竹林】。四星獣ナウナウが棲む聖域にして、獣神たちの動物園となっている霧の宮廷ですか」


 私の声に反応したのは、同行する斧勇者のガノッサ。


「四星獣、ナウナウさんねえ……つか、そもそもだ四星獣ってのはなんなんだ」

「かつての楽園にあったとされる願いを叶える【盤上遊戯】と呼ばれるアイテムが、様々な事情を経て――独立。独自の魔術法則を所有する世界として確立したのですが、そこを支配する神々の総称こそが四星獣。主神や、創造神、大神にあたる最上位の神となりますね」

「つまりは、あの女神ダゴンたちと同格ってわけか」


 まあ、実力のほどはどちらが上かは分からないが。

 肯定するように目で頷き、私は邪杖ビィルゼブブで床をトン。


「四星獣のリーダーの名は【イエスタデイ=ワンス=モア】。善性を尊び――あの世界の過去を司る、在りし日の思い出への帰還を望んだ大神。願いを叶える魔道具だったのですが、とある人物に命を注ぎこまれ動き出した【魔猫の置物】です」


 伝承からイエスタデイ=ワンス=モアの姿を投影すると、勇者ガノッサは訝しみ。


「リーダーっていうが……、タヌキみてえな魔猫じゃねえか」

「ええ、とても愛らしいでしょう。遠き青き星、私の故郷ではラグドールと呼ばれていた品種に近いのですが……ちなみに、楽園に設置されていた頃の彼に同情し、掟を破り魂と力を与えたのは”あの方”と呼ばれていた転生前の私です」

「おまえなあ……前世の時から、余計な事ばっかりしてやがるんだな……」


 余計な事かどうかはともあれ。

 物凄いジト目を昔なじみの男からされても、私はすっとぼけたまま。

 大樹に腰掛ける少女の魔導書と、ナマズの頭装備をしたマンチカンの姿を投影し。


「ネコヤナギの樹を核とし、その霊魂が魔導書と化したこちらの少女が【異聞禁書ネコヤナギ】。彼らの世界は盤上遊戯と呼ばれる神々のボードゲームが元となっているのですが、彼女はこう見えてもその管理者。ゲームマスターとしての存在を兼ねている、全ての記憶と記録をその幹に宿す世界樹です――」

「こいつにおまえさんは……」

「さすがに関係はしておりませんよ。ただ、彼女は彼女の世界で”魔王”という唯一無二の駒を作り出したそうですが――その魔王の駒に選ばれた存在は、白銀の髪に赤い瞳の、小さな頃はウサギのような少年だったそうです。それも、幼いころから圧倒的な才能を持ち、周囲を狂わせていた存在だったと記載されています」


 私の幼い頃を知っている勇者ガノッサは、僅かに眉間を動かし。


「おいおい、それって」

「ええ、おそらくは勇者に殺された”あの方()”と同じ。世界に散った賢者としての私……の一部。つまり、私とは違う三分の一の欠片の、さらに欠片だと考えられますね」


 つまりはまったく無関係の世界というわけでもないのだ。


「よく分からねえが――三分の一の更に欠片って、魂ってのはそんな簡単に分解できるもんなのか?」

「そうですね、彼の場合は膨大な魔導書の中の一ページが千切れ、その世界に紛れ込んだと考えていただければいいかと。まあ、盤上遊戯の世界は転生できない動物の転生の舞台でもありますから、色々と複雑なのですが……」

「すまねえが、魔術師じゃねえからぜーんぜん分からんわ」


 聞いておいてこの言い草である。

 まあ、気心が知れているので変に私にへりくだったり、畏怖する者たちより接しやすいが。


「そしてあのナマズ帽子を装備し、無数の富と財宝の上で偉そうにしている魔猫が、悪性をも是とし――未来を司る四星神。【ムルジル=ガダンガダン大王】。強欲でその行動に理念さえあれば、悪逆も肯定する神らしいのですが、その能力は極めて特殊。富や財産を魔力に変換し、財宝の量によっては宇宙一の強さにまで届くことが可能とされるダークホース。その強欲さゆえに、富さえ献上すればその富の量に見合ったどんな願いでもかなえてくれるそうですが……」

「んじゃあオレの不老不死の呪いの解呪も可能ってか!?」

「理論上は可能でしょうが、あなたにかけられているのは仮にも主神と同格の女神ダゴンによる人魚の呪い。その解呪に必要な財宝となると……現実的ではないでしょうね」


 そもそも、私ならばその呪いを解呪できるのだが。

 なぜかこの男はそれを私に依頼しない。

 彼にも彼なりの考えや、ルールがあるようだが――。


「まあ、そんな都合よくはいかねえか……んで、最後の四星獣ってのが」

「はい、これから謁見しようとしている主神の一角。現在を司るとされている巨大熊猫ジャイアントパンダの獣神。条件が必要な他の四星獣神とは違い、無条件に、けれどきまぐれに他者の願いを叶えるとされる四星獣の一柱【巨大熊猫ナウナウ】です」


 投影した映像には、歩くのが面倒で転がりながら道を進む黒と白のケモノ。

 映像の中のソレは、やはりゴロゴロゴロゴロ。

 転がる途中で飽きたようで、鼻提灯を浮かべてうたた寝をしはじめている。

 その姿はクマに見えなくもない。

 ようするに。


「マジでパンダじゃねえか……異世界の動物書物でみたことあるぞ、このファンシーな生き物」

「こう見えても彼は一番厄介な四星獣。善でもなければ悪でもない、それは理念がコロコロと変わる不安定な性質の神である証拠でもあります。逆にいえば、善でも悪でもないからこそ、交渉もしやすい。なにしろ、気分で全てを決めるのですから――」

「ちなみに、こいつも強いのか?」

「直接目にした事はないですが、武術の達人だそうですよ」


 逸話魔導書によると、かつて楽園の大物だった存在……。

 異世界の冥界神と戦ったらしいのだが。

 ……。

 映像の中のパンダを眺め、斧勇者は……ぼそり。


「これと、交渉するのか……」

「交渉材料は多くあります。まあ、決裂したとしたら他の獣神をあたるだけですよ」


 告げる私の目線の先に、魔力の濃い霧の中。

 星の夜が生まれ始めていた。

 夜と夜の性質を繋げ、この世界に無理やり顕現しているのだろう。


 私は考える。


 夜という繋がりを持って、夜の女神はこの竹林に干渉していたのだろうが。

 彼女も彼女で女神ダゴンのように、なにやら独自で動いているのだろう。

 女神アシュトレトも、女神バアルゼブブもきっと……それぞれがそれぞれに内緒ごとを作っている筈。

 ただこの混沌世界を、無策で創ったわけではないのだろう。


 表向きと実際に暇つぶしで。

 けれど、暇つぶしの中にも万が一との願いを込め……。

 実際、その願いは叶い私は魔王として再臨したのだ。


 なにかがある、きっとある。

 そんな直感が私の胸の中を渦巻いていた。


 その思惑が他者の権利を害するものでないのならいいのだが。

 大魔帝ケトスは私を含め、女神たちも警戒している。

 私の知らない計画が、まだなにかある可能性も捨てきれない……。

 ともあれだ。


 次元を割ってやってきた謎の空間を眺め、私の唇は関心に動かされていた。


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