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第174話 創世神話領域


 語り始めた場所は、冒険者ギルドに新設された施設。

 遠見の魔術を発動できる”魔道具”が恒常的に設置された連絡室。

 映像だけを見れば立派な語りが始まっているが、その足元や机に散らかるのは書類の群れ。


 目の端に映る書類には、規約や誓約が記された細かい文字。

 硬い公文書に使われる”エルフ王の玉璽ぎょくじ”も、何枚も何枚もと調印されている。

 割印を押したのは何度だっただろうか……。


 ともあれ。

 崩れるほどに積み重なる書類とインクの香りが、この玉音放送の申請に必要な手順の多さを物語っているだろう。

 他国の魔術防御を貫通し、強制的に映像を送ることもできるこの施設は悪用されては大問題。

 故に。

 制限や申請の手順がかなり複雑となっている。


 緊急事態を知らせるための施設に、緊急で申請できないのは正直どうかと思うのだが……。


 まあ即座に準備をしてくれた冒険者ギルドには感謝をしている。

 その準備の大部分は、事前に申請書類を用意していた我が側近パリス=シュヴァインヘルトの手腕。

 やはり寡黙で無精髭な彼もそれなりの慧眼の持ち主のようだ。


 部下をあまり褒めすぎるのも問題か。

 ともあれ。

 冒険者ギルドに加盟する全ての大陸のエントランスに送信されているのは、女神と魔王と勇者による異常事態宣言だった。


 エルフ王の名の下。

 異界の大物、大魔帝ケトスが南の大陸を買収したとの情報を公開したのである。


 本来ならばこの施設は普段封印されている場所。

 耳を傾ける者たちの中には、何故大森林のエルフ王が冒険者ギルドの施設を?

 と、訝しむ気配もあったが――。

 ここの施設に援助資金と技術支援を行ったのは私なので、使用許可も下りやすい状況にはあった。


「以上が今、この世界が置かれた状況……――この混沌世界は未曾有の危機に直面している可能性があるのです。皆さまの力もお借りできればと、今回の放送を行うことになったわけです。どうか、このレイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーを信用していただきたい」


 代表して前に立つエルフ王にして幸福の魔王。

 ハーフエルフの賢者、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーたる私と共に並ぶのは、創造神たる女神たちの一部。


 そのなかでも有名なのは――フレークシルバー王国の王妃にして、その存在を人類の前に晒す機会も多い美女たち。

 既に多くの人類が知っている、明け方と昼と黄昏の三女神だろう。


 彼女達が直接顔をさらすと、それだけで弱き者の心を蝕む。

 故に、彼女達はいつものように姿隠しの帳(ヴェール)の中。

 アシュトレトが後光を纏いて、顔を扇で隠しながらも告げる。


『――信じる信じないもそなた達の勝手じゃ、なれど、現実逃避を行っても事態が好転するとは限らぬ。そなたら人類が妾たちに価値あるモノだと認めさせる働きを期待しておるが、はて、どうなることやら』


 ほほほほほっとアシュトレトが神の高笑いである。

 今回の一件では、どうもアシュトレトが神のような笑いをみせる場面が増えている気がするが……ともあれ。


 その数歩下がった場所にはプアンテ姫を従える幼女、午後三時の女神。

 傘をくるくると回す彼女は、仕方ないのだわといいつつもこちらに協力的。

 その左右には、夜の女神と月の女神。

 午後三時の女神が彼らの仲介役となっている筈なのだが、衝突を起こさないように実際に調整を行っているのはプアンテ姫で……。


 白雪姫という言葉を彷彿とさせる白銀髪の姫からは、濃い緊張の笑顔が窺える。

 ……。

 一連の流れを含め、彼女には何か別途に報酬を渡すべきだろうが……やはり、ともあれ。


 情報を司る風の勇者ギルギルスを肩にたける屈強な男。

 世間からも快男児や好漢と思われている斧戦士にして勇者ガノッサが、顔の古傷を僅かに光らせ。

 自らの周囲のメンツを見渡し。


「まあ、なんつーか、アレだな。女神様に魔王に勇者が集ってる程の緊急事態ってのは、分かって貰えてるんじゃねえか? おい、レイドの坊主。話は聞かせて貰ったが、正直なあ、おまえさんがどういう存在なのか、ぜんぜんわからなかったんだが? そこんところはどーなんだ」


 私は自分の正体ともいえる成り立ちを告げたのだが。

 魔術への造詣の薄い多くの者が理解できず、困惑しているようだ。

 私はやはり苦笑のまま。


「まあ、かつて創造神達が愛した男の欠片――救世主とされた男の残滓と思っていただければ、それでいいかと」

「そっちの女神様たちってのも、おまえさんを探し続けた果てにこの世界を創ったんだろう? いや、それじゃあ創造神話の一節の登場人物ってことじゃねえか」


 まあ実際そうなのだが。

 女神ダゴンが姿を隠す水のヴェールを揺らす。


『あたくしたちは魔王と呼ばれることになる”あの方”を欲しておりました。”あの方”を探しておりました。”あの方”に、もう一度逢いたいと……そう願っておりました。だからそれぞれがそれぞれに想いを込め、この世界を創る際に細工をしていたのでしょう。あたくしはあの方の肉体を発見し、蘇生をし……理想のあの方を一から育てるために、この世界へと転生させたのですわ。謂わばこの世界は、魔王の学び舎。このレイド様を育てるためだけに生み出した世界なのでございます』

「あぁん?」


 難色を示した斧勇者のガノッサは、鼻梁に黒い影を纏い。


「そんじゃなにか? レイドの坊主を理想の魔王へと成長させた今は、この世界は不要って言いてえのか!?」

『理論上は、そうなるのでしょうね――』


 女神ダゴンは否定をしなかった。

 実際、彼女にとってはそうだったのだろう。

 だが。


『それでも――あたくしは、今のこの世界を気に入っておりますわ。流れる海の音も、今を足掻き藻掻く人類の足音も……どうでもいいと感じていた、全ての色や音が、今のあたくしには愛おしいのです。あたくしは明け方の女神、あなたがた人類を創生した女神の一柱としてあなたがたの存在を肯定します』

「ちっ、偉そうに言いやがって」

『うふふふふ。あたくしは創造神ですもの、多少は偉そうにしていても問題ないと判断いたしますわ』


 女神ダゴンの邪悪な一面が、一瞬だけ透けて見えていた。

 まあガノッサが彼女に突っかかる理由は単純。

 彼を死んでも再生し、老いぬ存在に変貌させたのは女神ダゴン。


 ”人魚の肉の呪い”はいまだに彼の人生を戒めているのだ。

 実際、彼はまた長い時の中で伴侶を見送った。

 愛し合う者の老いを、自分だけ老いずに眺める人生は……複雑、筆舌しがたい心の動きがあったはずだ。


 まあ、その見送りは今度こそ、安らかなものであったが……。


 遠見の魔術による映像の中。

 異国の、まだ私も知らぬ大陸の王が言う。


「――発言をお許しいただけますかな、女神に愛されたエルフ王」

「構いませんよ」

「話を聞けば、異常事態であることも理解はできた。なれど、どうやら大魔帝ケトスとやらが危険視し、観察しているのは貴公だけに思える」


 正論である。

 確かにこの世界は私のために作られた側面もあるだろうが、だからといって、私と女神だけの所有物というわけではない。

 無礼に動こうとする女神を私は瞳で制し。


「仰る通り、おそらくは私がいなくなれば彼も女神も興味を失い――このせかいを去るでしょう」

「ならば――あなた一人が消えれば、世界は救われる。違いますかな?」


 これも正論だ。

 だからだろう。

 一瞬だった。


 神雷が――神馬の如く嘶いた。


 死と再生を意味する黒と黄金色の髪を揺らすことなく、月の女神キュベレーは音速の矢を放っていたのだ。

 次元を超えた、必殺必中の矢。

 それは【全てを焼く裁きの雷】そのものだった――。


 だが、その矢が異国の王の眉間を貫く直前、まるで無数の蠅に食われて腐食したかのように――ふっと、現実から消えていた。

 女神バアルゼブブが庇っていたのだ。


 矢を喰らいし悪魔王。

 黄昏の女神バアルゼブブが普段とはまるで違う口調で、朗々と告げる。

 それは、羽虫の翅がこすれ合うような集合音だった。


 けれど、異形なる者たちの王としての声音だった。


『――あまり、余の手を煩わせるな脆弱なる人類の王よ。汝が発したのは、死の言葉。我ら女神も一枚岩ではない。尽くすべき主人ともいえるこの方を愚弄するうじに情けを掛ける者は、少ない。そして、月の女神よ――此処に集まりし人類には、この会合時だけは手を出さぬ。そう決めたはずではあるまいか』


 月の女神は獲物を射抜く冷徹な女神の顔で。

 ヤンキーではなく、気丈なる女帝の声で告げていた。


『魔王を通じ人類に絆された三女神よ。告げておくがオレは人類を愛してはいない。気に入らなければ狩る、ただそれだけの話。故に、バアルゼブブよ貴様が引け――我はこの男、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーを優先すると決めた。貴様らが人類とこの世界をどう思おうが、どうでもいい――この者を敵とするのならば、それは即ち我の獲物と知れ』


 月女神の眼光が世界の背筋を凍り付かせていた。


 はっきりと敵意を示すキュベレーの殺意は本物だったのだ。

 私を消せば解決。

 そんな結論を出したモノを、狩るべきゴミと判断したのだろう。


 アシュトレトが、派手じゃのうと肩を竦める中。

 集う勇者と魔王が戦々恐々とする前。


 蟲のヴェールの裏で、女神バアルゼブブはグギギギギ。

 地獄の底から、甲殻を揺らすような音を鳴らし。

 人類を守るように、けれど守るにしては悍ましい異音を立て――。


『肯定する。肯定する。肯定する。なれど。なれどなれど。消し去ることなどいつでもできよう。なれど、作り直すには時間がかかる。故に余は思うのだ。後で貴様が勝手に動けば良い。人類に手を出さぬ契約はこの時限り。それは泡沫の誓い。一時の幻。会合の後ならば、余も干渉はせぬ。余の根底にある心も、汝と同じ。本音を語れば――この方以外はどうでもいい。嗚呼、どうでもいいと羽虫どもが蠢いておるわ』

『――そうだな、すまなかったな。黄昏よ』


 女神には――普段私と接している時とは違う顔がある。

 あのバアルゼブブも、大衆の前では威厳と畏怖を兼ね備えた悪魔王。

 そして月の女神キュベレーも自らの矜持を最優先する、高潔なる女狩人。


 少し、脅しすぎだとは思うが――。

 私は言う。


「というわけで、大変申し訳ないのですが――私を消し去る対応を選べば女神同士の戦争ともなりかねません。或いはそれは、大魔帝ケトスよりも厄介かもしれないでしょう。ですので、皆さんのお知恵をお借りしたい。何か、良い策はおありでしょうか?」


 意見を募る私に、反応はない。

 実際、いきなり神話レベルの話をされてもどうしたらいいか分からないのだろう。

 そして先ほどの女神の脅しもある。


 沈黙を破ったのは、凛とした声だった。

 クリームヘイト王国のピスタチオ姫だった女王が言ったのだ。


「お久しぶりです、魔王陛下。ご挨拶や謝辞を省略させていただきますが――構いませんでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

「おそらくですが、恐れながら――陛下には既に何か策がおありになるのではないでしょうか」


 海色の髪を揺らす海竜と人の女王の言葉には、確信があるようにみえた。

 私は彼女の期待に応じるように頷き。


「そうですね――皆様の意見を伺ってからと思ったのですが。一応の案はあります、単純な話ではありますが相手に対抗できる用心棒を雇うという選択が浮かんではおります」

「用心棒……でございますか」

「ええ、ですが皆さまはこう思っているのでしょう。ここにいる女神ですら勝てるかどうかわからぬ異界の魔猫を相手にできる、それほどの存在がいるのか。そしてそんな存在を雇えるのか、と」


 だが、これは夢物語ではない。

 私は夜の女神に目線を向け。


「夜の女神ペルセポネよ、グーデン=ダークと連絡はとれますか?」

『……無論、じゃ。なれど一体どうするつもりであるのか、説明せよ――ちんにも分からぬ』

「獣神は欲に忠実な部分がありますからね、まずは終焉の魔王……彼の上司、四星獣ナウナウを買収しましょう」


 提案に、なななな、なんですと!?

 と、呻く羊の声が響き始めた。

 終焉の魔王グーデン=ダーク、あの羊姿の獣神もやはり、この会議を覗いていたのだろう。


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