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第173話 敗戦ムードの帰還者


 既に祭りは終わっていた。


 あの後、私達フレークシルバー王国と冒険者たちへの歓待は盛大に行われ――無事に終了。

 とりあえずの挨拶代わりの突然の招待という事で、その日はお開き。

 使者マーガレットにより帰り道を提示され、私が転移魔術を発動――。


 一度、私達は空中庭園に帰還――用意されていた料理で元の姿に戻った一同も帰還。

 後日、再び訪問することになっているのだが……。

 空中庭園の玉座の間は敗戦ムード。


 プアンテ姫に接待されていた大魔帝ケトス側の魔猫達は、またくるニャー!

 と、元気なのだがこちらの空気はかなり重い。


 占拠された南の大陸。

 魔猫王国からの土産を抱えた状態で、皆は意気消沈。

 彼等の歓待が完璧すぎたのである。


 技術も魔術も食事も、全てがあちらが上位互換。

 歴史の長さの違いもあるが、あちらは既に多くの異世界の技術を取り入れたパラダイス。

 こちらの世界の成長度では、到底かなわぬ領域にあると、いやというほど分からされて帰って来たのである。


 だからこそ。

 誰が発したか分からぬ深い吐息が、複数から漏れていたのだ。


 空中庭園の女神アシュトレトの神殿。

 謁見が可能な玉座の間にて。

 土産に受け取った異世界の宝石を装備し、一人だけ上機嫌。満足そうにしているアシュトレトが紅宝石に美貌を反射させ。


『実に壮大で、実に素晴らしい宴であったというのに――なんじゃおぬしら、なーにをそれほどに溜息ばかり。そのような息は幸運値を下げる、ほどほどにするが良かろう』


 言われたクリムゾン殿下は魔猫からエルフに戻ったものの、気分はまだ沈んだまま。

 やはり重く硬い吐息で、耳の横に流す赤髪を揺らしていた。

 姿はファンタジーエルフ美青年~美壮年なので、かなり絵にはなるのだろうが……ともあれ、兄たる殿下が代表し眉間に忠義の皴を刻み。


「そうは言われますが、女神よ。王を守るべき我々が即座に魔猫化の状態異常に遭い、混乱。そのまま我らは王に守られ、気が付けば宴の会場。敵の施しである状態異常回復アイテムを食して元に戻れたのです、我ら宮廷エルフには騎士としての心がある。かなりのショック……なのでありますよ」

『相も変わらず、我が夫の兄は真面目よのう――』

「役目を果たせなかったのは事実でありますからな」


 失態を認めるクリムゾン殿下の声に、王宮の騎士エルフたちの顔色は曇るばかり。

 しかし、どう見ても今回は相手が悪い。

 そんな現実をちゃんと把握しているアシュトレトは、僅かに私に目線を落とし。


 心の広い王妃としてのロールプレイを意識したのだろう。

 部下をねぎらう美しい声で――朗々と告げ始める。


『その精神は褒めよう。主人を、王を、我が夫を守ろうとする騎士たちは立派じゃ。美しいとすら感じるぞえ。なれど――あやつらの魔猫神は女神すら余裕で相手をできる異世界の大邪神、恥じる事もなかろうて。それに、あまりそなたらが自分を卑下すれば、それは王の失態を詰ることにもなろう』

「弟は立派にその務めを果たしていた筈だが」

『そなたらを転移に巻き込んだ時点で、レイドにとっては大失態。故に、あまり此度の件を引っ張れば――それは我が夫を責める事にも繋がりかねん』


 クリムゾン殿下が食い下がるように顔を上げ。


「しかし、それは相手が――」

『そう、相手が悪い。その通りじゃ』


 騎士道精神を持つ者たちを言いくるめた女神は、気だるい息を吐き。

 気品と高貴さを兼ね備えた後光を放つ。


『反省するなとは言わぬが、ほどほどにせよと妾はそう言っておるのじゃ。それよりも前向きな話をしようぞ。そなたら――魔猫化していた時の意識はどうであったのか? その忠義がどこに向かっていたか、大魔帝ケトスなる魔猫王への忠義だったか、それともエルフ王たる我が夫レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーであったか』


 彼らは皆、私に目線を向け。

 やはりクリムゾン殿下が言う。


「弟に向かっていたようですね」

『なるほど、やはりあれは攻撃的な種族変更ではなく、あくまでも善意による種族変更。まったく、あの魔猫の心が掴めぬ。悪意のある侵略ならばこれから先の未来も見通せるじゃろうが、あれは主人に言われた警戒対象を監視しながらもただ遊んでいるだけ。さて、どうしたものか』


 唇に指をあて、はてさて……と昼の女神は瞳を閉じる。

 美の女神たるアシュトレトは、その悩む姿も周囲には美の化身として映るのだろう。

 何人かの騎士が背徳的な妄想を拗らせ、私に申し訳なさそうに目線を逸らしているようだが。

 思うだけならば問題ではない。


 クリムゾン殿下には魅了の効果がないようだが。


「弟よ、こんな事態にシュヴァインヘルトとヴィルヘルムはどうしたというのだ、姿が見えぬが」

「彼らには帰還直後に既に指令を与えております、もう少しで結果を出して帰ってくるかと」

「冒険者ギルドと商業ギルドを通じ、何かしようという腹積もりか。しかし……」


 どう足掻こうと、あれには勝てない。

 そう言いたかったのだろうが、言葉は喉の手前で止まったようだ。

 士気を下げぬように言葉を選ぶ途中の殿下に、私は落ち着いた様子を維持したまま。


「勝つ必要などないのですから問題ありません。今回の招待で大魔帝ケトスの性質も見えてきましたからね」

「あれの性質、だと?」

「ええ、彼はあくまでもこちらの世界に害をなさないよう。そして、こちらの世界の常識や法則、倫理観や規則に則った行動をしていると考えられます。おそらく、異界の私の命令で、完全に敵対するまでは”暴れるな迷惑をかけるな”と厳しく忠告されているのでしょう」


 あちらにいるのは、勇者に殺された私ではない私。

 その考え方は理解できないが、何を考えているかを推測することはできる。

 根拠の一つにあるのは、彼が私を危険視していたこと。


 今の私は――誰よりも私自身を危険視している。

 大魔帝ケトスの主人が私を深刻な問題として懸念を抱いているように、私は私が在ってはならない存在なのではないかと思い始めている。

 だが、その私一人を消すために無辜なる周囲の人類に害をなしていいか?


 そう問われたら、私はそれは違うと返す筈。

 だから大魔帝ケトスはこの混沌世界での活動に制限をつけられているのだろう。

 おそらく――。

 彼の主人と私の考えは一致しているのだ。


 そのことが、仮説の証明ともいえるだろう。


 そして大魔帝ケトス自身も私をどうするか、悩んでいる空気を持っていた。


 彼は何度かヒントを出していた。

 自分は魔性であり、主人を喪えば暴走すると落ち着いた声音で語っていた。

 女神たちも魔性であり、暴走状態にあるのではないかと語っていた。


 魔性の暴走の危険性を、敢えて私に語ったのだ。

 つまりは――私もおそらくは何らかの魔性。

 魔性とは感情を暴走させ、その心の力を魔力とする一種の世界のバグ。


 可能ならば居ない方が平和につながる。

 多くの異世界を内包する空間たる三千世界……つまり宇宙は安定するのだ。

 そして魔性の中でも最も危険な存在は、おそらく大魔帝ケトス。


 伝承によれば彼は憎悪の魔性と呼ばれる、巨鯨猫神ケイトス

 猫として転生した彼は、愛する猫を人間に殺され、その憎悪を暴走させた。

 彼自身も、自分の存在に悩んでいるのだろう。


 不意に、心配そうな兄の声が私の脳裏を揺する。


「どうした……? 不安があるのならば聞いておきたいのだが」


 多くを自分の中だけで考えていると、多くの目線が私に向かっていた。

 家臣たちが、心配そうに私を眺めているのだ。

 クリームヘイト王国で拾った、元暗殺者の彼らも同様だ。


「いえ、そういうわけではないのですが――少し、考え事をしておりました」

「正直、我らはあまり事態についていけていないのだ。多少は察することはできても、それが正しい推察かどうか判断もできん。レイド王よ、我はおまえを補佐していて理解したことがある。お前は問題を自分一人で抱える悪癖がある。確かに、我らは頼りないかもしれないが――それでも何かのきっかけになるということもあるだろう。我らは微力と呼ぶしかない存在だが……数は力ともなる。”集団スキル”がその証明だろう。違うだろうか?」


 そういえば、彼らに私の正体やあの方と呼ばれる者の存在。外の世界との関係、女神や楽園の存在についてきちんと語ったことはない。

 何人かには、断片的な情報として語った事はあるが。

 全ての知識を掴んでいる人類はいないだろう。


「そうですね……プアンテ姫も呼んで、ある程度――外世界と女神達が生み出したこの世界、そして私という存在について語るとしましょう。知識の共有も必要でしょうからね」


 混沌世界の人類は既にこの異常事態に気付いている。

 もっとも具体的ではなく、ナニカが起こっていると理解しているだけだろうが。

 魔王も勇者も、女神も大陸神も、そして人類も――。

 異変には気付いているのだ。


 これは私一人の問題ではない。


 そう判断した私は、世界に向け魔術を発動させていた。

 異世界から強大な邪神が入り込んできた、その事実を語り――その対応策を練っていると、現実的で建設的な解決策を模索していると発表したのである。


 世界から参加者を募り――数時間後。

 私は集った者たちに昔話を語りだした。


 魔術を生み出した存在。

 この世界の創造神と呼ばれる楽園の女神達――彼女達があの方と崇める存在。

 そして、そのあの方と呼ばれる存在の転生体が、私であるという事を。


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