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第165話 幕間~女神と魔猫の共通点~


 黒くてふわふわなビロード毛並みの魔猫。

 大魔帝ケトスが宣言したのは、アシュトレトとの会談。

 ……、まあ会談というよりはただ世間話をしにきたという空気なのだが。


 テラスで続く販売会とは別の場所。

 ここは女神のための一流の料理人たちが集う、女神食堂。

 優雅に食事を楽しむ場所には、女神アシュトレトと私と、そして太々しい顔をした猫が一匹。


 並ぶ御馳走を前に、偉そうな大魔帝ケトスは舌なめずり。

 それは食べる前の舌なめずりではない。

 食べた直後の、おかわりを所望するという意味での舌なめずりである。


 ビロード毛並みの黒猫の口から、重厚なるケモノの声が響き渡る。


『くくく、くはははははは! 足りぬ! 味は極上であるが、我の腹を満たすには量が足りぬ! 我こそは魔猫の王! 我こそはグルメ魔獣! ここの飯は実にうまい! 支払うべき金ならある、アイテムもある、魔導書もある。故に! 我は追加の飯を所望する!』


 言って、私ですら見たこともない魔道具を代金代わりに積み上げ。

 くはははははは!

 大魔帝、渾身のドヤ顔催促である。


 足に覗く肉球が、キラリと輝いている……。


 そう、この大魔帝。

 女神用の食事を全力で堪能していたのだ。

 なにやら本当に希少な魔導書も代金として支払っているようだが……。


 ともあれだ。

 呼びつけられ――着物即売会となっていたテラスから転移してきたアシュトレトが、現場を眺め。

 ふむ……と息を漏らす。


『妾達の調理人をここまで使役するとは、神経が図太いというか遠慮を知らぬというか。ここまで堂々とした傍若無人さは、逆に感心してしまうが……これ、そこの魔猫。妾が来たのじゃ、さすがに口を止めこちらを見よ』


 食事を続けていた大魔帝は、げっふ!

 再びの舌なめずりの後。

 ススススっと姿勢を正し、にやり!


 聞くものの背筋を震え上がらせるほどの”真摯で紳士な美声”と共に、こくり。

 恭しく礼をして見せていた。


『失礼した、君が女神アシュトレトだね。饕餮ヒツジくんとヘンリー君から話は聞いていたが、噂通りの存在のようだ。聖杯を掲げし大淫婦の神性はどうやら本物のようだね。私はケトス、大魔帝ケトス。魔王軍最高幹部にして憎悪の魔性。お会いできて光栄だよ、君も私に会えて光栄と思っていただけるとありがたいね』


 警備のエルフ達はその声だけで魅了状態。

 ニャースケも慌てて緊急結界を張っていなかったら、大魔帝ケトスの傘下に入っていただろう。

 それほどの甘い声。

 男女問わず誘惑する、魔性の美声なのだ。


 もちろん私はレジストしているし、美の女神たるアシュトレトにとっては魅了など児戯。

 無効化以外の判定はない。

 大魔帝ケトスの前に座り、給仕にワインを注文したアシュトレトが斜に構え。


『無駄じゃ、妾に魅了は効かぬ』

『これは癖というか、種族特性のようなものでね。我が魔王陛下に愛された魔猫とは、存在するだけですばらしい生き物。故に、ただここに在るだけで全てを魅了してしまう。つまりは自動発動の誘惑であって、敵対行動ではない。君もおそらくは常に周囲を魅了する魔力を自動発動しているのだろう? 美しい君なら、私の事情も理解していただけるね?』

『ふふ、言うではないか――たしかに、妾も存在するだけで人々を魅惑してしまう罪なる女神。良かろう、そなたの無礼を許す』


 ほほほほほほっと、普段ではみせないマダムのような笑みの後。

 アシュトレトは伸ばした腕で、魔猫の頭の先を軽く撫で。


『噂には聞いておったが、愛らしき姿に似合わぬなんとも悍ましき魔力よのう――その小さき体に、いったい、どれほどの憎悪の魔力を溜め込んでいるのやら』

『くはははははは! 我を躊躇なく撫でるとは、なかなかどうしてやりおるではないか!』


 アシュトレトにそのまま頭を撫でられ、ゴロゴロゴロ。

 大魔帝ケトス。

 かの最強の魔猫は満足そうに瞳を細めている。


 まあ実際、アシュトレトならばこの大魔帝ケトスの力は理解している筈。

 普通なら怯え、手など出せないはずだが、ここはさすがアシュトレトといったところか。

 一見すると穏やかな景色だが――。


 部屋の外には、私と関わった他の女神達も待機していて。

 既に多くの神器を構え、何かあった時の対処に備えて緊張している様子である。

 そんな外野に赤い瞳をスゥっと細め、大魔帝ケトスは丸い口を蠢かす。


『――言っておくけれど、今日は戦いに来たわけではないからね。あまり物々しい歓迎はしないでいただきたいのだけれど、どうだろうか?』


 告げる声には穏やかな張りがあった。

 まるで敬虔な神父のような、随分と理知的な声だったのだ。

 やはりこの魔猫は、一つの肉体に三つの魂を内包しているのだろう。


 対するアシュトレトも余裕の笑みで、ふふふと気だるそうに告げる。


『大魔帝ケトスといったか、そなたの存在は少々この世界には大きすぎる。警戒するなという方が無理な話ではあるまいか?』

『ふむ……まあ私もそれなりに影響力のある獣神だとは自覚しているけれどね。君もあまり他人の事は言えない、とても強大な存在に見えるけれど』

わらわはこの世界を創りし者、この世界の中ならば問題なく適応しておる。無理やりにこの混沌世界に入り込んできたそなたとちごうてな』


 どうやらこの大魔帝ケトスと女神アシュトレトとの間には、なにやら共通の神性があるようだが。

 女神と魔猫の睨み合いに割り込む形で、私は彼らの前にアップルパイを投入――。

 私の口からは、多少強い口調の言葉が漏れていた。


「ここで戦うのは遠慮してください。民を巻き込みます」


 きつめの注意に二柱がみせたのは、顔を見合わせての含み笑い。


『分かっているさ』

『分かっておる』


 本当に分かっているのならばいいのだが。


「どうもあなたがたは、性質が似ているようですね――偉そうな部分もそうですが。おそらくは、あなたがたの原典も共通。アシュトレトが黙示録の女神ならば、大魔帝ケトス、あなたもまた黙示録のケモノということでしょうか」

『たしかに――人々は信仰の中で、私をアンチクライスト。すなわち偽りの救世主と名付けた。まあ、あくまでも生まれがそうであって、私自身はそういう存在ではないと思っているけれどね。黙示録のケモノの属性があることを否定はしないし、危険な存在であることも事実だろうとは自負しているさ』


 それは神話に綴られた黙示録の一節。

 おそらくは、この魔猫の正体は反英雄。

 アンチ救世主クライストと呼ばれる、救世主を模して造られた偽の救世主なのだろう。


 それは悪とされた神性の中では、かなりの上位にあたる存在。


 逆説的に言えば、そんな強大な存在と女神アシュトレトは同類。

 同じ危険な神性の持ち主という事。

 他の女神達が一目を置く存在なのだと、改めて理解ができる。


 まあ、そんな大物の悪がなぜ魔猫になっているのか。

 正直、あまり理解できないが。

 アシュトレトは共通点自体は嬉しかったようで、砕けた口調で語りだしていた。


『ふふ、そうかおぬしも妾の同類か。ならば同じ答えをもって答えよう。妾は偉そうなのではない――事実、偉いのだから仕方あるまい?』


 自信満々に微笑するアシュトレトに続き、同じく自信満々にニヒィっとチェシャ猫スマイルを浮かべ。


『私も宇宙で二番目に偉い種族の王であり、神だからね。そりゃあ偉いと言っても過言ではない。つまりは偉そうなのではなく、実際に偉い――分かるね?』


 ほほほほほほほ!

 くはははははは!

 と、女神と魔猫の高笑い二重奏は、周囲を混乱状態にさせる音波を発生させているが。

 私がその状態異常を完全にキャンセル。


 一瞬で全てを無効化させたからだろう。

 大魔帝ケトスの耳先が、ぴくりと揺れていた。

 つぅっと瞳を絞り、魔猫が言う。


『どうやら――あなたは本当に危険な存在のようですね、レイド魔王陛下』

「……あの、格好をつけたセリフなら、パイを齧らずシリアスに語って欲しいのですが」


 そう。

 まじめなセリフとは裏腹。

 この魔猫は、なんとアップルパイを抱え、齧りながらシリアスぶっていたのである。


 見た目はそのまま――。

 アップルパイに四肢を絡みつかせる、貪欲で大食いなブリティッシュショートヘア。

 ただ、その魔力だけは無限に近い。


 まるで宇宙のように先が見えないのだ。


 この空気は終焉の魔王グーデン=ダークとよく似ている。

 弟子だと言っていた冥界神ヘンリーともやはり似ている。

 強大な存在にも関わらず、空気が軽い。


 それは間違いなく、外世界の大物の証だった。


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