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第158話 いつもあなたを眺めている


 ここは一度は滅びかけた王都。

 月明りと魔力の光、そして魔道具による穏やかな照明で満たされた場所。

 黄昏過ぎのサニーインパラーヤ王国。


 時刻は夜と月のはじまり。

 あれから数か月後の話。

 冥界神ヘンリーの預言を受け、私は月の女神を連れてサニーインパラーヤ王国に足を踏み入れていたのだ。


 場所は空に手が届きそうなほどの、山の上。

 見下ろす景色は小さい。

 あまりの高みから見下ろしているからか――復興する街並みと人間は、まるでアリが蠢いているようにさえ見える。


 月の女神は私と行動を共にすること自体は喜んだが、サニーインパラーヤ王国にはあまり関心がないようで――露骨にかったるそうに首を押さえている。


 その姿は粗暴なヤンキー女そのもの。

 なにか祭りがおこなわれているようで、忍者アサヌキが王となった都は賑やかさと荘厳さの入り混じった、複雑な空間となっていた。

 魔物氾濫を乗り越え、復興されていく国を見て。

 やはり月の女神キュベレーはつまらなそうに言う。


『けっ、人間ってのはどうしてこう、ウジ虫のように再生しやがるんだろうな――ぶっちゃけ、かなり反吐が出るんだわ』

「ウジは退治すれば消えますが、人間はどうでしょうね。彼らは図太くしぶとく、そしてしたたかです。全滅したと思っても、どこかの神に囲われていたり、地底や空に逃げていたり――種全体を考えれば、その生存能力は相当なモノ。本当に滅亡させるとなると、おそらくはもっとも難しい存在と言えるでしょう」


 祭りの火垂る提灯を遠目に、魔法陣を展開。

 私は宇宙規模で人類を絶滅させる方程式を組み上げてみせるが。

 なぜか月の女神は――くわ!

 人類の終わりを組み上げる私を見て、ドン引きした様子で眉を顰め。


『ちょ――待て待て待て! おいばか、てめえ!? マジで壊せる魔術式を組み上げるアホがどこにいやがる!?』

「あなたが計算しろといったのでしょう」

『誰もそこまでしろとは言ってねえよ!』


 言われてみれば、確かにその通り。

 懐かしさを感じながらも、私は苦笑に言葉を乗せていた。


「人類などどうでもいいという口で、けれど実際に滅亡の公式を導き出そうとすると慌てだす。あなたの行動はいつも矛盾していますね、キュベレー」

『ったく、てめえといると本当に調子が狂うな。まるでオレの方がまともみてえじゃねえか』

「実際、あなたの方がまともなのかもしれませんね」


 告げる私は人々を冷めた瞳で見下ろしていた。

 それはまるで管理者気取りの神のようで、私は私自身が、驕り昂った神そのもののように思えてしまう。


 私はあの方と呼ばれたモノの三分の一の欠片。

 それも魔術を無かった事にしたいと願う、一種の破壊願望者の欠片なのだ。

 他の欠片はおそらく、破壊など望んでいない。

 魔術リセットによる終わりなど望んでいない。


 けれど、ここから見下ろす景色に先ほどの魔術式を流し込めば――。

 それは神罰という名の破壊魔術となり、全てを消滅させてしまうだろう。

 無論、そんなことをするつもりはない。


 大量殺戮などごめんだ。

 けれど、私の肉体は――魔術を消し去り全てを無かった事にするという夢想を、忘れられずにいる。

 握る様に、遠くの街並みを眺めて私は手を握り。


「神も人も、矛盾した生き物。同じ問いかけに対して、時と場合によって答えが違う。感情の答えは一つとは限らない、という事なのでしょうね」

『うへぇ……きっしょいな、てめえ。詩人のつもりか?』

「あなたのそういう素直に考えを口にする所は少し、ほっとできますね。サニーインパラーヤ王国の民もそうですが、最近、私に助けられたと感じる者たちは皆、私の全てを肯定してしまう。悪い事であっても、それが正しい事であると言い切ってしまいそうな――そんな盲目的な感情が彼らには生まれている」


 それが私にはとても恐ろしかった。

 もし彼らが私に名をつけるのならば、救世主。

 あるいは神と呼ぶのではないだろうか。


『信仰して貰えるんだろ!? 魔力ウハウハでやりたい放題できる最高の状況じゃねえか? なーにが不満なんだ? あれか!? 全然信仰されてねえオレへの嫌味か!?』

「ケンカなら買うみたいな顔をしないでください。ただ、私は不安なのですよ。彼らが暴走すれば、再び不幸が起こる」

『不幸だぁ!?』

「たとえば私を否定する国家がでてきたらどうしますか? 理由は様々にあるでしょう、ハーフエルフであり、冒険者ギルドと商業ギルドを既に実質的に支配している私は危険因子。警戒されるべき魔王だということに間違いはない」


 そりゃまあな、と納得する月の女神のプリン色のグラデーションが、頷きに揺れる。

 月の女神は考え。

 そして、薄く口を開いていた。


『あんたを悪や危険とする国は、多くの信者に迫害され――消されちまうだろうな』

「ええ、そして私を神と慕う者たちが記した歴史では、その国家は悪の枢軸。人道に欠く酷い国家であったと語るでしょう。そしてそれはやがて歴史の真実となる」

『状況はちげえし、丸っきり同じってわけじゃねえが――まるでオレたちみたいじゃねえか』


 そう。

 混沌世界を生み出した女神たちは、そうやって捻じ曲げられた者たち。

 この世界でもまた同じことが起こるかもしれない。

 それはきっと、とても悲しい感情を生むだろう。


 だから私は私を慕うものを見て、かける言葉が見つからなくなる。

 私の言葉は全て正しいと妄信する者たちを、怖いと感じてしまうのだ。

 悪意のない悪意ほどぞっとするものはない。


 これではあの方と呼ばれたあの日々と、何も変わりはしない。

 私は自由が欲しかった。

 野を駆け、草原ではしゃぎ獲物を捕まえる猫のようになりたかった。


 あるいは、そんな願いが私の欠片の、別の三分の一を猫へと転生させたりしていたのではないだろうか。

 そして残りの三分の一は、世界が終ることを是とせず転生。神の使徒……つまり弟子を増やすべく自立し、賢者の幻影を生み出せる魔導書として活動し。

 そして、私は魔術の終わりを望み、技術が発達し宇宙に飛び出せるほどの演算能力を有した時代の、研究者として転生し――破壊の魔術式を組み上げていた。


 自由を望んだ猫。

 魔導書そのものの賢者。

 終わりを望む人間。


 それがあの方と呼ばれた始まりの魔王の、それぞれの転生先。


 考えに耽る私の横顔を眺め――。

 ふと、月の女神が言う。


『なあ、ちょっと弓を構えてみろよ』

「唐突ですね、なんですか――これでも私は魔術師なのですが」

『そーいうのはいいんだよ。三女神の事だ、どうせ弓術だって完璧に教え込んでるんだろう? 早く出しやがれってんだ!』


 いつも唐突で、説明を省く。

 良かれと思っての発言なのだとは、なんとなく理解はできるが。

 これだから女神は困る。


 私は地母神キュベレーの伝承から発展しただろう神アルテミス、その弓を神話再現アダムスヴェインで召喚し。


「これでよろしいですか」

『んじゃ、オレを止めてみな!』


 告げて、ヒシシゥュ……シュシュシュヒヒヒシュー!

 月の女神は人々の祭りに目掛けて無数の魔力の矢を解き放っていた。

 それは人類を殺すための矢だった。


 だから、私は考える暇もなく弓矢を連射。

 バアルゼブブから伝授されていた【超絶技巧ちょうぜつぎこう(弓)】を披露し、全ての矢を射落としていた。

 月の女神は弓の名手。

 その技量を上回る、我ながら神の領域にある弓の腕だった。


 月の女神はヒューっと口笛を吹き、口角を吊り上げている。


『うは! まじかよ! オレの百発百中の矢を因果律を書き換えて防ぎやがったか!』

「防ぎやがったかではありませんよ、私が止めていなかったらあなたはサニーインパラーヤ王国の民を全滅させていたのですよ?」

『ああ、そうだ。それをおまえは止めてみせた。なら、それでいいじゃねえか』

「何が言いたいのです?」


 月の女神が言う。


『おまえ、実は全部をぶっこわしたいんだろ?』

「発言の意図が理解できませんね」

『オレが自暴自棄となって、全部がどーでもよくなっちまったように――おまえは今、全部投げ出しちまってる。そう思ってるんじゃねえか? だが違うだろ? どーでもいいってなってるやつが、あんな人類なんていうクソを守るわけがねえ。おまえにどれだけの破壊衝動があっても、関係のない奴らを巻き込むような破壊はしねえだろうさ』


 だから、と、月の女神は火垂るの光のような月明りを背に。


『安心しろよ。てめえみたいなお人よしに、あいつらの命を消すなんてことができるわけがねえってことだ』


 まるで私の正体と、私の意図を知っているような言い方だった。

 私があの方と呼ばれた存在で、その三分の一で、なおかつ魔術を無かった事にする事で――実質的な大量殺戮をなしてしまう可能性がある存在だと。

 知っているようだ。


「キュベレー……あなたはもしや」

『皆まで言うんじゃねえよ。オレは、あの方に恩義を感じている。ああ、すっげぇ感じてる。だからもし……、もしもだ。おまえが例のあの人だったと確定させちまったら、もうどんなことがあっても、オレはおまえを優先する。つまりだ、おまえがバカをやりだした時に賛同しちまう。殴ってでも止められなくなっちまうんだよ。言いたいことは、分かるだろう?』


 さすがに。

 彼女も既に私があの方の転生体だとは気づいたのだろう。

 けれど、それを確定させたくない。


 それは――。

 もし私が間違ったことをしたら。

 その頬を殴って止める存在でありたいから。


 月の女神が言う。


『オレの弓を止めることができるなんて、まあ――そういうことだろうからな。オレはおまえをずっと見ている。この月のように、欠けることがあっても満ちることがあっても、変わらずおまえを追い続ける。だから、バカをしそうになったら月を見上げな。月ってのは朝だって、薄目で眺めりゃ見えるからな。オレはおまえの監視者として、いつでもその首に弓を射り、矢を穿ち、その命を眺め続けると誓おう――喜びな、そりゃおまえ、女神にとっては最上の愛ってやつだ』


 全てを肯定されてしまう恐怖を、彼女は和らげようとしてくれているのだろう。

 これでは。

 そうこれでは……。


「まるで――プロポーズですね」

『か! 勘違いはするんじゃねえぞ! オレはおまえが例のアレだからって好いたんじゃねえ、おまえがおまえだから気に入っているんだ。だから、あんま辛気()せぇ顔するんじゃねえっての。オレが言いたいことは、まあ、それだけだから。うん、あんまり掘り下げるんじゃねえぞ』


 どうやら彼女は照れているようだ。

 月の女神は街を見た。

 人類を見た。


 彼らは創造主……月の女神に殺され掛けていた事を知らずに、祭りを楽しんでいるようだ。


 その信仰対象は私。

 けれど。

 それだけではない。

 私は思わず、口を開いていた。


「あれは――」

『ん? なんだ? なんか偉そうな女の像があるが』


 それは――。

 月の女神の神像だった。

 私達は顔を見合わせ、共に街へと降臨した。


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