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第157話 異邦人たちの伝承


 女神ダゴンの長年の隠れた奉仕を聞いた、あの後。

 冒険者ギルドの隠しエリアをでた私は、そのまま夜の女神ペルセポネの元へ。

 心配していたアシュトレトとバアルゼブブには、ダゴンが別の場所にて事情説明を行っていた。


 夜の女神が支配するここは、ムーンファニチャー帝国地底深く。

 地底なのに空はまるで極光。

 私ならばここを”オーロラの地海”と名付けるだろうか。


 ともあれここは夜の女神が所有する隔絶されたエリア。

 他の女神に知られることもなく、密談には最適の場所と言える。

 そして――。

 誰かを問い詰めるのにも最適な場所と言えるわけで。


「それで――冥界神ヘンリーに化けていたあの異世界の大物は、いったい何者なのでしょうか?」


 問いかける私は、指先から伸ばした魔術式を展開。

 終焉の魔王グーデン=ダークの周囲に結界を張り。

 逃がすつもりはないという意思表示。


 私の横にまるで伴侶のように侍る、威厳ある女性もまた同じく指を伸ばし。

 彼の主といえる夜の女神も、美麗な顔を覆う夜のヴェールを輝かせていた――。

 逃亡は許さぬと、女神の威光を発動させたのだ。


ちんにも聞かせよ、我が駒、我が魔王。外より来訪した獣神、終焉の魔王グーデン=ダークよ。先ほどこの世界に侵入してきたアレは、少々、いや、大いに常識を逸した存在であった。果たして、女神全てが力を合わせたところで、勝てるかどうか――ヤツは何者であるか。答えよ、答えよ』


 ちなみにこの件に関して、私と夜の女神の利害は一致している。

 この世界に、あんな危険な存在を野放しにしておける余裕などない。

 だから情報を提供せよと、二人で問い詰めているというわけだが。


 問いかけられたグーデン=ダークは中間管理職のような対応で、はぁ……。

 困ったように羊毛をモコモコ。

 牙を剥くフレーメン顔を尖らせ、メメメッメッと抗議の構え。


『わ、吾輩を責めないでいただきたい! アレは自由気ままな、最強生物! アレは確定された未来すら踏み荒らし、新しい未来を無理やりに開いてしまうほどの縦横無尽なる暴君猫! 気分次第で全ての行動が変わってしまう、厄介極まりない獣神なのでありますから!』


 私と夜の女神はヴェール越しに目線を交わし。

 そこまで知っているということは。


「つまり、あれはやはり何の考えもなしに……あなたがアレの情報を持っていると、あっさりバラしたと? 別にあなたと悪い関係というわけではないのでしょう?」

『アレはそーいうお方なのでありますよ……まあ、悪い方ではないのですが』

「変わった存在という事ですか」

『基本的にこの世界の外に生きる獣神は皆、ああいった存在でして、いやはい……その中では吾輩も空気が薄い方と言いましょうか、振り回されている側と言いましょうか。吾輩の苦労ももう少し分かって欲しいものでありますなあ!』


 この羊も十分に変な存在だが。

 ともあれだ。

 私は本来ならば誰も立ち入れない空間の気配に気付き、目線をやっていた。


「盗み聞きとはあまり感心できませんね、ヘンリーさん。グーデン=ダークさんから聞きだせば問題なかったので、あなたを召喚した覚えはないのですが」

「まあ、そう言わないで欲しいものだね。ボクにだって事情はある」

「いったい、どうやって入ってきたのですか」


 声だけは聞こえてくる。

 どこかにいる筈だと、私はオーロラ色の閉ざされた空間を探るが。

 気配があったのは、グーデン=ダークの足元。


 目の下のクマが特徴的な冥界神ヘンリーは、グーデン=ダークの影の中から顕現し。

 冥界皇族の衣を纏い、ふふんと貴族の微笑をして見せる。


「影渡りの魔術はボクの師の得意技でね。まあ、弟子であるボクでもこうやって使いこなせるってわけさ! どうだ! この華麗なる影魔術! 褒めてくれても構わないんだけど!?」


 実に偉そうなドヤ顔である。

 実際、この空間に入ってこれるのは並以上の存在の証なのだが。

 ともあれ、外から侵入してきている者たちはこちらの世界とは空気感が違う。

 空気を壊されないうちに私は言う。


『あなたの師とはいったい、何者なのですか』

「何者も何も、消去法でいえば答えは見えているんじゃないのか。だいたい、その前にこっちがききたいぐらいでね。どうやら、おまえたちはそれなり以上の曰くある存在らしい。なにしろ師匠が出張ってくる案件だ、正直、ボクには荷が重いんだけど。昔迷惑をかけた家族にも逆らえないし? こうして伝書バトをしにきたってわけさ」


 あの謎の存在の弟子ヘンリーは、三女神の姿を投影して見せ。

 聖職者の服を纏う清楚なる女神ダゴンに目をやり。


「幸福の魔王レイド……その伴侶たる女神ダゴン、人間が生み出したとされる創作神話クトゥルフに汚染された、かつて聖書にも登場したまつろわぬ神。この混沌世界だとどうか知らないけど、外の世界でもクトゥルフ属性を持つ神は規格外でね。全てが実現できてしまう夢の中の国、ドリームランドの力を使いこなせる資質があるってわけで、厄介極まりない存在じゃないか」


 んでもって、と冥界神ヘンリーは次の女神に目をやり。


「こっちの暗い感じの女神も、バアルゼブブだろう? かつては聖書に語られている、やっぱり異教徒の神バアルやバールが歪められた存在……その性質は悪魔王の伝承を吸い、気に入らぬ者全てを食らうほどの悪感情を司る暴食の大罪神。邪悪なる女神として既に存在が確立しているようだし? その二柱だけでも問題なのに、最後はよりにもよって世界崩壊神話の登場人物となれば。さすがに外もこの”混沌世界”を放置できないわけでね」


 ボクだって来たくて来たわけじゃない、と。

 伝書バトのようなお道化た顔でヘンリーは、肩を竦めてみせていた。

 彼が最後に目をやったのは、まさに美の女神といった様子の女神アシュトレト。


「一番問題なのは彼女だね。女神アシュトレト。正直、ボクは彼女が一番怖いよ。――たぶん、イシュタルやアスタルテの流れを汲んでいた女神だろうからね。それが歪められた存在となると、超大物の邪悪なる神性。世界を終わらせる伝承、つまり”終末黙示録アポカリプス”に登場する最強クラスの邪神”大いなるバビロン”になるってわけだ」


 説明するにはあまりにも大きすぎる内容だが。

 ようするに、アシュトレトの正体も聖書に綴られる邪悪なるモノ。

 世界が終わるかどうかの戦いの時にいる悪側の神である。


 瞳で認めた上で、私は苦笑し。


「大いなるバビロン。姦淫を司りし大淫婦。元は純粋な豊穣の女神や、類似する神性を一方的に嘲笑し――悪とするべく貶められた存在なのだとしたら、それはとても悲しい存在ともいえるでしょう。そして、人々の魔術ココロによってそう歪められてしまったのなら。やはり、それも全ては私の責任だという事です」


 女神達が人の心という名の魔術から生まれた存在なら。

 歪んでしまったのも魔術のせい。

 その後悔を消すべく、生前の私の肉体は箱庭(CPU)の中で滅びの唄を描き続けた。


 冥界神ヘンリーの顔が、僅かに引き締まる。

 死神の王族なのだろう。

 ふざけているときはもやし王子といった印象だが、真剣な顔となるとその印象はガラりと変わっていた。


「あんた、やっぱり”あの方”なのか」

「どうやらそうらしいですね、まあ三分の一だそうですが」


 転生した私としては、私が主役だった物語の映画を断片的に把握している。

 そんな感覚なのだが。


「――ならさっきの話は簡単だよ。ボクの姿を真似ていたのはあんたがかつて部下としていた”大いなる闇”。魔王軍三大幹部の大物、魔帝ケトスが更に出世した魔猫、大魔帝ケトス。人間を憎悪し、その感情を暴走させ魔性と成り果てた――荒魂アラミタマ。文句なしに世界最強のネコであり、世界最強の存在さ」


 言って、ヘンリーは手袋の指を翳し。

 巨大な闇を顕現。

 闇の中で赤く丸い瞳と三日月のような顔で、アルカイックスマイルを浮かべる黒猫を表示してみせていた。


 ただの映像なのに、その顔はニヤニヤニヤニヤとまるでこちらを見ているようだった。

 夥しい魔力を纏うその影は、ニヒィ。

 まるで――チェシャ猫のように嗤っていたのである。


 実際、ただの映像に過ぎないのにこちらがえているのだろう。


 おそらく、彼が言う通り。

 冥界神ヘンリーの姿を借りて顕現してきた、アレの正体は黒猫。

 該当する神性を探ると、その答えにあるのは――。


 巨鯨猫神:大魔帝ケトス。


 私も逸話魔導書を通じて、その名を知っていた。

 宇宙そのものとも伝承される、三獣神が一柱。

 憎悪の感情を暴走させ魔性となり、絶大の力を得た魔猫。


 終焉の魔王グーデン=ダークも言っていた、絶対に敵に回してはいけない獣神だろう。


「それで、その大魔帝ケトスさんはこの世界に一体どのような用件でいらしたのでしょうか」


 質問にグーデン=ダークと冥界神ヘンリーは顔を見合わせ。

 グーデン=ダークが言う。


『はて、アレの考えなど吾輩にはさっぱり。けれど、そうでありますな――あくまでも悪魔たる吾輩の考えではありますが、外の世界からしても、あなたがたは正直……危険すぎます。一応は様子を見に来た、といったところではないでしょうか。それと……こちらはおそらくは確定でありますが』


 いつもはズケズケと、明け透けに物申す終焉の魔王グーデン=ダークだが。

 何故か言葉を濁している様子。

 私達を気にしているといった印象である。


「何を聞いても驚きませんし、構いませんよ」

『では、その……はい。おそらくはただの暇つぶしかと』


 ……。


「私は真面目に聞いているのですが」

『吾輩も真面目でありますよ! アレは常に憎悪を和らげる行動をとっていないと、その憎悪に押しつぶされ世界を飲み尽くしてしまう可能性もある大邪神。おそらくは、なーんも考えずに吾輩やヘンリー殿がこの世界と接点を持ったことから、好奇心を抑えきれずに飛んできたのでありましょうよ!』


 そーいうところが我が主にそっくりなのでありますよ!

 と、中間管理職の悲哀を見せつけつつ。

 その横で冥界神ヘンリーは眉を下げ。


「まあ師匠も大概変人だけどさ、本当に悪い神じゃあないのは確かさ。ボクと縁ができてるおまえたちを問答無用で消したりはしないだろうよ。そりゃあ消される事情がそっちにあるなら話は別だけどな」


 言って、冥界神ヘンリーは影魔術を発動。

 グーデン=ダークの影の中にその身をくぐりこませ、転移の波動を展開。


「それじゃあボクは帰るよ。ああ、帰るついでにせっかくだから冥界神としての助言を一つ。数カ月ぐらいしたら月の女神と一緒に、サニーインパラーヤ王国に出向くといい。これは冥界神としてのボクの助言だ、ありがたく聞いておくがいいさ!」


 言葉を残し、異世界の冥界神はこの空間を脱出していた。

 今まで黙っていた夜の女神はようやく口を開いていた。


『ヘンリーといったか、あの者、恐るべき力であった。勝てぬわけではないが、ああ見えて、容易く勝たせて貰える相手ではないであろうな』

「まったく、あれが弟子だとすると師匠はどれほどの力なのか。あまり考えたくないものですね」


 冥界神の助言を心にとどめた私は、ゆったりと瞳を閉じていた。

 私はこれから、どうすればいいのだろうか。

 魔術を消す、魔術を無かった事にする。

 そんな妄執は転生し、レイドとなったことで既に消えている筈だ。


 けれど。

 心の奥。

 割れた鏡の中の私は――いまだに、その後悔を抱え続けていた。


 夜の女神が言う。


『あの方の転生体。かつて魔術を否定なさったあなたは――どうされたいのです』


 それは。

 私をあの方だと知った上での言葉だった。

 だから私も、あの方としての答えを出すしかない。


「どうしたいか分からない、それが本音ではありますよ」

『ならば朕は待ちましょう。あなたがどうしたいのか、どうありたいのか――あの日、我らをお救いくださったお方よ。どのような答えが浮かんだとて、たとえあなたが悪を成そうとしたとしても……朕だけは、朕だけは……あの日の恩に報いましょう』


 夜のヴェールを外した女神は、瞳を閉じ。

 恭しく礼をしていた。

 私はどう対応したらいいかわからず、迷いのままに、けれどまっすぐ告げていた。


「たしか楽園で、曲を披露する約束をしていましたね。何かリクエストがあれば、今ここで――」

『ならば、鎮魂歌を』

「レクイエム、ですか」

『ムーンファニチャー帝国、そしてサニーインパラーヤ王国。どちらにも多くの犠牲がありました故、冥界を司る朕としてみれば――葬送歌を希望したくなったとしても、不思議ではありませんでしょう』


 リクエストに応じ。

 私は召喚した楽器で、静かなる鎮魂歌を奏で始めていた。

 空気を読んだのだろう。

 終焉の魔王グーデン=ダークもいつの間にかその場から姿を消していて。


 極光の中、静かなる曲が死者を導くように響き渡る。


 夜の女神は、死んでいった者たちの魂を、一つ一つ拾い上げ。

 その来世に希望を託し。

 夜の世界へと誘った。


 それが転生の儀式なのだろう。


 夜の女神ペルセポネ。

 彼女はこの混沌世界の死者の番人。

 その性質も性格も極めて厳格。


 だが、楽園にいた時に見せた笑顔はもう失われていた。

 楽園の崩壊と共に、彼女もまた、何かを失っていたのだろう。

 彼女にも彼女の物語がある。


 きっと、女神ダゴンとは違った意味で、私のために動いていたのだろう。

 ならばこそ。

 彼女もおそらく、私がどのような選択を決断してもそれを肯定するだろう。

 たとえ間違っていても、それが周囲から正しいとされてしまう。


 それが楽園を滅ぼした男。

 あの方と呼ばれた、独りの古き神なのだから。


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