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第152話 魔王の恋の物語:中編


 ダンジョンボスの攻略は流れ作業。

 実質的なボスはむしろ、彼の方。

 かつて大陸神だった男は語りだす。


 私はそれを書き留めるべく、詠唱を開始。

 女神達へと伝えるべく記録クリスタルを生成し――後で確認できる、ログの魔術を発動させていた。


 ある日、大陸神の男は恋をした。

 それはよくある一目惚れ。

 けれど、普通ではない一目惚れ。


 相手はムーンファニチャー帝国のドワーフではなく、サニーインパラーヤ王国の一人の娘だった。


 まだ両者の大陸の仲が良好だった時代。

 消滅するほどの力を外部から受けなければ”不老不死”ともいえる大陸神が、まだ強面だが凛々しい若き侍の神だった頃の話だ。

 だが、若き侍と言ってもそれは人間の姿ではない。


 そこには一匹のケモノがいた。


 男の顔には獣毛がみっしりと生え、頭上にはピョコリと立った獣の耳。

 足はフサフサ、尻尾もある。

 その姿はだれがどう見ても、獣。

 月の女神の駒となった、かつて大陸神だった魔王将軍。


 彼の神だった時の姿は、ムーンファニチャー帝国のドワーフ達と同じく――。

 ドワーフラビット。

 そう彼は兎の神(ドワーフ)でありながら、人間に恋をしたのだ。


 恋を知ったウサギは、人間になりたいと願った。

 それは強い願いだった。

 重い願いだった。

 けれど大陸神が人間になど、なれるわけがない。


 神が人になる、それは魂をスケールダウンさせる必要があり――それには一体、どれほどの魔力が必要か。

 いくら彼が信仰を集める大陸神だとしても、到底届きうる領域にはない魔力だった。

 だから。


 ウサギは恋を諦めた。


 ウサギの大陸神はその心を忘れることにした。

 忘れることにした。

 忘れることにした。


 けれど、どうしたことか。

 幸か不幸かその恋は偽りではなく、本物だったのだろう。

 恋の感情は、いつまでもウサギの心を捕らえ続けた。

 気付けば朝から昼に、昼から夕方に、夕方から黄昏に。


 そして最終的には夜となり、空には月が浮かんでいた。


 ウサギは月を反射する泉の前で、あの女性の顔を思い浮かべた。

 脳内で伸ばす腕は人間の腕。

 けれど、実際には――。

 恋と憧れの感情を初めて知った大陸神のウサギは、届かぬ空に向かい腕を伸ばした。


 それはウサギの腕だった。


 いつもと変わらぬ、腕だった。

 けれど、そんなウサギ姿の大陸神に手を差し伸べた者が一人だけいた。

 次の瞬間。

 ウサギの腕は人間の手に代わっていた。


 月が、眺めていたのだ。

 ウサギの姿をした神を、じっと眺めていたのだ。

 月は兎に奇跡を与えた。


 ウサギは大陸神から人間へと転生していた。

 泉に映る、真ん丸な月。

 それこそが――。


『この、オレ様ってわけだな!』


 ウサギの願いを聞き入れた女神――。


 カッカッカっと、組んだ腕の上でわずかに胸を揺らすのは、創造神の一柱。

 月の女神キュベレーである。

 月を司る彼女は、月の属性をもつドワーフと相性が良かったのだろう。


 私が言う。


「たしかに、大陸神を人間へと転生させたあなたの手腕は認めますが。女神達へ送っている情報に割り込んでくるのは止めていただけますか?」

『いいじゃねえか、減るもんじゃねえし! しかしなんだこれ、ログってやつか? ここで現在の光景を保存して、ここで解放……なるほどな。後で誰かに読ませるための記述ってのはわかるが、かぁぁぁぁ、こんなチマチマとした魔術よく維持できるな』


 この辺りの図々しさは本当に女神そのものといったところである。


「神を人間へと転生させるには、もっと細かい魔術式が必要なはず。あなたは彼のために、随分と力を使ってしまったのですね」

『使ってしまったって表現はどーなんだ、それ』

「あなたはおそらく、彼を人間へと作り替える時点で多くの魔力を喪失している。大陸神は魔物とは言え――その属性は神。神を人へ変えたのです、負担が返ってくるのも当然でしょう」

『バーカ! てめえは男だろう!? こまけえ事はきにすんな!』


 だからこそ。

 その時点で名を失ったウサギは人間となり、女神に感謝を抱いたのだろう。

 それが後に魔王となる元ウサギの、忠義の根本。


 この女神は兎の恋のために、多くの力を失ったのだ。

 これでウサギと人間は結ばれる。

 ハッピーエンドになるはずだ。


 けれど。


 恋を知ったウサギは人間となり。

 そして。

 人間としての現実を知ることになる。


 ウサギの恋は報われなかった。

 人間となった大陸神のウサギだったが、元は神。

 時の流れが人間と神とでは違う事を知らなかったのだろう。


 彼が月の女神の力で人間へと転生した時には、もう、既に。

 彼の愛した人間は死んでいた。

 安らかに。

 とても、穏やかに。

 愛する家族に囲まれて――幸せな一生を終えていたのだ。


 それこそが――神と人間の時間感覚のずれだった。


 ウサギは泣いた。

 いや、元ウサギは泣いた。

 彼女が死んでいたから泣いたのか。

 自分が幸せにしたいと願っていた女性が、既に誰かの家族となっていたから泣いたのか。


 おそらく。

 人間になったばかりの彼には――なぜ自分が泣いているのか。

 それを理解できてはいなかったのだろう。


 元ウサギだった男は、一月ほど咽び泣いた。

 元は神だった男だ。

 その涙は大雨となり、サニーインパラーヤ王国に恵みの雨を与えていた。


 雨は大地への恵みとなり。

 大地は豊穣を育み。

 稲が育ち、人が育ち――この大陸に新たな営みを生み出していた。


 彼女の子孫は雨を喜び、笑っていた。

 だから、彼もそれでいいと思ったのだろう。

 雨が止んだ時。


 彼の心もようやく落ち着いていた。


 ウサギの恋は終わったが。

 それでも姿は人間のまま。

 神だった男の瞳は、緑豊かな肥沃な大地を眺めていた。


 元大陸神はそのまま、サニーインパラーヤ王国へと移住したのだ。


 せめて、愛する人のぬくもりが残る。

 その地で生きようと願ったのだろう。

 月の女神は、そんな男を気に入ったのか。


 月はいつまでも、彼の姿を追っていた。


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