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第151話 魔王の恋の物語:前編


 ダンジョン最奥に辿り着いてはいたものの。

 こちらのメンツは女神が一柱に、魔王が二体。

 敗北の可能性は皆無と言っても過言ではなく――。


 ダンジョンボスを流れ作業で討伐しながらも、私達はとある男に目をやっていた。


 女神にその名を捧げた彼に固有名はない。

 実際、主人への忠義もあるだろうが――おそらくは純粋な大陸神としての存在から切り替わった時に、名を捨てたのだ。

 月の女神の駒たる忠節の魔王。

 かつてギルドマスターであり将軍と呼ばれた男は大陸神だと指摘され、歴史を感じさせる苦い笑みを浮かべていた。


 そこにあった気配は、精悍な侍。


 中年男の強面に、稲光にも似た赤い眼光が一瞬走る。

 私や女神でなかったら、腰を抜かしていたほどの強い眼差しだった。

 もっとも、彼からの敵意はない。


 疑問を押し出すように、ごくり。

 喉を動かす男の頬には、まるで年輪のような濃いしわが浮かんでいた。


「なぜ、お気づきになられたのですかな?」

「単純な話ですよ――いくら人間が実現可能なレベルに力を加減したとはいえ、私の魔術に干渉してみせた。その時点で異常ですからね。しかしあなたの種族は人間。ならばと可能性を辿っていくと、一番該当しそうなのはムーンファニチャー帝国の魔術喪失、そのきっかけとして何があったか――……答えに浮かんだのが、大陸神の不在というわけです」


 あくまでも現実的な可能性を考えた結果、大陸神である可能性が一番高かったから。

 それだけである。


「かないませんな……さすがは我が神、我が君の相棒……いえ! 伴侶となるべきお方!」

「……勝手に決めつけないでください」

「しかし、我は女神様に心からお仕えすると誓った身。主君のためならば、たとえ火の中水の中と思っている次第なのでありますが。はて、どうあなたを説得するか、これが問題ですな」


 うーむ、と渋い顔で下らぬ悩みの息を漏らしているが。

 こちらは違ったニュアンスで露骨な吐息。

 漏らした私の魔力のせいだろう、周囲に発生したのは一面の銀世界。


 銀の結晶のような魔力の吹雪が生まれていたのだ。

 吐息でダンジョンボスを圧倒しつつ、私は言う。


「大変申し訳ないのですが、問題なのはその発想です。女神相手となると本当に迷惑なので、彼女をあまりきつけないでいただきたい」


 まだ冗談の内は問題ないが、本気でそういう話になってくると事情が変わる。

 三女神達と月の女神の抗争は、さすがに面倒なことになると目に見えている。

 そうだー! もっとオレとそいつをイイ感じにしやがれ!

 と、ギザ歯を覗かせご機嫌な月の女神の横。

 ダンジョンボスの攻撃を全てピンポイントの結界で防ぎ、反射魔術で倍返しにしつつ私は忠節の魔王に目をやり。


 真剣な面差しで、口を開いていた。


「何故、大陸神をおやめになられたのか。事情を伺っても?」


 むろん、ただの話題逸らしである。

 まあ少しは彼の人生にも興味はあるが。


 人から神になった存在は多いが、神から人になった存在は少ない。

 神殺しの能力を持つものと敵対した神が、一時的に人間に転生する場合はあるが……それでも神へと転生し直す。

 けれどおそらくは、この男は違う。

 今は魔王へと昇格しているが、死んだら今度も人間として転生するのではないだろうか。


「老人の昔話など、まだお若いレイド殿に語ってもあまり、面白い話ではないでしょうに」


 世辞ではなく私を若いと本気で思えてしまっているのなら。

 彼の感性は人間ではなく別の何かに近いのだろう。

 それが大陸神の感性か、魔王の感性か、長くを生きて摩耗した人間の感性かは分からないが。


 ともあれ私は言う。


「こちらの姿を三女神も見ていますからね。正直、かなり興味があるようですよ」


 空中庭園からこちらを観測する女神……特にアシュトレトの波動に気付いたのだろう。

 月の女神キュベレーは、何もない空をあぁん!? と見上げ。

 ダンジョンの奥にある、空中を目掛け――大きな舌打ちを一つ。


『ちっ、アシュトレトか。どうせまた血みてえぇな色の盃を傾けて、えっらそうにこっちを見てやがるんだろう!? このファッキン大淫婦! てめえは引っ込んでな!』

『ほう、夜に負けた女が――言うではないか』

『てめえに負けたわけじゃねえだろ!』


 空に向かい吠える月の女神は、指でも汚いジェスチャーをしているが。

 もちろん相手は昼の女神アシュトレト。

 アシュトレトは大地母神の如き心の余裕をみせるように、ダンジョン内に光を放ち煌々と告げる。


『ふふ、良く吠える女よ。しかし、このような戯れもわらわは嫌いではない。我が夫の前でもある、妾はそなたの暴言を許そう』

『てめえに許されてもなーんも嬉しくねえわ、バーカ!』

『そなたは変わらぬなキュベレー、いや、先ほどまでは変わっていたが――どうやらかつての元気なお主に戻ったようだ。ふふ――笑みが溢れて心を満たしてしまいそうじゃ。そうさな、これが喜び――妾はそなたが元気になり嬉しいと感じているのやもしれぬ』


 声だけしか届いていないが――そしてとても変な話ではあるが。

 いまの女神アシュトレトは、まるで女神のようだった。

 普段のおちゃらけた声ではなく、女神の威光を存分に放っているのだろう。


 アシュトレトはキュベレーが元気を取り戻し、素直に安堵しているようだ……。


 だからこそ、かつてのアシュトレトを知る月の女神は、うげぇ……。

 顔を抽象的なアートのように、ビキリと蠢かし。


『ほ、本当にてめえ……アシュトレトか?』

『そなたが耄碌もうろくしたのではないのなら、妾はアシュトレトと呼ばれし昼の女神であろうな』

『うへぇ……結婚すると、こんなにも変わるのか――きっしょいとまでは言わねえが、なんか……”きつく”ねえか?』


 きしょいと、きつい。

 どちらが辛辣なのかは判断しにくいが、それでもアシュトレトは微笑みの声。


『キュベレーよ』

『んだよ、気持ち悪い声しやがって……』

『その者は妾の夫じゃ、妾は――そなたを消しとうない。遊ぶ分には構わぬが、ただの戯れにせよ、仮に、もし本気となれば……妾はともかく、他の二柱は黙ってはおらぬ。特にバアルゼブブは妾にも制御できん』


 ようするに、私に手を出すなという警告のようだ。

 もしグーデン=ダークがこの場にいたのなら、今頃にへらぁ! っと羊スマイルで女神のやり取りを観察していたのだろうが。

 ともあれ、月の女神は面倒そうに黄金色の髪を掻き。


『ちっ……わぁったよ、おまえがそこまでいうなら今はやめておいてやる。だが、確認だ。もしこいつの方からオレにちょっかいかけてきたら』

『その時は好きにせよ、そなたにやりはせぬが――戯れの延長程度ならば、妾も目を瞑ろうて』


 絶対に嘘である。

 突っ込む気はないのでスルーするが、辟易する私を気にせず女神の声は忠節の魔王に向き。


『さあ、月の女神の選んだ駒よ。女神たちが見ておる。く話を聞かせよ――妾達はそなたの物語を知りたい』


 大陸神から人間に転生し、そして人間として歳を取り。

 エナジードレインで永らえている男は主人に目線を送り。

 頷きを確認後――欠落しかけた記憶を指でなぞるように……ゆったりと口を開いていた。


「もはやいつの頃かも思い出せぬ程の遠い昔――わたしにも人間に憧れた時代がありました。まだ大陸神としては若かった我にも、青い感情があったのでしょうな。一人の人間の女性と恋に落ちてしまった……そんなきっかけがあったのでありますよ」


 人間と恋に落ちたことがきっかけ。

 ……。

 たしかに、女神たちが好きそうな話である。


 私達は彼の話に耳を傾けた。

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