第150話 選ばれし女神の駒
古代神殿を彷彿とさせる迷宮の攻略は進む。
自動攻撃状態で思考する私は、ダンジョン攻略をしながら考える。
この混沌世界とダンジョンの関係に、一定の法則を導き出していたのだ。
そもそも何故この迷宮が、神聖な空気を醸し出しているのか。
それはおそらく、この世界を創った女神たちの影響。
人間の願望によって創生召喚された彼女達が昔、神として崇められていた時代の名残。
迫害され、悪と貶められる前の幸せだったあの日々に帰りたい、そんな潜在意識が反映されているのではないかと、私は予想していた。
ダンジョンは女神達が過ごした世界の伝承や、記憶や知識が多く反映されている。
魔術理論にすれば、それは全ての可能性を実現できてしまう特殊な空間。
一種の、なんでも作れてしまう”奇跡の領域”ともいえるだろう。
女神の中に記憶や知識さえあれば、たとえそれが現実ではありえないモノだとしても――この世界は、迷宮という形で作り出してしまうのだから。
それは”ありとあらゆる全て”を作れる場所ともいえる。
だからこそ、女神達が無聊の慰めに作り出したこの混沌世界は、とても危険な場所ともいえる。
私の計算によれば、あくまでも理論上だが――本当になんでも作れてしまうだろうと結論がでていたのだ。
この世界の存在と性質が外に漏れれば、おそらくは多くの強者がその特異性に目をつけ、干渉してくるようになるだろう。
その実例こそが夜の女神の駒。
異世界ではありえない神獣を回収するためにやってきた、四星獣と呼ばれる異神の眷属たる饕餮ヒツジ、終焉の魔王グーデン=ダークだろう。
彼は実際、この世界で”黄金のバロメッツ”を回収した。
作り出したのは私だが、それはこの世界の法則を用いた、特異な性質と環境だからこそできた魔術。
だからこそ。
この世界は、本当に危うい。
その最たるは、この世界に発生しているダンジョンか。
この世界においての迷宮とは、女神達の黒い意思。
心残りや憤り。
心の奥に潜んでいる昏い感情によって生み出され続けている、空間。
創造神達の、心の掃きだめのような場所なのではないだろうか。
神とて心がある。
女神たちが人間の心の力……つまり信仰という魔術によって生み出された存在だとすると、そこには類似性が生まれていてもおかしくはない。
女神の中にも、人間に近い感性が存在していると想定できる。
人間とて、自分達を迫害する者がいたら相手を恨むだろう。
それと同じ。
女神達は自分たちを魔術で生みだし、そして理不尽に貶めた人間への怒りや悲しみを、今でも胸に抱えている。
その憤りが、心の中で育つように――迷宮の中では闇が育つ。
迷宮の魔物とは、この世界を創った女神たちの心の吹き溜まりなのだと仮定できる。
それは憎悪の感情。
それは怨嗟の感情。
それは嫉妬の感情。
絶望している人間の心の中で、徐々に、徐々に、小さな闇が膨れ上がっていく状況と似ているか。
だから迷宮内では魔物が湧く。
だから迷宮内では魔物が育つ。
心の中の暗い闇が育ち、いつか耐え切れずに溢れだすように。
迷宮の中の魔物も次第に育ち――いつかは外へと溢れだす。
それがこの混沌世界のダンジョンと、魔物氾濫のメカニズム。
将来的な話。
迷宮から溢れだした魔物が他世界を飲み込む可能性もある。
そもそも人間も大陸神も分類が魔物だというのならば。
この世界そのものが、迷宮という可能性も……。
「おそらく――論文にしても荒唐無稽と、信じて貰えないのでしょうね――」
思わずつぶやく私の顔を、振り返った月の女神が睨み。
『んな、辛気臭い顔してんじゃねえよ! そろそろ最奥だぞ、最奥! いやあ、オレってば大活躍過ぎて信者たちも鰻登り、こりゃあ外道なる三女神よりも力を増しちまうんじゃねえか?』
「我が神、我が君よ。恐れながら……そのぅ、途中から映像は中断しておりますので……そのようなことには、ならぬかと……」
忠節の魔王の言葉に、月の女神はヤンキー顔を尖らせ。
『は!? なんでだよ! オレの大活躍はどうした!?』
「恐れながら、アレは……そのぅ、あのですな? お二方の行動に少々の問題があったかと……」
さすがに疲れ切った表情なのは、月の女神の駒たるこの魔王将軍が私や月の女神のやらかしを防いでいたからだろう。
なのでまあ……。
もっともな意見である。
私は多少、気まずそうに頬を掻き。
感謝と謝罪を込めた顔で、苦笑し。
「すみません、どうも止めてくれる方がいると――気が緩むといいましょうか。どうやら私は、こういった実験をしてみたくなってしまう性質のようで。いやしかし、今まで溜まっていた魔術理論の実戦データが取れて助かりました。感謝していますよ、忠節の魔王殿」
この機会に、様々な実験がしたいという好奇心を抑えきれず。
終焉の魔王グーデン=ダークから習得した”羊魔王の話術”を発動。
「あなたの制御能力と対応力はとても素晴らしい。可能ならば、もう少し魔術実験にお付き合いいただきたいのですが」
「あのぅ、レイド殿? 申し訳なさそうな顔をして、さらっと追加注文をするのは、些か……その」
「図々しいのは承知しておりますが、月の女神や私のやりすぎた魔術を調整し、この世界の魔術式内で破綻せずに制御するのは至難の業。しかしあなたはそれを可能としている、魔術制御の天才なのでしょうね。あなたほどに頼りになる魔王は他にいません。どうでしょうか?」
嘘は言っていない。
集団スキルもそうだが――彼は魔王の中でも、特殊な存在なのだろう。
その原理も今の私には理解できていた。
答えを渋る忠節の魔王の肩を、ゲシゲシと陽気に叩き。
『オレのレイドの頼みが聞けねえってのか!?』
「オレのでありますか!? もももも、もしや、ついに、ついに月の女神様にも生涯を共にする相棒が! うううう、運命の相手をお見つけになられたと!?」
『たりめえよ! こいつは絶対にオレのものにする、だから今のうちに恩を売っておくって寸法よ! やべえな、オレってば天才じゃねえか!』
どうして女神とはこう勝手なのか。
おめでとうございますと、手放しに喜ぶ魔王とはしゃぐ女神。
彼らをジト目で眺め、私が言う。
「言っておきますが、私は三女神以外を伴侶とするつもりはありませんよ」
『ん? まあ順番ってもんがあるからな、オレは愛人でも構わねえぞ?』
「そういう問題ではありません。正式な妻がいるのに他の女性に手を出せるはずがないでしょう……。それに、自慢するわけではありませんがこれでも私はエルフ王。妃以外の女性とのスキャンダルなど、いい笑いものになります」
『あぁん!? てめえは男だろう!? しかも王ってんなら女の十人、二十人、三十人と囲ってなんぼのもんだろうが! 違うか? 違わねえよなあ!?』
男ならハーレムを作れと抗議する月の女神の横には、魔王将軍。
その通りでありましょうなあ!
と、従者のごとく忠節の魔王がにっこりと頷き将軍スマイルである。
女神の機嫌を取りつつも、強面をわずかに動かした彼は言う。
「しかし、いったいレイド殿はどうやって我が神をここまで……言い方は悪いですが、手懐けることができたのですかな?」
「先ほども言ったでしょう。情報を提供すると決めたので、このような浮かれ女神になったのでしょう」
「いやいやいや、それだけではこれほどの浮かれ女神にはなりますまい。おそらくは、レイド殿は天性の女神タラシなのでありましょうなあ!」
カッカッカ!
と、豪胆に笑う魔王将軍であるが、いい機会だ。
このタイミングで私は聞いておくことにした。
「女神たらし呼ばわりは止めていただきたいのですが、まあいいでしょう。それよりも将軍殿、一つ宜しいでしょうか?」
「ん? なんですかな?」
「なぜあなたはムーンファニチャー帝国の加護を止め、月の女神の駒になられたのです? そして、何故、サニーインパラーヤ王国にそこまで害を成そうとしたのでしょうか。私にはその理由がどうもわからなくて」
問いかけに。
魔王将軍の動きは止まったものの――それは本当に一瞬。
すぐにボケた老人の声で、中年侍は首を傾げてみせていた。
「はて――いったい、何の話ですかな?」
「あなたはかつてムーンファニチャー帝国に存在していた、大陸神ですよね」
そう。
おそらくはこの男こそが、かつてはムーンファニチャー帝国のドワーフ達に魔術を授けていた存在。
そして、今現在、サニーインパラーヤ王国に魔術を授けている大陸神。
女神たちが作り出した自由の世界。
混沌の世界。
この世界に――。
大陸神を駒にしてはいけないなどというルールはない。
否定しようと魔王将軍が口を開く前。
月の女神の言葉が漏れていた。
『んだよ、気付いてやがったのか。さすがっつーか、抜け目ねえっつーか。まあその通りだよ、こいつは昔……大陸神だった男さ。なんで大陸神だった男が人間になってて、なんでオレの駒になってるのかは、さすがにオレの硬い口からは語れねえがな』
硬い口と言いつつ、もうほぼ全てを話してしまっている。
まあ彼女らしいといえば彼女らしいが、本人は真剣な顔でこれ以上は語らないとアピールしているので……私たちは頷き、そういう体で会話を続行。
「仕方ありませんな、たしかに我はかつて大陸神だった男ではありますよ」
口の軽い主人に、魔王将軍は僅かな苦笑を漏らしていた。
だが。
その頬に、憤りはない。
月の女神を敬愛しているのは事実なのだろう。