第149話 女神と魔王のダンジョン攻略
四大迷宮の一つは光のダンジョン。
天候属性は聖域。
幾重にも並ぶ柱が特徴的な、神々しい古代神殿である。
ダンジョン内は無臭。
讃美歌でも流れてきそうな、荘厳な空気に包まれている。
迷宮内だが空間が歪んでいるため、天井はなく。
ただ高い空が見える。
その高い天に輝くのは、魔力によって生み出されたダンジョン太陽。
偽りの太陽と無数の柱によって生まれる濃い影。
大理石を彷彿とさせる白い床とのコントラストは、まるで硬い鉄格子のようにも思えてしまうか。
そこに集う魔物は、全て並以上の魔物。
人類をせせら笑う様に浮かべているのは――冷たい微笑だった。
人類を敵とみなした、冷徹な天使の軍団を想像して貰えばいいだろう。
今もまた、彼らはこちらを眺めていた。
柱の奥。
斜陽の先に、こちらを窺う中性的な男女の魔物がいたのだ。
聖域属性のダンジョンを支配するのは、やはり光や聖なる属性を彷彿とさせる”彼ら”なのだろう。
人間の形を模した彼らを人類はこう呼んでいる。
”天使”――と。
まあ天使と言っても、あくまでも分類上の話。
それは神の遣いではなく魔物としての天使。
天使族だからと言って、本当の天使というわけではない。
仮に厳密に分類するとなった時。
神の遣いを天使と命名するのならば、私やプアンテ姫といった魔王が天使と呼ばれることになるだろうが――私はそう呼ばれたくはないと思ってしまう。
ともあれ天使姿の彼らは皆、高位の魔物。
一体だけでも並の冒険者ならば歯が立たず、上位冒険者でやっと戦いになるほどに強力。
簡単な城塞程度ならあの天使数体で、一晩もせずに落城できる戦力だと想像がつく。
そんな天使魔物たちは不遜な態度で私達を眺め、沈黙。
相手は魔術としての”鑑定”を使っているようだが、私にレジストされて困惑しているのだろう。
敵の警戒が強まる中。
空気を揺らさぬ小さな声で私が言う。
「鑑定ができない、つまりは自分よりも上位の存在と認めてくださり――戦わずに消えていただけるのなら話が早いのですが。まあ、なまじ高位の魔物ともなるとプライドもあるでしょうからね、外で降伏した中級魔物のようにはいきませんか」
言いながらも、道を進む。
ダンジョン探索は開始されていたのだ。
地図も完全に制作済み。
ダンジョンボスともいえる存在が逃げられないように、外界への通路も既に閉鎖済み。
大陸を壊さず魔物を殲滅させればいいだけの、簡単なおしごと。
迷宮のボスを倒しサイクルをリセットするだけならば、以前に魔王アナスターシャにしたような――裏技。
空間を封鎖し、いきなり最終階層に攻撃を仕掛け終わらせれば、一瞬なのだ。
そう。
……その筈だったのだが。
今回は同行者が二名。
この機会に月の女神キュベレーを少しでも更生させたいので、手間暇をかけているのである。
だから私は女神と魔王を引き連れて、ダンジョン内をトコトコトコ。
ヤンキー風な月の女神キュベレー。
そして彼女の駒たる魔王将軍を連れて、最初のフロアから攻略中。
こちらの状況は魔王城で待機し、四大迷宮を監視している我が側近――パリス=シュヴァインヘルトの魔術。そして豪商貴婦人ヴィルヘルムが用意した魔道具により、カタリカタリ。
映写機のような装置にて、サニーインパラーヤ王国の者たちにも中継されている。
女神の強さを測り、ギルド内の資料にするらしいが――はたして女神の姿を並の魔道具で撮影できるかどうかは、いささか疑問である。
まあ挑戦する事は悪い事ではない。
何事もトライアンドエラー。
ともあれ、私は外の人類にも女神の活躍を見せるつもりだったのだ。
魔王将軍もこの国のために戦っている場面をみせ、少しは月の女神の立場を回復させたいと思っているのである。
だが――。
不安なまなざしで振り返る私の目線の先。
赤い私の眼に映るのは、あきらかに暴走した女神様。
情報提供を受けられると聞いた月の女神は、気分一新。
逆に、元気になりすぎているようで。
そこにあるのは神々しい女神そのもの。
まあ、それは見た目だけ。
腕をぶんぶん、子供のように振り回し。
プリン色のように黒と金で分かれていた髪を、全開の満月色に輝かせ。
無限ともいえる、数えるのも億劫になるほどの弓を召喚。
『よっしゃ! じゃあ、こいつらを全部、力を抜いて、やさしーくぶっ倒せばいいんだよな!?』
「その通りに御座います、我が君! 我が神よ!」
従者然たる忠節の魔王も女神の気分に惹かれ、ニッカニカ。
強面に怖いほどの笑みを浮かべている。
月の女神に魔王として選ばれた彼が、いったいどういう人間なのかを私はあまり知らないが。
ともあれ――。
手にする邪杖ビィルゼブブを翳した私は、短文詠唱。
潮の満ち欠けも司る女神ダゴンの流れを汲んだ、即興魔術を発動する。
傾けた杖から魔術式が展開。
「月女神妨害魔術:【新月の始まり、引き潮の終わり】」
展開された魔術式が世界の法則を書き換え、効果を発動。
邪杖ビィルゼブブの先端から生まれたフナ虫の霧が、月の女神の弓を食らい。
ガジガジガジと空間から消去していた。
こちらは女神バアルゼブブの蟲の力を借りた魔術である。
満月に近い状態になっている月の女神の力に干渉。
強制的に力の弱まる新月の状態へと魔術を書き換え、女神の魔力をキャンセルさせたのだ。
妨害された月の女神が、くわっとギザ歯を覗かせ口を開き。
『おいこら、てめえ幸福の魔王! なにしやがる!』
「なにじゃありません、あなた――今の数の神の弓を放ったらどうなるか、計算もできないのですか?」
『おいおい、因縁つけるんじゃねえぞ、すかした優男。斜に構えて文句言ってりゃあ、賢く見えるとでも思ってんのか! ナハハハハハハ!』
「わ、我が君? いったい、どうなされたのです」
『どうもしてねえよ、バーカ!』
本気で上機嫌過ぎて若干、忠節の魔王が引いている。
長身の私と並ぶほどの魔王将軍が顔を傾け、私に耳打ちをし。
「(あのう……つかぬことをお伺いいたしますが、我が神はいったい、どうされたのでありますか?)」
魔王なのだから事情を知っていそうだが。
……。
まあこの女神だと、ろくに事情など説明していないのだろう。
別に情報を与えても問題ないと判断し、なぜか私が軽く説明を開始した。
「(……この世界を創りだした女神達にはかつて、恩人がいました。彼女達を助けた楽園と呼ばれる聖域の……まあ女神とはまた違う在り方の神がいたのです。女神たちはその恩人にとても感謝していたのでしょうね……なのでその恩人が他の神々に糾弾され……追放されたと知り、後から追ったらしいのですが――恩人を探している間に、まあ……色々とありまして。恩人とは会う事が出来ず、楽園も崩壊。そのまま幾星霜。女神たちは恩人を追い、様々な世界を彷徨っていたようなのですが)」
こちらの言葉の先を読んで、魔王将軍が言う。
「(なるほど、なるほど! それが夜の女神殿が持っているとされる、あの方と呼ばれる者の情報……。そして、その情報をレイド殿が提供してくれると知り)」
「(ええ、ここまで元気になったようですね)」
しかし、本当に大陸を破壊されても困る。
今の彼女はかなりの陽気を通り越して、ナチュラルハイになっているのだ。
しかも故意ではないだけに、実際に大陸を破壊してしまったら――今の彼女ならばきっと後悔をするだろう。
だから私は助け舟を出し。
「月の女神よ、ここは私がやりますので――どれくらいの力加減で大陸を壊さないか、調整してみてください」
『しゃあねえなあ! 今のオレ様は気分が良いっ、てめえの言う事を聞いてやんよ!』
ほら、早くやりな!
と、偉そうに胸を張る月の女神の目の前。
人間でも可能な現実的な範囲で、私は魔術式を組み上げ。
詠唱を開始。
「其は冥王の名を冠する者。回転せし電子を纏いし恒星。弾けし者、増えし者。汝は永遠の呪いを孕む憎悪の雲を生むだろう。我、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーが命じる。集え、集え、集え。我が眼前に破壊の平和を築き給え」
私の詠唱を聞き取ったのだろう。
魔王将軍が、驚愕の眼差しを向け。
「ア、アルティミックですと!?」
「無差別広範囲破壊魔術:【核熱爆散】」
人類が使えるとされる中で、最強とされる魔術を展開。
光の柱が、天使を巻き込み天を衝き……。
周囲全ての空間を捻じ曲げ、次元の狭間もねじり破裂音を……。
……。
そういえば、私は自分の力が最近になって急成長していることを、計算に入れていただろうか。
いや、いない。
そして私は思い出す。
そういえば私も、力加減は苦手だったのだと。
あ、これは大陸を消し飛ばすかもしれないと思った、その直後。
ぜぇぜぇと、肩を揺らしてアルティミックによって捻じ曲げられた空間、その破裂の力を抑え込んだのは月女神の駒。
魔王将軍だった。
そもそもが人類でも可能なレベルに加減をした魔術とはいえ、今の私の魔術を防いでみせたのは、さすがの一言。
伊達に魔王ではないという事だろう。
五十年前の騒動も、相手が話術や卑怯なゲリラ戦術を得意とするグーデン=ダークではなく、正攻法かつ、魔力で戦うタイプのプアンテ姫だったら――はたして決着はどうなっていたか。
私の中で評価の上がった忠節の魔王が、さすがに声を張り上げ。
「レイド殿!? 我が神に力加減をみせるのではなかったのですか!?」
「……何事もトライアンドエラー。魔王であっても失敗はするようですね」
すっとぼける私に、月の女神も大爆笑。
「ぶわははははは! てめえも失敗してるじゃねえか! おいおい、今のはウチの駒がいなかったらヤバかったんじゃねえかぁ?」
「ええ、助かりました」
『なんかすげえ楽しいなあ! てめえ、やっぱりあの人と似てるって、前だってこんな風に――』
言葉の途中。
月の女神はハッとした様子で、私の赤い瞳を眺め。
『いや、ないないない。そりゃあねえな』
「どうかなされたのですかな、我が神、我が君よ」
『なんでもねえよ、それよりもおめえやるじゃねえか! でも、いいのか? こっちの大陸も、あっちの大陸も、てめえは全部ぶっ潰したいんだろう? なんで、わざわざ防いじまったんだよ』
言われた魔王将軍は、僅かに唇を引き絞り。
そして、道化を演じるような声で言う。
「さて、なぜ守ったのか。そして、なぜ破壊したかったのか、それももう遠い遥か昔の記憶。これでも人間の魂としては既に限界に近い歳。エナジードレインで老体を誤魔化していても、脳が衰退してきているのでしょうなあ!」
この魔王将軍にも、まあ色々と訳があるのだろう。
彼の言う通り、この忠節の魔王の魂は老体。魔王であっても、不老不死だとは限らない。彼はおそらく、寿命でいつかは死ぬだろう。
プアンテ姫とて、エルフだから長寿なのであり年齢はちゃんと機能している。
グーデン=ダークは特殊な異世界の魔物だから、例外か。
忠節の魔王の事情を聞くべきか。
いや、しかし余計なお世話という事もある。
そもそも魂の経年劣化は真実だろう、だから本当に、もう覚えていないのかもしれない。
ともあれ、私達は迷宮を進む。
今度は月の女神が手加減をした一撃で、大陸を半壊させそうになったので――忠節の魔王が、緊急で防御。
次は私が再び加減を間違え、大陸の地脈を全て枯渇させかけたが――忠節の魔王が緊急でキャンセル。
彼が止めてくれるので、ついつい私と月の女神は限界ギリギリを狙った魔術を使い続け。
迷宮内を逃げ回る天使魔物を討伐、討伐、討伐。
こんなものを資料に残せるかと、パリス=シュヴァインヘルトの手により止められた映像を横目に――。
忠義に生きる将軍が、言う。
「……あのぅ、楽しそうに魔術を展開しすぎているお二人に、大変申し訳ないのでありますが。もう少しこう……学習などはしてくださらないのですかな?」
無理に決まってるだろう!?
オレは女神だぜ!
と、月の女神は本当に嬉しそうに、ギザ歯を見せつけ笑っていた。
忠節の魔王には悪いが。
まあ、これも彼女のリフレッシュのためである。
別に、止める魔王がいるついでに魔術実験をしようとしているわけではないが――。
私は月の女神と共に、新たな魔術を展開した。
月の女神は、キラキラキラと。
輝いていた。