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第148話 月女神との契約


 月の女神の話を聞きながらも、私は迷宮地図の作成を完了。

 既にダンジョン内の全ての情報を把握していた。


 月の女神は私の地図を覗き込み。

 空元気をみせるかのような笑みを作り、ヤンキー女神風にニヒリ!


『よっしゃ! ここから入って、ズバっと抜けて――迷宮ボスの頭をぶんなぐってサイクルをリセットさせりゃあいいんだな!?』


 んじゃあさっそくと、月の女神は上空に特大の魔力の弓矢を作り出し。

 構え。

 迷宮ごと射抜こうとしているので――私も同様の魔術式を展開し、魔術キャンセルの構え。


 同じ魔術式をぶつける事による相殺は完了。

 霧となった魔力の煙の中。

 私は露骨に肩を落とし。


「それほどの破壊力では迷宮ボスどころか大陸まで消滅してしまうでしょう。わざとやっていらっしゃいますか?」

『わざとじゃねえって! こう、敵を攻撃するにはド派手に一発かましてだな』

「大陸を吹き飛ばしたら損害賠償どころの騒ぎではありませんよ。おそらくは夜の女神ペルセポネに依頼し、死者の魂を維持……私が一人一人蘇生させていくことになると思いますが。あなた、その代金を支払えるのですか?」


 簡単に見積もってもこれくらいはかかりますよ?

 と、見積書と共に――通貨の概念が薄い女神でも支払えそうな、魔道具や魔導書、魔術理論の買い取り額を提示して見せるが。

 月の女神は目線を斜めに上げ、そのまま魔王将軍を振り返り。

 ぼそりと部下の魔王に耳打ちを開始。


『(な、なあ……これっていくらぐらいなんだ?)』

「(恐れながら我が神、我が君よ。いくらぐらいと言われましても、書いてある通りかと存じますが)」

『(バッカ! おめえ、それが分からねえから聞いてるんだろうが)』


 コントを繰り広げる忠節の魔王と月の女神に、私が言う。


「あなたがたが十年ほどまじめに毎日働き、女神や魔王にしか作れない魔道具を生成しつづければ払える額だとは言っておきます」


 月の女神は驚愕に顔を歪め。


『まじめに毎日働くって、バカか!? オレは女神だぞ!?』

「ならば大陸ごと吹き飛ばすなどというバカな手段は止めろという事です。だいたい、仮にそうなった場合――あなたが夜の女神に誠心誠意、頭を下げることになるのですが。あなたの性格上、それができるとは思えません」

『なら大陸を壊さなければいいじゃねえか!』

「だから、はじめからそう言っているでしょう」


 まるで狂人の相手をしているようだが、女神とはたいてい、こうした狂気を内包している存在でもあった。

 三女神も今は丸くなっているが、出会った当初は本当に……。


『なんだ、薄気味悪い顔しやがって――仏頂面のくせに笑ってやがるのか!?』

「……仏頂面でしょうか?」

『ああ、自分は全部悟ってまーすみたいな……いけすかねえ顔しやがって! あぁん? もっと元気な顔はできねえのか!?』


 狂人や、バカの相手は疲れるとまでは言わないが。


『いまてめえ、バカの相手は疲れると思いやがったな!?』

「そこまでは言っていませんし、思っていませんよ。まあ、多少近い感覚ではありますが……それよりも、お願いですからあまり騒動は起こさないでいただきたいのですが」


 今回の迷宮攻略も本来、私一人ならもっと簡単なのだ。

 しかしこれは月の女神の贖罪の一環。

 少なくともやらかし分を働かせて、周囲を納得させる必要がある。


 人類相手ならばともかく、他の女神達がもし何もせずに許された月の女神を見たら。

 ああ、なんだ。

 自分もやらかしてもお咎めなしなのかと、様々な混乱をまき散らすことは目に見えている。


 こちらの気苦労も知らずに、ギザ歯をニヤりと輝かせた月の女神は胸を張り。


『そんなのオレの勝手だろう?』

「仮に暴走して問題を起こしたあなたを滅するとなると、私が動かなければならないでしょう。しかし私はあまり、女性の神格をもつ存在を消滅させるのは好きではないのです」

『野郎なら簡単に消せるってか? っけ! それは逆差別だな、逆差別。てめえも男なら、女の顔をぶん殴ってオレの言うことを聞けって脅すぐらいしたらどうだ!? あぁん!?』


 ああ言えばこう言う女神であるが。

 私が言う。


「私はただ貴女が心配なのですよ、キュベレー」

『あぁん? なんだてめえ、このオレに惚れたか?』

「そうやって……虚勢を張り続けていないと、耐えていられないほどに疲れ切っているあなたを見ていると――こちらも少し、胸が痛くなってきますからね」


 私の脳裏に過るのは、記憶の欠片の奥にある景色。

 ”あの方”と呼ばれた男に拾われ、楽園に導かれた女神たちは心底疲れ切っていた。

 彼女たちは信者たちの勢力争いで負けた神。

 異教徒の神たる彼女たちは――悪魔や魔、邪悪といったレッテルを張られ、人々のその願いにより存在を歪められ、その性質を変えてしまった存在。


 だから、楽園に来た頃の彼女たちはとても、やさぐれていた。

 今の月の女神キュベレーのように、自分自身を貶めるような露悪的な態度をとる者が少なくなかった。


 その行動の本質にあるのは、構って欲しいという感情。

 誰かに癒して欲しいという感情。

 疲れた心を休めたいと願う感情。


 きっと、今の月の女神も”あの方”が消滅したかもしれないと知り、その心が荒んでしまっているのだろう。

 それを和らげる手段があるとするのならば――。


「……おそらくは、あの方と呼ばれた男は今、転生した状態で別の世界に生きているのだと思いますよ」

『……なにをばかな、根拠もなしに』

「根拠が全くないわけではありません――ですが、そうですね。私は蘇生と回復魔術の研究を百年ほど続けていたのですが、その際にいくつかの、外の世界から入り込んできた”逸話魔導書グリモワール”を目にした事がありまして……。いくつかの異世界神の記述の中に、あの方とおぼしき存在との接触の逸話がありました」


 短文詠唱で亜空間に接続。

 白き雄鶏と黒き雄鶏が描かれた、一対の魔導書を取り出し。

 該当のページを示し。


「あの方と呼ばれた男は楽園を滅ぼした後……友となっていた魔狼と共に楽園の跡地を去り……、旅に出た。その旅の中で、男は自分が蒔いた失敗に気付いたとされています。それは人類に対して魔術を授けてしまった事。神に魔術を授けたことを後悔したように、人類に魔術を授けたことを悔いたのです。なぜなら人間も神と同じ……魔術を得たことで増長してしまったようなのです。人間たちは魔物を迫害しました。それはただの虐殺であったとされています、あの方は優しいとされていましたからね――きっと、魔物にすら手を差し伸べたのでしょう。彼は迫害されていた多くの魔を集め、救い、その命を守ることを決めました。故に、彼はこう呼ばれるようになったとされています。魔を統べる者……すなわち魔王となった――と」


 女神の唇が。

 蠢く。


『あの方が……魔王に』

「本来なら魔王とは、あの男を示す言葉であり、魔王はただ一人。ですが、この世界は例外的に魔王が存在する。あなたたちの作り出した混沌世界が、それだけ特殊だという事でしょうね。本来ならば唯一の存在だった、あの方は……魔猫や魔狼、魔鶏に癒され、その深い心の傷を癒したと、この書から読み取ることができます」


 あの方の記述。

 あの方の情報が記されたページを開き。

 赤い瞳の、髪の色こそ違うが、私とよく似た男を指さし。


 私は言った。


『彼こそが”始まりの魔王”、私はそう呼ぶことにしました』


 それは魔術の始まりにして。

 多くの異世界に影響を与えた――。

 心の優しすぎた、とても愚かな男の仮の名だった。


 月の女神キュベレーは私の手にする、魔鶏について書かれた魔導書……。

 始まりの魔王の部下たる三大幹部、三獣神の一柱の伝承を記すグリモワールに手を伸ばすが。

 私はそれを結界で防ぎ。


『私は――夜の女神ペルセポネの駒、終焉の魔王グーデン=ダークの目的を果たす助力をする見返りに、外の世界の情報を入手する契約を交わしています。もしあなたがまじめにこの大陸や、ムーンファニチャー帝国での一件に真摯に取り組むのでしたら――いいでしょう。羊魔王から入手した情報の中から、あの方と呼ばれた男に関しての情報を提供しても構いません――どうしますか?」


 女神は瞳を輝かせた。

 これでいい。

 これで、おそらくは彼女にも希望が生まれる。


 楽園を滅ぼした始まりの魔王が、迫害された魔物を助けるため。

 絶望の底から這いあがったように……。

 少しの希望が、人に生きる意味を与える事もある。


 女神とて、それはきっと。

 同じだろう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 前作までと毛色は異なる本作ですが、やはりこれまでの作品と同様に、優しいのですね。
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