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第147話 漏らした本音の重さは――


 時は魔導契約を結んだ日から一週間後。

 場所は大樹と化した魔物の森を掻き分けた、奥地。

 山の麓にある瘴気に満ちたエリア。


 大地を巡る魔力の吹き溜まりとも呼べる地帯にある亀裂こそが、ダンジョンの入り口だった。


 盟約に従いダンジョン攻略をすることになり、行動開始。

 魔物氾濫が発生するほどにダンジョンサイクルが進んだ場所は四か所。

 小規模な迷宮は、既に私の植物化魔術に恐れをなして沈黙――迷宮内にはまだ強力な魔物が存在しているが、小規模迷宮からは外に溢れる事はなくなっているので後回し。


 まずは再び魔物の氾濫がおこりそうな、大きな四つの迷宮の攻略が必須となり――。

 人数を分散。

 少人数での、突入直前状態になっているのだが。


 騒動の張本人ともいうべき月の女神は、樹々の隙間から入り込んでくる木漏れ日に、プリン髪をテカテカと揺らし。


『ひゃぁぁぁぁ! ダンジョンサイクルが進んだ迷宮ってのは、こんなになるんだな! オレもここまで酷ぇのは初めて見たぜ!』


 他人事のようにケラケラケラ。

 こちらのメンバーは主に三人。

 監視者として同行する白銀王たる私と、五十年前の事件の当事者の一人である月の女神キュベレー、そしてその魔王たる侍の上位職と思われる将軍。


 将軍が強面中年顔の顎を掻きつつ。

 渋い声で言う。


「まあ攻略できずに放置されていた場所でありますからな、中級魔物が追い出され外界に溢れるほどの規模となれば! このような極悪な迷宮になったとしても不思議ではありませぬな!」


 カッカッカ!

 と、中年侍たる魔王将軍も他人事のように笑っている。

 正直、どうみても彼らの性質は悪側……存在を人間にとっての”善と悪”に無理やりに分けるとしたら、悪側の存在となるだろう。

 まあ神とはわりと、人類に対してはそういう危険な存在だが。


 外に在りながら迷宮内の地図を作りながらも、呆れを隠さず私が言う。


「あなたがたは、なぜそのように他人事なのですか」

『あぁん? 他人事だからに決まってんだろう?』

「五十年前の騒動の原因はあなたにある。魔王たるその男を使い――この国の民を扇動、ドワーフを狩らせていたのは事実なのでしょう?」

『まあ――夜の女神との小競り合いに、人類を巻き込んじまったのはやりすぎたかもしれねえなぁ……とは思ってるが』


 目線を逸らしながらなので、そこまで本気ではないようだ。

 まあ狩猟の女神としての性質もあるらしい月の女神からすると、夜の女神との勢力争いのついでに狩りを楽しんでいたのだろうが。


「あなた一人がそうではなく女神全体の問題といえそうですが――どうもあなたがた女神は、自らが作り出したこの世界と人類に対しての愛が、欠けているように思えますね」

『そりゃあ意志を持ち生きている存在のサガってもんだろう。だいたい、人間だって家畜を育て、家畜を殺し糧としてやがるだろう? それだって家畜にとっちゃひでぇ話じゃねえか。だが人類様はこう言うだろう? オレたちが食べるために作った家畜だ、乳を搾るために作った命だ、食料にして何が悪いって、な』


 面倒な話をしだしている。


「まるで中学生ですね……」

『中学生?』

「若き学生という事でありますよ、我が女神よ」


 魔王将軍に耳打ちされ、月の女神キュベレーはなにやら勘違いをし。

 地図を作製する私の肩を、心底嬉しそうに叩き。


『マジか!? オレが若く見えるってことか!? んだよ! 褒めたいなら褒めてえって、最初から言いやがれってんだよ!』

「はぁ……あなたは何事も前向きですね」


 悪い意味で女神アシュトレトのようである。


『女神なんて生き物は、大抵は楽観的なんだよ。なにごともポジティブに、それが楽園で取り決めたオレらのルール。ま、オレたちがどこか破綻した存在だっていうのは、分かってるさ』


 月の女神キュベレーは、遠くで逃げる、鷹に襲われる小鳥の姿を目で追って。

 威厳ある女神の声で語り始める。


『――家畜は生きるための糧として作られた存在だ、けど、人類はその命を弄んでるわけじゃねえ。感謝して喰らっている。感謝して、その皮を剥ぎ――なめして革にする。彼らの子孫を財産として管理し共生する。命の存在理由が己が分身、つまり子孫を残すためにあるのなら家畜は逆に人類を利用して、目的を達成しまくってるってわけだ。まあ家畜の方は感謝なんてしてねえだろうが、人間は違う。家畜がいねえと布も肉も栄養も手に入らねえ、だから人類は家畜に感謝をし、大切にその命を育ててるってな』


 中学生よりは少し上の発想か。

 女神は小鳥を狙い駆ける鷹を指さし――見えない弓矢で一撃。

 小鳥を助け、鷹を亜空間に収納し――。


『だが、オレたち女神は違う。全員が全員、そうってわけじゃあねえがな。女神は人類じゃねえからな……この世界だって、あの方を追っても見つからずにいた、失意の果て……無聊の慰めに生み出した暇つぶしの遊び場。本音を言うとな、オレは誰も愛しちゃいねえんだよ。この世界も、人類も、命も……すべてな。ただオレが愛したのは、オレを救ってくださったあの方だけ。ああ、ちくしょう、どこでなにをしてるんだろうな……あの方は』


 私が言う。


「探すのを諦めたのですか?」

『そうじゃねえよ、だが――いつかのタイミングで、あの方の気配が完全に消滅したのさ。誰に殺されたのかは知らねえけど、おそらくは負けちまったんだろうな。それまでは、確かにどこかにいるって気配だけはあったから、それが逆にな。逆に……ああ、あの方はもういないんだって思っちまってさ。なんかオレの中で、糸が一本切れちまって……あの方がもういねえなら、オレももう死のうかって、考えちまったぐらいでな。でも……あの方は自分で死ぬ事をきっと、許さない。だから、オレはこの世界で遊んだ。ああ、いっぱい遊んだぜ』


 月の女神キュベレーは髪を掻き上げ、思い出を辿る様にゆったりと瞳を細め。

 そっと、伸ばした腕の先で手を握り。

 届かず、掴めぬ――木漏れ日の奥の太陽を眺め。


『もう、十分遊んだ。じゃあ死ぬか! って、疲れ切ってた時に――知っちまったんだよ。夜の女神のあのババアが、なんか知らねえが異世界の存在と契約をして、”あの方”の情報を入手したようだってな。オレは頭を下げて教えてくれ、教えねえならぶっ殺すって誠心誠意、お願いしたんだぜ? けど、あいつは頑なに教えてくれなかった』


 ……。


「ぶっ殺すは誠心誠意なのですか?」

『このキュベレー様が頭を下げるんだぞ? 誠心誠意だろ』


 その通り、と魔王将軍が横で頷いているが。

 まあ……女神はわりとこういう所があるので、いちいち突っ込んでいてもきりがないか。


「なるほど――それがきっかけで起こったのが」

『ああ、五十年前の騒動。オレはあの方の情報が欲しくて、戦いを挑んじまったってわけだよ。ま、昔からあいつの方が強かったからな、結果なんてわかりきってたんだ。だが、自分の感情にオレは逆らえなかった。あの戦いの裏にあったのは――あの方を、諦められなかったオレの未練。ただそれだけの話だってことだ。これが幸福の魔王レイド。てめえが聞きたがってた、あの戦いの本当の意味ってやつだよ』


 自分の感情を吐露した女神は言った。


『オレはこの世界どころか、もう誰も愛しちゃいねえんだ。だから、本当に悪いとは思うが……言葉としては矛盾してるが、本心から、この世界に関してオレはなにをしても悪いと思えないんだよ。どうでもいいんだよ、ここは。この世界は。ああそうさ――ただ遊ぶために生み出した、八つ当たりの場所だ。もうオレは、女神としてもこの世界に生きる創造神としても、終わっちまってるんだろうよ』


 あの方がいない世界なんて。

 クソだ。

 もう全部がどうなってもいいだろうよ――と。


 自暴自棄な笑みを浮かべ。

 女神は私を振り向き言った。


『疲れちまったんだよ、オレは――あの方がいない全てに……』


 静かな森の中。

 女神の自嘲が、むなしく空へと響き渡っていた。

 おそらくそれは、彼女の漏らした本音だった。

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