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第145話 【静かなる魔物之森】―サイレント・フォレスト―


 魔導契約の細かい内訳は調整中だが、大きく変更は起こらないとして契約は完了。


 サニーインパラーヤ王国に助力をする私。

 フレークシルバー王国の代表――。

 白銀王こと、魔王レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーは盟約に従い行動。

 大陸の民の安全を確保するため、王自らが動いている真っ最中。


 ダンジョンから溢れた魔物に襲われているサニーインパラーヤ王国。

 そのダンジョン攻略を行う前に、この国のために魔王の力と安全性をアピールする意図もあり、大々的なデモンストレーションを行う事になったのだ。


 具体案は極めてシンプル。

 ダンジョン外にまで広がった、大陸を襲っている中級魔物たちを一掃するため、大規模な魔術を発動するのである。

 この地を蔓延っている魔物たちには、風の勇者ギルギルスの助力を得て既に警告済み。


 降伏勧告に従った魔物は一割ほどだった。

 それでも大陸全土ということもあり、万単位の魔物が私の軍勢に下っているのだが――。

 正直、予想よりはるかに多い数の魔物が降伏をしていた。


 この世界の迷宮の魔物とは基本的に、言語をあまり理解しない破壊と殺戮衝動に駆られた存在が多い。

 女神の知識の影響か――魔物といえば理性のない類の神話の怪物。それこそゲームにでてくるような、ただ人類を殺し、人類に殺されるだけの存在という側面が強いのだ。

 なので魔物のほとんどは私の降伏勧告に耳を傾けないと思っていたのだが……。

 魔王としての私の力が成長しているせいだろう。


 一万以上は、さすがに多すぎる。


 まあ魔王城には女神ダゴンが得意フィールドとする次元のはざま。

 具現化された無ともいうべき、言葉としては矛盾した無限の亜空間が存在する。

 魔物の国を作ることとて難しい話ではないが。

 それもどうなのだと、保留。

 魔物とはいえ、降伏してきた者を殺すわけにもいかず、彼らは今、魔王城の別室に隔離中。


 女神は多くの人間たちの前という事もあり、全員が一度姿を消している。

 まあもちろん、女神アシュトレトが所有する空中庭園からこの光景を見ているのだが――夜の女神と月の女神も空中庭園で五十年ぶりの再会となっているようだ。

 あちらはあちらで女神同士の話し合いもしているようだが。


 ともあれ。


 遥か遠くまで眺めることができる砦の頂上。

 魔物の魔力と瘴気に覆われ、暗雲垂れ込める滅びかけたサニーインパラーヤ王国の展望の前。

 昏き天に包まれる大地の舞台。


 多くの文官や武官。

 巫女や僧侶や、侍や狩人。

 そして冒険者ギルドから派遣されて来た監視者という名の、私の側近、無精髭エルフの正体を隠しているパリス=シュヴァインヘルトが見守る中。


 魔王たる私は魔力風に白銀の髪を揺らし。

 赤い瞳に光を走らせる。

 邪杖ビィルゼブブの石突きで、タン――と砦の硬い床を叩き。


「それでは――契約を履行しましょう。この瞬間より、あなたがたサニーインパラーヤ王国の民には、ムーンファニチャー帝国へ攻め入った件への賠償や謝罪に関しての義務が発生しますが――よろしいですね?」


 最終確認である。

 新たな王となったアサヌキはまだ魔物に襲われている土地、ということもあり、忍者の正装である全身黒ずくめのまま。


「義務を承諾いたします。どうか――我が国の危機をお救いくださいませ、エルフ王陛下」

「正式な契約はこれにて完了。では、始めます」


 砦の風を受け。

 前髪を揺らした私は、邪杖ビィルゼブブを翳し。

 世界の法則を捻じ曲げるべく詠唱を開始。


 魔力ある声が紡がれる。


『塵は塵に、灰は灰に――全ては主の生み出せし大地に帰依する輪廻の一欠けら。塵は灰に、灰は土に、土は植物へと移り変わらん。ならば、この地を巣食う魔とて、灰となり植物となることもまた同義なりや』


 この世界の創造神は、楽園から堕天した女神達。

 全ての命、全ての魂の源流にあるのは女神の力なのだ。

 だからこそ――全てのモノの原初を辿れば、同じ。

 女神のまりょくへと帰るのだ。


 この世界を構成する全ての現象は女神から離れた物質であり、女神から離れた力がどう再構成されたかに過ぎない。

 それを詠唱で再定義し。

 女神たちがこの世界を創った物語を神話と捉えることで、私は神話を再現する魔術奥義:アダムスヴェインへと理論を繋げ――。


『魔物は塵に、塵は灰に、灰は土に、土は魔力を糧に植物へと成り代わり――そして植物は命を宿す大樹へと実らん。さあ、聞くが良い――拝謁せよ、拝聴せよ! 女神の世界に生まれし今を生きる神話たちよ! 汝らの名と身分を再構築せし者の名は、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。混沌世界を観測する聖者の一片、幸福の魔王なり!』


 名乗り上げの詠唱の直後。

 邪杖ビィルゼブブの先端から解き放たれた極大魔法陣が、サニーインパラーヤ王国全土を覆いだす。

 対象は、ダンジョンから溢れたすべての魔物たち。

 降伏勧告に従った魔物は既に回収済み――故に、遠慮をする必要は皆無。


 魔術名が世界に刻まれる。


『神話再現アダムスヴェイン:【女神偽典:静かなる(サイレント・)魔物之森(フォレスト)】』


 杖から生み出された魔法陣が、天を覆い地上に向かい降下。

 効果範囲内にいた、全ての対象を大樹――つまり植物へと作り替えていく。

 効果は対象を分解し、樹へと再構築。

 つまりは――。


 私の魔術を眺めていた終焉の魔王グーデン=ダークが、羊毛を縮め。

 ぶるり。

 羊の耳をバタりと震わせ。


『全ての対象を植物に生まれ変わらせる。つまりは範囲即死魔術……でありますか。うへぇ……なんともエグイ魔術……でありますねえ』


 神妙な顔で魔術を眺める羊の横。

 冥界神ヘンリーは足元が植物になりかけているグーデン=ダークをじっと眺め。


「おい、饕餮ヒツジ。おまえさあ――足から苔が生え始めてるけどいいのか?」

『はい? コケ? 吾輩は毎日きちんとブラッシングを……って!? なんですかこれは!?』


 ゲゲゲっと慌ててレジストしようとするグーデン=ダークを眺め。

 私の口は、あっ……と少し間の抜けた声を上げていた。


「失礼しました、そういえばこの大陸のダンジョン外にいる”降伏していない魔物”を対象としましたから――魔物に分類されていて、なおかつ別に主人ある身として半分ほどしか降伏していないあなたも対象となってしまったようですね。まあ以前、あなたは降伏を示していたので……コケが生えただけで済んだようですが」

『お待ちなさい! 幸福の魔王!』

「はい、なんでしょうか。グーデン=ダークさん」


 すっとぼける私に、メメメメメェ!

 ぷんすか起こるグーデン=ダークは額に青筋を浮かべ、羊毛に浮かんだコケを落としつつ。


『なにを誤魔化しているのです! もし吾輩があなたの魔導書欲しさに全面降伏していなかったら、これ! ワタクシも魔術の完全対象! この大陸全土で森と化しているあの魔物たちと、同じことになっていたのでは!?』


 グーデン=ダークがゆびさす先には、樹木と化した元魔物たちの大森林。

 どうやら生きた年齢によって、その大きさも違うようだが。

 私は全滅した魔物と、コケを落とし憤慨しているグーデン=ダークと交互に目をやり。


「……もしあなたが樹になっていたら、きっと、羊のなる伝承の樹……”バロメッツ”になっていたのでしょうね。おそらくは実際には存在しない神獣の亜種となるでしょうし、あなたのご主人も喜ばれるのでは?」

『はぁ……我が主ナウナウ様なら本気にしかねないので、そーいう冗談はおやめください』


 バロメッツとは、本当に地面から生えた羊そのもの。

 ウールしか知らない――綿花や木綿を知らない文化圏の人間が、植物からふわふわの綿を採取できるという話を勘違いし――羊が生える樹を想像してしまったらしいのだが。

 それを絵にすると地面から生える羊”バロメッツ”なのである。


 しばし私は考え。

 即興で魔術を構成。

 この魔王との付き合いも少し慣れてきた、ならば機嫌を取る方法も思いついてしまい。


 魔術実験をしたいという事もあり――構成した魔術を展開。

 グーデン=ダークの横の空間、砦の土レンガの隙間に生える雑草を対象にセット。

 短文詠唱。


『神話改竄アダムスヴェイン:【羊毛生える(ウール・ド・)黄金綿花(バロメッツ)】』


 バロメッツの伝承をあえて曲解。

 神話を再現する魔術奥義アダムスヴェインを発動。

 砦の隙間から、黄金の羊毛をモコモコに生やした黄金バロメッツを創生してみせる。


「さて、これをあなたの主人に献上すれば――少しは点数も上がるのでしょうが。これでお許しいただけませんか?」

『幸福の魔王レイド様。どうかこのグーデン=ダークをあなた様の犬とお呼びください』


 欲望に忠実な羊である……。

 バロメッツを受け取ったグーデン=ダークは、ニンマリとフレーメン顔の笑み。

 転移魔法陣が一瞬にして形成されていた。

 即座に主人に向かい、神獣を献上したようだ。


 主人からの命令を一つ遂行できたからか、ウキウキに踊り始めたモコモコなグーデン=ダークの横。

 やりとりを見ていた冥界神ヘンリーが言う。


「いや、おまえさあ……なんか寸劇みたいになってるけど、やってることがちょっと常識外れ過ぎるというかさあ。生命の創造に、実質的な大量即死魔術に転生の奇跡。どれも外の世界でも神以上の存在が使える、ごく一部の上澄みの御業。この世界の魔王って話だけど……ぶっちゃけ、かなり異常すぎるんだよ」

「異常、ですか」

「だっておまえ――考えてみろよ。こんな奇跡はそこで踊ってる饕餮ヒツジにだって、今は空中に浮かんでる変な大陸に連れていかれた、魔王将軍だってできないだろう? 同じ魔王、女神の駒っていうが一人だけ規模が違いすぎる。これでも本物の冥界神であるボクを呼ぶことができることだって変だろう? ――おまえ、なんなんだよ」


 私はしばし考え。


「まあ、グーデン=ダークさんの主人である夜の女神や、あの月の女神は魔王を一体だけ用意し、一体の駒に力を授けました。けれど、私は三柱の女神からそれぞれ力を授けられ、一体の駒となっています。女神が三人分ですからね、基礎スペックにも違いがあるのかもしれません」


 実質的な力の差はこの影響も大きいだろう。

 嘘は言っていない。


「まあ……異常だって自覚してるならいいけどさあ、いや良くはないか。とにかく、あんまり逸脱した魔術を使ってるとどこかで必ず破綻がでる。新しい魔術を思いついたからって、そうポンポン使わない方が良いと思うんだよねえ、ボクは。まあ、これはボクの師匠をみてきた反面教師だけどさ……。んで、今からのはボクからの経験則だから、よく聞けよ? できるからってなんでもやっちゃうと、いつかは無理がでるもんだ。ほどほどにサボることも覚えなよ」


 ようするに。


「サボるのがお得意なのですか?」

「まあ引きこもりにかけては一流といっても過言ではないね!」

「え? あの、まったく褒められたことではない部分を自慢げに言われても、反応に困るのですが……」


 少し引き気味の私に、苦笑で目の下のクマを細める冥界神は言った。


「物は言いよう、全ての事象は考え方次第。人生なんてさあ、言ったもん勝ちの楽しんだもん勝ちなんだよ。もっと肩の力を抜きなよ、幸福の魔王さん」

「肩の力をですか」

「そうだ、手抜きってやつを覚えないと、次も同じ失敗をするだろうよ。まあこの人たちは救われたんだろうけどさ、でも見てみなよ、これ。もう、きっとあんたは対等には扱って貰えないだろうね」


 告げた冥界神の後ろには、平伏する人類の群れ。

 私は先ほどの魔術で、大陸に氾濫していた魔物を全て植物化。

 つまりは殲滅したのだ。


 それも一瞬で。


 その奇跡は、絶体絶命だった者たちだからこそ、強く心に残ったのだろう。


 だから。

 文官たちも武官たちも。

 冷静そうだった女狩人も、新しい国王アサヌキも――そして引きこもっていた筈の元王族たちも。

 皆が皆、私に頭を垂れ――妄信するように、頭を下げ続ける。


 まるで――。

 そう、まるで。


 神に向かい祈るように。


 死者たちを見るような顔で彼等を一瞥し、冥界神ヘンリーが言う。


「やりすぎたんだよ、あんたは――もう、こいつらの中じゃあ魔王レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーは神そのもの。仮にだ。たとえどれだけ間違っていようが……一切の反抗も、否定もしなくなっちまっただろうね」


 平伏す者たちの横で、グーデン=ダークは陽気に踊る。

 冥界神ヘンリーもグーデン=ダークも私の力に感心や畏怖は抱いても、態度はあまり変わらない。

 それなりに力のある獣神と冥界神だからだろう。


 けれど、他の者は――。

 兄であるからこそ、クリムゾン殿下は変わらない。

 昔から知っているからこそ、監視者として見張っているパリス=シュヴァインヘルトも変わらない。


 しかし――。

 サニーインパラーヤ王国の者たちは、もはや私を真正面から見ることはないのだろう。

 彼らのステータス情報。

 その信仰欄、彼らにとっての神の欄には――私の名が刻まれていた。


 皆が皆。

 私を神だと平伏し始める。

 それはとても寂しいことだと、私は知っていた。


 おそらくはもう。

 伸ばす指も言葉も、平伏す彼らには届かない。

 もう、彼らには二度と――。


 私は……。

 高まりすぎている力のコントロールを覚えるべきなのかもしれない。

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