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第144話 幸福による支配


 あの日、サニーインパラーヤ王国に顕現したのは、エルフ王こと私。

 幸福の魔王、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。

 既に崩壊寸前の国家を相手に、私はとある契約を完了しようとしていた。


 国家間の契約という事もあり――。

 契約内容の細かい調整は、私の頼れる兄クリムゾン殿下が担当。

 眉間に硬い皴を刻みながらも、魔力操作をする兄の手はサラサラと魔道具としての契約書を作成している。


 狭い部屋が似合わぬ王族たるクリムゾン殿下が、紅蓮の髪を砦の薄暗い照明に反射させ。

 分厚い書類を項目ごとにわけつつ、交渉テーブルに陳列。

 政務を執り行う王族の顔で告げていた。


「――概要はこのようになっている、多少の変化はあるだろうがこれがほぼ正式な取引、及び契約内容となるだろう。多少、厳しい内容となっているだろうが――そちらの非道を考えれば、これでもかなりの譲歩をしていると理解していただきたい。きちんと中身を確認してから同意の魔導契約を行っていただく。宜しいだろうか、サニーインパラーヤ王国新国王、アサヌキ殿」


 言われたのは、全身黒ずくめの襲撃者だった男。

 五十年前の政争で負けたらしい王族の、アサヌキである。

 そう。

 ほぼ全ての王族が責任から逃げているので、代表の神輿へと担がれたのが――末端ではあるが王族の彼だったのである。


 これは文官たちの推薦でもある。

 魔王である私と面識があるという点を含め、今現在、まともに動ける王族となると――もっとも現実的な解決策だったのだろう。

 内容に目を通したアサヌキが言う。


「感謝いたします。そして、内容も承知いたしましたが……」

「どうかなされたのか? 不備や懸念があるのならば契約の前に擦り合わせをしておきたいのだが」

「いえ、クリムゾン殿下……」


 アサヌキは言葉を探すように目線を動かし。


「契約内容に不備などございません、むしろ、こちらの民について最大限の配慮をしていただいているので……感謝しかないのです。ただ、困惑しているというべきでしょうか。突然、衰退した一族たるこのわたしが新たな王などと……。本当に、いいのだろうかと」

「なるほど、もっともな懸念だが――他になれる者も、なりたい者もいないのだ。消去法というと失礼にあたるやもしれぬが、人材がなければ当然の結果ともいえるのではあるまいか」


 まあ死の可能性が高い遠征に使われるほどの男が、いきなり王にと文官や逃げ腰の王族から指名されたのだ。

 本人だけではなく、民もこの話を聞けば混乱はするだろう。

 もっとも、アサヌキは私と行動を共にしこの国の救助活動を行っていた。

 難民となっている魔王城の命たちも、アサヌキの行動は目撃している筈。


 動かぬ無能な王よりも、動いていた王族のアサヌキを支持する声は多いだろう。

 クリムゾン殿下が瞳を細める。

 引きこもり立てこもっている元国王の部屋を、魔力を眺める瞳で一瞥し――。


「それに、我が弟は不慮の事故による失敗や失態にはかなり甘いが、故意による罪にはかなり厳しいからな。おそらく、あの部屋で自分は悪くないと喚き散らしている無能が王を継続するとなれば、そちらに甘すぎるこのような契約書を作りはしないだろう。消去法ではあるが、弟は貴殿を評価し――この国の救済を決めたのだろうさ。魔王の目に留まった、それは紛れもなく貴殿の行動の成果だ。誇りに思うがいい」


 兄の目からのアサヌキの評価は、そう悪くないようだ。


「わたしはまだ、なにも――」

「――弟には未来視、つまり未来をある程度見える能力があるようだからな。これからの貴殿の行動を評価しているのだろう」

「未来を見る能力、でありますか」


 私を褒めるかのような兄クリムゾン殿下は涼しい顔をしつつも、なにやら少し自慢げだが。

 目線で振られたので、私は曖昧に苦笑し。


「自分で制御できていないので――見る、というよりは見えてしまうという方が正しいでしょうがね。ただ、今見えているあなたの未来も、あくまでも現時点で観測した未来。これからの行動によっては変わってしまう可能性がかなり高い、過度に不安になれとは言いませんがあまり安堵や、楽観視していいというわけではない、とは忠告しておきますが。いったい、何が不安なのですか?」

「もし、わたしも他の王族のように道を踏み外したらと思うと。少々、こわい、というのが本音なのです」


 男の指は、震えていた。


 クリームヘイト王国のピスタチオ姫がそうだったように。

 急に王となった者は、やはりこのように不安を抱くものなのだろう。

 ただ、私も不意に王となったが――そこまでの不安はなかった。


 私はおそらく、この世界でも異質なのだ。


「もし、あなたが道を踏み外したら――魔王を失望させたとして女神達よりその命が摘まれるだけの話。そうはならないと思いますが、仮にあなたが暴走したとしても、安全装置は繋いである状態にありますよ。ドワーフ達を狙ったあなたがたを、私はそこまで信用しているわけではないですから」


 信用していないとあえて強調する。

 失敗しても介錯は神が行う。

 つまりは後始末は任せろという私の言葉に、覚悟を決めたのだろう。


 新たな王は、頭を下げ。


「ご期待に沿えられるよう、精進いたします」


 文官達の承諾も得て、新しい国王により契約書にサインが刻まれていく。


 かなりこちらが譲歩した内容なのだが、それには仕方のない事情があった。

 冥界神ヘンリーが言った通りこちらが折れるしかない案件であり、私が折れなければサニーインパラーヤ王国の民が犠牲となる……という、ある意味で無辜なる命を人質に取られている状態なのだ。

 これで無法者たちならば気にしないのだが、民の方は幸か不幸か善良な者が多かったのだ。

 なので。

 本来なら行うはずの条件決めの駆け引きは、かなり省略している。


 契約内容は大まかに二つ。


 一つは救済。

 サニーインパラーヤ王国を立て直す、その助力をする事。

 二つはその代償。

 助力する代わりに、ムーンファニチャー帝国侵略騒動に対しての責任を国家としてとる事。


 具体的な救済方法は、単純。

 ダンジョンサイクルが繰り返され、手が付けられなくなった全ての迷宮攻略にある。

 様々に問題のあるこの国だが、凶悪になりすぎたダンジョンこそが魔物氾濫の原因であり、この国家を滅ぼす直接的な原因ともなっている。

 ダンジョンが無くなることはないが、強くなりすぎたダンジョンサイクルをリセットし、脅威を取り除くという手段はとても単純で分かりやすい解決方法だろう。


 もっとも、目的はこの国のためだけではない。

 終焉の魔王グーデン=ダークの目的は、珍しい神獣の回収にある。

 どのような契約になっているのかは知らないが――ダンジョン内の神獣を回収させたいと、夜の女神からの要請も入っているのだ。

 グーデン=ダークからあの方に関してや、外の世界に関しての情報を聞けることが見返りではあるのだが――その件に関しては、正直もう私はあまり興味をもってはいなかった。

 まあそれでも、女神アシュトレトによるとダンジョンに珍しい神獣の気配があることは確からしい。外の世界とのコネを持っているグーデン=ダークに恩を売っておくことは、そう悪くはない取引と言える。


 夜の女神には、五十年前の月の女神との戦いについて訊ねたいことがあるのだが。

 ともあれ。

 国を立て直すための助力は、もう一つあった。


 具体的にいえば、冒険者ギルドへの再加入。

 その仲介を第三者たる私が行おうという流れである。


 確かに強力になりすぎたダンジョンを攻略し、一時的に平和を取り戻すことは可能だが、それで終わる話ではない。

 平和を維持するには定期的なダンジョン攻略が必須となる。

 大帝国カルバニアがそうであったように、まともに機能する冒険者ギルドの助けは必ず必要となるのだ。


 まあ、一度除名された国だ。

 ギルド組織の復帰には、かなりの金が動くことになるだろうが――そこはこれから数十年単位で稼いでもらうしかないだろう。


 ギルドの再加盟に関しては、実は既に側近のパリス=シュヴァインヘルトが手を回し、ギルド内の風向きを調整済み。

 ようするに根回しが済んでいるので、問題なく履行されるだろう。

 サニーインパラーヤ王国には危機感を持ってもらいたいので、まだほぼ確定だとは連絡をしていないが。


 その代償にとこちらが要求したのは、ムーンファニチャー帝国への謝罪と賠償金。まあ国家が既に滅びかけている状態だ。

 支払いはすぐにではなく国を立て直してから――。

 と、現実的な条件の擦り合わせを、クリムゾン殿下が行っているというわけである。


 まだ先の話であるが、支払いの目途も実はもう立ち始めていた。


 兄が目をつけたのは、ドワーフ達から奪っていた素材の用途。

 それは刀と弓。


 技術を失っていたこの国ではあるが、伝統からか、刀や弓に関してのアイテムレベルはかなり高い。

 刀と弓にしか頼れなかった背水の陣ともいえる状態だったからこそ、局所的に技術が伸び、とても実用的で価値あるアイテム生成技術が培われていたのだ。

 特に刀は芸術品としての価値もあり、かなり高値で売買されるのではないかと計算しているようである。


 兄は豪商貴婦人ヴィルヘルムとは別ベクトルの観察眼。

 先を見る能力があるのだ。

 クリムゾン殿下の能力を鑑定すると見えるのだが、兄は内政とモラルの値が異常に高い。

 昔から真面目であり、特殊な環境で育った王族だからこそ周囲を見る目があるのだろう。


 いっそ、このまま兄に王位を譲るという選択もあるのだが。

 考えを読んだのか、クリムゾン殿下が書類から目線を上げ。


「言っておくが――」

「分かっていますよ、その気はないというのでしょう」

「ああ、おまえが王である限り――エルフは無茶をしないだろうからな。品行方正になったとはいえ、エルフの性根が改善されてから、まだたったの百年だ。魔王という監視者がいなければ、奴らはすぐにまた腐る。世代交代が終わっているのならば話は別だが」

「エルフは長寿ですからね――まあ、気長に待ちますよ」


 騒動の種となっていた月の女神。

 ヤンキー風の彼女は魔王将軍を傍に置いたまま、こちらの政治的な空間を眺め。


『んだよ、結局この国もてめえが実質支配するってのか?』

「……私に言っているのですか?」

『てめえ以外に誰がいるってんだよ。ったく、カルバニアもクリームヘイト王国も、亜人たちの沿岸国家クリスランドもフレークシルバー王国も、んで、魔術国家インティアルも、ムーンファニチャー帝国も、サニーインパラーヤ王国も幸福の魔王の傘下ってか? ちょっと一強過ぎてつまらねえだろ、これはよぉ』


 まあ、今回の件でサニーインパラーヤ王国が私に頭が上がらなくなるのは事実。

 外から見れば魔王が着々と、実質的な世界征服をしているように見えるだろう。

 それも幸福による支配だ。

 その楔は武力支配よりも強力。

 冒険者ギルドも商業ギルドも掌握しているとなると――。


 最も危険な魔王。

 そう思われてしまう可能性は、否定できない。


「変な勘違いを起こす国がなければいいのですが、おそらくはそうもいかないでしょうね」


 どこかの国を救えば、どこかで懸念が生まれる。

 今回の件とて、魔術国家インティアルの騒動の延長で繋がり、こうなっているのだ。

 どこかで連鎖を止める必要があるのだが。


 クリムゾン殿下が言う。


「こちらには悪意も野心もないのだ――堂々としていればいい。それよりもこの大陸にある迷宮を全て攻略するとなると、いくらおまえでも時間がかかるだろう。どうも簡単に考えているようであるが、何か案でもあるのか」

「今回、双方の国と民を巻き込んだのは夜と月、二柱の女神。ならばやらかした女神ご自身に、自分の不始末を拭う手伝いをして貰えばいいだけの事ですよ」


 腐っても創造神なのです、ダンジョン攻略ぐらい簡単でしょう。

 と、私はすっとぼけている月の女神と、こちらを観察している夜の女神に向かい告げていた。


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