第141話 集団スキル ―呪わし猛者達―
魔王城は朝の霧と回復魔術によって発生した魔力の霧に覆われている。
だが、その霧に紛れ込んでいたのは――何者かの気配。
私達の支配下にある者ではなく、そして避難民たちとも違う者たちの気配だった。
私、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーはその光景を魔王城から観察中。
もちろん、正直な感想としては和平を捨てた彼らに対して、失望。
呆れをにじませていた。
女神アシュトレトの玉座の横。
私も魔王の玉座に腰掛け、溜息に言葉を乗せる。
「猶予より前に攻めてくる、その柔軟さだけは評価できますが――どうしたものですかね」
タイムリミット表示が終わる前。
朝焼けと共に難民キャンプ状態の魔王城にやってきたのは、歩兵の一団。
魔王城の周囲の海を取り囲んでいたのである。
どうやら飛行魔術か、簡易的な転移魔術で魔王城のある新大陸に侵入したようだが……。
その手に握られているのは和平の手紙ではなく、刀や弓。
巫女や僧侶といった神官職の手にも退魔や魔封じの札や、玉串が握られている。
主に最前線で戦うのは侍や狩人といった、東洋の流れを汲んだ職業たちのようだが……ここは混沌世界、彼らの異装は西洋文化と東洋文化が入り混じった、とても奇抜な格好となっていた。
西洋人が想像で描いたような、東洋ファンタジーファッションなのである。
まあこの辺りは世界を創った女神達の”てきとうさ”が原因かもしれないが。
交渉に来たというよりは、既に合戦準備を終えて突撃してきた。
そんな様子が見て取れる。
念のために彼らの所持品を確認すると、やはり和平の準備は皆無。
戦意に満ちた者たちを眺める私――その漏らす魔力の吐息は、母譲りの銀の前髪を揺らす。
「勝てないと分かっている状況で攻め込んでくるとは……合理性に欠けていますね。アサヌキさん、あなたの国の統治者はいったい、何を考えていらっしゃるのです?」
「そうは言うが、レイド殿……やはり我らにとって魔王とは、魔物を統べる恐るべき存在。それに、その……昨日の騒ぎが騒ぎでしたので」
それは生存者を回収するために行った、一幕。
人命救助はできているので、大義名分はこちらにあるのだが。
「まあ……こちらを信用して貰うのは難しそうですね」
「すみませぬ……」
「いえ、あなたが謝ることではないですよ。人命救助のためとはいえ、こちらが多少――大陸全体に影響を与えてしまったのは事実なのですから」
とりあえずこれで、”多少”という事にできた筈。
まあ実際、こちらは相手から信用はされないだろう。
なにしろ大陸の魔物も生者も、ほぼ全てが私たちの力に中てられ倒れ込んでしまったのだ。
もし私が相手の立場だったとしたら、信用しろと言われても素直に頷きはしない。
昨日の騒動の一端を担った冥界神ヘンリーが、面倒くささを隠さずにボヤく。
「どうでもいいけどさあ、向こうがこっちに勝てるわけないんだし、虐殺したいわけでもないんだろう? こっちが折れるしかないじゃんか。全員を昏倒させてもいいけど、それじゃあ武力制圧だし好ましくないんだろう? なら説得を模索するべきであって、となると相手国に詳しい人に聞くのが一番。アサヌキだっけか、相手側にまともに会話が通じそうなヤツとかいないの?」
「そうでありますな――将軍と呼ばれるマスタークラスの老サムライでしたら」
「将軍、ねえ」
言われて冥界神ヘンリーが冥界神としての力を発動。
全ての生者の情報を遠見の魔術のモニターに表示していた。
冥界神の瞳で生者の鑑定も行ったのだろう、将軍と呼ばれた男の経歴は――冒険者ギルドの元ギルドマスター。
五十年前に除名されたときに、このサニーインパラーヤ王国の冒険者ギルド支部の代表だった男だろう。
「老兵にしちゃあ若く見えるけど……こいつかな、表示するから確認してみてよ」
表示されたデータを眺めアサヌキが言う。
「はい、間違いないかと――将軍ならば、どこの勢力にも属していない武芸者。五十年前のギルド解体の件にて責任を感じ、この大陸にお残りになられた聖人であると。そう、話には聞いております」
説明するアサヌキをなにやら眺めた冥界神であるが、なにか引っかかる部分があったのだろう。
瞳をスゥっと細めていた。
「話には聞いている、ってなに? じゃあおまえ、自分で直接話したわけじゃないの?」
「わたしは……王族の末端でありまして……」
「ふーん、話したこともない相手の事を信じちゃうってか。おまえさあ、少し不用心なんじゃないか? たぶんこいつ、聖人なんかじゃないぞ」
言って、指をスライドさせた冥界神ヘンリーは将軍を拡大。
モニターの中。
魔力に怯えた馬に乗る一人の強面中年侍が、刀を掲げ――指揮スキルを発動。
戦意を高揚させる集団スキル発動と共に、朗々と宣言していた。
『聞け――! 勇敢なるサニーインパラーヤ王国の兵、我が王の敬虔なる信徒たちよ! これは聖戦である! 繰り返す、これは聖戦である!』
宣言そのものが部隊全体を強化する、一種の呪いのようなもの。
これは兵士たちの精神を無理やりに昂らせ狂戦士とする、集団スキルの悪用だと思われる。
――海賊パーランドも使用した集団スキルを使っていることから、雑魚と侮るのは軽率。
軍隊としての力はそれなりにあるようだが……それでも正直、無謀としか言いようがない。
自らの部隊に戦いの呪いをかけつつ。
中年侍は強面の顔を尖らせるも、口元を歪に吊り上げ狂戦士の笑み。
『奴らは卑怯にも、民を人質に立てこもっていると聞く。我らが王はこれを是とはしない。相手は確かに恐るべき魔王であるが、だが民を人質にされ黙っていられるほど、我らの王は弱腰のサルではない! 此れは聖戦である! 聖戦である!』
聖戦という言葉が呪いの核。
集団スキルに中てられた者たちの瞳が、煌々と赤く染まっていく。
『いざ、いざいざ! さあ者ども、命を燃やせ、全ては我が君のため! 我らこそが火の槍、炎の剣、煉獄の矢となり魔王を滅するのだ!』
再び、軍隊の士気が異常に高揚する。
集団スキルの多重使用だろう。
しかも代償を伴う類の、あまりタチの良くない危険度の高いスキルのようだ。
簡単に言ってしまえば自己犠牲。
自らの魂や体力、魔力を削り――代償に応じた量の力を、限界を超えて引きずり出す、自爆系列のスキルなのだと予想できる。
それを集団スキルにすることで仲間にも強制使用させ、自己犠牲を強要。
実力以上の、決死部隊を作り上げることに成功しているのだ。
そんな異様な集団を眺め呟いたのは――私だった。
「おそらくは冒険者ギルドを失った影響で、こうした尖った能力を習得したのでしょうね。リスクがあるとはいえ……少し、興味があります。彼らはこの場で終わる覚悟のようですが……極端な話、回復魔術やアイテムを組み合わせればリスクは軽減される。低リスクで膨大な力を発揮できる軍隊を作れてしまうわけですからね」
モニターを眺める私の唇は、関心を隠さず告げていたのである。
「――あまり人道的とは言えませんが、この集団スキルは見事ですね。人類に伝授できれば戦力を大幅に強化できるのですが……」
精神防御にバフを受けている状態にあるクリムゾン殿下が、眉間に濃い皴を刻み。
「――感心している場合ではないだろう。あの者たちはここを襲うつもりのようだが」
「まあ……魔王と戦う選択をしたという事でしょう。強要された戦いならばともかく、全員が決意しているというのなら――止めるのも考えものでしょうか」
「だが本格的な戦争となると……さすがに他国からの我が国への非難が上がる筈。百年で築き上げたフレークシルバー王国の信頼に、このような連中との戦いで泥をつけるなど、割に合っていないだろう。陛下はそれを理解しているのか?」
クリムゾン殿下はいつでもこうして、常識的な苦言を漏らす。
私はそれを有難いと感じている。
兄は真っ当な精神と価値観の持ち主だ、兄の言葉は比較的一般的な道徳に基づいた考え方なのだと、客観的に確認できる。
「まあ戦争になるかどうかはともかくとして、こちらは難民からの支持を得られるでしょうから――非難は最小限にできるはず。それよりもあの将軍、集団スキルを使っているようですが――どうにか確保できませんかね? グーデン=ダークさん、あなた、そういう交渉はお得意でしょう?」
回復魔術は好きではありませんと。
難民の治療には参加せず――昨夜はぐっすりと休んでいたグーデン=ダークがナイトキャップをかぶったままで、大あくび。
『ふむ――そうでありますね』
羊毛をモコモコに膨らませたグーデン=ダークが、魔力を纏い――カカカカカ!
悪魔の瞳を尖らせる。
相手の精神に入り込み、弱みを探っているのだろう。
弱みを発見したようで、その口元が露骨にゲヘりと吊り上がっていた。
「何か見えましたか?」
『ええまあ――直接見えたわけではないのですが、気になる点が数点ございまして。ぶっちゃけますと、反骨の相が滅茶苦茶でておりますし。五十年前の騒動の時にギルドマスターだったのなら、中年ではなくもう老人の筈。ですが、この将軍とやらはせいぜいが四十代、年齢が釣り合いませんね。ならばと種族を探ったのですが、そちらもただの人間。故に……考えられるのは、非人道的行為による若さの確保。つまりは、エナジードレインにて他者から若さを吸い取ったりしているのでは?』
「なるほど、エナジードレインですか……」
エナジードレインとは相手からレベルを吸収する、主に魔物が扱えるスキルの一種。
レベルの代わりに年齢も吸う事が可能で、外法であるが人間でも習得しようと思えばできないこともない――比較的有名な搦め手である。
もちろん、魔王たる私も使用できるが。
かなり外道なスキルなので人間が習得し、それを同族に使用したのなら周囲からかなり非難されるだろう。
アサヌキが怪訝を隠さず唸っていた。
「バカな、人間がエナジードレインなど……いや、しかしあの方ならば使おうと思えば使えるのであろうが……」
『吾輩は隠れて吸っているに一万共通金貨を賭けても構いませんよ。まあ何も私利私欲とは限りません。この大陸を守るためには若さを保つ必要がある、だから敢えて外法に手を染めた。そういう見方もできますからね。レイド殿はどう思われますか?』
終焉の魔王は、それはそれは悪い顔で私を見上げていた。
同調した私は頷き。
「まあとりあえず脅してみましょうか――」
『メメメッメェ! 聖人と言われている存在ほど、後ろめたい隠し事が多くある筈でありますからなあ! さあやっておしまいなさい、幸福の魔王!』
完全に面白がり羊毛を輝かせているグーデン=ダークの横。
魔王!? と、冥界神ヘンリーがいままでにみせたことのない動揺を漏らす中。
私は将軍のみに聞こえる交信魔術を発動。
グーデン=ダークが口にした仮定の話を語り、魔王の囁き。
どうなのですかと問いかける。
魔王による交渉術だ、それをレジストするには相当な実力と精神力が必須。
相手に言葉が届いた、その瞬間。
集団スキルに乱れが発生し、露骨に力は低下。
どうやら図星だったようで――。
将軍は慌てて集団スキルを解除。
『こ、降伏だ! 降伏である!』
急遽、武力による対話ではなく会話による対談が行われることとなったのだ。
まあ、私に戦意……言い方を変えれば一方的な虐殺の気はなく、昨夜の事故も人命救助の余波だと分かれば、相手も納得せざるを得ないはず。
こちらは嘘をついていないのだ。
それはそれとして。
女神の誘いにつられ入り込んできたグーデン=ダークや、召喚による招きで冥界神ヘンリーが顕現したのだ。例外が二つある以上、これから三つ四つとなっても不思議ではない。
外世界の強者に対する対抗手段を増やすことは急務。
その解決策として。
現実的な範囲で戦力強化ができる”集団スキル”の使い手は確保するつもりだが。
ともあれ。
卑劣な手ではあったが――これもある意味ではやさしさ。
休戦となり。
戦わなくてもいい。
そうなった時の彼らの安堵の顔が、こちらの一定の正当性を物語っていただろう。
難民となっていた家族と再会した者もいたらしく。
事態は前向きに進み始めていると判断していいだろう。
だからこそ――私は警戒を強めていた。
もし、この大陸に何か手を加えている者がいるのなら――私の介入を快く思っていないはず。
次のタイミングで何かを仕掛けてくるだろうと、私は感じていたのだ。
案の定――魔王城に、得体のしれない何かの気配が発生していた。