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第13話 権謀術数


 第一王子マルダー=フォン=カルバニアは銀髪の少年を溺愛している。

 そんな噂が立ってしまった原因はひとえに、その奇行にあるだろう。

 一国の王子が貴族の学校とはいえ、中等部ともいえる十二~十五歳の学び舎に顔を出すのは異例。ただの噂であった貴公子マルダー殿下のお気に入りの噂は、事実として学校中を巡ることになっていた。


 だが最も大きな理由は別。

 これの方だろう。


 レイドは教員たちが集う魔術防御力が一番高い部屋の中にいた。

 生徒の将来を相談するという名目で呼び出され、名前すらも覚える価値もない教師と一通りのやりとりをしていたのだが。

 教師が言う。


「ほ、本当にいいのかね?」

「殿下がお決めになられたことですから、その、僕にはなにがなんだか……」

「そうか、ならばこちらからもどうすることもできない……。そのまま家名を使いなさい。アントロワイズ卿」


 そう、殿下はアントロワイズの家名を国に再登録したのである。


 むろん独断であり、六年前の事件を思い出させる案件として多くの臣下たちの反対や意見を受けたが、それでも殿下の心は変わらなかった。

 ”私”が、無実だと信じていたからである。

 殿下は約束通り、私にあの家の名を返して下さったのだ。

 既にあれは傀儡も同然。

 そう仕向けさせたのは私なので、ここまでは何一つ問題がない。


 私の本懐の一つは既に達成されていた、私はとても幸福といえる状況にあるだろう。

 ただし、汚名がそそがれたわけではない。

 今の私は針のむしろ


 アントロワイズの名は良くも悪くも目立った。


 良いことは、六年前の事件を再度考えるきっかけが周囲に与えられていたことだろう。


 義母であったジーナはかつてそれなり以上に名の知れた騎士だった。

 義父ヨーゼフも凡庸ではあったが、その人となりは評価されていた。

 なにしろ雨が降らずにいた大陸に雨を齎したのは、彼ら。

 民たちの中にも、あの事件の真偽を疑うものがそれなりにいたのだろう。


 王都に、一つの噂が起こり始めていたのだ。


 本当にアントロワイズ家が第二王子を暗殺したのか、と。


 なにしろそこに理由がない。

 第二王子を暗殺することに利益がない。アントロワイズ家は没落していたため、妃のアナスターシャの勢力にも、第二王子の母だった愛妾魔術師の派閥にも組していなかった。

 利益がなければ人はわざわざ他人を殺したりはしないだろう。ましてや相手は第二王子。

 疑う者は多く現れ始めていた。


 だが、悪い部分もある。


 出る杭は打たれる。

 などという言葉があるが、それは人の本能なのか。

 どうやらこの世界にもそれはあるようで。

 勉学を勤しむにあたって、面倒な障害が増えている事だろう。


 生徒と廊下ですれ違うたびに聞こえるのは舌打ち。


「調子に乗るなよ、アントロワイズ家の銀髪赤目。バケモノうさぎ。王族殺しの呪われた家」

「やめなよこの子、殿下の……アレなんでしょう?」

「ま、たしかに、見た目だけならうちの学校の凶暴な女子どもより可愛いからな。ウサギはさぞや上手に歌うんだろうなあ」


 中等部ともなると下世話な話題も含まれてくるが、知恵が足りない。

 それは王家の誹謗中傷。私だけではなく殿下も嘲笑しているという、単純な答えが導きだせていないのだから。

 しかし私はどこかこの罵倒に懐かしさを感じていた。


 なぜなら孤児院で暮らしていた時の、まだ脳が発達しきっておらず、前世の記憶をちゃんと思い出す前の暮らしを思い出すからである。

 たとえ金にするつもりだったとしても、私はあそこの大人たちに感謝をしていた。


 五歳を迎える前の子どもは急死をしやすい。

 それは動物学的に仕方がないこと。


 現代社会と言われていた前世の世界においても、よく口にされていたのは「七歳になるまでの子どもは神の子」という言葉。七五三という文化が生まれたのは、とかく子どもとは死にやすい生き物だから。いつ神が子を迎えに来るか分からない。

 ようするに……死と隣り合わせ。

 そういった背景から、七歳まで生きてようやく人間は神から人の子へとなるのである。

 もちろん、比喩などといったカテゴリーの言葉であるが。


 ともあれ。

 医療が整う前の世界では、子どもとは酷く脆い存在なのだ。

 彼らは既に神の子を卒業し、人の子。

 ここまで成長していることは喜ばしいことだ。


 自我を確立し、自分の縄張りを守るためにこうして、格下相手に喧嘩を売る。猿山に紛れ込んだ、外の猿と一緒。一種の本能として、異物である私を排除する行動プログラムに従っているに過ぎないのだろう。


 だから、通り過ぎる度にいちいちと喧嘩を売ってくる子供に腹を立てたりはしない。


 のだが。

 女神アシュトレトは空をぷかぷかと浮きながら、大きな童話書を神々しい顔で読むふりをして。


『などと心の中でいいつつ、内心はイラっとしているレイドなのであった。ああ、可哀そうなレイド坊や。第一王子のお気に入りだからと、やっかみを受けて友達はゼロ。けれど、それでいいのです。彼がここにいるのは勉学だけが目的。友達などという高級品は、ただ眺めている事しかできないのですから。めでたしめでたし』

『聞こえているぞ、女神』

『聞こえるように言っているのだから当然じゃ。しかし、なんじゃ、それは。おぬし、妾の心に直接語り掛けることができるようになったのか! これでいつでもどこでも、妾とそなたはラブラブじゃな?』


 普段は疲れる。

 思考の邪魔になるからしないと断言した後、私は視線だけを女神に送る。


『あの愚物のお気に入り、などという不名誉な称号程度なら我慢も出来ますが、さすがに独り言をぶつぶつとつぶやき廊下を歩く異常な子どもと思われるのは、嫌ですからね』

『そうか? あの造形だけは美形の、動くだけが取り柄の「木偶でくぼう」の小姓と思われることの方が、よほど腹立たしいだろうに』

『愚物は愚物だからこそ役に立つ。面白いペットのようなものですよ――年の離れた、しかも子どもである私の顔色を子犬のような顔で窺う王子様。あれが次代の国王とは、なんとも滑稽ではありませんか』


 思わず口角が吊り上がっていたのは、先日のあの愚物を思い出したからだろう。


 あれは三日前の昼の事――王子は王子でありながら、素人の私に相談を持ってきた。

 それは最近、突如として湧き始めていた魔物の話。

 近年、なぜか魔物が大量発生する時期があり、その対処へのアドバイスを求められたのである。


 実際、半日前に予期せぬ不幸が起きてしまったのだ。


 北の山の麓で魔物が大量発生し、近隣の村々は壊滅状態。

 国から騎士団を向かわせることが決まっていた。殿下はその指揮を取ることになっていたのである。

 無論、騎士団を動かすのは軍師だが代表はあくまでも殿下。

 よりにもよって、そんな相談を十二歳の子供にしている。

 マルダー=フォン=カルバニアが王太子ではなかったら、気狂いと、面と向かって嘲笑されていただろう。


 第一王子直属の臣下たちは口にせずともまたかと、呆れていたが。

 今回ばかりは少し様子が違った。

 私は話と状況を聞き終え、覚えたばかりのカルバニアの文字で――書と言えるほどの大量の文字を刻んだ。


 草案である。


 私は適切に、それこそ軍を取り仕切る軍師さえ納得させる案を提示してみせたのだ。


 何を馬鹿なと、家臣たちも思っただろう。

 さすがに専門家ではない私が、軍師の策を上回るはずがない。

 私ですらもそう思う。

 だが、時間をかければ話は別。

 軍師が考える時間はせいぜいが半日、魔物の大量発生の対応には迅速さが求められるからだ。


 一時間、立案が遅れれば人が百人単位で死ぬ。

 二時間ともなれば、もっと被害は増える。

 三時間も遅れれば、一つの村ぐらいは燃えるだろう。

 だから、一刻も早く殲滅をしたい。人の命がかかっているのだから。

 けれど、威力偵察での敵戦力の把握を怠り、判断を誤れば――全滅。送った戦力ともども、人は死ぬ。


 だから軍師はいつでも必死に、大急ぎで策を練る。


 どこで、どんな魔物が、どのような数発生するかは予想ができない。

 魔物が発生する原因、メカニズムが解明されていないのだから仕方がない。

 どうしても作戦立案にかけられる時間は限られる。


 だが。

 そのメカニズムを把握していたとしたら。

 事前にどこで、どれだけの数の魔物が湧くか予想できたとしたら。

 軍師が半日に対し、私は一週間ほどの時間を用意することができていたとしたら。


 結果は女神に盗み見させなくとも明白だった。


 臣下たちの私を見る目が変わったのは、これがきっかけだっただろう。

 彼らも案に乗ったのだ。

 その草案は殿下のアイディアということになり、臣下の手により清書された。


 軍師は殿下が持参した案を内心小馬鹿にした様子で眺めていたが、内容を目にし、前のめりとなった。

 どうやら優秀な人材だったのだろう。


 軍師は最良の策であると、殿下の案を採用した。

 素晴らしい案だと手放しに褒めた。

 それが私が用意した罠だと知らずに、食いついた。


 もっとも、それは本当に今回の魔物大量発生に関しては最適案なので疑いようがないのだが。

 だから彼らは今、ここにいない。

 遠征の空。

 殿下も今頃は少しは活躍しているだろう。


 一応は王族、マルダー=フォン=カルバニアは愚物だが、神の血筋を自称するだけあって、戦いの腕だけはそれなりにあるらしい。

 ともあれ、少し話を戻すが。

 作戦を用意された殿下はもちろん喜んだ。

 会議はスムーズに進んだという。

 誰しもが殿下を褒めた。殿下は自分が褒められたことよりも、私の案が褒められたことに喜んでいた。


 だから、戦を前に愚物はやってきた。

 翌朝出発だというのに、縋ってきた。

 やはり私がいないとダメなのだと、深夜にもかかわらず私の顔を見に来たのだ。


 私を見ると安心するのだという。

 安堵するのだという。

 安らぐのだという。


 どれも同じだろうと思ったが、私は殿下の頭を抱きしめ、大丈夫ですよと安心させてやった。

 戦いとなれば活躍できるほどの腕はある。

 そのための策も与えた。

 けれど、第一王子という立場は失敗を許されない重責。できると分かっていても不安なのだろう。

 そこに私は付け込んだのである。


 殿下はまるで大きな貴族犬。

 親に依存する子供のようだった。

 あぁ、何も知らずにバカな犬だと。


 だから、私の口の端は歪むのだ。


『おう、おぬし! 存外にサディスティックなのであるな! 良い顔じゃ! そのゲス顔は嫌いではないぞ。だが、あまり他の者には見せるな、特に明け方と黄昏には絶対に見せるな。妾はそなたのその邪悪な顔も好みじゃ、盗られとうはない!』


 良き良きと、女神は喜んでいるようだが。

 私は自らの頬に触れ、表情を整えていた。

 うっかり黒い顔を覗かれて、あらぬ噂を立てられても面倒。噂はコントロールできているうちならば問題ないが、一度放たれた噂を止める事は困難。


『悪い男に成長するも良し、正しき英雄になろうとも構わぬ。妾はそなたを愛しおる、駒としても、おのことしても、だから力が必要ならば遠慮なくいうのじゃぞ?』

『その時が来たら頼みますよ』

『うむ! では妾は少し、女子更衣室とやらで豊穣を眺めてくるのじゃ!』


 それは変態行為だ糞女神と。

 睨んでやろうかと思ったが、現実世界では話が進んでいた。

 アントロワイズ家の名を忌み嫌っているのか、それとも単に目立つ私が気に入らないのか。

 少し悪そうな、そして行動的な上級生が現れたのだ。


「おいバケモノうさぎ、ちょっとこっちに来てくれるか。大事な話があるんだが」


 攻撃的な声から察するに、友好的な相手ではないらしい。

 殿下たちが魔物と戦っている裏。

 私は彼らと対峙していた。


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[一言] セクハラサウルスの次は 変態紳士ならぬ変態女神かw
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