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第137話 魔王の黒船ファンタジー


 サニーインパラーヤ王国へ到着する直前。

 既に意気投合している女神アシュトレトと終焉の魔王グーデン=ダークが、船のデッキに広げた昼食空間で寛いでいる横。

 異世界神の逸話が記された魔導書を開く私は、レイド。

 レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。


 エルフ王にして白銀王、ギルドに実在を承認された幸福の魔王である。

 揺れる海に向かい唱えるのは、異世界の神の力を用いた魔術。

 それは神の伝承や逸話を再現し、現実的にあり得た現象へと昇華させる魔術体系の一つの頂点……アダムスヴェインと呼ばれる神話再現魔術。


 エルフ王の礼服で着飾り腕を伸ばす私の周囲を、二冊の魔導書が回転する。

 それらはかつて、遠き青き星と呼ばれた地、地球にて伝承されていた二柱の神――その逸話が描かれた逸話魔導書だった。


 だいだら法師ぼっちと、アトラス。

 国造りの神と、空を支える大地の巨神の伝承を都合よく組み合わせた私は、銀髪を魔力風に靡かせ――赤い瞳を輝かせる。

 伸ばす腕の先から魔術を解き放ったのだ。


「我はレイド。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。混沌世界に顕現せし、ただ一つの幸福の魔王なり。異世界の神よ、伝承よ。我は全にして一、一にして全なる者。すなわち、我こそが神の落とし子。ならば宇宙を構築する式とて我が手中――我が意に応えよ」


 魔術とは法則を書き換える現象。

 世界を構築する魔術式を大量に書き換えているからだろう。

 世界がかなり揺れているが――まあ許容範囲内である。


神話再現アダムスヴェイン:【世界を支えし(ダイダラ・)巨人伝説アトラース】」


 効果は単純だった。

 大陸や島を作り出す、ただそれだけである。

 実際――東大陸、サニーインパラーヤ王国の沿岸手前に発生したのは、巨大な島。

 見方によっては大陸といえなくもない、緑豊かな楽園である。


 船長に指示を出し、突如顕現したちょっとした大陸に停船。

 どうせならばと魔王城を魔術で生みだす私に、捕虜たるサニーインパラーヤ王国の忍者、アサヌキが黒ずくめの下で口を大きく開いたのだろう。


「はぁぁぁあぁぁぁぁぁ!?」


 アシュトレトや、他の女神が住んでも問題ないような豪華絢爛な城を見上げ。

 男は間抜けとも思えるほどの大声を上げていたのだ。


「――な、な、なんなのだ……っ、これは!?」

「なんだとは――まあ魔王が作った城なので、魔王城でしょうか」


 女神アシュトレトもグーデン=ダークももはや気にせず、上陸。

 魔王城に入り込み自分の部屋を確保しようと探索を開始しているようだ。

 魔王城の手前の広場では乗船していたエルフの技術者たちが魔法陣を形成、直接、他の大陸からこの大陸へワープするための転移門を設置し始めている。


 領域名も魔王城。

 効果に影響しないのであれば特に名にこだわる気質ではないので、シンプルに魔王城としたのだが。

 どうやらこの男は、魔王城に不満があるようだ。


 ふっと私は微笑し。


「相手側の大陸に侵入してしまえば一歩間違えれば、こちらが侵略者。戦争の引鉄ひきがね……というか、責任を擦り付けられる可能性もゼロではない。なのであくまでも誰のものでもない海に大陸を作り、そこに魔王城を建設し相手から接触してくることを待つ――極めて合理的な作戦では?」


 しばしの間の後、サニーインパラーヤ王国の王族たる男は、ぼそり。


「いや、どーなのだこれは……」

「どうなのだと言われましても、冒険者ギルドが取り仕切っている国際的なルールを守るための処置ですので……私に不満を言われましても」

「いや、すまない。不満ではないのだ、ないのだが……貴殿は少々頭がどうかしているのではないか!? 上陸できないから島を一つ作りだして、そこに魔王の居城を建設するなど! 常識を逸している!」


 他国を侵略し、モフモフを狩っていた国家の者に常識を説かれるのは心外だが。

 まあ、男がここまで顔を崩すには理由もあるのだろう。

 はっと私は思い付き。


「もしやサニーインパラーヤ王国には、勝手に海に大陸を作ってはならないという規則があるのですか?」

「そんなあり得ぬ条件を指定した規則があるわけないだろう!? 我が国を何だと思っているのだ!」

「ふむ……どうやら――捕虜の身となったせいで精神が尖ってしまっているようですね。どなたか精神を安定させる魔術を使っていただけますか? その手の鎮静魔術を私が使うとやりすぎて、一切、何の反応もしないほどに精神を鎮めてしまう可能性があるので」


 豪商貴婦人ヴィルヘルム直属のエルフの衛生兵が頷き――サササササ。

 鎮静ハーブの用意をする中。

 何やら錯乱するアサヌキの叫びが、聳え立つ魔王城の前で響きだす。


「あぁああぁぁぁぁぁ! この場にまともな存在はいないのか!? 何故だれも突っ込まない! 明らかにわたしの方がまともだろう!」


 錯乱している男はスルーし、私は考える。

 もし近隣に大陸を作ってはいけない――。

 魔王の城を建設してはいけないという規則があるのならば、別の手段を考案する必要がある。


「さて、どうしたものですかね――」


 そう悩む私の視線は自然と動いていた。

 転移の波動を感じたのだ。

 設置された転移門を抜けてやってきた兄たるクリムゾン殿下が、魔王城を見上げ……びしり。

 美麗な強面に皴を作り。


「……上陸する前に転移門を形成するとは聞いていたが、なんだ、これは……」

「魔王城ですが、何か問題でも?」

「そうか……」


 そう呟いて瞳を閉じ、瞳を開き直した兄はもう一度魔王城を肉眼で確認している。

 黙り込んでしまった。

 ……。


 転移は肉体と魔力に多少の振動を与える。

 別次元から召喚された魔物が召喚酔いともいえる、一時的な酩酊状態となる現象が、兄の身体にも起こっているのだろうか。

 私は心配し。


「――大丈夫ですか? ご気分が優れないのでしたら、魔王城に……」

「いや、必要ない。気分は優れないが……このような大陸と城を建設し、問題にならぬと思っているおまえの思考を心配し、憂いているのだ――俺は」


 兄クリムゾン殿下の声は再び胃痛を抑えるような、そんな声を絞り出していた。

 どうやら捕虜たるアサヌキとその点では気が合うようで、互いに、これが普通の反応であろう……? と目線を交わしている様子。

 女神アシュトレトが言う。


『良いではないか――妾とて、この上空には我が島、我が大陸。我が空中庭園を追従させておるのだ、空が許され海が許されぬという道理もあるまい。それが嫌ならば、あれじゃ、経済水域でも設定しておけば良かったであろうて。違うか?』

「だから俺は女神も苦手なのだ……」

『ふふ、我が夫の兄たる色男がそうボヤくな。人物うつわが小さく見える、気をつけよ』


 兄? とアサヌキが零す中。

 クリムゾン殿下が再びギリリと胃の上を押さえ。


「大いなる女神アシュトレトよ――俺が実の兄だという事は……」

『おうそうか! 秘密なのであったな! すまぬすまぬ、しかし――そなたらも悪いのじゃ。地べたを這いずる者達の事情を考慮するというのは、女神にとっては存外に難しい。だいたい、どちらが先に生まれたから王位がどうのこうの、そのような習わしなど捨て去ればよいだけじゃろうて』


 べしべしと肩を叩かれても、兄は女神相手なので強く言えず。

 また胃をキリリと痛めているようだが。


「とにかくだ――サニーインパラーヤ王国の近隣に大陸を生み出してはならない、などという意味の分からぬ規則はない筈。あくまでも国際的な規則上も問題がない。ここで相手を待つという作戦は理解できたが……」

「歯切れが悪いですね」

「この地はただでさえ魔物に押されていると聞く、そこにこのような禍々しい城が建設されたとなると――相当な騒ぎになるのではあるまいか?」


 言葉を選ぶクリムゾン殿下とは裏腹。

 船から自分専用の寝藁を運び込むグーデン=ダークが、のんびりとした口調で。


『黒船来訪とでも言うべき騒ぎになることは確定でありましょうね。吾輩は良い策だと評価いたしますが』

「貴殿がそのように評価するのならば、これは非常に陰湿な策であるという事だ。あまり我が弟をそそのかさないでいただきたい、終焉の魔王グーデン=ダークよ」

『おやおや、吾輩――警戒されているのですかな?』


 黒船来訪を知っているという事は、やはりこの羊は地球の日本に対する知識も少しは持っているのだろう。

 ぐーたらそうな羊相手であるが、クリムゾン殿下は勇ましく鼻梁を尖らせていた。


「――まさか百年前の当時、いつの間にか結界内に入り込んでいた事を忘れていると? 貴殿は我が領土に無断で侵入した魔王であり、我が国の滅びを楽しみ待っていた望まぬ客人であったと――自覚を持っていただきたいのだがな」

『勝手に入り込んでいたのは認めますが、吾輩は夜の女神様の命に従いあなたがたを眺め……そして観察に留まっていた。あなたの国が混乱なさったのは自業自得。一切の干渉はしておりませんので、責められる謂れはありません』


 まあフレークシルバー王国の騒乱は彼の言う通り、自業自得。

 ある意味で内戦のようなもの。


「残念ですが、今回だけはグーデン=ダークさんの言葉が正しいかと」

「分かっている――だが、人を言葉で動かす悪魔は信用できん。あまり心を許さぬ方が良いのではあるまいか?」

「今の彼ならば信用できますよ。絶対に裏切らないでしょうからね――」


 グーデン=ダークは私の本質に気が付いている。

 だからこそ、絶対に敵には回らない。

 彼にも畏怖や打算があるからこそ、今のこの吟遊詩人(羊)は最も信用できる他人ともいえるのだ。


 そんな確信がある私の言葉を察したのだろう。


「そうか――おまえがそこまで言うのならば、信用できる羊なのであろうな」

『ええ、ええ! 信用していただいて問題ありませんよ、お兄様! むしろ、吾輩――あなたをお守りする立場になるやもしれませんし、表面上は仲良くしておきましょう。ええ、そうしましょう!』


 クリムゾン殿下こそが私の弱点でもある。

 そうグーデン=ダークは知っているのだ。

 殿下本人は意味を理解していないようだが、女神アシュトレトは気付いているようで。


『そうさな――再び身内を失うとなると、楽園崩壊……またあの悲劇を繰り返すことになるやもしれぬ。妾が直接見たわけではないが、おそらくは……あの方は、きっと、強く嘆かれたのであろうて』


 クリムゾン殿下が訝しむ中。

 同じく、捕虜たるアサヌキも理解できない様子で――。


「なにやらよく分からぬ話をしているところを悪いが、来たみたいだぞ」


 彼が言葉と目線で指したのは、姿を隠した状態でこちらを探る無数の気配。

 おそらくは――サニーインパラーヤ王国の軍隊だろう。

 私は相手側の大陸に上陸することなく、魔力音声による対話を試みる事にした。


 とりあえず魔王という事で、巨大な魔王のシルエットを作り出し。

 魔王城の上に配置。

 声にもエコーを発生させ、咳払いの後に魔力通話。


『見えておるぞ、サニーインパラーヤ王国の者どもよ。我が名はレイド。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。ドワーフより嘆願され、汝ら人間に抗議せしエルフ王なり。汝らの愚行、虐殺に悪逆。よもや我の目に届いておらぬなどとは、思うておるまいな――?』


 ただの演出だったのだが、効果は抜群だったようだ。

 相手側は、魔王!?

 と、かなり動揺しているようだ。


『しかし、余は心広き魔王。汝らに罰を下す前に――申し開きを聞こう。サニーインパラーヤ王国よ、汝らの代表が出てまいれ、猶予は明日の日没までとする。もし、こちらからの慈悲ある対話を恐れ、逃げるとなれば……言わずとも分かるであろう?』


 このタイミングで天候を操作し。

 雷を一つ。

 昏き天に、稲光による音と光が発生する。


『良いか、明日の日没までだ。人類よ、よく考えてから行動する事だ――フフフ、フハハハハハハ!』


 ――まあこんなもんですかね。

 と、私はエコーボイスを解除。

 一応、念のためにと空に向かい大規模魔法陣を展開――。


 時間経過と連動し時の表示が変わる。

 ようするに、空に輝くタイムリミットを常に表示状態にし宣告は完了。


 女神アシュトレトとグーデン=ダークは気に入ったようで、満足そうにうなずいているが。

 何故だろうか、クリムゾン殿下はこの演出に懸念を抱いているのか。

 演出過剰だろう……と。

 再び重いため息を漏らし始めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] いきなり魔王城建設からの降伏勧告ってケトス様がやってたイメージだけど、魔王様によく似たレイド君がそれをやってるという事はもしかして魔王様もあんな事を…? …いやぁそんなまさかねぇ(魔王様のや…
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