第134話 加護を失った大陸
全身黒ずくめの襲撃者。
忍者姿の男の名はアサヌキ。
ムーンファニチャー帝国のある大陸から東部にある、サニーインパラーヤ大陸からやってきた人間種の王族とのこと。
彼の話を要約すると、今回の襲撃はいわゆるダンジョン攻略。
人間国家のサニーインパラーヤ王国では、あくまでもこれは魔物狩りだと、正当な権利を主張しているようだ。
彼らはやはり――魔術もない、大陸神もいなくなったこの大陸のドワーフを魔物として認定しているのだろう。
良質な鉱山。
火山地帯特有の素材を回収できるダンジョンとして、遠征対象にしているらしい。
そしてこの男アサヌキはというと。
王族ではあるが、血筋や地位としては末も末。
五十年ほど前、王権争いに負けた一派の血筋。
今でも王族の血筋が流れているので一応は殿下と呼ばれているが、既にその血筋は形骸化。
こうして遠征先に強制出撃を命じられるような、かなり立場の弱い王族となっているようだ。
「ふむ――なるほど、これはあくまでも別大陸へのダンジョン遠征。このムーンファニチャー帝国から良質な鉱石を略奪、或いは採掘を命じられていると」
アサヌキは全身黒ずくめの顔を上げ。
「言いたいことは分かっている。それは建前に過ぎず、これが虐殺と略奪に過ぎないというのだろう?」
「分かっているのならどうしてこのような事をなさるのです? そもそも、冒険者ギルドに加盟している国ならばドワーフは友好関係を結んでいる、人語を解する種族として登録している筈。これは宣戦布告であり侵略、戦争行為としか思えませんが」
告げる私の言葉は正論だろう。
だが、アサヌキは首を横に振り。
「我らのサニーインパラーヤ王国は既に、冒険者ギルド連盟から除名されている。五十年前の遠征時点でな」
「おや、そうですか。それはお気の毒に」
ドワーフの王ともなれば共通語を理解できるのだろう。
耳を跳ねさせ赤い瞳を動かすドワーフ皇帝カイザリオンが、モサりと口を蠢かす。
『エルフの白銀王よ、いったい冒険者ギルドから除名されることの何が気の毒なのであるか?』
冒険者ギルドからの加護を失う。
それは致命的な事。
「魔物の少ないこのムーンファニチャー帝国ではあまり実感がないのかもしれませんが、冒険者ギルドはダンジョン討伐の要。そして通常の地では――定期的に発生するダンジョン内のサイクルを止めるべく、一定期間内にダンジョンボスを討伐する必要があるのですよ。サイクルを止めなければ魔物がダンジョン内から溢れだし、国家を襲い――それはやがて大陸全土を覆いつくす。つまりは大陸が魔物に乗っ取られるわけですね」
あるいは、ここのドワーフたちもかつてはダンジョンの魔物。
冒険者の首を刈るモンスターとしての首狩り兎が進化し二足歩行となり、ダンジョンサイクルの果てにこの大陸を占領。
彼らが第一の種族となり、ドワーフを名乗り始めたという可能性もあるが。
どちらにせよ千年以上も前の話の筈。
それに、人間も魔物に分類されるのだ、たとえここのウサギ達が魔物だとしてもそれは問題にはならない。
「そしてダンジョンや魔物、迷宮内の性質やトラップなどのデータは全て冒険者ギルドの魔導書に保管されています。閲覧が可能なのは冒険者ギルド連盟に加盟している国家、組織に限られる。そして除名された国家への情報漏洩は重罪。極刑に処されます。魔物たちへの知識、そして冒険者を育てるノウハウなどの甘い部分だけを冒険者ギルドから抜き取ることはできないのです。更にそして、知識を国家単位で悪用した国、及び大陸は審査され――悪質と判断されれば除名。獲得した情報は全て魔導書に戻され、知識や技術を失う……そういった対策がされているのですよ」
ドワーフ皇帝カイザリオンはふむ、と巨大なモフモフ顔で考え。
『つまりは、五十年前――我らがムーンファニチャー帝国を襲った罪の責任を問われ』
「ええ、除名……排斥されたのでしょうね。おそらくは今頃、サニーインパラーヤ王国はダンジョンから溢れた魔物の軍勢に押され、背水の陣となっているのではないでしょうか? そうなれば資源も枯渇し、満足に武具も作れなくなる。次に考えられるのは、優良な素材や鉱石の確保。自らの大陸で取れないとなれば、他大陸の資源を奪うしかない……といったところでしょう」
アサヌキは露骨に驚いた様子で顔を上げていた。
「おお! なんという慧眼! 全て、その通りであります。な、ならば!」
「ああ、言っておきますが救助要請はお断りさせていただきますよ」
「な、なぜ!?」
「あなたがたは確かに対処しきれなくなった魔物に襲われ、国家存亡の危機なのかもしれません。その手を血で染め、悪と断罪されるような行為をしなくては国を守れなかったのかもしれない。けれど、あなたがたはドワーフ達と交渉せずに、略奪をした。資源がないのなら買い取るという選択もあったはずです。事情を説明し、五十年前の非礼を詫び、頭を垂れ嘆願するという――情に訴える手段とてあったはず」
ですが――と、私の薄い唇からは冷淡な魔王としての声が漏れる。
「あなたがたは全てを省略し、ドワーフの民を殺した。あなたがたは魔物に襲われ大変なのかもしれませんが、ドワーフ達にとってはあなたがたこそが魔物。同情する点が皆無です」
「はは……そうか、そうだな。分かっていたさ、はじめから、もう終わりだとは」
自覚もあったのだろう。
おそらくは、仕方なく、強制された遠征だったのだろう。
だから、アサヌキは乾いた笑いを零していた。
「だが、ならばどうしろというのだ! わたしはっ、愛してもいない国のために――っ、この手を汚さねばならないわたしはっ」
「と、言われましても――あくまでもあなたは、私が商談を持ち掛けに来た帝国を襲っていた一団の仲間。そちらの事情はそちらで解決してくださいとしか……」
捕虜としての権利は守るが、別にそれ以上の事をする義理も義務もない。
まあ、この男は立場の弱い王族。
おそらくは国で、多くの仲間を人質に近い状態にされているのだとは思うが。
グーデン=ダークが口を挟み始める。
『時にアサヌキさん、ひとつお聞きしたいのですが』
「なんだ、嘲りしケモノ……終焉の魔王グーデン=ダークよ」
なかなかどうして、悍ましい二つ名がつけられているようだが。
まあ、言葉巧みに相手を貶めることを得意とする羊だ、そういう名がつけられるのも理解できる。
ついついジト目で見てしまう私の前で、羊は意気揚々と質問の構え。
『サニーインパラーヤ王国にはどのような魔物、特にケモノ系の存在が出現なさっているので?』
「ケモノ系? それを聞いてどうするのだ」
『いえいえいえいえ、お気になさらず。ただの、念のための確認でありますので、さあさあ! 万に一つという事もありますよ!?』
実際、蒐集を命じられている獣神がいたら、この羊は唾をつけておくつもりなのだろう。
この羊の目的は、主人のための神獣コレクションの回収。
そんな事情を知らなければ、本当に意味の分からない質問である。
何の駆け引きだと混乱するアサヌキをフォローする必要があるか。
仕方なく私が言う。
「グーデン=ダークさんは神獣を捕縛したがっているのです、あなたの大陸になにか特別な神獣がいるのなら……まあ取引ぐらいは可能かもしれませんよ」
「神獣だと……そうだ! 我が大陸には朱雀と呼ばれる、不死鳥のごとき鳥の神が――」
チャンスを掴もうと語る男に、グーデン=ダークはあからさまにやる気をなくし。
『あぁ、もう朱雀は間に合っておりまして。というか、吾輩の同僚でありますし……他になにかいらっしゃらないのですか?』
「だ、ダンジョンでの話だが、巨大な雄山羊の頭をもつ、悪魔姿の神獣がいると聞いたことが」
『ああ、そちらも在庫は十分ですね。というか、バフォメットは我が友一人で十分ですし。他にはございますか? おや、ご存じない。そうですか、はてはてはて……ふーむ、どうやら、今回は縁がなかったという事で』
ああ、時間を無駄にしました。
と、ウメメメメェっと欠伸を一つ漏らしたグーデン=ダークは、サニーインパラーヤ王国への興味を完全に失っている様子である。
それよりも彼が興味があるだろう存在は、ドワーフ皇帝カイザリオンだろう。
おそらくこの巨大なドワーフラビットは、臣民たちからの信仰を得たケモノ。
つまりは神獣なのだ。
グーデン=ダークとしてはここで恩を売り、皇帝に歳だからと退位を促し、自らの世界へと連れ帰る算段をもう組み立てている筈。
もしグーデン=ダークの主人が欲する神獣がいれば、話も変わったのだろうが――まあ彼が言うように縁がなかったという事か。
しかし神の視点で一石を投じるつもりなのか。
女神アシュトレトがふと、あくまでも池に小石を落とすような言葉で――ふふっと微笑する。
『サニーインパラーヤ王国とはここより東、太陽が昇る方向にある場所であろう? おそらくその地のダンジョンにおるぞ、他の世界では湧いていないような獣神がな』
女神とは人々を使い遊ぶ者。
神が人間と言う駒を使いダイスを転がすように、彼女もまた同じくダイスを振ったのだろう。
アシュトレトは美を司る神の権能を余すことなく溢れさせ――妖艶に笑む。
『そやつの服装には和の香りを感じる。忍者であったか――妾は着物を所望する。どうじゃ、レイドよ、我が夫よ。妾に一つ、豪華絢爛で艶やかな着物を見繕う気はあるまいか?』
ようするにサニーインパラーヤ王国に顔を出せという事だろうが。
私は女神の気まぐれを訝しみ。
「――今度は、何を企んでいるのですか」
『企むほどではない、なれど――終わる大陸が終わる前にその消えゆく文化を蒐集する。グーデン=ダークとやらの主人とは少々異なるが、終わる前に拾いに行くというのもなかなかに面白そうではないか。これを侘び寂びと言うのであろう?』
まあ女神アシュトレトがそういうのなら、私はその願いを叶えるまで。
「仕方ありませんね――ですが、その前にこの帝国の力を底上げしておきましょう。私達の留守の間に入れ違いで襲われても面倒ですからね」
『力の底上げでありますか? はて、レイド殿。いったいなにをするおつもりで』
幸福の魔王の逸話が描かれた魔導書。
つまり私のグリモワールを召喚し、幸福の魔王たる私は言う。
「簡単ですよ、ドワーフ達に魔術を授けます」
『……はい? え!? いや、レレレ、レイド殿!? あなた!? 他者に魔術を授けることが可能なのでありますか!?』
「魔術理論の一つとして――この世界の魔術の根底にあるのは、神への信仰、そして神との契約です。魔術の源たる大陸神を通じ、神に気に入られることで魔術の素養を得られるのです。この大陸に起こった魔術喪失の原因が大陸神にあるのなら、その大陸神に代わり、私を代理の神として魔術式に組み込み魔術を授けるだけでいい。簡単な話です」
『……あなた、ご自分で何を言っているのか、本当に理解しておられるのですかな?』
羊の鼻頭に、濃い球の汗が浮かんでいる。
グーデン=ダークが珍しく本気で驚愕しているようだ。
外の世界では珍しいのか。
それともこの世界でもあまり類がないからか。
ともあれだ。
「既に実証済みですし、理論も完成していますからね。できるできないで言えば、ちゃんとできますよ」
実践してみせた方が早いでしょう、と。
私はドワーフ皇帝カイザリオンに手を翳す。
この地に再び、魔術の加護が満ち始める。