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第133話 魔王の提案


 ムーンファニチャー帝国の帝都、その中央施設。

 獣脂とは異なる香油の風が薫る部屋。

 淡く輝くヒカリゴケで満たされた王宮にて。

 ドワーフ皇帝、カイザリオンは私達を見下ろし――唖然としていた。


 カイザリオンの体格は、通常のドワーフとは大きく異なっていた。

 巨大なのだ。

 それも人間以上の、まさに巨人と呼ばれる者と同じほどの巨大。

 群れのボスは大きく成長するという傾向にあるが、彼もまた、群れの中で最も大きなドワーフラビットなのだろう。


 残念ながら、その姿は王の鎧に覆われて中身を拝謁できないが。


 ともあれだ。

 五十年前の襲撃事件の時も在位していたのだろう。

 カイザリオンはその巨体に見合う、重そうな全身甲冑をカチャリと鳴らし。

 皇帝の身分に釣り合った、威厳ある声を上げる。


『よもや、再びお会いできるとは――グーデン=ダーク殿』

『お久しぶりでございます、陛下。また一段と大きくおなりになられたようで――この身小さき吾輩には、陛下の貫禄が羨ましく思えてしまえます』


 羊魔王グーデン=ダークは、礼儀正しい挨拶をしてみせていた。

 だが。

 ドワーフ皇帝カイザリオンは、逆に申し訳なさそうな空気を醸し出し。


『余は……本来ならばこうべを垂れ、あなた様に平伏せねばならないのでありましょうな。しかし、大変申し訳ない。余も幾分と歳を取りました、無能な王であるにもかかわらず、こうして偉そうに玉座にしがみついているのは、もはやろくに動けぬ体となっております故。どうか、ご容赦を』

『はて、動けぬ体? ご病気か何かで?』

『――寄る年波には勝てぬという、ごくきたりな、しかし仕方のない事情でありますよ』


 長命のドワーフといえど、寿命はある。

 魔術を併用すればほぼ無限に生きられるエルフとは違い、彼らには魔術がない。おそらく、老いを遅らせる魔術も技術も発展していないのだろう。

 探る私に目をやっているのだろう、皇帝の甲冑の空洞から赤い瞳がこちらを覗いている。


『グーデン=ダーク殿、ところでその御仁は――ただ者ではない空気だとは余も理解しておるが』


 羊魔王が動く前に、私はスゥっと前に出ていた。


『これは失礼しました――陛下。私はハーフエルフにして、白銀女王スノウ=フレークシルバーの息子。フレークシルバー王国の現国王を務めさせていただいております、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーにございます。以後お見知りおきを』


 エルフ王だと明かしたせいだろう。

 ざわつくのは――謁見の間。


 私を連れてきたドワーフ達も驚き、振り向き。

 口を開き、唖然。

 もふもふの山である。

 今は人間を敵視しているようだが、さすがにエルフに対する悪感情も残っているのだろう。

 皇帝カイザリオンは露骨に顔を上げ。


『スノウ=フレークシルバー、あの白銀女王の息子であると――!?』

『やはり母をご存じなのですね』

『まあ……エルフとドワーフであるからな、あやつとはかつて数度に渡り戦いとなった事もあった。そうか、白銀女王の息子……か。たしかにその面差しはアレとよく似ている。して、女王はどうした。よもや、貴様――弱った白銀女王に代わり、五十年前とそして此度も、人間を操り、憎きドワーフを滅ぼすために調略を巡らせておったのか?』


 言葉に敵意はない。

 これは私を試しているようだ。


『申し上げにくいのですが、母はもう……』

『うぬ? 戯言を、あの女王めが死ぬはずがなかろう――魔力を吸った白雪のような銀髪に、無限に湧き続ける赤き魔力の瞳の魔女。エルフの中のエルフ。冷徹なるあの女王が、死ぬはずなど……っ』


 どうやら母とは浅からぬ因縁があったようだ。

 動揺する皇帝に周囲のドワーフ達も戸惑い始めるが――。

 そこで前に出たのは、グーデン=ダーク。


『よろしいですかな? お言葉ではございますが、白銀女王スノウ=フレークシルバー殿が亡くなられたのは事実であると吾輩も聞き及んでおります』

『グーデン=ダーク殿……そうか、そうだな。あなたがそういうのならば、そうなのであろうな……』


 この羊……相変わらずの信頼感である。

 まあこれは魔王の力というよりも、吟遊詩人にして巧みな話術を扱うグーデン=ダーク本人の、処世術を極めた能力なのだろうが。

 ドワーフ皇帝カイザリオンは僅かの間の後。


『レイド殿、して……アレの最後はどうであったのだ。いや、無礼や失礼なことを聞いている自覚はある、なれど、なれどだ。アレが死ぬなど、余には信じられん。アレはバケモノであった、恐るべき女王であった。余には、アレが死ぬ理由など……皆目見当もつかぬのだ』

『語るのは構いませんが――』


 一応、母の話だ。

 どう説明したらいいものか。

 少し悩んだ私に代わり動いたのは、モコモコな羊毛。


『それでは僭越ながら吾輩めが――』


 仲介役となっているグーデン=ダークが事情を説明する。

 ついでとばかりに羊は様々に事情を語る、まあ神獣を寄こせとはさすがに口にはしていないが……。

 襲われていたドワーフ達を助けたことも伝わり――。

 王はリーダーのドワーフに目線を送る。


『王よ、彼らのはなしは、本当。おれたち、助けられた』

『なんと、然様でありましたか――あなたがたが我らが臣民を……。ううむ、これは重ね重ね失礼いたした。エルフ王よ、この通りだ――どうか、此度の余の非礼……余の頭一つで許していただけると助かる』


 兜を外し、頭を下げるドワーフ皇帝カイザリオン。

 やはりその甲冑の下には、モフりとしたドワーフラビットの顔がある。

 その姿はなかなかに、モフモフ。

 ……。

 超特大の兎ぬいぐるみが頭を下げている姿を想像して貰いたい。


『構いませんよ――ハーフエルフである私にはあまり実感がありませんが、エルフとドワーフとは長きに渡り犬猿の仲であったと聞きます。陛下が私を快く思っていない感情も理解ができるのです』

『すまぬ――そしてありがとうレイド殿』


 頭を上げた皇帝カイザリオンは、少し草臥れた顔をして見せ。


『――取り乱してすまなかった、客人たちよ。そして、新たなるエルフの王よ――白銀女王についても理解した。そなたが……あの者が生まれて初めて恋に落ちた人間との間に生まれた、祝福された子であったと、余は信じよう。勝敗がつかぬままに、先に逝ってしまった女王には、少々……いやだいぶ、思うところはあるがな』

『母とはどのような関係だったのですか』

『ライバルというには、些かこちらの力不足ではあったがな――直接的な武力介入こそなかったが、かつては多くの利権を争い、机上の戦いを展開したものだ。まだ余が魔術を扱えていた頃には、互いに最大の魔術をぶつけあったりもした仲であったが』


 皇帝の赤い瞳は遠くを眺めていた。

 それは――記憶の彼方を眺める老兵のソレだった。


 エルフの女王とドワーフの皇帝。

 そこには私も知らない、国同士の長い確執があったのだろうが――。

 それはあくまでも母と皇帝の物語。


 世代を超えたわだかまりにする必要もない。

 しかし問題は、昔は魔術が使えていたという事だ。

 魔術の喪失、その理由はおそらく簡単だ。


 この地の大陸神が逃亡、或いは消失したのだろう。

 ドワーフ達は今、大陸神の加護を失っていると想像できる。

 そんな私の予測が駆け巡る中――皇帝カイザリオンはモサりとした口だけを、小さく、弱く、動かしていた。


『最強のエルフは、愛ゆえに死んだ……か。あの冷徹な女王が恋に狂い、己の精神や理念すらも狂わせてしまうとは……分からぬモノだな。いや、すまぬ――そなたの母を悪く言いたいわけではないのだ。だが、だが……余は複雑なのだ。どちらが先に死ぬか分からぬが、必ず、自分があなたの首を刎ねるとまで宣言しておったくせに、ああ、最後まであの者は、余の心を掻き乱しおる』


 今回の件だけではないが――母の逸話を聞いていると、どうやらそれなりに苛烈な部分があったようだ。

 我が兄クリムゾン殿下を、ただのホムンクルスだと愛さなかったように、女王としての冷徹さと、情を二の次にする合理的な思考が確かに存在したエルフだったのだろう。


 だが、カイザリオンは白銀女王との思い出を、心の奥にしまい込んだようだ。


『さて、白銀王よ――我らドワーフをお救いくださった旅人よ。今回の来訪の目的や、ここで一体何があったのか、更に詳しく聞かせていただきたいのだが……その前に。そちらのご婦人と、人間は……いや、クリームヘイト王国の使者殿たちは知っておるが、その黒ずくめの男は』


 まあ、事情を説明しないわけにもいかないだろう。

 まずは女神アシュトレトが前に出て。


『妾か? 妾は神じゃ――』

『神、でありますか……?』

『言うておくが大陸神などという矮小なる存在と同じくするでないぞ、神は神。汝らが女神と呼びし者、そうさな――わかりやすく言えば創造神と呼ぶに値する者じゃ。存分に丁重に扱うがよい』


 まあ、自称創造神を信じる者は少ないだろう。

 実際、皇帝カイザリオンも反応に困った顔で、お、おう……? と間抜けな声を出している。

 グーデン=ダークが慌てて手旗信号の構え。


 ドワーフ語のジェスチャーで、ガチのガチですのでお気を付けを。

 と、親切に伝えてあげたようだ。

 享楽主義で、全てを遊んでいるようにみえるが……この羊もなかなかどうして苦労人のようだ。


『そ、そうでありますか。創造神様で……ならば、こちらも最上位のもてなしをせねばなりますまい』

『うむ、良きに計らえ――』

『それで、そちらの男は――』


 アシュトレトはまあアシュトレトなので、酒と宴で誤魔化せる。

 問題はこの男だろう。

 私が言う。


『実は私も彼に関してはあまり詳しくないのです、この国を襲っていた人間の関係者。殿下と呼ばれていたことから王族だとは思うのですが』

『敵、というわけか――』

『ああ、お気持ちはわかりますがここでの斬首はお控えを。一応彼は投降しております、それはすなわち捕虜。さすがに捕虜の言い分を聞かずに一方的に首をお刎ねになるとなると、私もエルフ王として止めざるを得ません』


 皇帝カイザリオンは、私を睨み。


『貴殿に関しては感謝している、しかしこれはドワーフと人間とのいざこざ。あまり口を出されても困りますな』

『仰ることもごもっとも。ですがこの国は冒険者ギルドに加盟なさっている、小さくはありますが支部もある。ならば規則には従っていただきたい――私はそう願っておりますが』

『白銀王よ――余は自らの臣民を虐殺され、見過ごせる程に弱きボスではないと自負しておる』


 決意は変わらないのだろう。

 しかし、だからこそこの男をここで斬首するのは問題だ。

 この男は利用できる、そしてなにより――本当に他大陸との戦争となるのならば、大義名分をしっかりさせねばならない。


 そして、私がどちらに味方をするのかとなると。

 答えは決まっている。

 ウサギ顔のモフモフをちらりと眺め――。

 場を治める冷静な声で私は言った。


『――この男の首を刎ねるよりも、この地を襲ってきている人間の大陸を滅ぼしましょう』


 何故だろうか。

 しばし、沈黙が広がる。

 ドワーフ皇帝が耳を後ろに垂らし。


『すまぬが、今なんと?』

『この男の首を刎ねるのではなく、元を断ってはいかがかというご提案です。ご安心ください既に私には数点のプランがございます。きっと、陛下にとっても予算や人員、そして労力のバランスが取れた滅亡プランが見つかる筈です。それではまずはこちらをご覧ください』


 言って私は、敵性人間国家に対する対応策を展開。

 ムーンファニチャー帝国の帝都。

 その中央施設に、幸福の魔王による滅びプランの概要がいくつも表示されていく。


 頭の回転の速いグーデン=ダークならば、そのプランで本当に相手の大陸を滅ぼせると理解したのだろう。

 ずっこけたグーデン=ダークが、大慌てで騒ぎ出す。


『レ――レイド殿!? あ、あなた……! モフモフ相手だと一気にIQが下がる悪癖、どうにかなりませんか?』

『非戦闘員を虐殺から守るのは冒険者ギルド、そして商業ギルドの理念に則しています。そして証拠も山ほどにある、問題ないのでは?』

『はぁ……これだから頭のいいバカは嫌なのです。あのですねぇ――まだ相手の国の事情も知らないでしょうに……これは些か早計かと』


 相手の大陸に、まだ把握していない神獣がいたらどうするのでありますか!

 と、彼も彼で自分の事情を前面に押し出しているようだ。


 色々な過程を飛ばし戦争を提案する私のせいだろう。

 グーデン=ダークが抑え役となり、こほんと咳払い。


『陛下、やはり吾輩もまずは捕虜から話を聞いてから――その上で、判断なさった方がよろしいかと存じます』

『う、うむ――そうだな。しかし、この幸福の魔王という記述は……』


 どうやら苛烈なこちらの影響で、反対にドワーフ皇帝は冷静になれたようだ。

 ああ、と私は補足するように。


『失礼いたしました、そちらの自己紹介がまだでしたね。私はこれでもエルフ王と同時に魔王を兼任しておりまして、冒険者ギルド並びに商業ギルドで唯一、実在と国家統治が認められている、ただ一人の”幸福の魔王”なのです――人間を優先する事情もありませんし、頼っていただいて問題ありませんよ』


 営業トークを進める私の横。

 女神アシュトレトも、うむ! それでこそ我が夫ぞ! と頷く中。

 グーデン=ダークとドワーフ王は若干、引き気味にこちらを見るのであった。

 ともあれ。

 とりあえず、忍者姿の男の話を聞くことになり。


 彼は、重い口を開き始めた。

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