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第131話 魔物と人間


 地底帝国全体を包む魔王の瘴気。

 発生した闇の楔は戒めの鎖となり、姿を隠している人間を拘束する。

 マップに表示されているほぼ全ての人間は捕縛完了。


 だが――。


 闇の楔を避け、動き続ける表示が三つ存在する。

 素直な感嘆の息と共に、魔王たるこの私。

 レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーの唇は動いていた。


「おや――この魔王わたしの魔術を回避する者がいますね」

『はて、レイド殿の魔術を避けるとはいったい何者でしょうか』


 人間を麻袋に詰め、蹄で縄をぎゅっと縛り袋を締める羊。

 終焉の魔王グーデン=ダークが興味津々に、私が展開する観察モニターを覗き込む。

 そこに映されているのは狩人姿の男と、その仲間と思われる女性である。


 女神アシュトレトが欠伸を隠さぬ、つまらぬ顔で。

 しかし、まだ私に対して遠慮気味に告げる。


『レイドよ――我が夫よ。戯れも良いが、はようせい、ドワーフ達は地底で育てる地酒をいくつも所有していると聞く。妾はそれが楽しみじゃ、舞いに酒に美男美女。到着した町の文化を味わい、享楽に耽ることこそ至福。あまり妾を待たせるでない』


 女神アシュトレトは想定以上にお怒りのようだ。

 弱きドワーフ達が搾取されていた光景に、ご立腹なのだろう。

 だから私は彼女の機嫌を取るように、エルフ王としての覇気と気品を意識し恭しく告げていた。


「お待たせしてしまって申し訳ありません、全員を殺してしまっては話を聞けませんからね。どうも私はあなたと同じく手加減というモノが苦手で――うっかり闇の楔で相手を殺しそうでして」

『――妾と同じく、か』


 アシュトレトの顔色が露骨に変化。

 長く美しい女神の髪が、ヒカリゴケに反射していた。


 大胆に背中を開いたドレス――。

 その豪奢な装備から覗く肌に、輝く女神の髪を纏わせていたのだが――微笑みで肩が揺れるおかげで周囲の照明を吸ったのだろう。

 キラキラと輝く髪と微笑に似合う、満面の笑みで。


『可愛い事を言うではないか――ふふ、ならば良い。そなたが外道を捕らえる様、妾に披露してみせよ。あやつらの驚愕を今宵の酒のつまみとしようではないか』

「全ては美しきあなたのために――」


 少し演技じみた、女神が喜ぶご機嫌取りなのだが。

 グーデン=ダークは、うわぁ……と引き気味である。

 まあドワーフ語ではなかったので、ドワーフ達には理解ができていないようだが。


「さて、宣言した手前――きちんと成果をみせなくてはなりませんね」


 言って、私は指を鳴らし空間操作。

 イメージするのは魔王が勇者を強制転移させ、自らの目の前に引きずり出す強制イベント。

 突然空間座標を操作され、強制的に前に出された彼らは当然、動揺していた。


 狩人装備の細身の男が、なっ……と鷲鼻を揺らすほどの声を漏らす。


「これは、いったい!?」

「リーダー! あれを! たぶん相手に魔術師が――」

「ありえん、ドワーフ達の魔術師だと!?」


 どうやら彼らにとってはあり得ないイレギュラーだったのだろう。

 しかし、これは現実。

 怯えるドワーフ達を守る様に前に出たのは、女神アシュトレト。

 彼女の神の威光により生まれた聖光が、ドワーフ達を包む中。


 私は恭しく礼をし、慇懃無礼を意識した挨拶を一つ。


「これはこれは、蛮族の方でしょうか? それとも野盗か山賊か、どちらにせよ無辜なる民への虐殺は感心できませんね。既に警告は済んでおります、覚悟はおありと判断しても?」


 相手は二人。

 鋭い目つきの細身の狩人男と、愛嬌ある顔立ちの盗賊の女性。

 どちらも隠密行動に長けた存在だろう。

 実力のほどは、とりあえず手加減した私の拘束魔術を避ける程度にはできるようだが。


 気配は三つあったが、もう一つは別動隊か。

 あるいは別の組織の存在か。

 分からないが――。


 狩人男がハイエナを彷彿とさせるシャープな顔を尖らせ。

 低い男の声で言う。


「人間? いや、エルフ……ハーフエルフか。混ざりモノとはいえ、なぜエルフがドワーフの味方をする」


 ちなみに、異なる種族の間で生まれた種族ハーフを混ざりモノというのは、立派な侮蔑行為である。

 まあ、私は魔王なので別にその程度の事を気にはしないが。

 相手は少なくとも、そういう事を口にしてしまう存在ということだ。


 だが対話は対話。

 こちらも一応、会話という体裁を貫き。


「あなたがたがこの帝国に何かをされて、その報復に国を狙うというのなら放置していたでしょうが――どうやらそんな様子はない。それどころか、あなたがたは非戦闘員、つまり一般人まで狙っている。冒険者ギルドも商業ギルドもそれは看過していない、立派な違反行為です。それを見過ごせるほどエルフは非人道的な種族ではないという事ですよ」


 一応は筋の通った意見だろう。

 もふもふだから優先して救おうとしているわけではない。

 だが――女盗賊の方が眉を顰め。


「あーら、何か勘違いしているようですね、エルフの優男さん」

「勘違い、ですか?」

「ええ、ここにいるドワーフ達はドワーフといってもドワーフラビットと呼ばれる魔物の一種。こちらは採掘に邪魔な魔物を狩っているだけ、あなたの行為は立派な犯罪よ」


 私も相手のまねをして眉を顰め。


「何か勘違いをしているようですね、魔物がどうこう言うのでしたら――そもそも人間と言う種も大陸神をダンジョンボスとした神の眷属、つまりは魔物に分類されるのですが。おや、ご存じないのですか?」

「人間が分類上で魔物だと? おまえ、異教徒か?」

「異教徒と言われましても、私はあなた方がどこの大陸の、どの大陸神を崇めているのか知りませんので――なんとも」


 まあ、相手のスタンスは理解できた。

 ここのドワーフ達はあくまでも魔物であり、ダンジョンで魔物を狩る行為と同じ感覚なのだろう。

 それが本音か建て前かは分からないが。

 どちらにせよ――。


「さて、私は先ほど警告いたしましたが――これ以上暴れるというのでしたら、私もそれなりの対応をしなくてはなりません。素直に投降していただけませんか?」


 二人は顔を見合わせ。

 狩人は弓を構え、自分の姿を隠す魔術を展開。

 盗賊も同じく、姿を隠すスキルを使用し短刀を二刀流。

 狩人の男――その軽薄そうな薄い唇から殺気がこもった声が漏れる。


「生憎だが――我らはエルフも魔物として認識している」

「つーまーりー、あんたたちを狩ってもこっちはお咎めなしってこと、分かる?」


 悪意のない悪意の声。


「それがあなたがたの最終回答で宜しいのですね――では、仕方ありません」


 伸ばした腕の先。

 指を鳴らそうとした、その瞬間。

 男は矢を放ち、女は姿を隠したまま短刀を投げナイフとし投擲攻撃。


 これで正当防衛も成立する。

 そう思ったのだが。

 私が相手の攻撃を受けるよりも前に、男の矢は風に吹かれ弾かれ、女のナイフは宙で止まったままで、固定。


 何者かの干渉だろう。

 狩人が吠える。


「なっ……!? エルフ! きさまっ、なにをした――!」

「私ではありませんよ、拘束から逃れた気配は三つありましたから――残りの一人でしょう。あなたたちのお仲間では?」


 告げる私は、狩人と女盗賊の放った攻撃を止めた存在に目をやった。

 私を庇った――。

 というよりは、正当防衛と言う大義名分を与えないための処理に見える。


 影が蠢き。

 そして、その男は姿を顕現させた。


「そこまでだ――」


 相手は全身黒ずくめの、忍者のような存在。

 見た目は中肉中背の男なのだが、姿を偽装している可能性も高い。

 人間であることは間違いないだろう。


 狩人が言う。


「あなたは……っ、殿下!? どうして、こんなところに!」

「愚者め――身分を相手に明かす言葉を口にするなど、いや、蛮行を成す者の思考など、この程度か」

「し、しかし陛下! こいつらが!」

「少し黙れ――これは非常にまずい、とてもまずい。ああ、なぜ愚かなお前たちは気付かない……」


 呆れの息には冷たい殺意が滲んでいた。

 この男、人間としては相当にできる存在のようだ。

 尋常ではない殺意が可視化された魔力となり、忍者姿の男の周囲を揺らしている。


 とてつもない殺気と魔力のせいだろう、ドワーフを含め全員が腰を抜かしているが。

 私と女神と羊は平然としたまま。

 それが余計に忍者姿の男を呆然とさせたようだ。


 この中で平然としている。

 つまりは三人も規格外の存在がいるということ。

 だから忍者は動けない――。


 ただ一人、彼だけが現実を理解しているのだ。


 しかし、動かぬ輩にこちらが配慮する必要などない。

 私は言う。


「――どうやらお知り合いのようですが、ご説明願えますか?」

「高貴なるエルフの御仁よ。我が大陸の身内が失礼した――無論、事情をありのまま説明させていただくが。どうかその前に、確認させていただきたい」

「構いませんよ」


 忍者姿の男は、喉の部分を大きく揺らし。

 生唾を飲み込みながら、押し出すような声を漏らす。


「貴殿は、よもやフレークシルバー王国の貴族ではあるまいか?」

「おや、よくご存じで。まあエルフといえばフレークシルバー王国か、シュヴァインヘルト領のどちらかが浮かぶでしょうからね。ご推察通り、私は王国のそれなりの地位にある者です」


 絶望の空気が、男の周囲を包んでいた。

 狩人と女盗賊は理解していないようだが――。

 それでも男は言う。


「性別、種族を問わず他者を惑わすその美貌。銀の髪に、赤い瞳。そしてなにより、人を食ったようなその慇懃無礼。そうか……貴殿があの、白銀のエルフ王――レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。生きる神話、幸福の魔王か」


 私は瞳で頷いていた。


「ああ、そうか。貴殿がやはり、あの……お前たちは、本当にとんでもないことをしてくれたようだ」

「で、殿下……ま、魔王って」

「ち、ちがいます! あ、あたしたちはただ、ドワーフをいつも通りに狩っていただけで」


 いつも通り。

 その言葉に女神の不興が一つ溜まる。

 そんな気配を敏感に察したのだろう。


「だから、黙れ。これ以上わたしを怒らせるな――殺すぞ、ゲスども」


 ようやく狩人も女盗賊も状況を理解したようだ。

 自分たちがどんな相手に手を出してしまったのかを。


 闇の楔で拘束された人間を、よっこいしょ。

 襲撃者たちの装備を剥ぎ、代わりに肌に胡椒をまぶしながらのグーデン=ダークが――人間たちを調理用の麻袋に回収する中。

 まだなのかぁ、レイドよぉ……と、女神が欠伸をする目の前。


 規格外の相手、三体を目の前にし忍者姿の男は揺れる。

 きっと、脳も揺れているのだろう。

 ここから先は選択を間違えれば――死。

 考える事すら命がけなのだろう。


 相手は絶望の息を漏らし続けていた。


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