第129話 脳内イメージ ―ドワーフ族の全身鎧―
火山地帯だけあり、この大陸の温度は非常に高い。
普段から地熱で高温な状態に慣れているのか、全身鎧を着ているドワーフ達は元気いっぱいに道を行く。
道と言っても山を削って作りだした鉱山道。
既にここは太陽の届かぬ場所。
だからだろう。
同行者の女神アシュトレトは、仄暗い鉱山道を見渡し。
荷物持ちに使っている人間と、ドワーフに目をやり。
『なんじゃ――暗い道であるのう。案内人よ、もう少し涼しくはならぬのか? 妾は完璧な存在であるが故、体温変化による汗など掻かぬが……、クリームヘイト王国からの使者たちはもうヘトヘトぞ?』
確かに進む道も、溶岩の泥道。
さながら雨の日の土道――鉱山道の砂利そのものが、梅雨のじめりとした暑さを含んでいると思って貰えばいいか。
実は足先のみ、わずかな浮遊の魔術を使っている私にはあまり影響がないのだが。
この坑道を進む人間たちにとってはきつい道。
疲弊も溜まる。
ちなみに。
こちらのメンツは先ほども紹介した通り、魔王たる私。
名が長いことで有名な、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。
女神であることを伏せている女神アシュトレト。
そして、クリームヘイト王国からの使者が数名。
更に、なぜか既にムーンファニチャー帝国のドワーフ達と仲の良い羊、終焉の魔王グーデン=ダーク。
対する帝都への案内役は、私の膝の高さの大きさでワシャワシャ動くドワーフ達。
彼らは女神アシュトレトを振り向き。
甲冑の中で反響する声を上げていた。
『こいつ、なんか、怖い』
『光、陽光、眩しい』
『ハーフエルフよ、おまえ、妻の趣味悪いな?』
振られた私は肩を竦め。
『彼女の属性は光ですからね、あなたたちドワーフにとっては確かに怖く見えるのかもしれませんが――これでも良い所がたくさんあってですね』
『良い、ところ?』
ドワーフ達は再び、一斉に女神を振り返り。
『さっきから、こいつ、愚痴ばかり』
『偉そう、傲慢。エルフより、性格悪い』
『ハーフエルフ、おまえ、きっと、騙されてるぞ?』
さんざんな言われようである。
ショッピング後で心に余裕のある女神アシュトレトは、ドワーフ達の戯れと受け流しているのだが、これも彼女の成長の表れか。
まあ、それでも限界はいつか来るだろう。
しかしアシュトレトは余裕を保ったまま。
『ふむ――ドワーフには妾の美しさが分からぬか。仕方あるまい、美を理解するにも学と言うものが必要であるからな。この大陸はよほど勉学を怠っているとみえる』
あくまでも自分ではなく相手のせいだと、我が道を貫くアシュトレトに私は言う。
『――文献によるとドワーフ達は博識。鍛冶を得意とする影響か様々な地学、天文学、物理学にも造詣が深い、学問に秀でた種族ですから――学がないという事はないかと』
『おい、レイドよ! そなた、どちらの味方なのじゃ!』
『どちらの味方でもありませんが、間違いは指摘するべきかと――』
『妾の美を理解できぬ方が過ちじゃ!』
肩を怒らせる女神アシュトレトに、終焉の魔王グーデン=ダークは、あわわわわ。
『レ、レイド殿! 奥様に対してそ、そのような物言いは!』
『そうじゃそうじゃ! 言うてやれ羊よ! 全て妾が正しいと!』
この羊は本当になかなかどうして調子が良い。
まあ、女神を怒らせたくないのだろうが。
グーデン=ダークはしばし考え、目線を横に逸らし。
『まあ吾輩にも正直、人型の女性の美醜などあまり区別がつきませんからねえ――そもそもドワーフの方々は人型ではありませんし、あなた様の美を理解できない感覚を、吾輩……理解できなくもないのでありますよ』
『おや? ドワーフは人型に含まれるのでは?』
私の言葉に、なぜか私の目線と並んでいるグーデン=ダークは蹄を顎に当て。
『はてはて、うーむ。この世界の分類がどうなっているのかが分かりませんから、吾輩にはなんとも。そうですね、例えばでありますが――吾輩は今こうして二足歩行で移動している羊でありますが、吾輩を人型とはあまり呼ばないのでは?』
クリームヘイト王国からの使者を洗脳し、自らを運ばせている羊に私は目をやり。
『歩行していますか?』
『彼らがこの吾輩のモフモフもこもこに惹かれ、抱っこして運びたいと言い出したので――いやはや、大変申し訳ないとは思っているのですが、溶岩道は蹄が溶けてしまいますので。仕方ありませんね? 仕方ないとお言いなさい!』
うちの女神の美貌に中てられ荷物持ちに。
そして言葉巧みに相手を洗脳する羊魔王に利用され、羊運びに――。
と、利用されまくっているクリームヘイト王国からの使者には後で詫びるとして。
話が進まないので、敢えてもはや突っ込まず。
『まあ二足歩行の羊を人型とは言わないでしょうね』
『そう! それと同じでありますよ! ドワーフである彼らは二足歩行ではありますが、吾輩の認識では人型ではありません! ええ、はい! どちらかといえば、人間よりも我々、ケモノに近い獣人の分類になるかと』
女神アシュトレトが眉間にしわを寄せ。
『そなたが獣人じゃと? 何を言っておるのだ、ペルセポネーの使い魔よ』
『どこからどうみてもプリティな羊獣人、二足歩行の獣なので獣人といっても問題ない筈では?』
『――そなたのような人を食った羊悪魔が、獣人、のう?』
意味深な言葉に続き、女神は更に言葉を述べる。
『――はて、これはおかしい。妾の目には獣人ではなく、なにやら多くの人間の欲を吸った悪魔、あるいはその悪魔が進化し一つの頂点へと辿り着いた獣神にしか見えぬが――財も食も貪りし饕餮か。そなた、そのような姿になるまでに、いったいどれほどの数の人を食ろうたのだ?』
まあアシュトレトは腐っても女神。
終焉の魔王グーデン=ダークが饕餮と呼ばれる神獣であることぐらい、即座に判別できるのだろう。
そして、悪魔である故に過去に人を食ったこともあると、既に確信しているようだ。
まあダンジョンに住んでいた魔物、それも悪魔ならばごく当たり前の話なのだが。
ともあれ、羊はのらりくらり。
『人を食ったなどとは誤解であります――吾輩はいつでもどこでも、どんな種族ともフレンドリー。特に人間という種族が大好きであります』
『ほう、ではどのような人が好きなのか――妾の前で言うてみよ』
『――そうですねえ。好き嫌いはあまりないのですが、居なくなっても周囲に喜ばれるような、どうしようもない外道が一番の好みかと』
アシュトレトが瞳を細め。
神たる声で、更に言う。
『――ふむ、あくまでも食らったのは人ではなく外道だと。そう申すか』
『さて、どうなのでありましょうか。吾輩はこれでも長くを生きておりますので、記憶が曖昧でして。たしかに、記憶のかなたには……人を人とも思わぬ畜生やその仲間を、食らったこともあったのやもしれません』
『妾の夫は、人型の存在を食う事をあまり好いてはおらぬ。言わずとも理解しておるようだが、念のためじゃ。妾を怒らせたくないのであれば、自重せよ。まあ、人ではない外道を食らう事を止めはせぬがな』
終焉の魔王グーデン=ダークは、はふぅ……と息を吐き。
よっと地面におりて、私の足元でトテトテトテ。
『実際、どうなのです? 食ったら駄目でありますか?』
『あなた、ファンシーな見た目の割に結構貪欲なのですね。まあ、彼女が言うように人非人の外道ならばそれは私も人として認定していませんし、確実に真っ黒な相手ならば私は気にしませんよ』
『ではそのように――吾輩も仕事とプライベートは分けております故、ご安心を』
話を聞いていたドワーフが全身鎧と顔を上げ。
『人を食ったら、ダメなのか?』
『人も羊を食う』
『ならば羊も、人を食う』
『お互い様、お互い様。なぜ、人型だけ食うのを、忌避する』
この辺りは、考え方の違い。
現代社会とファンタジー世界の価値観の違いだろうか。
この感覚を伝えるのは難しく、私は少し考え。
『ダメというわけではありませんが、言語を解する種族を食べることはなんとなく避けたくなってしまいますね』
『おや、倫理のお勉強ですかな?』
茶化すグーデン=ダークの揶揄に露骨な溜息を被せ。
『話を戻します――それでドワーフが獣人と言うのは』
『はいはい、その話ならば簡単ですよ。すみませんがどなたか、頭部分でいいので甲冑を外して貰っても?』
やはりグーデン=ダークさんがそういうのなら、とドワーフ達はカチャリと兜を外し。
そして、その下からモフっとした白い獣毛を靡かせ。
ぴょこりとした獣耳を……。
獣?
よく見てみれば、そこにいるのは兎。
『ウサギ? ドワーフ達は常に全身鎧を装備していると聞いてはいましたが……』
『ええ、彼らは地底に住むドワーフラビット。便宜上、ドワーフと呼ばれておりますが分類上は魔物ですよ』
まあ確かに、鎧の下を勝手に想像。
屈強な小人をイメージしていたのはこちらである。
ドワーフ達が甲冑で寝癖状態になっていた耳毛を整えながら、もふり。
『なんだ、ハーフエルフ、知らなかったのか』
『おまえ、無知』
『これだから、エルフで人間は、困る』
ウサギ達はふふんと小馬鹿にした顔で私を見上げていた。
膝サイズの、二足歩行のウサギの群れである。
……。
思わず思考停止してしまった私に、アシュトレトが言う。
『レイドよ、おぬし……よもやモフモフだからと甘い対応をするつもりではあるまいな?』
『……私がそのような事をするとでも?』
『顔に書いてあるぞ。はぁ……おぬしのそーいうところは、本当にあの方にそっくりであるな』
説教モードで何やら言いかけた。
その時。
奥の方から悲鳴が聞こえた。
それは、くぐもった甲冑音。
ドワーフの助けを求める声だろう。
『どうやらトラブルのようですね、私が先行します――』
慌てて悲鳴の方向へ。
そこにはどこか別の大陸からやってきたであろう人間たちが、ドワーフを掴み上げ、採掘した鉱石を奪う姿が見えていて。
私は、これはドワーフとの交渉材料にできる。
なにより獣を虐めるのは感心できない。
と。
種族としての人間、それも善行値が悪に寄っている人間のみに効果のある魔王専用の”即死魔術”を発動。
「人族即死魔術:【人間失格】」
良心が心臓を蝕むように、彼らの心臓が蝕まれ。
ぐしゅり。
そのまま彼らは溶岩砂利に沈んでいく。
ドワーフを狙う悪漢たちを殲滅することに成功していたのだった。
即死耐性装備を身に着けていないと、問答無用で殺戮する魔術である。
少しやりすぎたような気もするが――。
まあ、【人間失格】の対象になったのならば悪人なのは確定――今の私ならば蘇生も可能なので、後で理由を聞けばいいだろう。
襲われていたドワーフ達は、私を見上げ。
『一瞬で、魔術、人、殺した?』
『すごい、だが、なんだおまえ』
『敵、エルフ? 人間、わからない――』
だいぶ混乱しているようだ。
わしゃわしゃガサガサ、走り回っている。
全身鎧の中が屈強な小人だと思っていると何とも思わないが、中にドワーフラビットが入っていると思うと……なかなかに、良い光景である。
私は怪我をしている彼らに治療魔術をかけながら、ドワーフ語で問いかける。
『――なにやら絡まれていたようですが、大丈夫でしたか?』
どうやら本当にピンチだったようで。
追いついてきた先ほどのドワーフ達は顔を見合わせ。
『エルフ人間、助かった。仲間を助けてくれて、ありがとう』
『しかし、良いのか?』
『こいつら、人間の大陸からやってきた悪い奴ら。おまえ、たぶん、こいつらの仲間に狙われる』
ドワーフ達が人間たちの死体を眺め、ぶるりとその獣毛を揺らしていた。
人間を恐怖しているのだろう。
確かに前も、人間たちが鉱山を荒らしているような事を告げていた――。
他の国家と騒動になる可能性も考えられるが。
私は構わず。
『その辺りの事も含めて事情をお聞かせ願えますか? 乗り掛かった舟です、なにか力になれるかもしれませんので』
にこりと微笑む私に。
いつもは人をかき乱すアシュトレトは溜息。
そーいうところも本当に……と、困ったようなけれど懐かしむような苦笑を漏らしていた。