第128話 ドワーフの国にて
初手でどうせ何かが起こる。
大方の予想通り、既に私は囲まれていた。
時は穏やかな昼下がり。
場所は潮の香りも爽やかな、ドワーフ達の国ムーンファニチャー帝国の港町。
火山地帯の大陸ではあるが港町だけならば、普通の人間の町と変わらない景色が広がっているのだが。
他の乗員は普通に船から降りられているのに、私は両手を上げ、犯行の意志がないことと無実をアピール。
炎天下の豪華客船の中。
一人で手を上げドワーフに囲まれる、エルフ王の図の完成である。
同行者たるアシュトレトは私が絶対に無事だと確信しているようで。
下手に妾が介入すればドワーフ虐殺事件になりかねん、なので妾はショッピングを楽しんでくると離脱。
バアルゼブブとダゴンは魔術国家インティアルにいるので、今回は同行していない。
まあ、分霊を飛ばしてくることはできるらしいが――彼女達も同じ理由で、ドワーフになにかやらかす可能性もあるので、自重しているようだ。
私はジト目で、素知らぬ顔で街を歩くアシュトレトを眺め、ぼそり。
「正しい判断ではあるのですが――」
『上上下下〇●〇●エービー?』
語り掛けてきたのは、おそらくは街の衛兵として配置されているドワーフ達である。
今のは暗号ではなくドワーフ語。
私は記憶の奥にあるドワーフ語の知識を探り……。
困りきった商売人の顔で、彼らの言葉を披露してみせる。
『確かに私にはエルフの血が混じっていますが、敵意はありません。クリームヘイト王国のピスタチオ女王から許可された正式な商人なのですが……』
私の膝ぐらいの大きさのドワーフ達は私の許可書を眺め。
じぃぃぃぃぃぃぃぃ。
わしゃわしゃウダウダと相談し始めていた。
その姿はさながら白雪姫に登場する体躯の、小人の重戦士。
彼らは太陽の光を嫌っているせいで、地下にいないときはこうした重鎧を身に着け、全身を覆う習性がある。
白い全身鎧を纏う代表が前に出て。
『おまえ、ことば分かるのか?』
『ええ、まあ。これでも日常会話程度でしたら、様々な種族の言葉を習得しておりますので――今も意味は通じているのでしょう?』
『そうか、おまえ、エルフの悪いヤツか?』
やはりエルフへの印象は最悪なようだ。
この世界が誕生した瞬間から、エルフとドワーフの仲が悪いのかどうかは分からないが……エルフが嫌われている理由には一つ、大きな心当たりがあった。
人当たりのいい、少年時代に培った演技の顔で私は苦く笑い。
『エルフは百年ほど前に王位継承騒動が発生しまして……王の名の下意識改革が行われたのです。長命であるドワーフの方々にとってのエルフのイメージは高慢で、どうしようもない種族。当時の印象が強く残っているのでしょうが――我々は変わった。いえ、今も変わろうと努力をしているのです』
『おういけいしょう? スノウ=フレークシルバーは死んだのか?』
『ええ――まあ……そういうことになりますね』
ドワーフ達は集合し、全身鎧を揺らしヒソヒソヒソ。
『白銀女王が、死んだ。おまえたちが、殺した?』
『正確に言うのなら誰のせいでもない。恋も知らぬ少女を女王とし、千年以上も国のために働かせた結果……といいましょうか。女王にも追放されるだけの理由があったので……』
そもそも白銀女王の次の王は、彼女の兄であり。
今の国王は、その兄に成り代わっていた大災厄を討伐し王となった。
そう説明したものの。
『そうか、エルフの、事情は、エルフの事情。なれど、白銀女王が死んだのならば、エルフ、もっと悪くなる』
『エルフ、追い返す』
『おまえたちは、傲慢。魔術に弱い、おれたち、馬鹿にする』
どうやら、白銀女王に対しては悪い感情をもってはいなかったらしい。
しかしそれが逆に仇となったようで。
『ふむ、困りましたね――私はハーフエルフなのですが、それでも駄目ですか?』
『むう。なんの、ハーフだ』
『一応は人間とエルフのハーフになるのかと』
まあ母は千年生きた無限の魔力を持つエルフ女王で、父はエルフの里に流れ着いた人間の勇者。
そして私自身は魔王なのだが。
ドワーフは再び集合し、ヒソヒソヒソ。
『おれたち、人間も、嫌い』
『あいつら、集団で、おれたちの鉱山を、荒らす』
『おまえ、エルフで人間。もっとも、おれたちの、敵』
余計に事態を悪化させてしまったようだ。
こういう時にはルイン王子やグーデン=ダークのような、スキルとしての交渉術を使うべきか。
そう思い、スキルを選択しようとしたその直前。
ポロロロン、と竪琴を鳴らす音がした。
その気配は――魔王。
次元を渡りやってきたのは、終焉の魔王グーデン=ダーク。
『はてはて、みなさま――どうやら問題が発生したようで。どうかなさったのですかな?』
『むう、グーデン=ダークさん』
どうやらこの羊。
ドワーフとは知己の仲らしく、グーデン=ダークは竪琴を装備した【吟遊詩人(羊)】姿で私を見上げ。
任せておけとばかりの、ドヤ顔羊ウインク。
『この男、こう見えてもなかなかにいい商品を持ってきておりまして、はい。いやいや、この吾輩の知り合いなのですが、どうです? 商品だけでも見て貰って、それで判断してはいかがかと』
『まあ、グーデン=ダークさんが、そう、言うのなら』
ドワーフ達は頷き、納得したようだ。
再び”さん”呼びである。
……。
こいつ、既にドワーフと良好な関係を築いているのなら。
私はドワーフ語ではなく共通語と共に、羊のモフモフとした背を睨み。
「これ……私は必要なかったのではないですか?」
『そんなことはありません。彼らが神と崇めている神獣を捕獲、或いは説得して連れ帰るわけでして……はい。いざとなったらあなたのその強力無比で不遜な、生意気な魔力で神獣を……っと、なんですか、その顔は! っ吾輩に手を出したら、契約違反でありますからね!』
「そもそも、あなた――なんでついてきているのです。船には乗っていなかったでしょう」
『移動の時間に付き合うのも気が引けましたし、なにより吾輩はその、彼女が怖いのでありますよ』
言って、終焉の魔王グーデン=ダークは黒い鼻先に汗を浮かべ。
見つめるその先にいるのは、クリームヘイト王国からの使者を買い物の荷物持ちに使っている女神。
「ああ、あなたでも女神は怖いのですね」
『……アレと長年、ふつーに暮らしているあなたが異常なのですよ。女神アシュトレト、彼女はヤバい。本当にヤバい。今はおとなしく戯れているようでありますが――その神性、その根源はバビロンの大淫婦。アレはこの世界の中でも異質でありますが、外の世界においても危険視される存在でありましょう。何故そこまで正常な関係を築けているのか、正直理解に苦しみますよ、吾輩は』
目が合ったのだろう、ぶるりと耳を下げつつもグーデン=ダークは女神に手を振り。
にっかぁ!
フレーメン反応のような笑顔を見せているが――。
その手は道化を演じるタイプの悪魔であるにもかかわらず、少し震えている。
どうやら、本気で畏怖を抱いているようだ。
「アシュトレトに怯えているのは本当のようですね」
『夜の女神様からも、あれを敵にはするなと言われております故。雇用主との約束は守りますし、ぶっちゃけ、アレを怒らせたらこの世界、たぶん一瞬で終わりますからなあ!』
この人を食ったような羊にここまで言わせるアシュトレトは、さすがと言ったところか。
私の想像以上に、アシュトレトを危険視しているようだが……。
女神への愛想笑いを終えたグーデン=ダークが言う。
『ところで、商品は何を持ち込んだので? 相手を信用させ、地底帝国に入り込むために”商売という体”を大切にするべきである、と考えておりますが』
「まあ、一番手っ取り早いのはこれだと思ったので」
言って私が取り出したのは、今現在、魔術国家インティアルのダブルス=ダグラスが量産している神の秘薬。
エリクシール。
回復アイテムとしては最上位の最高級品。
それをダース単位で木箱に詰め、取引できる形で在庫をある程度用意してきたのだ。
『ふむふむ……なるほど、確かにエリクシールを量産しても、売る相手がいなければ商売は成立しない。ならば魔術が不得意なドワーフにエリクシールを売りつけ、需要と供給を作り出し、今回の件のついでに魔術国家インティアルを救おうと』
確かに、エリクシールの販売ルートを作ることも今回の計画に入っている。
魔術国家インティアルを通し、ドワーフとも友好な関係を築けるのならば――それに越したことはない。
「別に、救うなどと言う大層な目的ではありませんよ」
『うわぁ、魔王のくせに人助けなど、せこいですねぇ。臭いですねえ、偽善ですねえ! だが! 吾輩の目的とも一致しているので、問題なし! メメメメメ! さあエリクシールを餌に親書を渡し、いざいざいいざ! ムーンファニチャー帝国の首都へと出陣ですなあ!』
グーデン=ダークの口利きもあり、とりあえずの入国は許可された。
いきなり襲われなかったことは奇跡。
今回の旅はきっと、良い旅になるだろう――。
……と、そう思いたいものであるが。
こちらのメンツは、魔王と女神と羊魔王。
どう考えても、何かあるとしか思えない事が問題である。