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第126話 新たなる目標


 異界の獣神と契約を交わした私は、三女神に事情を説明していた。


 場所は、三女神以外には聞かれてはまずいと維持したままの、さきほどの空間。

 グーデン=ダークは人間たちを揶揄うついでに、罪滅ぼしに知恵を貸してやると元の空間に帰還している。

 説明する私と三女神が、無限に広がる虚無の空間に存在しているのだ。


 私は三女神たちを招き入れた直後に事後承諾になったことを詫び、終焉の魔王グーデン=ダークとの契約を開示。

 事情を説明したのだが――。


 私はしばし、呆然としてしまった。

 どうしたことか。

 あの方の情報が手に入るかもしれないというのに、三女神はさほど動揺をみせてはいなかったのだ。


 一番慌てふためきそうな女神アシュトレトも冷静。

 理解したとばかりに、落ち着いたまま。

 既に王宮に戻った羊の背を眺め――つぅっとシリアスに瞳を細める。


『ふむ……なるほどな。夜の女神めが一人の魔王に満足できずに、そなたを所望していた理由はそれか。確かに……契約にて魔王にした駒であるのなら、純粋な手駒とは言えぬ。おぬしを加えて二つの魔王にしたがっていたとしても不思議ではあるまい』


 それは百年前の話。

 夜の女神には既に吟遊詩人姿の魔王がいるにもかかわらず、私を勧誘しようとしていた話だろう。

 女神が魔王を保有する数は、一柱につき一人のみ……。

 そんなルールやマナーを破ろうとしていたときの事だ。

 今となってみれば理解ができる状況を踏まえ、私は言う。


「夜の女神ペルセポネー……彼女にとってのグーデン=ダークは情報提供者であり、ビジネスパートナー。通常の魔王契約とは違い、特殊な関係だったのでしょうね。しかし……」

『んぬ? どうしたのじゃ?』

「――どうしたもなにも……なぜあなた方はそれほどまでに落ち着いているのですか?」


 問われた三女神は顔を見合わせ。

 ダゴンが言う。


『お言葉ですが旦那様。あたくしはいつでも落ち着いていると、自負しておりますが』

「そうですね、ダゴン……あなただけが落ち着いている状況ならば予想通り、あなたはいつでも理知的で頼りになる。正直、あなたばかりに苦労を掛けている状況に心苦しくもあるのですが――」

『あたくしは旦那様の伴侶。気を揉んでいただける事は嬉しく存じますが、あたくしをどれだけ頼っていただいても宜しいのです。それこそがあたくしの本望、生き甲斐なのでございますから』


 胸元にそっと細い指をあてる仕草は清楚。

 女神ダゴンはいつも通りに、本当に安定している。

 アシュトレトがジト目であるが、女神ダゴンに世話になっている自覚はあるようで――ぐっと我慢をしているようだ。

 バアルゼブブはいつものように、ホケーっと虚無空間でエヘヘヘヘっと嗤っているのみ。

 そう、本当にいつも通りなのだ。


 あの方の情報のチャンスを掴んだ。

 確実に目標に近づいている、というのにだ。


 行動が読めない私は、アシュトレトとバアルゼブブに目をやり。


「――てっきりそちらのお二人は、今すぐにでも終焉の魔王グーデン=ダークを縛り上げ、情報を吐き出させると言い出すものかとばかり」

『だ、だって。レ、レイドと、け、契約……したんなら、手を出しちゃったら、困る、でしょ?』

「それはまあ……そういう契約にはなっていますが」

『だ、だったら、ぼ、僕はそ、それでいいんだよ?』


 珍しくバアルゼブブからの正論である。

 アシュトレトも続いて――。


『終焉の魔王グーデン=ダークとやら。あの者の本質は悪魔。おそらくはダンジョンに発生するレアエネミーとでもいうべき特異個体。しかし、どれほどに進化をしようが悪魔は悪魔。おそらくは一度取り決めた契約を守る種族であろう。そもそも悪魔とは……わらわたちと同じく、まつろわぬ者。つまり異教の神とその信徒により貶められ、神から落とされた存在。故に、多少の親近感もあるのでな――』


 私は考え。


「あなたが怠惰を司る悪魔アスタロトとされたように、そしてあなたが悪魔王バアルゼブブとされたように――同じく、人間によって悪魔へと貶められた者……ですか」

『まあおそらくあの者は既に悪魔と定義された魔物。妾たちと同じような、直接的に神から堕とされた存在ではないだろうがな』

「――しかし……」


 やはり、私は考え。


「本当に宜しいのですか?」

『なにがじゃ』

「あのグーデン=ダークは確実に情報を握っています。だからこそ、私はあなた方を止めるか説得するかの覚悟を持って話を打ち明けたのですが……拍子抜けと言いましょうか。いえ、絶対に契約に反対だと反発されていたら困ったので、こうして頂けて助かってはいるのですが」

『腑に落ちぬと?』


 肩を竦めた私は頷き。


「まあ端的に言ってしまえばその通りです。あなたがたは、永久ともいえる時の中で、ずっと……恩人たるあの方と再会しようと、世界を彷徨っていたのでしょう? なのに何故、そこまで冷静でいられるのですか。なぜ、勝手に契約をした私を――」

『ふふ、レイドよぉ。おぬし、なにやら勘違いをしておらぬか?』

「勘違い、ですか……?」


 アシュトレトは苦笑し。


『確かに名前を言えぬあの方は、恩人じゃ。返すことのできないほどの恩があるし、あの方の兄君を助けることができなかった負い目も感じておる……会えるならば、今すぐにでも会いたい。それは本音であろうな。じゃが、今の妾はそなたと共にいる』


 迷いも曇りもない昼の如き女神の微笑をもって。

 普段、やりたい放題の彼女ははっきりと告げていた。


『今の妾は、そなたを選ぶ――ただそれだけの話じゃ。どちらも大切な存在であるという事に、変わりはないがな』


 腐っても女神。

 考えなしとしての側面も強いアシュトレトがみせる微笑は、とても眩しかった。

 だから。

 私は思わず口元を手で覆って、僅かに目線を逸らしてしまった。


『ほう? 照れておるのか、可愛いおのこよ。さすがは妾が選んだ男、素直になれずに照れる様も良き。なんともまあ、美しく育った白兎よ』

「照れてなどいませんよ、不意を突かれただけです」

『それを照れと言うのであろうが――』


 感情に従ったアシュトレトに続いて、女神ダゴンも淑やかに微笑み。

 理論を解説するべく口を開く。


『あたくしも、心に従い旦那様を優先いたします。それがあの方にとっても、おそらくは正しい選択。もしあたくし達が旦那様を蔑ろにし、あの方のためだけに動いたとなれば――それは失望。失意。そして絶望を招くと想定します。あの方は――旦那様への不義理を許さぬでしょう』

「あの方と呼ばれた方は、それほどに優しい方だったのですか?」


 瞳を閉じたダゴンは昔を懐かしむ顔と声で。

 しかし、事実を告げるように淡々と――。


『全てを憎悪し、嫉妬し、怨嗟に満ちていたあたくし達――堕ちた女神を拾ってくださった方です。自らの手が汚れることも厭わず、楽園にて自らの立場が悪くなることも顧みず――救ってくださった方です。打算よりも、目の前で倒れている者に手を差し伸べてくださるお方です。こちらが心配になってしまうほどに、とても、とても優しいお方です』


 それでも、とダゴンは淑やかに微笑み。


『旦那様を蔑ろにして、あの方の元へ向かおうとは思いません。確かに、あたくし達にとって三百年程度の時間など誤差とも言えるでしょう、時の流れの中で発生した一瞬の甘い幻――泡沫の夢と言えるでしょう。けれど、とても大事な時間です。とても嬉しい時間なのです。目を閉じると、いつでも旦那様の顔が浮かぶのです。だからきっとあたくしは、この選択を間違いだとは思いませんわ』


 二人の後に、バアルゼブブは考え込み。

 何かを言おうとするも、やはり考え込み。

 腕を組んだまま、ふしゅぅっと頭の上に湯気を浮かべて思考停止。


 その思考の先を読んで、私が言う。


「二人に、先に言いたいことを言われてしまいましたか?」

『う、うん! な、なんで分かったの?』

「まあ長い間を共に過ごしていますからね――」


 どうやら、私は私が思っているよりも彼女たちに大事にされている。

 まさか”あの方”と呼ばれている者よりも、優先されるとは思ってはおらず。

 どうも反応に困ってしまう。


「ありがとうございます――と言っておいた方がいいのでしょうね」

『なに、構わぬ――妾たちも結局のところは自分の感情、つまり欲を優先しているだけの話。それよりも、妾たちはそなたを優先するから構わぬし、そもそも外の異物と接触を図った夜の女神はともかく……他の女神どもにはこの話、聞かせるわけにはいかぬな』

「午後三時の女神ならば、まあなし崩しに説得はできるでしょうが……」

『うむ、他の有象無象には――この話を伏せておくべきであろうな。あの方を追って暴走する女神は必ず現れる。そして契約を結んだ以上、そなたはアレを守るのであろう?』


 何を優先しても守るかどうかは別として。

 私は合理的な答えを返していた。


「まあ対等な契約ではありますし。彼から情報を引き出す前に死んでもらっても困りますし、それになにより彼の背後には異世界でも名が知れ渡っている強大な獣神がいる。敵対は避けたい所ですね」


 女神アシュトレトは真面目な顔で。


『四星獣……盤上遊戯を支配する強大なケモノ、であるか……』

「ご存じなのですか」

『いや、妾達があの方を追い堕天したころには、盤上遊戯なる世界は存在しなかったはずじゃ。しかし……そうさな……我らが楽園に在った頃。勝者の願いを叶える”魔道遊戯盤”とそれを”見張る猫の置物”があったとは妾も耳にしておる。確かあの猫の置物に手を差し伸べ、力を与えたのも、まだ兄君が生きておられたころの”あの方”だと記憶しておるが』


 アシュトレトに目線を振られた女神ダゴンが、記憶をたどる様に瞳を細め。


『――あの時の置物が長い時を経て神性を獲得。主神となった世界があるいは盤上遊戯なのかもしれませんわね。そしてその世界にて、同じく神性を獲得したパンダの部下が、あの終焉の魔王グーデン=ダーク……』

「どうかなさいましたか?」

『ふふふ、いえ、パンダや猫が強い神となっているだなんて、あの方らしいと思ったもので』


 過去を懐かしむダゴンの表情は、とても穏やかだった。

 きっと、様々な思い出が楽園に在ったのだろう。

 そんな記憶の断片を掴むように、ダゴンの唇が言葉を繋いでいた。


『――こんな懐かしくも悲しい感情が残っているからこそ、きっと……他の女神達がこの話を聞けば暴走してしまうでしょうね』


 だからこそ、他の女神には絶対に漏らせない。

 少なくとも、今のあの方がどうしているのか、それを確定させるまでは。

 頭の中で計画書を組み立てながら私が言う。


「とりあえず、まずは一匹。あのグーデン=ダークが望む獣神を捕獲しましょう、あの方の現在を知っているという事は他の女神への交渉材料にできますからね」

『ば、場所は、分かってるの?』

「ええ、まあ。分かってはいるのですが――少々問題がありまして……」


 首を傾げるバアルゼブブに、私は懸念の一つを口にしていた。


「実は、彼が望む神獣のいる場所は主にドワーフが暮らす大陸なもので……」

『そ、それが……ど、どういう問題、なのかな?』

『なんじゃレイド。妾たちを睨みおって……別にまだ、何もしておらんぞ!』


 無責任な二柱に、私は肩を落としていた。


「この世界を作ったのはあなた方でしょう?」

『そうじゃが?』

「――多くの伝承にある通り、エルフとドワーフは種族的に嫌悪しあっている。相性が非常に悪いのですよ。そしてこの混沌世界でもそれは同じ。私はハーフエルフでエルフの王ですからね、通常での入国はまず間違いなく不可能です」


 女神ダゴンだけは理解していたので、くすりと余裕のある笑みであるが。


『いざとなれば――全て洗脳してしまえば宜しいだけの事では?』

「それもそうなのですが……」


 獣神を回収した後に洗脳を解除すれば問題はない。

 問題はないが……。

 まるで悪人である。


 アシュトレトは既に旅行気分なのだろう。

 ルイン王子から献上されているドレスを衣装ケースから取り出し、うきうき顔で告げていた。


『ともあれじゃ! 目的地が決まっておるのなら話は早い! どうせこの国のエリクシール量産計画にはまだ時間がかかる。妾はまた船旅がしたいのでな! 豪商貴婦人ヴィルヘルムとやらに船の準備をさせよ! そして、豪華客船にて宴を催すべきであろう! これは女神の勅命である!』


 名案じゃ!

 と、女神は高らかに笑っている。

 実際、女神が乗る船ならばスポンサーも多くつくので、容易いだろうが。


「あなたは、いつでも能天気で楽しそうで――羨ましいですよ、本当に」

『うむ! そなたと歩む今が、妾はとても楽しいのじゃ!』


 また。

 いともあっさりそう告げた女神アシュトレト。

 その笑顔はとても明るく、眩しい陽光のようで――。


 バアルゼブブが言う。


『レ、レイド。もしかして、照れてる?』

「……さて、どうなのでしょうね」


 バアルゼブブは私を見上げ、それ以上は何も言わずに。

 ただぎゅっと、私の服の裾を掴むのみ。

 感情を前に出すのが苦手な私は、バアルゼブブの頭に手を置き。


「うまく自分の感情を言語化できない。つい、言えずに黙ってしまう。そんなところが……あなたと私は似ているのかもしれませんね、バアルゼブブ」


 彼女は私を見上げ。

 口元だけの笑みを作った。

 きっとそれが精一杯の肯定なのだろう。


 不器用な私たちには、アシュトレトのような光は眩しいが。

 それでも、共にいることはとても楽しい。

 私は――おそらく。


 もう、彼女達と離れることはできないのだろう。


 もし姉ポーラが天国でこの光景を眺めているのなら。

 きっと。

 それが家族なのよ――と。

 私の頭を、その手で撫でていた事だろう。






 《to be continued―次章へ―》

『MEMO』

本章以降、魔猫シリーズとの関連が深まっていきます。

本作単体でもお読みいただけますが、

原典:殺戮の魔猫の情報が入っていると

より深くお理解いただける内容が増えてくる構成となっております。

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