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第124話 杞憂 ―育たぬスキル―


 エリクシール量産のために必要な素材集め。

 ダンジョン遠征から帰還したのは、二人の姉弟。

 ルイン王子とティアナ姫である。


 黒髪褐色肌の王族は、宮廷を我が物顔で過ごす終焉の魔王グーデン=ダークを眺め――困惑。


 ぐぎぎぎぎぎっと視線ではなく首ごと私に向け。

 ティアナ姫が言う。


「旅の吟遊詩人を捕らえたとの一報を聞き、戻ってきたのだが……これは、いったい」


 まあ彼女の記憶にあるのは、人型の吟遊詩人。

 彼を捕まえたと言われて戻ってきて、王宮の一室で寛ぐ羊が出てきたら困惑もするだろう。

 一応、今のグーデン=ダークはとりあえず捕虜としての扱いなのだが……。


 ルイン王子も動揺しているのか。

 ターバンの先で揺れる鈴を鳴らし。


「姉上、その……羊から助言を賜っていたのですか?」

「そんな筈あるか」

「しかしこれはどう見ても、二足歩行の羊……獣人とは違い、悪魔の一種のように見えますが……」

「どうやら……姿を変える魔術で騙されていたという事か。ワタクシが相談していたのはこの世の者とも思えないほどに気高い、気品に溢れた、神秘的な美貌の吟遊詩人殿だった。このような愉快な羊では……ない、はず、なのだが……」


 愉快な羊と言われ、グーデン=ダークはメヘヘヘヘ!

 潜っていた布団からジャンプで飛び出し、スチャっと着地。

 揶揄するように、口元を蹄で押さえ。


『プフフフフ! 吾輩は悪魔族にして分類は夢魔! 相手が望む姿、理想の王子様の姿へとこの身を変貌させる能力を有しております故? それはティアナ姫殿下、あなたの理想の相手を模した姿であったということです! そして、今、あなたの理想の姿を計算すると、こうなります!』


 告げてモフモフな羊は宙返り。

 私と全く同じ姿の、銀髪赤目のハーフエルフの貴公子へと転身。

 ティアナ姫が冷静に口を開いていた。


「ふむ、なるほど――悪魔はそうやって交渉を有利に運ぶのだな」

『って、あれ? 意中の相手を前にして、その姿に化けてやる。たいていの人間はここで、あわわわわ! な、なにをしゅる! と慌てふためくものなのですが……反応、鈍いですね? もしかして、ダンジョンで頭をお打たれになられましたかな?』

「レイド魔王陛下を好く人間は多かろう、なにしろこの容姿にその能力。ワタクシがこの方を異性として好いているなど周知の事実。別に問題ない。よもや、その程度の事を騒ぎ立てる気であったのなら――終焉の魔王も矮小な存在であったという事か」


 恥じらいもなく、事実としてはっきりと肯定されては立つ瀬もないのだろう。

 終焉の魔王グーデン=ダークは、ムスっとしたまま。

 今度はルイン王子に矛先を向け、ダブルス=ダグラスの姿に変貌して見せる。


『では! これならどうです! いやあ、恥ずかしいですねえ。ずっと一緒に育ってきた相手に、良からぬ恋を抱いているとは、王子殿下も隅に置けませんなあ!』

「僕が彼女を愛していることは、まあ皆が知っているでしょうから……」


 こちらも困り顔の肯定であるが、慌てふためく様子はない。

 なにしろルイン王子はダブルス=ダグラスの件で一度だけ、姉に対して手を上げたことがあったと聞く。

 王宮の中で噂ぐらいは出ていただろう。


 グーデン=ダークの手口は相手に否定させ、そこを突いて思う存分に揶揄し――心のスキを突くことにあるのだろう。

 だからこそ、素直に認められてしまったら全てが破綻する。

 失敗に終わった終焉の魔王の揶揄に、私は苦笑してみせていた。


「――どうやら、あなたは存外に純粋な相手に弱いようですね。グーデン=ダーク」


 再び揶揄うのに失敗した終焉の魔王グーデン=ダークは、ムスゥゥッゥ。

 フレーメン反応のように歯を覗かせたものの、これ以上の失態を見せるつもりはないのだろう。

 姿を元の羊に戻し、ソファーに飛び乗り。


『はぁあぁ、面白くない! 吾輩、興が削がれました――! それでは次の終焉を待つためにも百年ほど寝ますので、魔術国家インティアルの皆さま、お疲れさまでした。後はどうぞ、せいぜいご自由に……!』

「ここまで好き勝手やって、そのような我儘が許されるはずないでしょう」

『問題ありませんよ――吾輩は夜の女神様から、この我儘も愛されております故』

「神が許しても、私が許すかどうかは別です――あなた、一応はまだ捕虜だという自覚はないのですか?」


 と、グーデン=ダークの首根っこを掴んだのは私。

 幸福の魔王レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーである。


『――なにをするのでありますかっ、幸福の魔王!』

「あなたがしていることは大したことのない思考の誘導だったとしても、ティアナ姫を使い私にケンカを売り、この国を滅ぼそうとしていたのは事実でしょう? その責任を全て取れとまでは言いませんが、せめて少しぐらいはこの国のために、罪滅ぼしをしてから眠った方がよろしいのでは?」

『はて、とは言うものの――』


 終焉の魔王グーデン=ダークは二足歩行モードで周囲を見渡し。

 資料を最適解の順に空へと浮かべ、バサササササ!

 眼鏡を装備しクイクイクイクイ。


『今回のエリクシール量産計画で、既に物流の流れが完成していらっしゃる御様子。これは武力によって統一された国家を安定させる最善策。おそらく、民に協調性を与えるための、どこぞの姑息なエルフ魔王の施策でしょう。ここまでは合っておりますね?』

「どうぞ、お続けください」

『これからは大陸で一致団結。魔王相手に意地を張っている余裕はなく、この大陸の人類は協調性を学ぶはず。魔王レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーへの借金返済に邁進することは、ほぼ確定。そこまでは吾輩でなくとも、見えているでしょう』


 次にグーデン=ダークは計算書の束と、時間経過のグラフを合成。

 一枚の資料として新たなデータを空に展開。


『吾輩の計算ですと、順調にいったとして数年……三年もしたらこの国家は魔王から国を買い直せるでしょうし――そうしたら後は自動的に幸福は訪れる。なにしろ借金を返済したからといって、完成された物流システムがなくなるわけではありませんからね。そして物流を担う街には新たな人の流れが生まれ、人の流れが生まれればそこには経済が誕生する。通行人を相手にする需要と供給が生まれ、活気も人の営みも充実する。なにしろ、魔術王に統一されたこの大陸はまだ歪んでおりましたからね――その歪みを修正する、絶好の機会でもありましょう』


 王子と姫が関心している横で、なぜかグーデン=ダークがドヤ顔をし。

 眼鏡を再びクイクイしながら、斜に構えてモフモフの決めポーズ。


『――幸福の魔王が促したのはそれだけではない、ダンジョン攻略により新素材を発掘、海外に輸出するという新たな商売を誕生させることにも成功しているのです。それは滅びとは反する、終焉から遠ざかる悍ましい一手! ああ、小生意気ですねえ! 小賢しいですねえ! 吾輩の理想と反します! っと、失礼。少し熱くなりましたが、ともあれ……です。このまま順調にいけばダンジョン探索システムも完成されるでしょうし、この国は魔術王の支配時代よりも、大きく栄えるでしょうね。子供たちも笑顔になることは確定。さすれば黄昏の女神バアルゼブブ様も満足して、魔王陛下の外遊も一件落着』


 グーデン=ダークは私の計画を見抜いた上で。


『正直申し上げまして、幸福の魔王。いくらあなたが幸福を司る魔王だとしても、過保護が過ぎるのでありませんか? 吾輩、同じ魔王としてあまり感心できませんのでありますが?』

「……まあそういわれても仕方がないかもしれませんが、見てしまったのだから仕方ないです」

『見てしまった? はて、なにを?』

「――神を信じ、孤児院で微笑ましく暮らす子供の成長を手助けする。その程度の偽善を、魔王たるこの私でも持ち合わせている。ただそれだけの話ですよ」


 邪悪な羊は露骨なほどに、眉間に皴を刻み。


『うげぇ、本当に偽善で、うっ……吾輩、気分が悪くなってきました』

「正直は美徳と言いますが、あなたの場合はどうなのでしょうね……」


 どう見ても外道なのだが、やはり私に刻まれている魔王制限がこの羊を許容する。

 他の魔王にも、モフモフな存在に手を出せない縛りがあるものだと思っていたのだが……。

 考え込む私の顔色を覗き、赤い瞳を輝かせ羊が口を蠢かす。


『吾輩の事はまあ――いいとして。既に成功の未来はほぼ確定。幸福への流れが、既に完成されているわけで? 吾輩が入る隙間など、微塵もございません。つまり、手伝う余地など微塵もありませんなあ!』


 すなわち、手伝う必要もなし!

 と、グーデン=ダークは開き直りの構え。

 ティアナ姫が私に顔を向け。


「しかし……魔王陛下がそこまで考えておられたとは――」

「姉上と同様に、僕も陛下に何とお礼を言ったらよいのか……」


 姫と王子をすっかり心酔させてしまっているが、これはこれで危険だ。

 妄信は人を駄目にする。

 ダブルス=ダグラスぐらい、私に感謝をしながらも、それはそれこれはこれで――対等な、自分の意見を言える相手ならば問題ないのだが……。

 彼等はかつて、私が子供だった頃に扇動されていた民に近くなっていた。

 それは私の失敗の思い出の一つ。


 少しの寂しさを感じつつ。

 私は距離を取るように、事務的な声で返していた。


「買い被りすぎです――もちろん見返りは要求するつもりなので、善意のみでしていることではありませんよ。そして計画もですが……ここまで物流を整えるプランを考えたのは私ではなく、私の部下ですよ。まあ、どのような方向で国を纏めさせるのかの提案はしましたがね」


 豪商貴婦人ヴィルヘルムの手腕なのだが。

 謙遜が鼻につくと言った顔で、グーデン=ダークは羊の鼻先をメヘメヘ鳴らし。


『あーあー! 面白くない! 吾輩の滅びプランが台無しではないですか!』

「グーデン=ダークさん、どうやらあなたは見た目に反して頭の回るケモノのようですし。今からでもあなたが本気となれば、簡単に潰せるのでは? 別に私も過度に人類の文化を守る気などありませんし、私が去った後……そうですね、それこそ百年後の話でしたら、止める気などありませんよ」


 物流を作り出していることが読めているのなら、その逆も可能。

 経営学に通じているのか、それとも終焉……つまり終わりを見極めるスキルや能力を有しているのか。

 実際のところは分からないが、グーデン=ダークはつまらなそうに欠伸をし。


『止める気がないと言われたら、まったく面白くないのですが――?』

「私は別に、あなたを面白くさせるために動いているわけではありませんので」

『はぁ! 吾輩、せっかくやる気がでていたのに。そっちがそーいうことをいうので、手伝う気が失せてしまったのでありますなあ! ああ、ああ! 全部、幸福の魔王のせいですなあ!』


 むっしゃむっしゃと肉を噛み切りながら、ぷはぁ……っと私の前髪を揺らすのは羊の吐息。

 もしこれでモフモフな羊ではなかったら、思わず魔術の一つでもぶつけていただろう。

 まあ彼としては、毎回のように私に邪魔をされていたわけで……、こうでもしないと溜飲が下がらないのだろう。


 やり取りを見ていたルイン王子が眉を顰め。


「この羊の魔王は……その……、なんといいましょうか。愉快なようで邪悪といいましょうか。この手の存在は、ここで討伐しておいた方が世のためのような気もしますが」


 もっともな意見だが。

 コレには大きな後ろ盾がいる。


「魔術王とダブルス=ダグラスさんには伝えていますが、それは不可能です。私は夜の女神と敵対する気はありませんし、この羊はこれでも魔王。お茶らけているようですが、その実力は本物。口先や偽称、幻惑や詐欺に特化した能力のようですが私を除けば、ここにいる誰よりも強いですし。そもそも同じ魔王ですからね、正直なところ、あなたたち人類よりも彼の方が話もしやすい。モフモフですしね」


 私が明確に討伐への反対を示し。

 なおかつ、グーデン=ダークを褒めることになったからだろう。

 羊毛を輝かせ、ポーズを取った羊の魔王はドヤ顔で、びしり!


『メヘヘヘヘヘェェェ! その通り! このグーデン=ダーク! 終焉の魔王たる吾輩は、人間如きには負けは致しませぬ! 魔王最弱候補の吾輩ですが、集団スキルを習得していない人間など一捻ひとひねりなのでありますなあ! どうですかっ、分かりましたか! ご理解ですよ、ご理解!』


 集団スキル。

 それは海賊パーランドも使っていた、個ではなく群れとして機能するスキル群。人類が魔王に対抗するための術の一つなのだが。

 どうしたことか、あまりその分野は成長していないようだ。


 まあこの国のように、協調性がない大陸が多いのが原因なのだろうが。


 正直な話、この世界が外の世界と戦いとなったときの不安要素でもある。

 戦いになるかどうかも分からないが、女神が外から入ってきた存在である以上、他の神々がこの世界にやってきて悪さをする、という可能性は十分にあり得るのだ。


 女神が追っている、”あの方”の件もある。

 私が外の世界を調べたことがきっかけで、向こうがこちらに気付く可能性もある。

 観測したことを、相手に観測される懸念である。


 だが、あの方の蘇生、あるいは行方を探すのならば、どうしても外世界に関する観測は必須。

 だからもしも、この世界に相手がやってきてしまった場合を考慮する必要がある。


 そこで問題となるのが、集団スキルさえ碌に使えない今の人類。

 この世界の戦力は偏っている。

 人類があまりにも弱いのだ。

 今度、エルフでも使えるか試したいが、エルフは個体数が極端に少ないので不向き。


 今、何度も脳裏をよぎるのは――。

 女神以外の神がこの世界に干渉する可能性。

 考えすぎる私は、自らの思考を杞憂だと思い込むように――ぼそりと呟いていた。


「まあ、考え過ぎですかね……」

『はて、それはどうでしょうか』


 終焉の魔王グーデン=ダークは、何やら知っているのか。

 見透かしたような顔で私を見上げていた。

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