第120話 魔王の関係者
王の寝室には立ち入り禁止の、人払い結界を張ったまま。
私はそのまま王宮を散策。
今後のために必要な場所と状況をチェックして回っていた。
とりあえずやるべきことは決まっている。
それは神出鬼没な存在、旅の吟遊詩人に扮する終焉の魔王を誘き出すこと。
魔術国家インティアルには悪いが、ここは私が購入した地――魔王同士の戦い、あるいは会合に協力して貰うことになるだろう。
普段は重厚な空気の部屋。
主に軍事会議で用いられる無人の一室にて――。
私を見上げたバアルゼブブが言う。
『じゃ、じゃあ――ダ、ダゴンちゃんに代わるね?』
「おや、今回はあなたがずっと付き添ってくれるのではなかったのですか?」
『ぼ、僕じゃ、あ、あたしじゃ……た、たぶん、こーいうのは、や、役に立てないし……だ、ダゴンちゃんの方が、む、向いてるんだよ』
前ならば卑屈な声で、エヘヘヘ……と自嘲していただろうが、今は違う。
問いかける言葉に引け目はない。
再度私は問いかける。
「それは事実ですが……宜しいのですか?」
『うん、レ、レイドが好きな合理的。て、適材適所っていうんでしょ? ぼ、僕は、ほ、ほら、く、国を全部呪殺するとか、た、大陸に疫病をまくのとかなら、と、得意だから。も、もし話が拗れて、ぜ、全部壊すってなったら、僕を頼ってくれていいんだよ?』
「まあ、あなたの使う疫病なら証拠は掴まれないでしょうからね。病に弱った国に何食わぬ顔で手を差し伸べる――武力ではなく救済で支配するといった類の解決方法が望まれる大陸では、本当にお世話になるかもしれませんね」
冗談のように言っているが、実際にバアルゼブブの能力、神の権能は優秀だ。
正体のつかめない呪いや疫病ほど、侵略者にとって便利なものはないのだから。
……。
いや、まあ別に私は侵略したいわけではないのだが。
ともあれ。
バアルゼブブは微笑み――子供たちと遊んでいると姿を消し。
顕現したのは、明け方の女神ダゴン。
淑やかなる聖職者のような、神々しい光が王宮を照らす。
『お呼びでしょうか、旦那様』
「ダゴン、これより吟遊詩人に扮する”終焉の魔王”を表舞台へと召喚します。あなたはそのサポートを」
考えるダゴンは修道士の如きヴェールを揺らし。
『つまり――あたくしは旦那様がお動きになられる際に発生する様々な余波を後方から警戒、犠牲者が出ないように立ち回ればよろしいのですね?』
「さすがにあなたは話が早いですね」
『認識の擦り合わせをしておきたいのですが、どこまで助けますか? そのまま支配なさるおつもりなら構いませんが、そうでないのなら――あまり助けすぎるのも、悪い薬。この国にとっては良くない結果になるかもしれませんでしょう?』
「そうですね――」
私の赤い瞳は銀の髪の隙間で、ふと考え込むように斜めに目線を落とし。
魔王たる私が全て何とかしてくれると思われても問題だろう。
正直、非常に辛辣な言い方をしてしまえば――目をつけていた職人ダブルス=ダグラスさえ確保できていれば、もうこの国に人的価値はない。
まああくまでも人情や感情といった分野を考慮しなければ、の話だが。
過度に女神が干渉すると、夜の女神も顔を出してくる可能性が出てきてしまう。
あくまでもこれは女神の争いではなく、その駒……。
魔王たる女神の使徒同士の諍いとして解決したい。
「――とりあえずはバアルゼブブが関わっている子供たちだけは確実に。まあ、彼女もまだこの大陸にいますし、子供たちと遊んでいるので問題ないとは思いますが。また守れなかったとなったら、彼女がショックを受けてしまうかもしれませんので」
『他の者は――』
「……もちろん故意に巻き込むつもりはありませんが、せめて蘇生できる程度の状態で維持を」
ダゴンの服の隙間から、ぐじゅり。
名状しがたき者、ダゴンの裏の一面の声がする。
『――完全なる蘇生魔術はおそらく、とても人々の目を惹くでしょう。その奇跡は、旦那様の地位と名声を引き上げる事に繋がる。本来なら犠牲者が多ければ多いほど、その回復の御手は強く神々しく輝く。おそらくは否定なさると思いますが、被害者が悪人だった場合……敢えて助けないという選択を用いても?』
「あなたの判断に任せますよ。あの時死んでいた方が良かった、そう思われる悪人も中にはいるのでしょうから」
『それは、玩具にしてもよろしいのでしょうか?』
「人型の存在であまり遊んで欲しくないのですが、まあ……それも相手次第でしょうね」
つまりは生粋の悪人ならば、構わない。
そう告げられたと判断したのだろう――。
頬に手を当てたダゴンが微笑み。
『ふふふふ、承知いたしましたわ。それではそのように取り計らいます。助ける命はその者の”罪の重さ”を参考に致します。後は旦那様がご存分に――』
恭しく礼をし。
ダゴンはその身を泡とし、空気の中に消えていく。
万が一、私の計算ミスで犠牲者がでそうになっても、これでダゴンがフォローしてくれる態勢は整った。
私は関係者を集め、計画を提案することにした。
◇
「というわけで、あなた方、魔術国家インティアルの皆さまに協力していただきたいのですが――」
会議室に集められた関係者は若干、面を食らった様子である。
その表情は困惑。
訝しんでいたのだ。
集めたメンツはルイン王子とティアナ姫。
ダブルス=ダグラスに、商業ギルドの大柄乙女な男、商業ギルド・インティアル支部の代表なのだが。
周囲が王族ということもあり、微妙に居心地が悪そうである。
ともあれ、一人を除く彼等の目線は私の後ろへと向かっている。
私の後ろに控えているのは二人。
商業ギルドから正式に派遣された豪商貴婦人ヴィルヘルム。
冒険者ギルドから正式に派遣された無精髭のギルドマスター・パリス=シュヴァインヘルト。
いつもの側近である。
ルイン王子が困惑気味に口を開く
「あの、魔王陛下」
「なにか?」
「確認させていただきたいのですが、そちらのお二人は――」
私が合図をする前に、彼等は自己紹介。
今回の計画に参加してもらうという事もあり、なるべくならば秘め事はなし。
彼等は自らがエルフ王たる私、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバーの側近であると正直に語っていた。
語り終えたパリス=シュヴァインヘルトが皆を一瞥し。
「……と、まあそういうわけだ。僕は領主でもあるが、各所の冒険者ギルドに派遣される臨時ギルドマスターであり、レイド陛下の右腕。今は人の姿に偽装しているが、これでも立派なエルフ。僕は君たちを信用し真相を明かしているが、これは本来、冒険者ギルド本部でも秘匿されている情報ゆえ、あまり外部には漏らさないでいただきたい」
続いて豪商貴婦人ヴィルヘルムも、チェーン付きの眼鏡を輝かせ。
「ワタクシもレイド陛下の右腕であることは、どうかご内密に」
「ヴィルヘルムの鬼陛下よ、右腕は僕の筈では?」
「それはあなたが勝手に語っているだけでありましょう? ワタクシは今までの貢献度や立場と言うものを考え、右腕を自称させていただいております。それがなにか?」
豪商貴婦人とギルドマスター。
二大ギルドのナンバーツーが、仲良くケンカする姿はそれなりにインパクトがあったようだ。
ルイン王子はともかく、インティアル支部の代表は顔面蒼白となって、既に魔王の側近がギルドの奥に入り込んでいると知り、驚愕しているようだった。
ぎゅっと膝の上で拳を握り、あたしは見てない、何も見てないわ、とぶつぶつ汗を流しているが。
「どうかなさいましたか? 体調がすぐれないのでしたら……」
「い、いえ! とんでもございませんわ、魔王陛下! あ、あたしは! 自己保身がとっても得意なので、ぜ、絶対にこの秘密は外に漏らしません! ええ、漏らしませんわ! ま、魔導契約書にサインだってします!」
めちゃくちゃ怯えられているが……。
はて。
ダブルス=ダグラスがぶっきらぼうな声で言う。
「あのなあ魔王陛下……だから言っただろ? 二大ギルドのナンバーツーを使役してるのは異常だって、もう世界征服されちまってるんじゃねえかって、こいつらもすげえ顔になってるじゃねえか」
「ああ、それで今の反応なのですね」
私はニコリと営業魔王スマイル。
「安心してください、私は人類の生活を脅かすつもりはありませんので」
「世界を牛耳ってるギルドの最奥に側近が紛れ込んでるんじゃあ、説得力ねえっつーの……まあ、それは今更いいけどよ。これはいったい、なんの集まりなんだい。雁首揃えて、パーティでもやりましょうってわけじゃねえんだろ?」
やはりムスーっとしているダブルス=ダグラスだが、彼女の心はなんとなく見えていた。
「おや、随分と機嫌が悪いようですが。なるほど、ティアナ姫とちゃんと再会するのは久しぶり。色々とあって気まずいのですね。大丈夫ですよ、お互い本気では相手を憎んでいないと鑑定には出ていますので。すぐにわだかまりも消えるかと」
「そーいうことをさらっと言っちまうからっ、あたいはあんたが苦手なんだよ!」
ダブルス=ダグラスは、ムスっと呆れ顔だが。
反省を知ったティアナ姫は立ち上がり、いままでの非道を詫びるべく父の弟子の前に立ち。
謝罪……を述べる前に、ダブルス=ダグラスが割り込み。
「悪いが、姫さんよ。あんたに謝罪されるつもりはねえよ」
「そうか――いや、そうだな。ワタクシの罪は今更貴殿に……」
「そういう話じゃねえよ。本当なら……あんたら姉弟だけが独占する筈だった魔術王の残り時間を、このあたしが奪ったのはたしかだからね。あたいみたいなどこの馬の骨かも分からない女が気に掛けられ、弟子になって、けれど攻撃魔術を捨てて他の道に進んだ……そんな魔術師崩れをあんたが嫌いになるのも、無理はねえってのは分かってるからよ」
「……すまない」
こちらの二人の関係は、まあ色々と複雑なようだ。
ダブルス=ダグラスはぶっきらぼうだが性格はまとも、ティアナ姫から父を奪ってしまったような気まずさがあるのだろう。
ティアナ姫も今はようやく暴走状態ではなくなり、自分が彼女にしてきた仕打ちが重く圧し掛かっているように見える。
だが、それは彼女たち自身で解決する問題か。
ルイン王子が鈴を鳴らし顔を上げ。
「魔王陛下、僕の話については――」
「すみません、魔術王陛下には先に事情を説明いたしましたので――大変申し訳ないですが、あなたの事情も伝えてあります。事後報告となってしまい恐縮なのですが」
「いえ――ありがとうございます。僕も、いつかは話さないといけないと思いながらも、ずっと……言えなかったことですので」
「今度、あなたの口からちゃんと事情やあなた自身がどう思っているかを、打ち明けるといいでしょう。私は人間の心に関しては杜撰、あまり繊細な部分が掴めていません。うまく説明できたとは限りませんからね」
ティアナ姫が私に目をやり。
「何の話なのだ」
「まあ終焉の魔王を探す件とは関係ありませんので。さて、とりあえずはこちらの話を聞いてください」
私は四人の顔をゆっくりと見つめ。
「これからあなたたちには、この魔術国家インティアルにて、回復薬エリクシールを量産、販売して貰います。その稼ぎであなたたちの誰かに、この国を買い直して欲しいのです」
既に下準備は整っている。
私は計画を語りだした。