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第115話 敗北、反省、最大の試練


 教会を明るい太陽が照らしている。


 ティアナ姫による公開謝罪は、例の孤児院教会で行われていた。

 正式な謝罪ならば早い方がいい。

 そして、被害に遭った私の看守となっていた青少年たちや、その家族も、実在する魔王だったという私に一目会いたい――という事で謝罪が早々に実現したのである。


 礼拝堂に集まるのは魔王投獄事件の関係者。

 一歩間違えれば、私に惨殺されていたかもしれないということもあり、姫を睨む視線は重い。

 それでもティアナ姫はまっすぐに向き合い――王族としてはあり得ぬ角度で、深々と頭を下げる。

 つむじが見える形で、はっきりと謝罪を口にしていたのだ。


「此度の件、ワタクシの驕り昂りによりそなたらや、その大事な家族にも大変苦労を掛けた。目覚めぬ父を想いながらも、民の家族を思いやることができなかった未熟さ、その浅慮も、傲慢さも、言い訳のしようがない。申し訳ない、本当にすまなかった――」


 傲慢だったティアナ姫に頭を下げられた関係者は皆、困惑。

 あの力こそ全てだと自信満々だった姫が心から反省し、頭を下げたから。

 ……ではない。


 まだ若い看守だった青少年の一人が、頭を下げるティアナ姫を見上げていた。

 頭を下げる姫を見上げるほどの、低年齢ということだろう。


「――あ、あの、本当に”あの”ティアナ姫さま……なんですよね?」

「ああ、そうだよ少年よ」


 ティアナ姫は姫でありながら、礼拝堂の床に膝をついていた。

 子供たちと目線を合わせたのだ。

 礼拝堂の、古ぼけた床板の香りが周囲に広がる。


 窓から入り込んでくる斜光の下、姫は黒髪褐色肌を輝かせ。


「冒険者では手を出しにくい近郊に沸いた強力な魔物の対処や、ダンジョンサイクルをリセットさせるための討伐に参加する際……何度か民の前でも顔を出していたと思うが――そうだな、いつもはこのように魔力を出していた。魔術王の娘として強くあろうとし、民を見る目を失っていた、このティアナに見覚えはないか?」

「い、いえ! そ、その、まるでお姫様のような恰好をしていたので、つい……」


 確かに――。

 謝罪という事もあり、格式高い儀礼用のドレスを纏うティアナ姫の印象は穏やか、そして淑やかな王女に見える。

 ティアナ姫はおそらく前にはできなかった、姫の微笑みを浮かべ。

 しかし、敢えてだろう――口調は以前のような攻撃魔術こそ全てだと信じていた時の声で――。


「そう、だな――ふふ、確かに。ワタクシがこのような恰好をしている事は稀、いや、一度たりともなかった。民にとっては奇異なる姿に映ってしまうのであろうな。少年よ、今のワタクシは既に敗者。偉大なる魔王陛下に負け、己の器と傲慢さをようやく悟った小娘……さすがに、あれほどの敗北の後に、前のような愚者にはなれんのだよ」


 軍人気質とも受け取れる口調だったからこそ、本物の姫だと理解したようで。

 子供たちは振り返り。

 彼女を倒したという私に、青少年たちもパァァァァっと明るい笑顔を向けていた。


 少年が英雄を見る顔で、私の膝に掴まり。

 我慢しきれずといった様子で語りだす。


「すげえ! 本当にティアナ様を倒したんだ!」

「すごいすごい!」

「悪いお姫様をやっつけてくれたのですね!」


 悪い姫と言われても、ティアナ姫は納得した様子で苦笑している。


「ああ、少年たちよ――これが詩人が歌う物語ならば、魔王陛下が正義の味方で、民を顧みることを知らなかった愚かな姫が悪。君たちの判断は正しいと、後の歴史が証明するだろう」


 本当に随分と価値観が変わったようだ。

 護衛の騎士たちは、ぎょっとした様子でティアナ姫を見ているが。

 気が気でないのは、当初、実質的な人質となっていた青少年たちの家族たち。


「こ、こら! も、申し訳ありません!」

「エルフ王陛下にも姫様にも失礼でしょう!」


 今のは看守たちの親だろう。

 大人ともなると、魔王への畏怖はもちろん持っているようだ。

 空気を整えるべく私が言う。


「どうか安心してください――この子たちは私がエルフ王であり、魔王だと分かる前から認識がありますからね。彼等は孤児院の子供たちを差別したりせず遊びに来てくれていましたし、なにより追放された王族と噂されていた私にも同情をしてくれた優しい子たちです。取って食ったりなどしませんので。ティアナ姫はどうでしょうか?」

「恥の上塗りなどせんよ。敗者は勝者に従え――それが魔術国家インティアルの王族たる……いや、もう王族ともいえないのかもしれないが。ともあれ、愚かで無知で、周りが見えていなかったあの頃に戻りたいとは思っていない」


 再び、ざわざわざっと護衛の騎士に動揺が走る。

 よほど今のティアナ姫の姿が珍しいのだろう。


 孤児院教会の聖職者たちも親御さんを安心させるべく、すぅ……。

 私と姫の言葉を肯定するようにゆったりと、瞳を閉じていた。

 シスターが優しく語り掛ける。


「――エルフ王陛下はわたくしたち迷える子羊に慈悲をお与えくださいました。心お優しいお方です、もちろん、非道な行いを成す方には、その暴虐に毅然と立ち向かってくださるようですが――」


 言葉を受けたティアナ姫は再度、深々と礼拝堂に集う皆に頭を下げ。

 まだ硬いが、姫としての口調と声音で民を眺め。


「改めて謝罪させていただきます。今後は悔い改めて生きると決めたのです。確かに今のワタクシは子供たちの目からすると別人に見えるのかもしれませんが、本物のティアナです。これからこの国について魔王陛下と相談し、父上や弟の助けになるべく動こうかと思っております――どうか、このティアナをお信じください」


 誠心誠意の謝罪に子供たちは納得している様子。

 彼等の親や、護衛の騎士たちは姫の変貌ぶりに苦虫を嚙み潰したような、驚愕したような、様々な表情を継続しているが。

 ともあれだ。


 シスターたちがニコリと微笑み。


「――皆様、せっかくいらしてくださったのです。ランチタイムに致しませんか? 今、エルフ王陛下の伴侶の方々が、庭で食べられる食事の支度をしてくださっているのです」

「エルフ王陛下のお后様!?」

「すごいすごい! 会いたい会いたい!」


 子供たちは当然として、謝罪を受けた青少年たちも乗り気。

 彼等の親たちもまんざらでもなさそうなのだが。

 ……私はそんな話、聞いていない。


 ……。

 不安しかない。

 今この場にはいないが、二大ギルドの幹部たる例の二人がいたら、私と同じ反応をしていただろう。


「失礼、シスター……伴侶の方々というと」

「いつも静かに微笑みになられるバアルゼブブ様。太陽の如き美しき微笑みのアシュトレト様――」


 この時点でもはや終末論や黙示録のラッパが、脳内にて勝手に再生される。

 だが。


「そして淑やかなる微笑みを湛えるダゴン様にございます」

「ダゴンが――そうですか。ならば安心ですね」


 安堵する私に奥の方から飛んできたのは、抗議の声。


『これ、レイドよ! わらわとバアルゼブブの名を聞き凄い顔をしおったくせに、ダゴンの名を聞き心より安堵するとはどういうことじゃ!』

「アシュトレト、なんですか……その破廉恥な恰好は」

『うぬ? 裸エプロンはまずかろうと、ちゃんと下も装備してきたのだが?』

「きたのだが……じゃありませんよ。あなたの神殿では普通ですが、それはさすがに……」


 いくらアシュトレトでも子供の前という事もあり、ちゃんとしたエプロンをしているが……。

 それでも美の女神としての性質もあり、扇情的。

 指を鳴らした私は、彼女の服の露出度を軽減させるべくゆったりとした装備を召喚。

 女神に強制装備である。


『それで、じゃ――なぁぁぁぜ妾とバアルゼブブでは不安で、ダゴンならば安堵なのじゃ!』

「……説明する必要がありますか?」

『あるに決まっておろう! 最近の、いや出会った頃からそうであったが、おぬし、ダゴンにだけ評価が甘いのではあるまいか!? 妾たちとて、頑張って用意したのだぞ!?』


 頑張りの過程も認めたいところではあるのだが。

 私の遠見の魔術に見えているのは、謎のアイテム。

 ダゴン以外が用意した料理は、もはや芸術品。

 よく分からない、徳の高いナニカがスープに浮かんでいたりする。


「ティアナ姫、申し訳ないですが――食事が始まったら、子供たちが彼女たちの料理を食べないようにうまく調整してください。ダゴンの料理はまともなので見た目で区別ができます」

「か、構わないが……この方や、それに……奥に佇む神々しい気配は……っ」


 まさか……。

 とばかりに、人類の最強魔術アルティミックを扱える姫は、ごくりと息を呑んでいた。

 女神の存在感にてられているのだろう。


「おそらくは、ご想像の通りですよ」

「そ、そうか――」


 女神にして創造神。

 百年前の事件で姿を見せた、本物の神。

 一瞬にして、ティアナ姫は戦場に落とされた気分になっていることだろう。


 ティアナ姫は慌てて出来得限できうるかぎり、最大限の礼を尽くそうとするが。

 アシュトレトは、僅かに女神としての威光を覗かせ。

 それを強制的に制止。

 昼の陽ざしの如き微笑みの下、妖艶に唇を蠢かしていた。


『構わぬ――汝の事も妾は把握しておる。謝罪をした、此度の担当であったバアルゼブブがそれを許した。この話はこれでしまいじゃ。無粋に話を引っ張るでないぞ』


 実力のある者、または将来的に実力をつけるだろう者だけが――その声を聴き、畏怖する権利を有している。

 ぞくりと背筋を震わせてしまう事こそが、強者の証なのだ。


 あくまでも事実として――私にとっては話にならない力量のティアナ姫だが。

 その実力は人類に限れば最上位に届く領域。

 まだ女神達や私との関係性を築く前の、クリムゾン殿下ぐらいの実力はある。


 ようするにエルフの王太子と並ぶほどの実力、女神の偉大さをこの中で一番感じ取っているようだ。

 今はもうクリムゾン殿下は私の身内という事もあり、もっと強大になっているのだが。

 ともあれ。


 だから彼女は部下たちに、震える声で告げたのだ。

 あの方々には絶対に逆らうな――と。


 護衛騎士たちは、はぁ……まあ分かりましたと気楽な様子だが、ティアナ姫だけは肌に濃い汗を浮かべている。

 彼女だけが、女神の危険性を把握している。

 誰かが何か、女神に無礼を働けば――それは神罰となって返ってくる。


 これは一皮むけたティアナ姫にとって最初の試練。

 女神達との恐るべき昼食会が始まろうとしていた。

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