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第114話 世界征服(仮)


 ◇◆『冒険者ギルド・インティアル支部』◆◇


 既に用意されていた冒険者ギルド内の私の専用室。

 招集に応じ商業ギルドから派遣されてきたのは、ダブルス=ダグラス。

 男勝りな気質もある魔術王の弟子は、開口一番こう言った。


「魔王陛下さんよぉ……あんた、世界征服でもするつもりなのかい?」

「おや、これは唐突ですね」


 椅子に座っている魔王たる私。

 その背後にいる二人、側近ともいえる私の部下を彼女はジト目で眺めているのだが。

 私は交渉用の作り笑顔で、着席を促し。


「まあ……まずはお掛けください。――ヴィルヘルムさん、彼女に何か飲み物を」

「畏まりました、陛下……」


 本来なら促される前に飲み物を出す場面なのだろうが、私は一国の王。

 私が促さなければ、豪商貴婦人ヴィルヘルムとて勝手に動くことができない状態にある。

 それが王としての、そして王と接する者のマナーらしいのだが……。

 ――正直、かなり面倒である。


 緑髪の長寿エルフ。

 ヴィルヘルム商会のヴィルヘルムはお茶と共に、自らを紹介する魔導ボードを差し出し。


「初めまして、ワタクシも商業ギルドに所属しておりますのよ。稀代の錬金術師にして魔術王の弟子、ダブルス=ダグラスさんでしたわよね? あなたのお噂はかねがね耳にしておりますわ。陛下はとてもお優しいお方です、どうかあまり緊張なさらず」

「はぁ……まあ、悪い人じゃないってのは知っていますが」


 ダブルス=ダグラスは何故か豪商貴婦人ヴィルヘルムの顔をじっと見て。

 そして、その横で護衛騎士のように私に仕える側近パリス=シュヴァインヘルトを見て。

 諦めた様子で彼女は着席。


「……失礼します」

「どうかなさったのですか?」


 私の問いかけに、露骨に眉間にしわを寄せたダブルス=ダグラスがギロリ。


「どうもこうも……そっちのあんたはかの有名なエルフ。豪商貴婦人ヴィルヘルム、あの鬼陛下殿だろう? 商人ギルド全体を通しての序列第二位、次席様ナンバーツー。本来ならこんなところに来やしねえ、長寿の偉人だ。んで、そっちの背の高いあんたにも見覚えがある。たしか……世界に災厄が発生した時、国の境に関係なく、どこの冒険者ギルド支部にも派遣されて全権を優先されるって噂のギルドマスター。名は知らねえが……冒険者ギルド全体、つまり本部を含めてのギルドのナンバーツーって話だが。どうなんだい?」


 言われた私の側近。

 パリス=シュヴァインヘルトは頷き。


「指摘の通り……。これでも認識を阻害する魔術と魔道具を併用し、顔を見られただけでは正体がバレないようになっていたのだが。貴殿はさすがだな、僕を僕だと知っているとは」

「色男さんよ、なにも完璧に隠せていることが全てじゃねえってことだ。あんたの認識疎外の魔道具も魔術も完璧すぎるのさ」


 色男と言われても否定せず。

 素直に受け入れている所が、なんとも実際に言われ慣れているようだが。


「――どういうことだ?」


 訝しむパリス=シュヴァインヘルトに代わり、私が苦笑し。


「他種族に姿を偽装する”認識疎外”は見破ることも可能。鑑定能力者なら、看破できる現象ですからね……そして彼女も鑑定能力を有している。なのにあなたの鑑定ができなかった。彼女も自分の鑑定能力には自信があるのでしょう。つまりはダブルス=ダグラスさんでも鑑定のできない、最上位の認識疎外になるわけで――最上位となると使用者も限られてくる」

「なるほど……僕の偽装が完璧すぎるからこそ」

「はい、それこそがあなたの証明。正体を察することができないからこそ、あなただと特定できたのでしょう」


 どう見破ったかの仮説を肯定するように、ダブルス=ダグラスは軽い拍手をしてみせていた。


「ま、そういうこった」

「なるほど、さすがはダブルス=ダグラス殿。その名に恥じぬ見地を持っていると見える」

「その名って、あたいはそれほど有名じゃねんだが」

「謙遜を――。まあだが確かに、貴殿の能力はこの魔術国家インティアルで収まる器ではない。もっと名が知られていていい職人だ。此度の騒動でインティアルの商人ギルドがなくなるのならば、是非、その力を冒険者ギルドで……」


 話に割り込み豪商貴婦人が、こほんと咳払い。


「シュヴァインヘルト。商業ギルドからの直接の引き抜きはご法度でありましょう? 隙あらば捻じ込んでくる……あなたは相変わらずですね、よりにもよってワタクシの前でやりますか」

「ヴィルヘルムの鬼陛下殿は相変わらずだな。確かに、そちらの職人を直接勧誘し引き抜くのはマナーに欠く行為、遺恨を生じさせ得るが、今回は違う。取り壊しになる支部から引き抜くのは、ルール違反とはいえない筈だが」


 百年前と似たようなバチバチが、今、私の目の前で起こっているようだ。

 この二人は仲が良いのか、悪いのか……。


 まあ、側近パリス=シュヴァインヘルトの方は、私の従兄クリムゾン殿下の友人でありライバル。

 そして、豪商貴婦人ヴィルヘルムの方は、そのクリムゾン殿下の家庭教師。

 彼等は微妙に三角な人間関係となっているようではある。


 ともあれだ。

 片肘をつくダブルス=ダグラスはそんな二人を眺めた後に、ジト目を私に向け。


「やっぱりこいつらは本物か。もうすでに、世界を牛耳ってる組織のナンバーツーを抱え込んでるって、世界征服できちまってるようなもんだろう。これ……」

「誤解ですよ、ナンバーツーを勧誘したのではなく、彼等が勝手に出世しただけの話。私のせいではありません」

「自分じゃ手を汚さねえって、ますますヤベえじゃねえか……」


 彼等もだいぶ出世したモノである。

 両者ともに実際はほぼ第一席状態なのだが、表立ってトップになってしまうとそれはそれで問題なので、ナンバーツーに留まっているとの話らしいが。

 その辺りは彼等の自主性を尊重するべきだろう。


 私は言う。


「何か問題が?」

「問題だらけじゃねえか! 魔王の手勢が二大ギルドの最奥にまで入り込んでるって、普通に世界の危機だろう!?」

「世界征服だなんて、そんな面倒な事はしませんよ。なにしろ管理責任も面倒になりますし、全大陸の経済まで気にしないといけないなど、実質的に不可能。破綻すると分かっている世界征服にメリットなど感じませんからね」


 物語の魔王ならば世界を征服するかもしれないが。

 そこに価値を見出せないのなら、する意味もない。

 まあ魔王というと世界征服、そんなイメージがあるのは確か。


 私は話を変えることにした。


「あれから魔術王陛下の具合はいかがでしょうか?」

「変な事を聞くね、あんたなら遠見の魔術でお見通しなんだろう?」

「――それはやろうと思えばできるだけという話ですよ。そうですね……もしあなたが隣人の財産が気になりだしたとして、錬金術に長けるあなたならば隣人の家に入り込み勝手に金庫を開けることも可能なわけですが、なぜ金庫を開け中を確認していないのだと言われたら――どうですか?」


 彼女の顔から察するに、心を読まずとも。

 ”屁理屈を言いやがって”と内心でボヤいているのは理解できていた。

 悪かったよと、ダブルス=ダグラスは素直に詫び、ぶっきらぼうに語りだす。


「……ルイン殿下の話だと容態は安定しているそうだ。まあ、あの歳だ、元気溌剌(はつらつ)ってわけにゃいかないらしいが……今は目覚めたティアナ姫も、王様に付き添って看護してるようだよ。あの”はねっかえり”もさすがに今回ばかりはだいぶ反省しているらしいってのも、ルイン殿下から聞いている、そして現在の魔王陛下のご機嫌の方も見てきてくれって、王様にも王子様にもお姫様にも頼まれちまってるよ」

「おや、ティアナ姫もですか」


 彼女の暴走は父が心配だったこと。

 そして、井の中の蛙だったことにある。

 私との決闘は良い薬になったのだろう。


「あいつは魔王陛下に負けたことがよっぽど衝撃的だったらしいな。マジで反省してるみたいだよ、まあ……あくまでもあたいが見た限りではの話で、本心は知らないがね。ああ、それと、陛下を拘束する時に巻き込んだ子供と家族への謝罪は必ずするそうだ。魔王陛下にも立ち会って欲しいとのことだからな、時間は任せるが連絡をして欲しい――って話さ」

「分かりました、後で使いを送ります」


 さて、と前置きをし私は営業魔王スマイル。


「ダブルス=ダグラスさん、宮廷魔術師を除籍され、追放されたあなたも――これで少しは溜飲も下がりましたか?」

「――下がるわけないだろう。魔王陛下さんよ」

「おや、そうなのですか?」


 私は彼女の過去をだいぶ読み解いている。

 本当に苦労をして育ったのは確かだ。

 だが、彼女は私をまっすぐに見て。


「――そりゃあ確かに……あたいはあの女(ティアナ姫)にだいぶ苦労させられた。もう覚えちゃいないが、泣いた日もあったのかもしれねえさ。けどだ、あの女はあれでも魔術王の娘。共に育った時期もある。まあやっこさんはそんな仲でもあたいを追放したわけだが……。だからといって、謁見の間で惨めな敗北をしたって聞かされたら……こっちは複雑になるにきまってるだろう」

「こちらが仕掛けた決闘ではなかったのですがね」

「そうだろうよ……あんたは想像以上にまともな存在だった。たぶん、こっちの国が全面的に悪いのは間違いないよ」


 しみじみと語った彼女は、落とすようにぼそりと呟き。


「あぁ、なんつーか。魔王陛下にすごい失礼なことを聞くことになるんだが……怒らないで聞いてくれるかい?」

「内容にもよりますが、まあ大抵の事なら動じませんよ」

「ティアナ姫との戦いの時とか後に、あいつに【魅了能力チャーム】なんて使っちゃいねえよな?」


 魅了能力とは、相手の心を力で強制的に縛る現象の総称である。

 当然、私も魔術やスキルによる魅了は使用可能。

 魔王による本気の魅了に抗えるものは、そういないだろう。


 私の眷属化しているニャースケや、ニャースケが連れてきた猫を眷属化して発生した種族。

 魔王のしもべたる猫……すなわち魔猫、猫魔獣は魅了をかなり得意としているようだが。

 ともあれ。


「そんなことをしても意味がありませんから、していませんよ?」


 訝しむ私に、ダブルス=ダグラスは眼帯に被さる自らの髪をガシガシし。


「そうだろうなあ……まあいいんだが」

「もしかして、自分より強い存在に初めて負けて……」

「ああ、そうだ。麗しのティアナ姫殿下……たぶんありゃ、ガチで魔王陛下に惚れ始めてるぜ……。この間、魔術王あのひとに真剣に相談されちまってな。あの男っ気の無い娘が花柄のドレスを着始めた、これは何事だ、余はどうしたら良いのか……って、さ。寿命が縮む思いって話だよ」


 陛下の体調のためにも、悪いが会ってやってくれないか?

 と。

 彼女は誠心誠意、頭を下げていた。


 前回の謁見は決闘騒ぎで流れてしまったこともあり、再度、同じ場所で会談を行う予定を組んでいた。

 予定日よりも前に、錬金術師としての彼女に依頼をしたいことがあったのだが。

 話は思わぬ方向へと進み始めているようだ。


 まあ、彼女が夜の女神の駒と接触しているのは確実。

 その件を問う、いい機会になるだろう。

 そしてなにより――。


 私の側近たる二人は、スカウト……ダブルス=ダグラスの勧誘を進めたいのだろう。

 こほん、と。

 私に彼女の相談に乗るように促し、二人同時に小さな咳払いをしたのだった。


 この二人はやはり仲が良いのか悪いのか。

 私にはまだ、いまいち掴むことのできない関係を築いているようである。

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