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第113話 側近パリス=シュヴァインヘルト


 密談が可能な空間。

 インクの香りが濃い書庫のさらに奥にある、ギルド関係者でも上位の者しか入れない場所にて――。

 待っていたのはパリス=シュヴァインヘルト。


 私の母の関係者であり、フレークシルバー王国の外で行動するエルフを束ねる立場にもあり、冒険者ギルド本部にも信用されている有能な男。

 現在は、人間へと種族を偽装。

 クリームヘイト王国でギルドマスターを務めていた時の姿である。


 無駄な軋轢を避けるためにも人の姿を真似ていることは、冒険者ギルド本部も承知しているらしい。

 私と出逢うより前からの事なので、彼がどのように冒険者ギルドのギルドマスターまで上り詰めたのかはあまり知らないが。

 私の母であるスノウ=フレークシルバーの従者だったこともあり、その実力は本物。


 そんな彼だが、この百年でますます私に忠誠を誓うようになっていて――。

 既に私の側近状態。

 だからこそ妄信ではなく、私を案じ、真剣に忠告を発してくれる人物でもあるのだが……。


 パリス=シュヴァインヘルトこと、側近パリスは深い吐息を漏らし。

 顔に残る古傷を照明で反射させ。


「申し訳ないが、時間がどれだけあっても足りない状況となっていてな――儀礼的な謝辞は省略させて貰っても構わないだろうか」

「ええ、構いませんよ――」

「それではさっそく話をさせていただきます――」


 側近パリスは私が席に着くなり。

 大量の書類を召喚。

 テーブルから溢れ出るほどの山のような資料が、積み上げられていく。


「陛下――魔術国家インティアルを潰すのでしたら、もうしばらくお待ちいただきたい。国内に残る有能な存在を今ピックアップしておりまして、この国を終わらせ他国に散る前に、彼等をフレークシルバー王国の冒険者ギルドに招致したいのです。ですので、恐縮ではありますが根回しが済んでからにしていただければと」


 何故かもう、国を潰すことが前提となっている。


「勇み足ですよ。この国を潰すつもりはありませんので」

「しかし、陛下。これはフレークシルバー王国の今後の防衛に影響する話。この国の姫はあなたを利用するべく、期限が切れている不当な契約を盾に監禁したのです。徹底的に潰すべきだろうと、僕は考える。あまりにも甘い対応では、他国に我らが舐められることになるのではあるまいか――と懸念もあるのだが」


 資料の山の前。

 メラメラと燃える瞳を据わらせる無精ひげの男は、やる気満々。

 どうしたことか、今日の側近パリスは冷静なようでいて、だいぶ鼻息が荒い。


 私が言う。


「――潰さずとも問題ありませんよ」

「なぜですか」

「既に私は公衆の面前で、現在のこの国の最強戦力たるティアナ姫に勝利した。それも圧勝の上に、姫は瀕死の重傷を負った。攻撃魔術の強さだけが求心力だった彼女の尊厳は蹂躙されたと言っていいでしょう。そしてそれはおそらく、この国にも入り込んでいる他国からの間者や諜報員が目視している筈。なによりも正規の手続きで国を買収されていますからね――我が国に攻撃したらどうなるか、その一端は感じ取っていると思いますよ」


 側近パリスはしばし瞑目し。

 ハッと顔色を変え。


「――なるほど、既に陛下の威光と恐ろしさは伝わっている……と。ならば風の勇者ギルギルス殿に協力を仰ぎ、陛下を不当に害した者達の末路を、センセーショナルに伝えるべきだと、そう仰りたいのですね?」

「……何を言っているのですか?」

「確かにこちらには情報を操れる風の勇者殿が味方をしている。かの勇者殿は永住できる安寧の地にと、我がフレークシルバー王国にお住まいになられた。そして、百年前に勇者の呪縛を陛下によって解除されたことに、恩義を感じ忠誠を捧げ続けている。情報を操れるこちらは圧倒的に優位を取れる状況だと失念していた、僕のミスでもありますな」


 なにか頓珍漢な事を言い出しているが。


「少し落ち着いてください……いったい、どうしたのですか? 今回はやけに好戦的ですね」

「そうだろうか? 僕は普段通り冷静なつもりなのだが」

「まあ……あなたの考えも理解できます。実際、自衛のためにも、徹底的に相手側を潰す国家の方が普通でしょうからね」


 どうしたものかと、鼻息荒い側近パリスを見る私。

 その影が、ザァァァっと揺れる。

 彼ならば顔見知りだと、私の影からバアルゼブブが顕現したのだ。


 バアルゼブブは子供のようなしぐさで私の袖を引き。


『あ、あのね? パ、パリスはね……? た、たぶん……レ、レイドのお、お母さんの名前の契約を、あ、悪用されたことと、レ、レイド本人に害を与えたことを。すっごい、すっごい、いっぱい、お、怒ってるんだよ?』

「母とわたしの事で、ですか」


 言われて私は考え。

 納得した。

 白銀女王が恋に狂ってしまう姿を直接見ていない彼にとっては、私の母は本当に敬愛すべき美しく優しい女王のままなのだ。


 思い出は、時が過ぎれば過ぎるほどに美化されていくもの。

 エルフは本当に長命ゆえに、その美化も凄まじいものとなっているのだろう。

 バアルゼブブの方が私よりも心の機微に鋭いというのが、私にとっては色々と複雑なのだが。


 側近パリスはバアルゼブブに気付き。


「これは――失礼いたしました。同行なさっていたのですね、バアルゼブブ様」


 女神の前での礼儀作法を弁えているのだろう――顕現した女神に平伏す男は、深く頭を下げていた。

 バアルゼブブは身内には非常に甘い。

 側近パリスは私の義父にあたる人物、つまりは家族判定となっていて。


『い、いいんだよ。き、きみと、あ、あの豪商貴婦人は、レ、レイドのことを、真剣に考えてくれるから。き、嫌いじゃない、よ?』

「恐縮であります」

『あ、そ、そうだ! ご、ごめんね。さ、さっき、ここの守り? の、ジャムを、た、食べちゃったから。あ、あとでこ、これを埋めて、お、おこうと、思ってるんだけど。ど、どうかな?』


 例のスズメバチの巣のような蜜蝋である。

 非情に強力な呪物なのだろう。

 極端な話、百年前の大災厄よりも強大な災いの元と断定できる。


 しかし。

 どこからどう見てもヤバいものなのだが、反応をぐっと堪えるところはさすがギルドマスター。彼は多くのギルドの臨時ギルドマスターを兼任できるだけの権力と実力、そして実績を有している優秀な人材。

 女神への対処も慣れていた。

 側近パリスがちらりと私に目線を送ってくるので、私は頷き許可を出す。


「――これはとても素晴らしいものでありましょうが、どうぞそれは陛下に……。貴女からの贈り物ならば、陛下はとても喜んでくださるかと」

『そ、そうだね! レ、レイド! こ、これ欲しい?』

「――そうですね、大変強力なアイテムのようなので。いただけるのなら貰っておきましょう」


 これでギルドの壁に、危険アイテムを埋め込むことはなくなっただろう。

 バアルゼブブに頭を下げたままの側近パリスに、楽にするように促し。


「しかし、そうですか――母へのあなたの思いを考えていなかった私の、不徳の致すところなのでしょうね。気付いてあげられなくて申し訳ありませんでした」

「いえ、ですが一つ訂正がございます」

「訂正ですか?」


 女神への忠義の姿勢のまま、彼は私にも忠義の姿勢を維持し。

 その無精ひげを動かしていた。


「ああ、僕は女王よりも君を信頼し、君を一生仕えるべき王と仰いで忠誠を誓っている。白銀女王の時代の契約を持ち出したことへの憤りよりも、陛下……あなたを不当に捕らえた事実の方が重い……僕はそう考えているつもりだ」

「あなたに慕われるほどの人徳が、私にあるかどうかは――どうでしょうね。あまり自信はありませんよ」


 バアルゼブブですら気付いていた彼の感情に、私は全く気付いていなかったのだ。

 あの女神達よりも心に疎い。

 それは私にとっては、それなり以上に大きな衝撃だったのだが。

 自嘲する私に、ただまっすぐに母に仕えていた男は言った。


「――少なくとも、この国の無礼な姫の命を取らずに救ったあなたは、世間では人格者と思われているのは事実でしょうね。僕個人としては、多少、甘いとは思いますがね」

「打算もあるのです、この国は女神の玩具になれる可能性がありますので――」


 少し冷静になったのだろう。

 側近パリスは頷き。


「どうかご指示を――このパリス=シュヴァインヘルト。陛下のご意向に従い、全力を尽くすと今ここに――女神バアルゼブブ様に誓いを立てましょう」

「ありがとうございます。では早速で悪いのですが、ここにダブルス=ダグラスを呼んでいただけないでしょうか? 既に魔王だと知られている私から呼ぶと、何かと問題が起こりますからね。冒険者ギルドの名で呼びたいのです」

「承知いたしました」


 側近パリスがダブルス=ダグラスを知っていた理由は単純だ。

 彼が目をつけていた引き抜きリストの中。

 その一番上、最上位の評価をされた人材として彼女の名と顔が資料に刻まれているのである。


 しかし。

 ……。

 冒険者ギルドに登録されていない人材の詳細データ。

 そして人相書きの保存はたしかギルドの規則違反だったと思うが……。


 資料の全てに詳細データと人相書き。

 更に備考欄にも詳しい手書きの情報が追加されている。

 全て彼の直筆のようだ。


 本当に、この国から優秀な人材を全て引き抜くつもりだったのだろう。

 これは……もし、私がギルドを訪ねなかったら、どうなっていたのか。

 この男は有能なだけに、恐ろしいことになっていた可能性もあるが。


 実はこの百年の間。

 有能過ぎて、やりすぎたことが何度かあったのだが。

 母ではなく、私の顔を覗き込んで――領主でギルドマスターでエルフ国王の側近な男は言う。


「陛下?」

「いや、なんでもないよ――気にしないでおくれ」


 もし放置していたら。

 絶対に……、やりすぎるほどの成果を出していただろうとは思うが。

 まあ、その辺は私も気にしないことにしよう。

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