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第109話 分からぬ愚者は吠えていた


 魔術国家インティアルの王宮、しばらく王の不在だった謁見の間にて。

 玉座に座る魔術王の横にあるのは、魔王の姿。

 その名もレイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー。


 まあようするに私である。


 玉座の横の、少し高い位置からの私の視界に入るのはインティアルを支える家臣たち。

 宮廷魔術師部隊に、騎士団に、近衛兵。

 彼等の多くは、私の姿を目にし動揺している。なぜ王の横に謎の男がいるのか、それもハーフエルフの異国人だ。疑念は様々に湧いたことだろう。


 しかし家臣たちに王が命じていたのは、敵対的な異邦人たる私に頭を下げ――忠義を示す姿勢。

 王命に従い、王宮の者達は王と私に頭を下げ続けていた。

 何人かが目線だけを上に向ける中。


 魔術王が朗々と告げる。


「苦労を掛けたなお前たち――以前よりも永くの眠りに就いてしまったが、ほれ、この通り。余は健在である」


 休眠期から目覚めた魔術王に家臣たちが見せたのは、安堵だった。

 甲冑や騎士鎧が僅かに揺れている。

 安堵のあまりに漏れた心からの息が、彼等の肩を揺らしていたのだろう。


 王の横で家臣を値踏みしながらも私が言う。


「人格か実力か、あるいは……統一したこの大陸にインティアルと王の名を刻んだほどの、成果か実績か。どの理由であなたが慕われているのかは私にはわかりませんが、魔術王よ。あなたは王として、家臣にとても慕われているのですね。いやはや、私も王の端くれとして家臣に値踏みされる機会がございます――これほどの覇道、部下の方々のあなたへの忠誠心には頭が上がらない思いです」


 少し慇懃無礼が過ぎたが。

 まあ、この場の私はある意味では敵対者。

 少しぐらい悪役の顔を出しても問題ないだろう。


「レイド殿……」

「おや、失礼しました。どうぞ、話をお続けください陛下」

「此度の件――多くを語る必要がある。不安や不満も大いにあるだろう。だが、まずははっきりと告げておく。我らは既に窮地。国家としての存続も危うい。その理由は語るまでもあるまい?」


 咎めるような王の鋭き目線。

 その先にあるのは、王位継承権を有する二人。

 座に鎮座する覇者インティアル魔術王の前で跪く、双子の後継者である。


 武術と魔術に長けるが、それ以外は凡庸な姉ティアナ姫。

 そして、姉の影で道化を演じている弟のルイン王子。

 それぞれの後ろには、それぞれの臣下たちの姿がある。


 姉ティアナの部下の方が圧倒的に多い。

 ただし姉の方が人望があるというわけではない、彼等がティアナに付き従っている理由は単純だ。


 姉の方が攻撃魔術を得意としていた。

 少なくとも、それを自慢し、他者もその自慢を認める程度の力を持っていた。

 ただそれだけの理由である。


 この魔術国家インティアルでは、攻撃魔術こそを至上とするからだ。


 それは過ちというわけでも、悪いというわけでもない。

 この魔術国家インティアルはそういう国柄、それが価値観なのだから私が口を出すべきところではない。


 性別の違う双子であるが、姉弟ということもあり外見はよく似ている。


 王家の凛々しさを内包する二人の面差しには、魔術王の片鱗が垣間見えていた。

 精悍なのだ。

 老いには勝てなかった魔術王も、かつては彼等のように太陽や魔力の光が良く映える、黒髪褐色肌の精悍な若者だったのだろうが。


 王は人の身で人の限界を超えた、一代で大陸を統一した覇者。

 貫禄が違う。

 さすがに比較すると差が大きく出てしまう。


 けれど、勇猛な娘にはその差が見えないのだろう。

 今回の事件の発端となったティアナ殿下は、王の許可なくおもてを上げ。


「お待ちください、父上!」

「発言の許可を出してはおらんぞ、ティアナ。分を弁えよ」

「しかし!」

「二度は言わぬ――発言は許可を得てからと定められておる。それが誰であってもだ。そして余は今ここで玉座に座しておるが、それは余が老体だからとレイド陛下が気遣ってくださっただけ。本来ならば余もそちらに並び、こうべを垂れ、民たちすべての命を守るために命乞いをせねばならぬ立場にある。もはや我が国はレイド陛下の所有物。余も陛下の許可を得てそなたたちの前に座っておるに過ぎん」


 家臣たちの間に、わずかなざわめきが起こる。

 そんなざわめきを目で制し。


「魔王陛下に言わせれば、余は買い取った店舗の雇われ店主と同じ。もはや余は王にあらず。お前たちもそのつもりで行動せよ。我が国は、終わったのだ」


 起きた沈黙を破るべく、私はやはり慇懃に口を開いていた。


「楽観的になれとは言いませんが、まだ過度に悲観する必要などありませんよ。正直、現状のこの国にそこまで価値を見いだせていないので、買い取ったとしても持て余している状態にあります。失礼ながら、現状では私自身が治める価値がある国とは思えません」

「きさまっ、我が父の国を愚弄するか!?」


 またしても許可なき発言と暴挙である。

 ティアナ姫殿下が剣を抜き、立ち上がろうとしたその時。

 動いたのは魔術王。


「愚か者め――!」


 解き放たれた魔力の総量は、謁見の間の魔術防御の壁を割り散らすほど。

 殺すつもりなのだ。

 鉄槌の魔術を下そうと魔術王は魔術を展開するが、しかし私は指を鳴らしそれを妨害していた。


「落ち着いてください魔術王陛下、お体に障りますよ」


 強制的に魔術を解除されたせいだろう、周囲には濃い魔力の霧が発生していた。

 謁見の間は荒れ放題。

 割れた魔術防御の壁の破片が散乱している。


「どうか止めないでください、レイド陛下」

「こちらは絶対数が少ないエルフの国。数の暴力には敵いません、故に、外からの評判を窺う必要がありますからね。さすがに目の前で実の娘を焼かれては、対外的に困るのです」


 何人かの宮廷魔術師は私の実力に舌を巻いているようだ。

 あきらかに見る目が変わっていた。


 私が使用したのは、一般的な魔術キャンセル。

 魔術式の介入と上書きを用い、強制的に術を破綻させる干渉系の妨害手段。

 使用中の魔術を妨害されたことなど、生まれて初めてだったのだろう――。


 魔術王がまともに顔色を変えているが、もっと驚愕しているのは家臣たちほぼ全員か。

 更に追撃するため、私は銀髪赤目を輝かせ――。

 くぉぉぉぉぉぉぉぉん……。

 鈍い音を立て、剥がれ壊れ、荒れ果てていた謁見の間を一瞬で修理、補強をしてみせた。


「失礼ながら内装は勝手に直させていただきました、陛下。私は平和的な解決を望んでおります。冒険者ギルドからも商業ギルドからも釘を刺されておりますからね、なるべくなら死者は出したくないのです」


 それは本音でもある。

 余計な死者は出すな――と、そう願っていることを示したい。

 だからこそ私は、ほんの一瞬だけ魔王としての魔力を開放していたのだ。


 それがこの内装修理。

 まあ直せぬほどに壊れたモノが一瞬で直る、そのインパクトと視覚効果はそれなりだろう。


 ごくりと息を呑み。

 汗を滴らせた魔術王が、なんとか冷静な声を押し出していた。


「……これは失礼いたしました。親子ともども、至らぬ者が、大変なご無礼を――しかし陛下、二度はないとの忠告を守らず、陛下に剣を向けるなど……さすがに看過できぬと判断いたしますが」

「勘違いされているようですが、私は姫殿下の事を嫌っているわけではないのですよ。確かにあなたが弱ってからさんざんにやらかしていたようですが……それはこの国の話。私には関係のないこと」


 淡々と告げながら私は皆を見渡し。


「ティアナ姫殿下、それとも王女殿下と言った方がよろしいでしょうか? あるいは姫様、でしょうか。ともあれ彼女の私に関しての行動は一貫していた。彼女は王であり、尊敬している父であるあなたを助けたかっただけ。必死に動いていたのでしょう。父を思う娘の気持ち、それだけは本当に素晴らしい感情だと評価はしているのです。実際、もし相手が私ではなかったら、王たるあなたを回復させた時点で勝ち。後はどうとでも、謝罪も補償もできていたでしょうからね」


 強引すぎる手段であったが、魔術王なくしてこの国はない。

 ティアナ姫殿下の行動も、一概には否定できない部分があった。


「――さて、せっかくですので構いませんよ、彼女の発言を許可しましょう」

「きさま、さきほどはいったい、何をした……」


 魔術キャンセルのことか。

 魔術王の放った雷撃を纏う鳥の形をした魔力の矢を、手のひらの上で遊ばせ――。

 魔王たる私が言う。


「相手の魔術式に介入しての魔術妨害は戦いの基本でしょう? 世界の法則を書き換える魔術という現象を、横取りしただけの話。エルフの王をしておりますが……これでも私も魔術師の端くれなので、まあこの程度ならできますよ」

「端くれ、端くれと。どこまでも無礼な男」

「おや、これは残念です。物腰が丁寧になったとエルフの家臣たちからはよく言われているのですが。まあいいでしょう。それで、姫様は何が不満なのです?」


 ぎっと私を睨む姫殿下の顔は鋭い。

 敵意だけは立派だった。


「きさまはこの国に価値がないといった。しかし、我が国にはなによりも優れた魔術がある!」

「優れた魔術……ですか」

「なにがおかしい――っ」

「いえ、少々現実が見えていないようですので――困りましたね」


 それが彼女のアイデンティティ。

 攻撃魔術こそが絶対とした価値観なのだろう。

 しかし彼女は何もわかっていない。


 攻撃魔術の強さこそが――。

 もっと言えば、強さだけが全てならば彼等は私に絶対に逆らえなくなる。

 今私がおとなしくしているのは、倫理観や外面、冒険者ギルドや商業ギルドとの繋がりのためでしかない。

 しかし、分からぬ愚者は吠えていた。


「エルフ王よ、そなたに決闘を申し込む!」

「いけません姉上!」

「お前は黙っていなさい、ルイン!」


 まだ彼女は私を甘く見ているようだ。

 一対一なら、あるいは国単位なら――私に実力で勝てると信じ切っているのだろう。

 強さだけが全てという考えは、この国が強者ではなくなったときに致命傷となる。


 この国に価値を作るためにも、そして彼女自身のためにも。

 一度強く鼻を折っておいた方が良いか。

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