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第104話 盤上の戦争


 紅茶の波紋に映る景色は白亜の城。

 守りに特化した作りとなっているのだろう。

 かつて宮廷魔術師だったらしい魔術師崩れ、ダブルス=ダグラスと商業ギルドの代表が城門にたどり着いた。

 その時。

 防御結界が反応したのだろう、私の遠見の魔術にわずかなノイズが走っていた。


 それは魔術王の結界か。

 透視系の能力を遮断する魔術が展開されているようだが、正面からぶつかり合えばおそらく相手側の城が破壊されてしまう。

 それはさすがに違法行為。

 ならば、透視の魔術以外の手段を使えばいい話。


 私はプアンテ姫からラーニングした『魔力同調』により、ダブルス=ダグラスの視界をジャックする。


 彼女の目と、私の視界を一方的に共有させたのだ。

 場内が映りだす。


 ◇◆『インティアル王城』◇◆


 王族が住まう城内は閑散としていた。

 人の数が少ないのではない、生気や活気が枯渇しているのである。

 寂しげな城という印象なのだが――。


 絢爛な調度品や美術品。

 神を模っただろう彫像も立派だからこそ、閑散とする城内は余計に寂しく見えている。

 使用人や城内警備の騎士にも覇気はない。

 その表情はまるで、泥船から去ろうとするネズミたちのようだ。


 ともあれ、ダブルス=ダグラス達は案内された通路を進んでいた。


 商業ギルドの代表の名はそれなりに通りが良かったのだろう。

 二人はアポも必要なく謁見の許可を取り付け、まっすぐに応接室へと辿りついていたのである。


 ガチガチになった手で膝をぎゅっと握り――緊張でそわそわとしている代表。

 逆に彼とは違い、威圧するように腕を組むダブルス=ダグラスは落ち着いている。


 やはり彼女が宮廷魔術師だったという話は本当なのだろう。


「あぁ、うぜえな。落ち着きなよ、代表」

「落ち着いてなんていられるわけないでしょう? な、なんかあたしたち、みられてない?」

「バーロー、この城の壁に使われているのは魔力を遮断する【歪み石】。全ての壁と、その中は干渉を妨害する材質で覆われてる。どんなに優れた魔術師とて、それこそ魔術王だって壁を越えての透視はできねえ――王様にでも無理ってのは、既に実証済みなんだよ」


 代表が言う。


「ちょっとちょっと! そんな話、どこで聞いてきたのよ?」

「……あたいが昔に作ったんだよ、この壁も、城も」

「マジ?」

「嘘を言ったってしゃあねえだろう?」


 そりゃそうだけど……と股の間に隠すように腕を落とす代表。

 しっかりしなよと、ダブルス=ダグラスが代表の肩を叩こうとする、その直前。

 ノックの音がした。


 魔力同調のピントを変えてみてみると、扉の外には見張りの兵士と強面の執事が一人。

 強面の執事がしゃがれた声で言う。


「まもなく殿下がお見えになります」

「ああ、突然すまないね」

「……仕事でございますから。たとえ、裏切り者の魔術師崩れだとしても……通せと言われたら通さぬわけにはいきませんので」


 執事の嫌味も気にせず。


「だったら仕事だけに集中するんだね。そうやって、まだ主人の敵かどうかも分からない”お客様”に対して過去を揶揄るような皮肉は、教育不足を疑われるよ」

「ちょ、ちょっと! ダブルス=ダグラスちゃん!」

「はは、悪いな。まあ前の職場とは色々と揉めちまって、仲が悪いんだよ」


 言葉では嗤っているが、魔王である私には感じ取ることができていた。

 ダブルス=ダグラス。

 男勝りな女性だが、彼女は既にこの王宮を諦めているようだ。


「あ、あたしまで巻き込まないで頂戴ね!? あたしは自分だけが可愛いって思ってる外道なんだから!」

「自覚があるのは結構じゃねえか」


 キシシシと嗤うダブルス=ダグラスは豪胆だが、外の者達にとっては不快だったのだろう。

 あからさまに侮蔑の顔色を示している。

 まあ本来なら扉越し、見えていないのだろうが。


 不穏な空気を割って入ってきたのは、一つの清涼剤。

 間の抜けた声が、神の彫像が並ぶ廊下に響く。


「あれ? どうしたのだ――何の騒ぎだ?」

「殿下……いえ、なにも」


 溜飲が下がっていない彼らだが、さすがに主人がやってきたら冷静になるのだろう。

 彼らの主人は――あの双子殿下の弟の方。

 ルイン王子殿下である。


「ダブルス=ダグラスが来ているのだろう!? 彼女と話がしたいと思っていたのだ!」

「殿下、あやつは追放された身」

「追放されたとしても女性は女性。僕はこの世全ての女性を愛するジェントルマン、女性であれば全てが許される! 女性こそが生命の存続に必要な存在! 特にダブルス=ダグラス、彼女は特に胸が良い!」


 まあ……たしかに巨乳と呼んで差し支えないサイズだが。

 しかしこの王子。

 今のは【宮廷道化の会話術ジェスターコントロール】、れっきとした話術スキル。

 道化を演じて警戒心を解き、自分が望む方向へと会話を誘導する技術である。


 しかも、かなりの高位のスキルだ。

 ダブルス=ダグラスも私に話術スキルを使っていたが、この国は存外に交渉を有利に動かす話術スキルの練度が高い可能性がある。

 王子が言う。


「さあ、僕らはこれから愛の商談をするんだ。君たちに覗きの趣味がないのなら、持ち場に戻ってくれたまえ。接待なら僕がする! それが愛に焦がれる僕の使命なのだから!」

「はぁ……さようでございますか」


 黒髪褐色肌の王子は暢気に執事たちからティーセットを受け取ると、人払い。

 執事たちには、バカ王子がと内心で侮蔑されているようだ。

 しかし、やはり。

 この男の顔は――作った道化のモノに見える。


 人払いが済んだ後、黒髪褐色肌のルイン王子は一息つき。

 道化の仮面をかぶり、ダンと扉を開いていた。


 王子の瞳に映るのは、ソファーで待つダブルス=ダグラスと代表の姿。

 ルイン王子の瞳には一瞬で人物鑑定が発動されている。

 人を見極める能力だろう。


 そんな一瞬の鑑定に気付かれることなく。

 ルイン王子はティーセットを交渉テーブルに並べ。

 にひり!


「やあ僕の子猫ちゃん、待たせたね! そして久しぶりだね! 僕のダブルス=ダグラス。元気にしていただろうか」

「元気じゃねえし、てめえのじゃねえだろ……」

「いやだなあ! こうして僕の前にやってきたということは、婚約の話を引き受けてくれる気になった。そう思って差し支えないのでは?」


 ニコニコ笑顔のバカ王子はハハハハハと、細い瞳の笑みをキープしたまま。

 どさりとソファーに腰掛け、二人と対峙する。


「冗談はよしとくれよ、あたいはあんたたちに追放された身だぞ?」

「僕だけは反対していただろう?」

「そりゃそうだが……って、んなことはどうでもいいんだよ! まじめな話ってか、ヤベエ話だ。いいか、よく聞けよ」


 ダブルス=ダグラスは顔も声も引き締めるが。

 ルイン王子は道化の笑みのまま。

 存外に知的な美貌から、核心を突く声が漏れる。


「ああ、知っているよ。レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー陛下が色々と国内で巧妙な罠を張り巡らせたのだろう?」

「てめ!? な、何で知ってやがる!」

「これでも王子だからねえ」

「だからねえ、じゃねえよ! 知ってるのならとっとと止めろや! てか、どんなことになってるのかまで、ちゃんと知ってるのか!? このままじゃあ国が終わるんだぞ!?」


 テーブルを叩く勢いで声を荒らげるダブルス=ダグラスに向かい。

 やはりいまだに笑顔を張り付けたままの王子が言う。


「ああ、そうだね。終わるだろうね」

「おまえ……」

「実は先日、うちの姉上がやらかしましてね」


 ダブルス=ダグラスの顔がわずかに曇る。


「またあいつか……」

「――あなたの時も、本当に申し訳ありませんでした。ダブルス=ダグラス。この国を支える君を守れなくて、本当にすまなかったと思っている。どれだけ口にしても、もう取り戻せない信用だろうが……それでも僕は」

「もういいさ」

「ダブルス=ダグラス……」

「いいんだよ、本当に。あんただけは……あたいを信じてくれた。それだけは、本当に感謝しているんだよ。けどね、もう終わった事さ――なにもかも」


 男女の仲とは違う、複雑な空気である。


 王子と彼女だけの会話なので、代表と盗聴している私は反応に困ってしまう。

 まあ、かつて宮廷で起こった騒動でダブルス=ダグラスが追放され、そしてその時に庇っていたのがルイン王子殿下だけだった……という感じなのだろうが。


「だから責任を取って僕の妻に……」

「まじめにやれ」

「こちらは極めて真面目なのですが。仕方ないですね。さて、話を戻そう。僕も実は今回の件をある程度把握している。理由は……まあ君が想像している通りだ。姉上がいつもの調子で権力を振りかざし、正式な許可証を発行され入国していたレイド陛下を拘束、投獄したのです」


 敬語と親しみが混じった会話は交渉術の一種だろう。

 王子以外の二人は、ぞっと顔を蒼褪めさせ。


「ちょちょちょ!? エルフ王を投獄ですって!?」

「おいおい。洒落にならねえだろ、それ」

「洒落じゃないですからねえ。僕も姉上の行動の異変に気付いておりましたから……レイド陛下には絶対に手を出さないようにと、世界の脅威度ランキングのビラと注意喚起を、さりげなく配ってアピールしたのですが」


 入国前後に私も見たあの案内だろう。

 どうやらこのルイン王子、策士としてはそれなりに頭が回るようだ。

 道化のふりをしている存在はなにかと厄介。警戒すべきはこの男だろう。


「投獄って話だが、あたいも代表もあのエルフ陛下と会ってきた……つか、普通に会話もしたんだが。どういうことだい」

「ええ、既に正式な手段で約定が果たされたので、陛下は自由の身となっております。ですが……」


 後ろ頭を押さえるルイン王子は、はにかんだ困り顔で言う。


「姉上は千年前の、しかも親世代の魔導契約書を用い、レイド陛下に難癖をつけ……不正な要求を行ってしまいました。そしてレイド陛下はそれを受け入れ、違約金を払い契約を解除した」

「あのバカ女は、まさか」

「ええ、レイド=アントロワイズ=シュヴァインヘルト=フレークシルバー陛下にケンカを売ったのはこちらから、姉上の暴走です」


 商売や契約には詳しいのだろう。

 代表が会話に割り込み。


「ちょっとお待ちなさいよ! 失礼を承知で言わせてもらいますけど、親世代の魔導契約書は無効よ!? 投獄した上で正当性のない契約の違約金を支払わせたとなると、こっちが完全に不正した側よ!? 詐欺と言っていいわ!? 後でそれが公となったときに、倍の請求額となって帰ってくる筈。大丈夫なの!?」

「大丈夫ではないからこの国は終わるのでしょうね」


 言って、ルイン王子は冒険者ギルド加盟国から正式に発行された、羊皮紙を取り出し。

 冒険者ギルド本部からの警告状。

 その目録を示し――。


「我が国に命じられたのは――賠償金、共通金貨で八百九十三万(893万)枚と各種伝説の素材の返納、そしてそれらの素材の買い取り額を倍にした量の素材、または資産。そして当然、詐欺で得た金額を被害者へ全額返納せよとの命令も出ています。まあようするに、こちらが詐欺で得た倍の金額の賠償金の支払いが、既に命じられました。それもギルド本部と著名な国家の玉璽ぎょくじつきで」

「この書状は……本物なのかい?」

「ええ、残念ながら正式な通達となります。突っぱねるとなると冒険者ギルドと商業ギルドも敵に回ることになりますからね。我が国は追い詰められているのではない、もう終わっている。ですが、姉上はそれを認めようとしない……武力ではなく盤上の戦争ならば、まだ勝機があると信じ切っている」


 各国の王のサインは本物。

 全ては合法な手続きである。

 だからこそ、逃げ道はない。


 もはや諦めの境地なのか。


「相手にとっては既にチェックメイト済み。もう詰んだ戦争だというのに……どうしたものですかね」


 ルイン王子殿下は国の終わりを冷静に指摘していた。


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